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『灯籠アパート1226号室の魔女 〜幽玄の幸〜 』
蜜鈴=カメーリア・ルージュka4009


 世には、“その内慣れる”、などという言葉があるようじゃが……妾はそうは思わんでのう。
 慣れてよいこと、ならぬこと。
 少なくとも、妾は後者じゃて。……ん? とて、そうじゃろう?



 この、“  ”には――……。



**



 灯籠アパート地下の花茶房『泡沫』は、妾のまほろばじゃ。

 木目調の棚には瓶詰めをした茶葉が満月の附箋で印付けられ、五十音順に整列をしておる。
 隣の食器棚には、和食器や茶器。
 茶を煎じる為の小さな厨。
 天井から垂れる華は、花飾りを結うた花提灯。
 円卓や水場、視線の流れゆく各所には、時季の花を束ねた小ぶりのブーケを花器に生けておる。ブーケの作り方は花屋を営む友に教えを受けたのじゃが……ふむ、中々の出来かのう?

 ……とて、本日は店休日なのじゃがな。
 わざわざ出向いてくれた客人にはすまぬが、店の開閉は妾の気まぐれじゃて……こればかりは許せよ。

「さて、此度は店の掃除と在庫確認をせねばな。キュウジ、ナスア、手を貸してくれるか?」

 手と言うても、此奴等は精霊菜故、棒なのじゃがな。

『はあ? 見てわかるやろ? うちは卵白パックの真っ最中なんや、邪魔せんといてぇな』
『ナスアは今、キュウジちゃんからもらった卵黄で卵かけご飯食べるんナス。……ああ! おひつにご飯ない……。炊いてくれナス、今すぐに。お米なう!』

 何じゃ、此奴等の物言いは。反抗期か?
 出会うた頃はあれほど初々しかったというのにのう……。
 ……。
 …………。
 ………………いや、妾の記憶違いやもしれぬな。

「全く……ほんにおんし等はじゃじゃ馬――じゃじゃ菜? ……兎も角、米か。待っておれ、確か凍結させておいた握り飯が……」
『ナスア、炊きたてがいいナス』
「駄々も大概にせいよ?」

 必要性を問いたいキュウジのパックとナスアの腹拵え(見目は卵黄に塗れたナスむすの様であった)を見届け、漸く本腰を入れる。
 常日頃から店内の掃除はマメにしておるのでの、店内は手短に済ませ、倉庫を重点的に行うとするか。

「キュウジとナスアは此方の棚を頼むぞ。ほれ、これを使うがよい。端布を用いた妾手製のはたきじゃ」

 ふむ……まるで、新しい玩具を見つけたようにはしゃいでおるのう。その機敏さなれば予定よりも早う済むじゃろうて。

「ふふ。励めよ、そち等」

 さて、妾は此方を済ませるとするかのう。

 備えておる商品や備品を閲する為に備忘録を手に据え、枝桜の筆を走らせる。
 和紙に染む墨の匂い。
 筆先の流れる音。
 ナスアの笑い声。
 キュウジの駆ける音。
 笑い声。
 駆ける音。
 笑い……。
 駆け……。

 ……ん?

 妾は一抹の不安を覚えながら三歩下がると、背を反りながら目当ての棚に視線をやった。其処には、埃を集めたナスアが棚の上で仁王立ちをしており――

『ハウスダスト!』

 ……何じゃその、“クリスタルダスト”的な言い様は。
 む……? ほう……塵埃が空を幕状に舞い、角度を変えて煌めゆくその色は、まるで極光のよう――…とでも言うと思うたか?

「これ、ナスア。埃で遊ぶでない。喘息になったらどうするんじゃ」

 とは言うたものの……そもそも此奴等は発作を起こす体質なのじゃろうか。いや、“体質”というよりも“鮮度”かのう? ……然れど、そもそ(以下略)










「――さて。掃除もよ う や く済ませたことじゃしの、買い出しに向かうとするか」

 おんし等――と、声を掛けるよりも早く妾の肩に飛び乗ってきた二人……二匹? と共に、妾達は街へ繰り出した。

 既に空は朱を含んだ紫陽花色を湛えておったか。広がる色彩に、今宵も蒼い月と紅い月が懇ろと浮かぶのであろうな。
 ジンジャークッキー通りで星屑糖、向かいの店で懐紙を買い――

「おや、烏天狗ではないか。何じゃ、めかしこんでおるのう。ふふ、よいよい。偶さかの逢瀬というわけではなかろうが、楽しんでくるとよいよ」

 擦れ違う友に手を振りつつ……と?

「……キュウジ? ナスア? おんし等、それは何処で手に入れたのじゃ?」

 気がつくと、支払いをした覚えの無い品を持つキュウジとナスアが、巾着の袋口から半身(頭部?)を覗かせておった。

『ん? あんたが糖味屋で夢中になっとる間、通りがかった白い狼のおっさ……にいさんにワゴンショップで買うてもろたんや。ふふん、綺麗な飴玉やろ?』
『この花弁の栞はお花屋さんでもらったナス。あと、活きのいい猫娘にはおむすびも! 美味しかったナスなー』

 何と。
 妾の知らぬ間に行く先々で可愛がられてもらったようじゃのう。……まあ、心をかける相手等の気持ちはわかるがな。しかし……後程、礼に何ぞ送らねばならぬのう……。

 ……。
 ……。

 腐れ縁の吸血姫に会うたら、保護者が板についてきた、とでも言われそうじゃな。妾の漏らした苦笑に、当の二匹は『『??』』と妾を仰いでおった。……ような気がした。










 茶房に戻ると、買うてきた品を倉庫へ仕舞い、採取をした生葉を発酵させる為の術式に取り掛かる。

「……、……、……ふむ。抜かりなく調和したかのう?」

 欲を張り、葉の量を少々多めにしてしもうたが……まあ、よかろう。

「さて……この合間に依頼の品を手がけるとするか」

 魔女の魔法で摘んだ、紅茶のブレンドじゃ。

「ふむ、味わいはどうするかのう……」

 釜へと入れた茶葉に掌を翳しながら、注力の配分に思案を巡らせる。

「よし。芳醇さと甘味を含んだ豊かな味、蘭の華やかな香が抜ける優雅なひとときを演出しようかのう」

 魔法の対価は想いの欠片。
 魔法を欲した願いの欠片。

「色を味わい、想いを味わい、鮮やかに眼に映るよう、魔力の幸を籠めようぞ」

 茶葉を雫型の小瓶に詰め、ラッピングのリボンを魔法で結い、完成じゃ。
 真珠色のソレを解く瞬間の期待に反応し、注いだ湯で茶葉を開くことにより発動する……妾特製、魔法の茶じゃ。

「む? これ、リボンに手を出してはならぬぞ、ナスア。作業は一通り終えた故、今茶を淹れてやるでの。キュウジと共に浸かっておれ」





 今日も変わりなく時が過ぎてゆく。
 世には、“その内慣れる”、などという言葉があるようじゃが……妾はそうは思わんでのう。

 嗚呼――






「今日も幸福じゃのう」



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4009 / 蜜鈴=カメーリア・ルージュ / 女性 / 外見年齢:22歳 / 看板娘の保護者】
【NPC /キュウジ / 胡瓜娘】
【NPC/ ナスア / 茄子娘】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、ライターの愁水です。
灯籠アパートのご依頼、誠にありがとうございました。

発注文に甘え、遊ばせて頂きました(主に胡瓜と茄子で)
気を抜くと蜜鈴姐さんまでギャグになりそうでしたので、その点は気をつけたつもりデス。
今後、野菜姉妹の描写は難しくなってしまい、当方も心苦しいのですが、キュウジとナスアは何時も貴女の傍に……←

今回も楽しく書かせて頂きました。
又のご縁を祈り、感謝の言葉とさせて頂きます!
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2019年04月05日

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