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『桜舞う世界で 』
ミィリアka2689

 薄紅色の花びらがミィリア(ka2689)の視界の端を掠めては落ちていく。少しの間隔を空けて立ち並ぶ木々が何処か幻想的な雰囲気を描き出して、それでも人々の喧騒が、これが夢幻ではなく現実なのだと念を押すように伝えていた。嘘みたいに美しい光景の中をミィリアは宛てなく、ただ真っ直ぐ歩いていく。
 買い物だとか人と会う用事だとか、何か目的があって出掛けたわけではない。強いて言うならまだ何となく居ても立っても居られなかった。足を前へ踏み出す覚悟が決まっても、無事に一つ、大きな区切りを迎えようとも。日常に舞い戻れるほどには時間は未だ過ぎ去ってくれない。
 それはこの場所に集った彼らも同じらしかった。木の下に茣蓙を引いて酒宴に興じる様子に幾らか暗い影が落ちているのは決してミィリアの気のせいではない筈だ。騒ぐ声はそれ自体が喜び以上の感情を含んでいるからだろう、周囲の人間に伝播することもなく空回る。口元が笑みを形作っていてもみな心の底から笑っていないと、不思議と察した。ぐすっと洟を啜りながら密やかに語らっている人々もいれば、人目を憚らずに声をあげて泣いている一団だっている。
 東方に降りかかった災厄を討ち果たすことが出来た。クリムゾンウェストそのものが予断を許さない緊迫した状況下に置かれていると言えども、少なくともこの一帯に関しては当面の危機を乗り越えた、そう評せる結末を迎え。けれど一度失敗した代償は途方もなく大きかった。
 進行方向で立ち止まっていた女性が振り返って、控えめながらも呼び止めてくる。それに応えるようにミィリアからも歩み寄っていった。どうしたのと声をかけるよりも先、安心したのか眉尻を下げた彼女はこちらに合わせるように姿勢を低くして、手にしたお盆を差し出してくる。乗せられているのは清酒と甘酒の杯だ。同じ高さになった女性の目に探るような色が映る。
 一つはおそらくミィリアが成人しているかどうか問うもの。今の天ノ都はまだ多くのハンターが留まっていて深い傷を負った者は療養し、余力の残っている者は頭脳労働や力仕事と、己の得意分野で爪痕が色濃く残るこの地に何か残そうと新たな戦場に発つ前に行動を起こしている。ハンターは特に生まれも育ちも千差万別だ。見た目で素性を推し量るのは、余程豊富な知識を身につけていない限り難しい。ミィリアのようなドワーフの女性はその筆頭だと言えるだろう。尤も、地方によっては成人年齢も変わってくるのだから、結局は本人の良心が問われるケースが多いが。
 もう一つは多分ここに来た目的。これだけの人がいて集団が形成する雰囲気も様々となると全員が全員同じ理由でやってきたわけではなさそうだが、飲み物を配る者もいるのだからミィリアが知らないだけで、誰か権限を持つ人間が花見を企画したと思われる。それはしんみり感傷に浸るのではなく、敢えて明るく振る舞おうという趣旨に違いない。前者なら誰とも関わらず時を過ごしたいと思うだろう、そう気遣う眼差し。
 ミィリアは笑顔を浮かべてほんの僅か躊躇ったのち、甘酒を手にしてお礼の言葉を口にした。安堵した女性の表情が和らぐ。その目元には化粧で隠し切れない隈が滲み。今は疲弊し痛みを消化し切れずにいる。――誰も彼もが。

 相変わらず目的もなく、公園の中を彷徨い歩く。手にした杯の三分の二程を埋める濁った液体からは酒粕の匂いが漂い、抱え持った両手にその少し熱いくらいの温もりが移っていく。吐き出す息は白くないが、春と呼ぶには少し肌寒く感じる。歩く度に左耳の側で鈴の音が鳴り響いた。
 死線をくぐり抜けた仲間たちと盃を交わし、敵討ちを果たして。動力源と言って憚らない酒を断つ理由は既になく、あの日自身が彼に言った言葉を思い出す前のように落ち込み、揺れて、心が千々に裂けるような心持ちでいるわけでもない。むしろ自分でも驚くくらいしんと凪いでいるのに、何故だろうか、呑みたいと思えなかった。

 不意にミィリアが足を止めたのは場が静寂へと塗り替えられたからではなく、佇む木に意識を引き寄せられたからだった。他のそれが瑞々しく枝を伸ばし、地にしっかりと根を張り、太い幹で以って存在を誇示しているのに対して、ひと気がないのも一目瞭然なほどにくたびれた老木だ。数年後にはもしかしたらその身を腐らせて、ひっそり姿を消すかもしれない。そんな弱々しい姿の癖に。
 花びらが風にそよぐ。季節の廻りに合わせて花を咲かせながら、確かに息をしている。生けるもののしぶとさや力強さと共に、喪われてしまったものが二度と戻らない儚さを知った。誘われるように近付き表面を撫でれば、脆く崩れそうに見えた肌はミィリアの手を受け止めた。ふっと息を抜き背中を預け、杯を抱えたまま目を閉じる。
 立ち会うことさえ出来なくて、仲間から最期を聞いた。そのとき確かに現実と認識した筈だ。なのに今頃になってやっと、もう声を聞くことも笑顔を見ることもないのだと、ちゃんと分かった気がした。あの人と同じ。大切な人にまた置いていかれてしまった。後を追おうなんて馬鹿なことは思わないけど、もう一度彼らと会って、話がしたかった。戦闘に貢献出来るだけの活躍をして、あの人がくれた雅号と言葉を思わせるような名声を得た。本質は勿論、討伐への一助になったことだが、ほんの少しでも理想に近付くだけの結果は残せたんじゃないかと、胸を張れる戦いが出来たと思うのだ。それを師と、二人。今のミィリアを形作る大きな存在として息衝いている彼らに思いっきり自慢したい。愛刀を手に、身振り手振りを交えて主観的過ぎて説明が分かりづらいと苦笑されながら、全力で話して、そして。
「……褒められたい、なぁ」
 呟いた途端に頭のてっぺんに何かが触れる感覚がしたように思えて、ミィリアは瞳を開いた。何もその感触は頭だけでなく、全身を撫でて。ただ少し、強い風が吹いただけのことだ。一瞬で通り過ぎていって、それでも額や頬にかかる髪は乱れたままで、鈴の音が余韻を残さず直ぐ消える。
「ミィリアは絶対長生きするよ。戦えなくなるときが来ても、そこがゴールじゃないから。百五十年とかそれ以上かかるけど、でも、待っててね」
 魂が存在するかどうか分からないけど。もしも再会出来た日の為に思い出話を山ほど用意しよう。前を向いて歩くって決めたから、怒りや悲しみじゃ未来を描けないって知っているから。笑える話ばかり寄せ集めて遠い未来に彼らに会いに行く。本当かどうか知る術がないなら、なりたい自分を描いて楽しい夢を見たい。そんな人生を送る。
 ゆっくりと杯を傾け、身体の芯からじわりじわりと広がる温かさを噛み締め。体重を預けるのをやめて、自らの足で土を踏み締める。そうしてまた一歩、ミィリアは今日を生きていく。明日も明後日も明々後日も、一度しかない“今日”を歩く。
 歩いて歩いてふと振り返れば、白く薄靄に霞んで通ってきた道が何処にあるのかさえ時に見失うけど。側には桜が在って、何度でも淡い色の花を咲かせる。春は巡り来る。傷付いては厚みを増す手のひらに零れ落ちた花びらへ息を吹きかけ笑う。満開の笑顔で。
「今日もまだまだ頑張るぞ、でござる!」
 大太刀を振るい続けた結果身についた、女子力という名の体力を持て余している。それをどう活かそうと思いを巡らせながらミィリアは再び全力で走り出した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ミィリアさんらしさを考えるならもっと明るい話の方がいいとも思いましたが、
季節と大規模イベントと前回書かせていただいたお話と、
その辺りのことを考えると今このタイミングでいただいた発注なのも縁と思い、
このような話にさせていただきました。
怒りに囚われずに未来を見据える姿が格好良かったので
少しでもそういったイメージに沿えていればいいな、と思いつつ。
今回も本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2019年04月08日

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