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『爪、影の内』
高柳京四郎la0389


 その日。俺は妻を連れ立って森へと出掛けた。
 目まぐるしい日常に癒しを得るには、この静かな環境はうってつけだ。特に言葉を交わさずとも、並んで歩いているだけでお互いの距離が縮まっていくことを感じる。そんな瞬間の連続が、俺も妻も好きだった。
 風の音。木々のざわめき。そこかしこから滲む生命の息吹。これが、俺達二人にとってかけがえのない思い出となっていく。そんな実感が、たまらなく好きだった。
 間違いなく思い出となる散歩も、この時に築かれたものは最悪の形で印象深いものとなる。
「逃げろ!」
 咄嗟に叫んでいた。
 森の奥から姿を見せたのは、人の形ではあった。しかし、人間にしては体躯が大きく、俺でも見上げるほどだった。特筆すべきは、右腕。左腕に比べると倍以上の太さがあり、手に相当するものはない。それはまるで、右腕それ自体が丸太になっているかのようだった。
 こんなところに何故? そんなことは分からない。分からないが。紛れもなく現実だ。
 人間ではない。かといって、およそ自然界に存在する生物だとも思えない。そこから導き出される答えは一つ。
 ナイトメアだ。
 何としても、妻を逃がさなくてはならない。のだが、俺の思いとは裏腹に、妻は脅えて俺の背に縋り、恐怖に震えていることが、伝わる指の感触が伝えてくれた。
 どうすることもできない。
 丸太腕のナイトメアが、その太い右腕を振り上げて迫ってくる。
 俺は背後の妻を抱えるようにして地を転がった。
 その瞬間まで二人の頭があった位置を、丸太が過ぎる。
 初撃は躱した。
「やらせるかよ。俺の妻に、手を出すな――ッ」
 無我夢中で妻の手を振りほどき、ナイトメアの腕にしがみつく。
 己の身がどうなろうと知ったことではない。
 ただ、俺の守るべき人がそこにいる。それだけだった。
 だというのに俺は無力だった。綿毛のように引きはがされ、放り投げられる。木の幹に背を打ち、呼吸が止まった。視界が霞む。
 目には、丸太のような右腕を振り上げながら、妻へとゆっくり向き直るナイトメアの姿が映っていた。

 やめろ。
 やめろ――!

 激しい怒りととめどない悲しみの渦が胸の内に溢れ、堰を切った時。
 思いが通じたのか。幸か不幸か。ナイトメアは再び俺を向き直った。
 のしのしと、右腕を振り上げながら迫ってくる。
 あ、俺はここで死ぬんだ。
 覚悟の刹那、視界は暗転した。

 少しだけ、夢を見た気がした。
 走馬燈とは違う。何かが違う。
 どんな夢なのかまではハッキリしない。
 これは死か。それとも。

 微睡むような思考が、生を思い起こさせた。
 手が動く。足が動く。呼吸もできる。
 ゆっくりと、瞼を開く。
 二人で出かけた森。俺はまだそこにいた。
 そこに……。
「俺はッ!?」
 そうだ、俺はあの時、ナイトメアに襲われた。妻も一緒だった。
 確かに死を覚悟した。その先、何が起こったかなど分からない。
 分からないが、これが現実だということは景色からも明らかだ。
 弾かれるようにして身を起こす。
 妻は、ナイトメアはどこだ?
 血の臭い。嫌な予感がする。
 少しぼやけた視界を振り払うようにして、周囲を見渡す。
 何かが倒れている。倒木、という感じはしない。
 生物のようだ。とはいえ、死んでいる。腹部に大きな爪の痕。その周囲は血に濡れていた。
「こいつ、さっきのナイトメアか。誰が殺したんだ?」
 そんな疑問は、しかし今はどうでも良い。
 何者かの介入があって、このナイトメアを倒した。それで良い。
 もっと大事なものは、妻の安否だ。
 俺は妻の名を呼び、一歩二歩と進む。
 すると木の陰に隠れるようにして、一つの人影があった。
 きっと妻に違いない。どうなったのかは分からないが、助かったのだ。
 喜びに震え、俺は頬が緩むことも構わず、陰を覗いた。
「良かった、無事だったん……だ、な?」
 様子がおかしかった。
 そこにいたのは紛れもなく妻だ。しかし、木の根に横たわり、呼びかけても返事がない。ああ、あれだけ恐ろしい思いをしたのだから、気を失っているのだろう。
 ともかくここにいては危険だ。あのナイトメアを始末した何者かが近くにいる可能性がある。
 安全なところへ連れていこう。と、妻の肩に手をかけて。

 言葉を失った。
 俺の愛する妻は、目を見開き、喉から下腹部にかけて大きな爪に裂かれ、腹の内容物がデロリと漏れていた。
 人の姿とはいえない。
 そうか。
 そうだ。
 気を失っていたのは俺だ。
 その間に介入した何者かがナイトメアを殺し、妻を引き裂き、立ち去ったのだ。
 誰だ。
 誰がこんなことをした。
 確かに助けを求めなかったわけではない。だが、誰がこんなことをしてくれと頼んだ。
 どこかで雷鳴が鳴っている。その内にポツリ、ポツリと雨が降りだし、やがてはほんの数歩の距離にいるナイトメアの亡骸も見えないほどに大振りとなった。
 俺には、何もできない。
 ただ、もはや原型を失った妻の体を前に、立ち尽くすことしかできなかった。
 涙を流したのかどうかは覚えていない。雨に洗われたのかもしれない。
 それでも。この時に覚えた確かな殺意だけは、俺は生涯忘れないだろう。
 どこかで安穏としている、妻の仇をこの手で殺すまでは。
 同じ高柳の姓をもらってくれた彼女のために。高柳京四郎(la0389)の名が続く限り。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

ご依頼ありがとうございます。
主観的視点で描かせていただきました。
その瞬間瞬間の感情については、私の方で創作させていただいたのですが、お気に召していただけましたでしょうか?
回想形式を取らせていただきましたので、やや傍観気味の描き方になっているかと思います。
このノベルを元に、今後のRPが一層彩られていくことを祈ります。
またご依頼いただけると幸いです。重ねて、この度はありがとうございました。
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追掛二兎 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年04月08日

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