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『薄紅色のひとひらに想いを乗せて』
ノゾミ・エルロードla0468)&シオン・エルロードla1531

 うららかな日差しに、やわらかな春の風に、薄紅色のひとひらに。
 君への、貴方への、想いを乗せて。
 桜の香りのような、甘い時間を過ごしましょう。


 満開の桜花の連なり続く川沿いを、シオン・エルロード(la1531)は歩いていた。金の刺繍で彩った黒いジャケットを羽織り、陽の光に照らされて輝く姿は、まさに王侯貴族の品格。

「桜の開花と聞いて来たが素晴らしいな」

 枝が花の重さに耐えかねて、川へ零れおちるようにしなる。ふわり、花びらが舞い、水面に浮かび花筏に。それを見下ろし、眩しそうに目を細めた。
 日本の花見に慣れていないシオンには、物珍しいようで、その瞳はイキイキと輝く。

 そのとき、対岸に佇む赤銅色の色彩に、目を奪われた。白いレースとフリルに縁取られた、桜色の姫袖のワンピース。
 桜吹雪のなかでひっそりと佇む姿は、まるで桜の妖精。
 そう、錯覚するほどに、可憐で楚々としている。シオンの恋人である来栖・望(la0468)だ。
 風になびく髪を抑えて、小さく手を振る望に、手を振り返して指し示す。川上の橋で会おうと。

 川を挟んで歩きながら、二人の視線はあったり、あわなかったり。もどかしさで思わず小走りになって。たどり着いた橋の上で、向かいあい、見つめあい。

「お待たせしました」
「焦る必要など、ないのだがな」

 どちらともなく手をさしだし、両手をあわせる。桜のアーチがどこまでも続く川の上で。
 

 二人は桜並木を見つめながら、手を繋いでゆったり歩いた。
 シオンの瞳は、愛おしさに満ち溢れ。望は逢瀬の喜びを胸に、おっとりと笑みを浮かべて。

「桜を見ていると、花見という文化が出来たのも納得するな」
「私の故郷にも春になると咲いていましたが、場所が変わろうとも、この美しさは変わりませんね」

 川沿いを歩き続けて、公園へとたどりつくと、賑やかな声が聞こえてきた。
 素晴らしい景色に笑い合う人々が目に映る。

「こうして人を集め愉しませる魅力が、桜にはあるのだろう」
「ええ。桜の下では、皆幸せそうですね」

 シオンは桜から花見客へと視線を移し満足げに頷いた。
 人々が笑いあい、さざめきあう、穏やかな平和。
 こうして人を集め、愉しませる魅力が桜にはあるのだろう。そう思いつつ、同時にそんな平和を守れているのだという実感を噛みしめる。
 自然と絡む手を握りしめ、屋台が立ち並ぶ方へと歩みを進めた。

「日本の屋台は品数が多いものだな」
「定番の焼きそばや、たこ焼き。甘い綿あめ、バナナチョコ。あ、和菓子屋さんの屋台が。珍しいですね」

 何を買おうか迷う時間も楽しみだ。
 そんな仲睦まじい時間の中で、ふと子供が泣く声が聞こえた。シオンの視線がそちらへ向かう。どうやら少年が転んでしまったようだ。擦り切れた膝を抑えて蹲っている。
 ゆっくり近づいて手を差し伸べた。

「泣いて下を向いて立ち止まるな。前を見て歩くがよい。でなければ見たい者を見れないぞ」

 シオンの手を取り、少年は立ち上がったが、迷子になってしまったようで、心細そうにしている。励ますようにシオンの大きな手が、少年の頭を撫でた。

「よかろう、ともに探してやる。なに、俺がいればすぐに見つかる」
「私も一緒に探しますから、もう大丈夫です」

 シオンの懐の深さに、望の微笑みに、少年も安心したように歩き始めた。

「痛みをこらえて歩くか。よくやった。褒美をやろう」

 あんず飴を買ってあげたり、明るい話をしてみたり、細やかな気配りを見せるシオンの様子を、望は一歩後ろで眺める。眩しいものを見るように、目を細めて。
 しばらくして、小走りに駆け寄る母親らしき人が現れた。少年は笑顔を浮かべて抱きつく。

「中々に愉しかったぞ。もう手を離すな。次も助けがいるとは限らんぞ」

 少年に手を振るシオンの背を見つめて、望は先日の任務を想い浮かべた。
 シミュレーター内の擬似的な「死」。ログアウトすれば、怪我一つないとわかっていても、死に際のシオンの笑顔を見ただけで、胸が押しつぶされそうで……残される方も辛いのだ。
 大切なひとに、あんな想いはさせたくない。

 ──貴方がいる世界に私も生きている。それが堪らなく愛おしい。

 皆が生きて帰る。それがエルロードの原則であり、シオンの理想だ。
 その成果も、ひとりでは無し得ない。隊員たちの力をまとめあげ、君臨する我が君。
 この先もこの人は、どれほどの苦境でも、仲間を守り、笑っているのだろう。だから、私も彼を癒して、隣で笑っていたい。


 少年を見送ったシオンが、ふと甘い匂いを感じて振り返る。視線の先に佇む望の姿が、今にも消えそうな妖精に見えた。
 その儚い微笑みを見て、ふいに先日の任務を思い出す。

 脱出確率1%と言われても、諦める気はサラサラない。しかし一方で、アサルトコアのテストであり、怪我ひとつない安全な任務だということもわかっていた。
 それなのに、自分を庇おうと、望が飛び出した瞬間、思わず冷静さを投げ捨てて庇ってしまった。その身を呈する献身に心が震えたのだ。
 ログアウト間際モニター越しに見た、涙を堪えて健気に微笑んだ。あの顔が今でも瞼の裏に焼き付いている。

 このさき幾たび、危険な任務を乗り越えたとしても、必ず生きて帰ろう。
 生きて帰ってこの華奢な体を、しっかり抱きとめないと、儚く消えてしまいそうだ。
 せつない想いを振り切るように、望の顔に手を伸ばす。顎をすくい上げ、頬を撫でた。白い肌が桜色に染まるさまを愛でつつ、甘い言葉を囁く。

「……花見がしたいな。屋台も良いが、望の紅茶が飲みたいぞ」
「はい。何かお茶菓子を、屋台で買って行きましょう」

 はにかむように微笑む姿を、愛おしく思いながら、肩を抱き寄せた。


 和菓子屋の屋台で桜餅を買って、一本の桜の木の下へ。桜並木から離れて、ポツンと佇むその木の下は、人が少なく静かだった。
 シートを広げて、桜を見上げて、二人並んでお花見タイム。
 望が籐の大きな鞄を開けると、内側に固定されたカップや皿が。さながら本場英国のメイドのピクニックだ。

「ティーカップまで持ってきていたのか?」
「このカップで、一緒に紅茶を飲もうと約束しましたので」
「ああ……あの時のか。それは良いな」

 一緒にフリーマーケットに行ったときに買った、お揃いのアンティークティーカップに、魔法瓶から紅茶を注ぐと湯気がたちあがる。
 シオンは優雅な仕草でティーカップを持ち、爽やかな香りを楽しんで、口をつけた。

「特別なティーカップで飲む紅茶は、格別の味がするぞ」
「ダージリンを入れてきたのですが、ちょうどよかったですね。桜餅にこんなにあうなんて」

 はむっと桜餅にかぶりつくと、もちもち生地に、甘さ控えめの粒あん。
 その甘さを、ダージリンのすっきりとした渋みと、爽やかな香りが、洗い流してくれる。意外と良い組みあわせだ。

「やはり望の紅茶が一番美味いな」
「シオンさんに喜んでいただけて、嬉しいです」

 ──桜餅の甘さより、君に、貴方に、名前を呼ばれるほうが甘い。

 見つめあうだけで、気恥ずかしいような、くすぐったいような想いを振り払い、少年に声をかけたときのシオンを思い浮かべた。

「貴方が常に前を向いているのは、大切なひとたちをしっかりとその目で見るため、なのですね」
「望がついてくると信じているから、前だけを見ていられる」
「シオンさんはどの世界でも必ず無茶をなさるようですし、私も抗えるようにしなければいけませんね」
「そうだな。二人で生きて帰るのだぞ」

 全幅の信頼の心地よさに浸って、望は小さく頷き、桜餅を噛み締めた。塩気のある葉と、桜の甘い香りが口の中に広がる。
 桜餅は塩気が効いているから、甘さが引き立つ。
 きっと、流した涙の数だけ、幸せの時間の味わいが深まるのだ。
 すべての命に終わりがある。頭ではわかっていたが、失う痛みを知った今、あたりまえの日々は何より愛おしい。


 はらり、桜の花びらが一枚。赤銅色の髪に舞い落ちる。
 その花びらを取り払おうと、シオンが指を伸ばし髪を撫でた。いつもは結い上げられた髪だが、今日はおろしている。
 髪をおろすのは、自分の前だけだと思うと、ふいに愛おしさがこみあげてきた。
 つい、絹糸のような髪をすき、一房手にとって、口づけを落とす。桜色に染まった頬に気づき、思わず目を細めた。

「ふむ、桜と同じような色をしているな……」
「し、シオンさん? どうしたのですか?」
「綺麗だと思ったのだ」

 シオンの言葉に、照れも嘘もない。だからこそ、余計に頬が熱くなる。望は思わず目を伏せて、胸を抑えた。睫毛を震わせ、小さく深呼吸をする。
 せっかくの二人きりの甘い時間。少し恥ずかしいけれど、たまにはおねだりをしてみたい。実は密かに憧れていたことがある。
 袖を掴んで、ちらりとシオンを見上げた。

「シオンさんの、膝枕で桜を眺めたいです」
「望の願いを、俺が拒むと思うか?」

 桜の木に背を預け、あぐらをかくと、ポンと膝を叩いた。こっちにこいと誘うように。
 おずおずと横になると、シオンの膝に頭を乗せる。憧れが叶って、思わず望は目を細めた。

 見あげると、薄紅色の桜屋根の連なりが、蒼穹の空を切り抜いていた。青と桜のグラデーションの美しさを楽しみつつ、それ以上に、眩いシオンの姿に目を奪われる。
 陽の光に輝く金色の髪が風に揺れ、紫苑の瞳は宝石のように煌めく。
 愛しい主で、最愛の人。黄金の君。

「桜とは美しいものだな」
「ええ……シオンさんと二人でお花見ができて、幸せです」
「これからも、二人で愉しむモノを増やしていけば良い」

 翡翠の瞳に映る景色を堪能しつつ、そっと手を伸ばした。白魚の指先が、シオンの髪をすき、頬を撫でる。その感触に、思わず笑みが溢れた。
 シオンが手を伸ばすと、その手をとって、指先に口付ける。

「これでは望に触れられないな」
「今日は特別に、私から触れさせてください」
「いくらでも触れるが良い」
「ふふ、たまには逆の立場というのも、良いものですね。役得です……」

 こうして触れることが許されるのは望だけ。触れられて心地よさそうに、シオンが頬を緩めている。

 貴方と過ごす時間は、一秒、一瞬が愛おしい。
 言葉に想いを乗せて、触れる指先に熱を纏わせ、愛していると、いつだって、何度だって、繰り返しても、溢れる愛しさの十分の一も届かない。
 そのもどかしさに、何度も頬を撫で、触れるほどに胸が高鳴り、頬が熱くなる。

「……シオンさん」
「望。どうした?」

 ああ。名前を呼びあうだけで、幸せだ。
 この幸せをもっと味わっていたいのに、あまりにも心地良くて……眠くなってしまう。
 眠りにあらがうように、まつげを震わせ、ポツリと言の葉を零す。

「……愛していますよ」
「知っているから安心するが良い。俺も愛しているぞ」

 堪えきずに瞼を閉じて、まどろみの淵に落ちる刹那、聞こえてきた声に安堵の笑みを浮かべ、眠りの海に溺れた。


 頬を桜色に染め、眠る愛しい恋人を、シオンは見下ろした。
 愛らしい寝息を立てる、薄紅色の唇をじっと見つめ、困ったように首を傾げる。
 幸せそうに眠っているのに、起こすのも忍びない。そっと望の唇を撫で、カップに口をつけた。

 少しだけすっきりした気持ちで、目を瞑る。桜の木に寄りかかり肩の力を抜く。
 小鳥のさえずりが聞こえ、陽の光が暖かい。桜の甘い香りと、望の匂いが混じり合い、鼻腔をくすぐる。春風が頬を撫でる心地よさを楽しみながら、ゆるゆるとまどろんだ。
 夢の世界でも、幸せな二人の時間を過ごせるようにと祈りつつ。

 桜の花びらが、一つ、二つと、まどろむ二人に降りそそぐ。まるで二人の想いが積み重なるように。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
【来栖・望(la0468) / 女性 / 21歳 / 桜の妖精】
【シオン・エルロード(la1531) / 男性 / 23歳 / 黄金の君】


●ライター通信
いつもお世話になっております。雪芽泉琉です。
ノベルをご発注いただき誠にありがとうございました。
初めてのノベルでしたので、手探りでだいぶ趣味に走ってしまったのですが、ご満足いただけたでしょうか?

お二人の穏やかな日常を、描いてみたいと思っていましたので、ご依頼とても嬉しかったです。
桜も大好きなモチーフでしたので、つい筆が乗って、調子に乗ってしまいました。桜には切なさや儚さが似合う気がして、優しい世界に、ほんの少しの塩気もプラスさせていただきました。
物語の後に、想像の余地がある、余韻のある終わりが好きなので。この話の後を、お二人の手で作っていただければという願いも込めて。
甘く穏やかなひと時が、少しでもお心に添える話になっていれば幸いです。

何かありましたら、お気軽にリテイクをどうぞ。
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雪芽泉琉 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年04月08日

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