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『恋愛初心者の未来は 』
皆月 若葉aa0778)&魂置 薙aa1688

 ――四月は新生活の始まり。そして、出逢いの季節でもあります。
 テレビから聞こえてきたその言葉に、二人打ち合わせたかのようにピタリと動きを止めた。元々会話が途切れて、決して苦ではない沈黙が間に横たわっていたのだが、今は先程までとは違い微妙な居心地の悪さがじっとりと汗を滲ませるような静寂を生み出している。
 四月某日の昼間、ついさっき少し遅めの昼食を取った頃合い。部屋の主である皆月 若葉(aa0778)は座っていてもほんの少し高い位置にある魂置 薙(aa1688)の顔へぎこちなく視線を向ける。途端に彼も同様の思考の流れに至ったのだろうか目が合って、思わず首を痛めそうな勢いで大きく逸らしてしまった。頬の周りがじわりと熱を帯びる。
(ほら、最近暖かくなってきたしね?)
 胸中で誰にともなく言い訳を零して、しかしその原因は重々自覚している。今年のバレンタインデーに告白され、若葉自身も告白をし返すような形で想いを通じ合わせた恋人。そんな唯一無二の人である薙がいる前でその話題は正直やめてほしい。それが今の若葉の切なる願いだった。
 クリスマス頃のように一緒に買い物をしたり、喫茶店やファミレスで過ごす分には何も問題はない――というか、関係が変化する前と然程変わらない。もしかしたら付き合いの長い友人には悟られているのかもしれないが、表面上は親友のままに見えるだろうと思う。それは自分たちが同性同士だからというよりも単純に、自ら宣言するような事柄でもないからつい言わず仕舞いになっているだけで、勿論恋人に違いないのだから寒さを理由に歩きながら軽くじゃれついたり、話しながら不思議と意識することのなかった顔貌の細かいところまでじっと眺めたりもする。しかし外では罷り間違っても恋人らしい行為はしないと思うのだ。そういう意味ではある種安心感があって。
「……えーと、どこか分からないところとかない?」
「んー……大丈夫、かな」
 自分より年下の、でも大人びた顔立ちを少し傾け、視線を目の前のノートに落としていた薙がちらりとこちらを見返して直ぐに伏せてしまう。シャープペンシルのノックを押す音が時計の秒針の音に混じって響く。付けっ放しのテレビからは先日熱愛報道があったばかりの若手俳優が司会者に根掘り葉掘りと質問されている音声が流れていて、確か俺とあんまり変わらない歳だったよな、なんて思いつつ――。
「俺、お茶を淹れてくるね!」
 すっと立ち上がるのが先か言うのが先か。エージェントとして培った観察眼で以って空のグラスに気付いて素早く回収すると、薙の返事も待たずに勢いよく方向転換して部屋を出る。二つのグラスが乗ったお盆の取り回しは完璧だ、と思考を空回りさせながら階段を降りてダイニングテーブルに一旦置き、冷蔵庫に向かわずに玄関扉を開けた。庭に出れば愛犬たちが大喜びで若葉を迎えてくれる。屈んで一番勢いのあったネロの体を抱き留めつつ、首の辺りに顔をうずめて無言の間に溜め込んでいた息を思いっ切り吐き出した。
「ごめん、散歩はまた後でね」
 三匹均等に撫でくり回しながら断りを入れる。その代わりクタクタになるまで付き合うからとフォローも加えて。
 現在ではただ無邪気に自分たち家族を受け入れてくれる愛犬がひたすら可愛い。同じく家族であり、戦闘における相棒の一人でもある第二英雄もとても可愛い。第一英雄も見た目は格好いい系だけど、可愛いところもある。しかしそれ以上に。
「……薙が可愛くて困る……」
 普段は可愛いと思うよりも、格好いいと思うことの方が多い。それは振られるだろうと腹を括っても尚真っ直ぐに向き合ってくれたことだったり、将来を見据え真剣に取り組んでいる姿だったり。自分にはなかなか真似が出来ないと素直に思える、彼の姿勢に対しての感想だ。しかしそんな薙もいつから好きだと思ってくれていたのかは恥ずかしくて訊けていないものの、恋愛経験は多分同じ初心者レベルで。先程のように時たま初々しい反応をする。そうすると今となっては遠い昔の話にも思えるエージェントとしての先輩心が疼いて、けれどあの頃とは色々なものが変わったことを実感した。
「まだ、二年も経ってないんだよなぁ」
 知り合って他愛もない話をするようになって、友人の一人から親友になってそれから。二ヶ月前だって離れ離れになる未来を想像さえしていなかったけれど、今は一緒にいたいという明確な願望があってそれを違えない自信がある。薙も同じ気持ちでいてくれるだろうと確信も抱いている。
 王と決着を果たした後で振り返れば、これまで沢山の依頼を引き受け、多くの縁を結んできた。薙以上に長く交流のある人もいれば、別の道を選んで久しく会っていない人もいて。寂しいけれど、人生には別れも付き物なのだと理解した。彼らとの繋がりがあるから今の自分が出来て、薙を好きになったんだと思うとくすぐったい心地がする。
「薙を好きになれてよかった。薙が俺を好きになってくれて嬉しい」
 愛犬たちをまとめて抱き締めて独り言を零した直後、背後からガンッと派手に何かがぶつかる音と小さく漏れる苦悶の声が聞こえた。姿勢はそのままで顔だけを向ければ言わずもがな、庭と玄関を隔てる柵にぶつけたらしい足を軽く振って息をついた薙が歩み寄ってくる。誤魔化すような咳に引き寄せられて頭を上げると自分と似たり寄ったりに紅潮した顔が見えた。空気を読んだ三匹が固まった若葉の腕から抜けて小屋の方に戻っていく足音がする。
「……あんまり、そういうこと、言わないで」
 ――カッコ悪くなっちゃうから。
 付け足された言葉は小さく、けれど二人しかいない空間にはしっかり響いて。は、と若葉の喉からそっと息が漏れた。家の外から見えないように配慮してか、屈んだ薙に引き寄られて腕は自然と彼の手へと伸びる。むずかる子供のように軽く頭を左右に揺らして、髪の間から触れる耳や首筋は平時なら熱を疑うくらい熱い。ああ、どうしよう。胸中で呟いて、俯いて。
「俺もう、幸せすぎてどうにかなりそうだよ」
 つい溢れた本音を聞いた薙の腕の力が強くなるのが分かった。

 ◆◇◆

 もしも若葉の両親や第一英雄がいたら小言の一つでも飛んでいたのではないかと思うほど騒々しく、足音が遠ざかっていく。上滑りする薙の意識を引き戻すのはテレビから聞こえる爽やかな笑い声だった。臆面もなく俳優が言う。――彼女を愛してるのでこの先何が起こっても大丈夫ですよ、と。彼の恋人はワイルドブラッドで、その事実が報道の勢いに拍車をかけた感は否めない。外見も文化も枚挙にいとまがない英雄の存在が浸透した今でも異種族に対する偏見は完全に消えたわけではなかった。
 芯が紙に触れていたらしく、ミミズがのたくったような線を描いたシャープペンシルを置いて、薙は顔の左側を撫でた。そこには傷痕は残っていないし、機械化の技術の高さから自分でも普段は意識しないくらい、生身も同然に機能するけれど。知人がアイアンパンクと知ったら普通の人は同情する。全部察したような顔をして。
 そんな事実以上に、復讐にかろうじて生を繋ぎ止められていた日々がコンプレックスになっている。相討ちも念頭に置いて、戦う術を身に付けることだけに必死になり、英雄と交わした誓約の本質から目を背けた。もう誰か大切な人を作るのは嫌だと思いながら、手を差し伸べてくれる仲間に心のどこかで甘えていた。将来どうしたいか考え始めたのだってごく最近の話だ。過去の生き方に後悔はないが、同世代の友人たちと比べあらゆる経験が足りないことが今になって薙の足を引っ張る。
(僕はどうしようもなく、子供だ)
 ノートをぱらぱらと捲れば、本屋で購入した参考書を元に、食品衛生に関する法令の要点を纏めた文章が綴られている。別の物には教えてもらったレシピを書き写して、若葉と二人で感想をメモしていた。夢は喫茶店の開業。しかしそれを達成する為には知識も実地もまだまだ足りていない。
 エージェント活動で得た蓄えがあるので当面は困らないにしろ、近い未来必ず戦いのない世界がやってくる。姉のような存在もいればやりたいこともあって、最愛の人も直ぐ側にいてくれる。それがこの上なく喜ばしく、幸せだ。その反面で理想が身の丈に合っていないと痛感しもどかしくなる。
 若葉が好きだと自覚してから告白に至るまでの間と同じだ。幸せであればあるほどに、いつか失うんじゃないかと怖くなる。欲深くなっていく。――といえど。
「絶対に、離す気なんて、ない」
 彼が同じ気持ちでいてくれる限り、いつまでも。
 恋や新生活に悩んでいる人に、と、視聴者にメッセージを送る俳優の画を消して。リモコンを置くと薙は立ち上がった。自分らしく飾らずに振る舞えばいい、とは英雄にも言われたアドバイスだ。肩肘張らずに格好はつけたいなんて、我ながらひどく面倒くさい。でもなりたい自分になろう。それが最愛の人を苦しめてしまうのなら容赦なく引っ叩いてもらえばいい。
 勝手知ったるとまではいかないものの、若葉本人と恋愛絡みの話題さえ意識しなければ緊張することもなくなってきた家の中を歩く。ダイニングのグラスを見て「あれ?」と首を傾げたところで、庭の方から微かに犬の鳴き声がした。飼い主のことが好きでたまらないと分かる、甘えた声だ。
(さすがに、嫉妬はしない……けど)
 誰より一緒にいたいと思う。恋愛事に限らず人生経験も未熟な頼りない恋人かもしれない。でも若葉を幸せにする為なら頑張れるし、彼が楽しければ自分も同じ気持ちになれる。そんな自信だけは一杯だ。
 靴の踵を踏みかけ、落ち着いて履き直して。逸る気を押さえ込みながら玄関扉を開く。風が吹いて、それに紛れるように柔らかい若葉の声が耳に触れた。感情は言葉にならずに動揺が失態になる。思わず目が潤むくらい痛かった。
 何とか体裁を整え近付けば、しゃがんで背を向けた格好はそのままに振り向いた彼の顔は、火を吹くような、という表現がしっくりくるくらい赤い。
(……可愛い)
 それは今年度で大学三年生になるのに未だ高校生に間違えられるような造作をしているだけでなく、薙が知る若葉の気質に拠るところが大きい。自ら率先して貧乏くじを引いて素直に良かったと笑えたり、場の空気を変える為なら何事でも伝えられたり。それは若葉の強さであると同時に不器用さでもあると薙は思うのだ。だから愛しく思って直接的に言葉にするのは恥ずかしいから可愛いに置き換える。
 近付き、責任転嫁の言葉を吐き出して、触れる。緩む口元も潤む目元も見られたくなくて、後ろから抱き締めた。重ねられた手はひどく熱くて、声が息と共に零れる。独り言のような甘い言葉に、ぎゅっと胸が締め付けられた。――ああ、もう。胸中で呟く。
「僕も同じ気持ちだから、安心して」
 こうしてまた背伸びをしてしまう。でもきっと彼には見透かされているのだろうと思った。だってどうにかなるんじゃないかって思うほど早鐘を打つ鼓動は筒抜けだ。今はまだ恋人として始めたばかりで、恋愛の話題が出る度にドキッとしてしまう初心者だ。手を握るのも唇を触れ合わせるだけのキスをするのさえ勇気が要る。
 目を閉じれば遠い記憶が甦る。温もりは記録に残せないから朧げではあるが、確かに自分は愛されていたのだと断言出来る優しい思い出だ。大好きだから一緒に逝けなかったのが悲しかった。そして、生まれた世界も違う新しい家族がもう一度ちゃんと人として生きる契機をくれた。目の前には生涯を並んで歩いていける彼が居る。若葉とも違った形の家族にいつかなれると、まだ上手く想像出来ないし根拠もないけれど。そうなる未来を思い描く。
「若葉のこと、好きだって気持ちは、誰にも負けない。だからずっと、側にいてね」
 くぐもった声で言えば、触れた箇所から振動が伝わってくる。不安や焦りを吹き飛ばす春一番のような意外と豪快な笑い声。どんな表情をしているのか見なくても想像出来たけれど、確かめたくて薙は顔を上げて腕を解いた。向き直った若葉の顔に浮かぶのは片想いをしていたときには上手く見れなかった満面の笑みだ。薄く膜を張った瞳が柔らかく細められる。
「楽しいことも辛いことも全部、分け合ってこう」
 皆の絆で守られた未来は、遠くまで続いているから。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
わたしが勝手に思うお互いへの好きを全力で詰め込みました。
結果やっぱり、展開的には動きがなくて申し訳ないんですが、
せっかく告白するシーンを書かせていただけたので
ラブラブ感もどうしても出したくってしょうがなく。
ずっと一緒なのを踏まえた今が書けてとても楽しかったです。
今回も本当にありがとうございました!
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2019年04月09日

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