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『妖刀少女』
セレシュ・ウィーラー8538


 陶然としている少女の眼前で、セレシュ・ウィーラー(8538)は片手を振ってみた。
 少女の美貌は、何の反応も示さない。セレシュを見つめる瞳は、微動だにしない。
 生身であるはずの少女が、人形のようになってしまった。
 人形であるはずの少女が、生身に等しい驚き方をしている。
『ち、ちょっと何をしたのよセレシュ・ウィーラー。私が見ていてもわからないような人形化の秘術でも施したの!? どうやったのか教えなさいよ参考までに』
「ちゃうって、そういうのやない……ははん、なるほど。あかんかったか」
 セレシュは1人、頷いた。
「あれやね。うちの魅力の、虜になってもうたんや」
『……真顔でそれを言う女、初めて見たわ。頭は大丈夫?』
「冷静に理論的にアカデミックに考察して、辿り着いた結論やで」
 セレシュは、くいっと眼鏡を弄って見せた。
「見ての通り、うちは今お人形や」
『結局、人形を続けるのよね』
「お人形っちゅうのはな、見られるために存在しとるモンや。お人形に成った事で、うちは今『人に見られる』能力にステータス全振りしとる状態なんよ。魅了の魔法がMP消費も無しに自動発動しとるようなもん。幻覚の指輪で抑えといたんやけどな」
 その指輪は、外してしまった。
「しかもや、うち元々が人間とちゃう。自分で言うのもアレやけど神話級や。魅了の魔力がだだ漏れになったら、精神耐性ない一般人はイチコロやねえ。いやホント自慢する事とちゃうけどな」
『こんな人斬り女も、神話級の化け物から見れば一般人なのねえ……貴女も斬られたみたいだけど、傷は? 私、簡単な治療魔法なら使えるわよ。屍肉を繋いでフレッシュ・ゴーレムを作る技術の応用で』
「お、お気持ちだけもろうとくわ。大丈夫、うちは無傷」
 無傷の胸を、セレシュは晒した。傷1つなく美しい、だが樹脂の塊でしかないものが2つ、露わなままである。
「お洋服は……もうちょい丈夫に作らなあかんな。布地に防御魔法を織り込む技術、まだまだ改良の余地ありや」
『いいから、そんなもの誇らしげに晒すのはやめなさい。で……どうするの? この人斬り生き人形』
「せやったな。まずは、この難儀な刀を……」
 生き人形などと呼ばれた少女の手から、セレシュは妖刀を奪おうとした。
 奪われるのを避けるかの如く、妖刀が少女の手から滑り落ちて地面に刺さる。
 セレシュが拾う、よりも早く、少女がそのまま座り込んで妖刀を抱き締めた。
 音もなく、衣服が裂けた。
 刀身が、少女の身体に埋まっていた。寸分の狂いもなく、正中線に食い込んでいる。
「うわわわ、あかんグロ画像や!」
『何をやっているのよ、もう』
 もともと死霊術師であった人形が、座り込んだ少女を観察している。
 肉の鞘と化したまま、少女はなおも陶然としていた。
『……これ、私がもらうわよ。邪悪な死体として、いろいろ使ってあげるわ』
「あかんちゅうの」
 セレシュは魔法の霧吹きを取り出し、その中身を少女に吹き付けた。
『それは何?』
「魔法の霧や。知り合いに、蝋人形の付喪神がおってなあ」
 その説明で理解してもらえたとは思えないが、とにかく少女は硬直していた。
 固まっている、と言うより時が止まっている。肉の鞘と化していながら、1滴の血も流れていない。
『何よ、これ……』
 人形が、少女のはだけた胸元に恐る恐る手を触れた。
 その手が、即座に引っ込んだ。
『硬くて冷たい……鼓動も呼吸もない。死んだと言うより、最初から生きていない感じ。まるで本当に蝋人形じゃないの。死体ならともかく、人形は私の管轄外ねえ』
「このまま時を止めとかなあかん」
 セレシュは言った。
「見たらわかるやろうけど……この子、呪われとる。妖刀にな、魂まで取り憑かれとるんや」
 言いつつ、妖刀の柄を握る。
「……抜けへんし。ま、しばらく鞘の代わりやな。連れ帰って、ちゅうより持って帰って、じっくり浄化や」
 セレシュは、ひょいと妖刀を持ち上げた。無論、鞘である少女もろともだ。
 それを、人形に手渡す。
「うち疲れたさかい、これ持って来てや」
『このまま持ち歩けと? いやまあ私は別に構わないけれど』
「……うちが構う。ちゃんと姿隠しの魔法かけたるから」
 セレシュは、宙に魔法陣を描いた。


「じゃ、それ倉庫にしまっといてや」
『ふふん、まるで猟奇殺人ねえ』
 そんな事を言いながら人形が、肉の鞘を被ったままの妖刀を担いで倉庫へ向かう。
 セレシュは、浴室へ向かった。
 裂けた衣服を脱ぎ捨てて、鏡を見つめる。
 もったい付けて隠すような身体ではない、単なる人形の姿が、そこにあった。
 まあ美しくはある。胸と尻の膨らみも、それらを引き立てる胴のくびれも完璧で、球体関節は溶け込んだかのように目立たない。
 完璧な、造形美である。
 それは、物としての美しさであった。
「普通に……成長したら、ええねんけどなあ」
 肉体の成長が止まってしまったのは、果たして何万年前であっただろうか。
 セレシュは考えるのをやめ、浴室に入った。
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年04月09日

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