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『笑戦 』
リィェン・ユーaa0208)&イン・シェンaa0208hero001)&aa0208hero002

「世話になった」
 リィェン・ユー(aa0208)が馴染みの女子へ笑みを向ければ。
 それはもう真剣に二度と来ないでください。と、いろいろ強調された否定で押し返された。

 ここはH.O.P.E.の提携病院で、女子はそこの受付係である。
 食した者の魂を侵し、死へと至らしめるテレサ・バートレット(az0030)の手作り料理、略してテ料理を自ら爆食してはICUへ担ぎ込まれること、すでに幾度繰り返したことだろうか。
 すべてはテレサへの愛ゆえの自業自得ということになるのだが……H.O.P.E.の上層部から「テ案件の犠牲者はなんとしてでもこの世に引きずり戻してほしい」との要請を受けている病院としては、自業自得だからといって見殺しにはできない事情があった。
 それでも、思ってしまうのはもうしかたあるまい。ヤツが、また来やがったと。

 毎度思うことだが、娑婆の空気はうまいな。
 リィェンはのんびりと体を伸ばし、筋力と柔軟性の衰えをチェックする。最近はテのダメージからの回復速度が上がっているので――人体の神秘というやつである――それほど気にするところではあるまいが、それでも従来の武力を取り戻すには半月ほどかかるだろう。イン・シェン(aa0208hero0001)と零(aa0208hero002)、契約英雄のふたりに力を借りて、少しでも早くの復活を為さなければ……
 天誅ぅぅぅう! と、降り落ちてきた鉄パイプを掌で受け止めたリィェンは、それを掴む主の顔を見やる。うん、このバラクラバに見覚えはないな。
 それはそうか。そもそも覆面に知り合いなんざいないんだから。入院ボケってことなんだろうが、まったく困ったもんだ。
 やれやれと掌を握り込んで拳へと変じれば、その握圧によって生じた衝撃が鉄パイプを大きく弾き、バラクラバの体を開かせた。
「しかし、天誅ってのはなんだ? 意味がわからん」
 肝臓へ軽く蹴りを入れてバラクラバをのたうちまわらせておいて、リィェンは首を傾げたが。
 バールのようなものやらコイルネイラ(釘打ち機)を改造した釘銃を手にしたバラクラバがぞろぞろ現われたことで、悩む必要はなくなった。
「ま、ひとり残しておけばいいだろう」
 気を練りながら歩を進めるリィェン。この程度の輩が相手ではリハビリにもなるまいが、正当防衛の範疇で調子を確かめさせてもらうことにしよう。


 東京は池袋にある、点心茶屋の一角。
「ヲチスレでちょっと盛り上がってるアルねー」
 白茶――加工を最低限に留めた中国茶。茶葉の善し悪しが味にそのまま出ることが特徴――をひとすすり、マイリン・アイゼラ(az0030hero0001)はインにタブレットの画面を押し出した。
「をちすれ? なんじゃそれは」
 点心の詰まった蒸し器をいっぱいに積んだワゴンを押すウェイトレスから焼売を受け取ったインがタブレットをのぞき込む。
 画面に映しだされていたのは電子掲示板の1スレッドで、タイトルは『GHヲチスレ』と、そのままといえばそのままなものだ。
「ジーニアスヒロインの支持者どもが、名を明かさずに短文を書き込んでおる場だな」
 白酒を呷るついでに横からのぞきこんだ零が解説する。
「ヲチって言ったら、ターゲットのことこっそりながめてケチつけたりするとこアルけど……ここはテレサの非公認ファンクラブみたいな感じアルね」
 H.O.P.E.にはテレサのファンクラブが存在しない。広告塔である彼女だが、本道は特務エージェント。動向を漏らすような真似はできないからだ。
「それで、なにが盛り上がっておるのじゃ?」
 専門用語らしき単語が並ぶレス読みを2秒で放棄。インはマイリンへ問う。
「こないだ“ほぷこん”キャンペーンあったアル? あれの動画が流出してるアルよ」
 スレッドをいちばん上へ繰り、テンプレートとなっている1レスめに張られたリンクをクリックすると。
『本当に綺麗だ』
『ん、ありがと』
『――俺はいつだってここにいる。それだけは信じてほしい』
『リィェン君? それって』
 なんていうやりとり画像が高画質で映しだされて。
「なんじゃこのゲロ甘酸っぱいやつはあああああ! 酒じゃ! 誰か強い酒を持てえええええ!」
「酒ならそこにある。好きに飲め」
 零に指された白酒をごぶごぶ呷って荒い息をつき、インはぶるぶるかぶりを振った。
「しかしなんじゃ。これだけ見ると、すっかりできあがっておるようじゃの」
 できあがっているのは汝だ。冷めた目で言い置いて、零がもう一度画像をリプレイする。
「ふむ、企画については周知されていても、その間にかようなやりとりがあったとなれば、支持者どもも心易くはおれまいな」
「そういうことアル」
 レスのいくつかを抜き出して示すマイリン。
 それはテレサの相手役を務め、さらにこんなセリフを投げかけたリィェン・ユーという男への憤りを記したものだった。
「テレサはリィェンの名前も言っておるしの。特定も早かろうて」
 書き込みの中で統一されていく『天誅』の文字にため息を漏らし、インは立ち上がる。
「どこへ行く気だ?」
 問う零へ、彼女は知れたことよと返し。
「リィェンは毎度のごとく病み上がりじゃ。脇の甘さを突かれんとも限るまい? そのくらいの露は払ってやろうというだけよ」
「それでは支持者どもに言い訳を与えることとなるぞ」
 零は酒をすすり、言い募る。
「ライヴスリンカーが暴力をもって己を害したとな」
 たとえテレサファンがリィェンを襲っても、自衛したはずのリィェンの側が過剰と判断されればより大きな罪を被せられることとなる。法律とは実に厄介なものなのだ。
「そうなれば当然、テレサ嬢にも悪評が着せられようさ」
「ぬぅ」
 座りなおしたインは焼売を食らい、酒で流し込む。自らの武を、これほど歯がゆく思う日が来ようとは思いもしなかった。
「我らにできるは事態をながめやる……こちらの言葉を借りるならばヲチすることばかり。ゆえに腰を据えておくのだな」
 零は空心菜をつまんで歯触りを楽しみつつ言葉を重ねた。
「それにテレサ嬢の心というものもある。我らが過ぎた騒ぎを見せれば、据わりきらぬ腰をさらに浮かせることとなろう。なんぞを行うにせよ、密やかにだ」
 リィェンにとってのテレサは運命の女であろうが、テレサにとってのリィェンはボーイフレンドの域に留まる。外野のせいでその微妙な距離感まで壊してしまうのは、インとしても不本意だ。
「ただこれ、一般人があれこれ騒いだって感じじゃないアルよねー。なんていうか、プロの煽動? 感じるアル」
 かくてマイリンは、テレサが先日巻き込まれた小さな騒動について語り始めた。


 襲撃者どもをもれなく転がしたリィェンは、自身がいつでも実戦に復帰できる程度に回復していること、そして武装しているとはいえ一般人相手にやりすぎていないことを確かめてから警察へ連絡を入れた。その配慮の甲斐あってか、事情聴取という形で連れて行かれた警察署からもすぐに解放されたわけだが。
 結局なんだったのか、よくわからんな。
 襲撃者たちは口々に天誅を唱えるばかりで口を割らず、リィェンにしても往来で口を割らせるようなことができるはずもなく。
 リィェンは息をついてスマホを抜き出し、とある番号をコールした。
 気になることがあったのだ。襲撃者たちの胸につけられた、そろいの“GH”なるバッジ、それが示すものが思ったとおりのそれなら……
『Hi Ryien.How's it going?』
 リィェンからの連絡にHelloではなく、親しい間柄で使うHiで出てくれた。それだけのことがうれしい。浮かれそうな声音を無理矢理抑え込み、リィェンは努めて静かに声音を紡ぎ上げた。
「ああ、いや、たいしたことじゃないんだが、きみは今ニューヨーク本部か?」
『ん、どうして?』
「イギリス英語じゃなく、アメリカ英語だったからな。それだけさ」
『Lovely! ダンシミッカデカツモクセヨ、ね』
「そういうことにしておいてくれれば、俺の努力も報われるさ」
 他愛のない会話が、たまらないほどに胸をあたためる。リィェンは鋼の意志でもって本題を絞り出す。
「なにかトラブルに巻き込まれていないか? 俺のほうは今少し騒がしくてな」
『んー、特になにも。ああ、週刊誌の突撃取材があったわね。ちょっとした事故があって、データはカメラどころかクラウドからも消えちゃったみたいだけど』
 なるほど、特務班か情報部が手を回したか。ジーニアスヒロインの名前はゴシップ誌なんぞに穢されていいものじゃないからな。まあ、だからこそ向こうはテレサを撮りたかったんだろうが、それにしてもH.O.P.E.のVIP相手に、詰めが甘すぎないか?
「広報を通さずにきみを取材したかった理由、心当たりはあるか?」
『この前のH.O.P.E.婚キャンペーンをどう思うか訊かれたから、ライヴスリンカーだって恋もすれば結婚もするでしょうって応えておいたけど』
 当たり障りない返答ではあるが、これではテレサが結婚を考えるほどの恋愛をしているように取る者も出てくるだろう。
 しかしこれでおおまかには知れた。
 数十メートル先のコインパーキングに停まった一台のセダンへ視線を送り、リィェンは歩み寄っていく。
「俺もきみと同じ意見だ」
 拾い上げた小石を親指で弾き飛ばし、セダンの窓から突き出した集音マイクをノックしてやる。だから、今のセリフは録音されていないはずだし、ヘッドホンで盗み聞きしていた輩はいきなりの激突音にのけぞったことだろう。
「来客だ。きみの都合のいい時間にかけなおしていいか?」
『これから少し留守にするから、戻ったらあたしのほうからコールするわ』
「じゃあ、俺のほうは後で留守録に報告を入れておくよ」
 通話を切り、リィェンはあわただしい空気が漏れ出してくるパワーウインドウの隙間へ指をかけ、功夫をもって壊さないようゆっくりと引き下ろす。
「盗聴はこの日本でも犯罪だったと思うんだが、どうにも記憶があいまいでな。幸いそこに警察署があることだし、いっしょに訊きに行かないか?」
 やけに据わった目をしたふたりの男、その傍らに望遠レンズを取りつけたカメラがあることを確かめたリィェンは笑みを傾げてみせる。
 今時のパパラッチはスマホで気づかれないように撮影するらしいが。接近する気がないなら昔ながらの装備のほうが鮮明に撮れるしな。
「アクセルを踏んでも無駄だぞ? 俺の指を外したいならハイドロプライヤー(油圧式ペンチ)でも持ってくるんだな。と、そのくらいはもう調べてるんだろうが」
 にこやかに語りかけながら、スマホで彼らの顔を撮影、とある番号をコールする。ちなみにH.O.P.E.で支給されているスマホは一般用とは別の回線、別の周波を使っているので、通常の方法では傍受ができない。だからこその集音マイクだったわけだが、こうして目の前で話せば当然のごとく聞こえる。
「ああ、リィェン・ユーだ。今送った顔写真から素性は調べられるか? 日本のパパラッチだから、調査範囲はそこに絞ってくれていい」
 少し待つように言われたリィェンは、通話を保ちながら男たちへ再び声音を投げた。
「イギリスの雑誌に雇われたんだろう? GH――ジーニアスヒロインのゴシップは、表でも裏でも高く売れるだろうしな。しかし、結婚のパワーワードだけを切り出して騒ぎを起こすのは、さすがに穏やかじゃない」
 ここまで来ればもう、先ほどの襲撃者がただの一般人ではないことも知れている。彼らは雇われたのだ。テレサの相手役を務めたリィェンを陥れるために。雑誌を飾る記事にわずかな彩りを添える、ただそれだけのために。
 武辺だった俺がこんなことまで察せられるようになるなんてな。
 苦笑して、続ける。
「俺が襲われるくらいなら笑ってすませるが、テレサを巻き込むなら話は別だ。俺はH.O.P.E.ほど綺麗でいなくちゃならない立場じゃないんでな」
 そうしてスマホに送り返されてきた男たちの情報を、見せる。個人どころかその血縁までもを含めたその情報があれば、どれだけのことができるものか――他ならぬ男たちは知っていた。
「ここで提案だ。今、きみたちが盗撮盗聴したデータを俺に渡してくれないか? どこかに保存しているならそのデータも破棄してほしい。わかってるよ。きみたちがこの場で見聞きしたことを誰かにしゃべったりしないって」
 顔写真ひとつを元に数分で、これだけの個人情報を割り出せる相手であることを言外ににおわせ、“お願い”をする。
「きみたちの全部を賭けなきゃならないほどのネタでもないしな。お互い、静かに暮らせるのがなによりだ」
 渋々と渡された4枚のSSDを指先でへし折り、ポケットに収める。
 その中で、電話の向こうからネットに流出しているリィェンの動画はどうするかと問われたことには「処置を頼む」とだけ告げて。
「俺のほうもきみたちのデータを破棄するよ。ただし、それは俺がきみたちをすぐに追いかけられなくなるってだけのことだ。不満があるなら場所を変えて話し合うことになるが、どうする?」
 男たちはなにも言わず、セダンはあやうく警察署に突っ込む勢いで発車した。
 それを見送りながら、電話の向こうにある古龍幇の情報屋へ礼を言う。
「つまらないことを頼んで悪かった。この借りは近く返す」
 いらん。そんなことより、我らが長をわずらわせるなよ。吐き捨てるように告げ、情報屋は通話を切った。


「あ、動画削除されたアル!」
 タブレットを見ていたマイリンが声をあげた。
 それだけでインと零には知れる。リィェンが密やかに事を収めたのだということを。
「とはいえ、これを見た者すべての記憶を消すはできぬからの」
 肩をすくめるイン。
 マイリンから突撃取材の話は聞いたわけだが、マスコミやその周囲で生きるパパラッチは、たとえリィェンに阻まれたとしても追うことをあきらめまい。ジーニアスヒロインの恋愛と結婚は、それだけの価値がある。
「命の危機でも迫ればさすがにあきらめようさ」
 淡々と物騒なことを語る零に、インはいやいやとかぶりを振ってみせ。
「さすれば手と品を変えるばかりじゃ。人は業の深いものゆえに」


 ひとり残されたリィェンは、諸々について考える。
 今まであまり気にしてこなかったが、テレサを狙うのはなにも凶刃ばかりではない。それを上回るほどの悪意の目が、常に彼女をつけ狙っているのだ。
 うまくいなしてるってことだろうが……もっと頼ってくれていいのにな。今の俺は、よくも悪くももうただの武辺じゃないんだから。
 しかし、その立場を振りかざす気はない。きみの前ではただのリィェン・ユーでいたいそうじゃなきゃ、意味がない。
 リィェンは意を決し、テレサのスマホをコール。留守録へ語りかける。
「リィェンだ。さっきの話の続きなんだが、ライヴスリンカーだって恋もすれば結婚もする。俺もその意見にまったくもって賛成だ。そして、きみがそれをする相手が俺であってくれればと、そう願ってるよ」
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2019年04月10日

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