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『クレア・マクミランと豚骨ラーメン 』
クレア・マクミランaa1631

 二〇一九年某月某日。
 季節的には春めいてきたというものの、気温はまだまだ冬だった。

 その日、クレア・マクミラン(aa1631)が日本にいたのは、まあちょっとした野暮用である。
 その用事も済んで、ホテルにチェックインして……そういえば夕食がまだだったことを空腹で思い出した。安いビジネスホテルに夕食はついていない。どこぞに買いに行くか、どこぞの店で食べるか。食事をすっぽかせば英雄のお小言が飛んで来る。幻想蝶から視線を感じて、クレアは肩を竦めるとホテルから出ることにした。

 日本におけるクレアは外国人ではあるが、英雄という異世界の存在が市民権を得ているこの世界において、あまり外国人だからと目立つようなことはない。包帯顔の第二英雄が往来をのしのし歩いても特に気にされないのだから。

(寒いな……)

 ミリタリージャケットのジッパーを上まで閉めて、顎を埋めて、クレアは白い息を吐いた。
 日本の夜。繁華街は電気と喧噪に照らされて、道路はひっきりなしに車が通る。見上げる星空はビルで狭く、星も少ない。
 サイフにいくら入ってたかな、なんてしみったれたことを考えながら、クレアは特に目的地もなく道を歩いた。居酒屋やカラオケの店員が、この寒空の下、声を枯らして客引きをしている。「どうですか?」と言われてしまうと行く気がなくなってしまうのは不思議なものだ。

(コンビニか……適当なファミレスか……)

 明日のフライト時間は早い。あまり夜遅くまでウロウロしていては睡眠時間が犠牲になる。心の中で第一英雄に「バランスの良い食事を」とたしなめられたような気がした。イマジナリーだ。
 さてなんぞないか、クレアは周囲を見渡した。
 すると、目に留まったのは小さな小さな屋台である。独特の、そして食欲をくすぐるにおいがした。

 ――豚骨ラーメン。

 第一英雄はコレステロールや野菜不足がなんやかんやと言いそうで、第二英雄はカロリーを摂れ摂れと囃しそうな。

(ラーメンか……)

 あの、ズズズッと麺を啜るのが、英国人である彼女には未だにウッとなるものだが。
 まあ異文化を否定したりはしない。幸い、客はいないようで、あのズズズッと聞かずに済みそうだ。

「……豚骨ラーメン一つ」

 ので、クレアはチープな椅子に腰を下ろしながら、暇そうにしていた店主にそう言った。へいらっしゃいと、店主は来客にいそいそと調理を開始する。
 クレアは店内を見渡した。結構古い屋台のようだ。有名人が来てくれました、テレビや雑誌で紹介されました、という色紙や写真がある。
「今日も寒いねぇ」「そうですね」なんて他愛もない会話をいくつかしていると、ほどなくして豚骨ラーメンが「へいおまち」と目の前に出された。

 シンプルな豚骨ラーメンだ。

 つやつやした黄金色のスープに、ボリューミィな分厚いチャーシュー、これまた分厚いキクラゲとメンマに、青々としたネギ、とろりとした黄身を覗かせた茹で卵。立ち上る湯気は温かく、クレアの冷えた顔を温めてくれる。
 胃がきゅうと鳴った。空腹に、この存在感はたまらない。
 店主はクレアが日本人ではないことを見て、「フォーク使うかい」と聞いてくれた。「お箸を使えるので大丈夫です」と断った。
 卓上にあった割り箸を割って、いざ実食。熱いからと少しだけスープからつまんで取り出した麺は、細く真っ直ぐしていて、スープを帯びて煌いていた。ふぅふぅと少し冷ましてから、一口。麺を啜ることはやっぱりどうしてもできないので、少しずつ口に運ぶスタイルになる。

「……うん、」

 もぐもぐしながらクレアは頷く。寒い中を空腹のまま歩いた身に、それはそれは染み入る味だ。タフネスな味は、今日一日労働した体を労ってくれるかのよう。そして驚くべきことなのだが、外見のコッテリさに反して実に実にアッサリとしているのである。

(豚骨ラーメンがアッサリしているなんて……)

 アッサリと言ったが、かといって食べ応えがないという意味では決してなく。
 箸が進む。熱くてがっつくと火傷してしまいそうになるのがじれったい。味の染み込んだチャーシューに齧りつく。とろける豚の脂は何とも甘い。合間に食べるキクラゲやメンマはシャキシャキと歯触りが素晴らしく、このラーメンという一つの完成品を飽きさせない。
 何よりスープだ――コッテリとアッサリの両立、本来ならば相反するはずのそれが、完全に調和している。食べ応えがあるのに、くどくない、しつこくない。カルチャーショックすら受けそうだ。
 幻想蝶から「いいなぁ……」という目線を感じたような気がした。残念だがこのラーメンは一人前だ。店主のおやじは黙々と食べ進めるクレアに満足そうな目をしている。

「はふ……」

 カラン、とカラッポのラーメン鉢にレンゲが揺れた。
 気付けば完食していた。スープ一滴残らずに、だ。

「ごちそうさま。……非常においしかった」

 結論、カロリーが高いものは美味い。
 満たされると幸せな気持ちになる。レーションの味が士気に直結するのと同じ理論だ。
 そして美味しいものに出会ってしまった者の行く先は、調理者への深い感謝である。







 某月某日、英国某所。

「……うぅむ……」

 クレアはインスタントのラーメンを前に腕組みをしていた。
 あの味が忘れられなくて、通販して取り寄せたインスタントの豚骨ラーメン。
 を、作ってみたはいいものの。
 当たり前だが、あの味になるはずもなく。
 そらそうだ。お湯を注ぐだけでプロの味なら、世のラーメン屋は消えてしまう。
 いや、まあ、分かってはいた、分かってはいたのだが。
 まあ、まずくはない、まずくはないのだが。
 ちょっと期待していた自分なんていなかった、と言えば嘘になる。

(まあ、当面の夜食は確保できたということで……)

 チョップスティックを手に取った。いただきます。新聞でも読みながら。やっぱり麺は啜れない。なんとはなしに追う新聞の記事は、イントルージョナーがどうとか、異世界へのワープ技術の進捗がどうとか、そういった新しい時代の幕開けを謳っていた。
 茹で時間が少し短かった麺はちょっとだけ堅かった。早く食べたいから、と欲を張るんじゃなかった。



『了』




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2019年04月10日

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