▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『未知を希求せし情熱の氷にして、沈着なる炎』
エイン・デイアla2841

 とある昼下がり。自室で過ごしていたエイン・デイア(la2841)は、呼び鈴の音が鳴るのを聞き、身を起こした。
「……ふむ、来客か。昨日はつまらぬ既知ばかりだったが……今日こそは良い未知であってくれよ」
 半ば祈るように呟く。だが何れにせよ、この時点では来客の用件は『未知』。自ずと足取りも軽く、エインは表の工房へと向かうのだった。

「あら、あなたが店長さん? ねえ、表の看板を見たんですけど。『ものつくり』っていっても色々ありますよね。ここは、どんな物なら対応して貰えるんでしょうか?」
 来客の老婆は、様々な分野の道具が雑多に並べられた作業台を訝しそうに見遣り、エインに訊ねる。
「うむ、どんな物ならと訊ねられれば、どのような物でも、という回答になるだろうな。ご覧の通り、鍛冶や彫金から裁縫、料理に至るまで。大抵の物ならば、要望に応えられると思うよ」
 老婆の表情に喜色が浮かぶ。エインの応答を、どうやら頼もしいものと感じた様子だった。
「まあ。でしたら……実は、首飾りを失くしてしまったの。昔、生前に、夫から貰った物で、とても大切にしていたんです。見つけることは、もう諦めましたけど……せめて、同じ形の物が欲しくて。お願いできますか?」
 縋るように、老婆は訊ねる。
「首飾りか。うむ、良い未知だ! 面白そうだな。喜んで引き受けよう!」
 新たな未知との邂逅に瞳を輝かせ、エインは応える。
「ありがとうございます。では、ええと、お代は、幾ら位になりそうでしょうか?」
「代金は結構。強いて言えば、その首飾りに纏わる情報。それが私にとって何よりの報酬だ」
 老婆にとっては既知の首飾りであっても、エインにとっては未知。
 また一つ、新たな未知を識ることができるのかと思うと、最早エインは居ても立ってもいられない。
「さあ、では早速取り掛からせて貰おうか。それで、その首飾りとは……どのような材質で、如何なる形状であったのか。まずは詳しく聞かせて貰いたい」
 身を乗り出して次々と老婆に質問するエインの瞳には、氷の如く燃える情熱が宿っていた。

「さて……この世界の炎には、まだ慣れないが……」 
 老婆から首飾りについての情報を得たエインは早速、炉に火を熾し、素材となる金属を融解させる工程に入る。
 エインが鞴(ふいご)で新鮮な酸素を大量に送り込むと、炎は勢いを増し、益々に燃え上がった。
「しかし、炎が物を熔かすなど……何度見ても、違和感を拭えない光景だな」
 炎熱で金属が溶けきるまでは、鞴を扱う手を休める訳にはいかない。
 なかなかの重労働だったが、炉の外まで及んでくる炎の熱気を受け額に汗を浮かべつつも、エインはしみじみと呟く。
 エインの元々いた世界では、炎とは凍てつく冷たきものであり、氷とは燃焼する熱きものであった。
 故に、エインの感覚では――本来、こうした場面で用いるべきは氷である。
 酸化とは、物が酸素と結合する現象。
 そして、酸化が一際激しく行なわれる際、この世界では熱の発生を伴い、その現象を、この世界の人々は燃焼と呼ぶ。
「ふふ、思い切って異世界渡りを断行した甲斐があったな。まさか斯様な、物理法則の根本からしての未知に出会えるとは」
 知らず知らずの内に、エインの顔には笑みが浮かんでいた。
 先刻、老婆から聞いた話も、実に興味深い未知だった。
 伴侶に先立たれた遺族の寂寥も、形見の品を思う愛着も、エインにとっては未知の感情。
 そして、贋作のようなものとはいえ、再び形見の品を手にすることができた時、果たしてあの老婆がどのような表情をして、どのような感情を抱き、どのような言葉を自分に向けるのか。
 それもまた――事物を問わず蒐集家たるエインにとっては、心を掻き立てられる未知なのである。
「よし、もう充分に熔けた頃合だろう。……次は形成だ」
 鞴から手を離し、額の汗を拭い。
 注意深く炉の扉を開くエインの表情は、心の底から楽しそうだった。

 ――数日後。
 首飾り完成の報を受けた老婆は、喜々としてエインの工房を再び訪れていた。
 机の上には、精細な彫刻が施された、鈍い輝きを放つ首飾りが置かれている。
「聞いた話と預かった写真を基に、可能な限り忠実に再現してみたつもりだが……どうだろうか?」
 会心の出来ではあったが、当の本人に満足して貰えねば意味がない。依頼者に出来栄えを訊ねるエインに、老婆は満面の笑みで応える。
「まあ、まあ! そうです、これです。この形です! ああ、ありがとうございます!」
 首飾りを両手で大切そうに捧げ持ち、老婆はエインに感謝の言葉を向ける。
「……でも。やっぱり、どうかせめて材料費だけでも、受け取って戴けませんか?」
 老婆は申し訳なさそうに、遠慮がちな目でエインを見る。
「……大丈夫、これでもライセンサーとして、幾許かの収入もある。この工房での仕事は、あくまで新たな未知と出会う為、私自身の楽しみの為でもある。最初に伝えた通り、代金は不要……いや、既に充分過ぎる程に、戴いている」
 柔らかな物腰ながらも断固として告げるエインに、老婆はこれ以上の申し出はかえって非礼と理解したようで、持参していたバッグから何やら取り出す。
「それではせめて、お礼の気持ちということで……これを、受け取って貰えませんか?」
 老婆が差し出したのは、白い箱。
 箱の上には、ひんやりとした保冷パックが載せられている。
「……これは?」
 エインは興味を惹かれ、老婆に問う。
 シュレディンガーの猫然り。凡そ箱の中身というものは、須く未知だ。未知との邂逅を至上のものとするエインに、中身も訊ねずに無下に突き返すという選択肢はなかった。
「実は私、氷菓屋を営んでおりまして。シャーベットに、アイスクリームに……色々詰め合わせたギフトセットです。もし、お嫌いでなければ、ぜひお納めください」
 老婆の差し出した箱を、エインは受け取った。
 氷菓自体は、先日食べたことがある。既知だ。しかし作り手が変われば、味もまた当然変わるもの。即ち、この老婆の作る氷菓は、エインにとって未知。
 それに何より、先日食べた氷菓はとても美味だった。機会があれば、また違った氷菓も食べてみたいと。そう思っていたところだった。
「では、ご厚意ありがたく戴こう。……そうだ、折角の機会。この氷菓に纏わる話も、色々聞かせて貰えるだろうか?」
 エインの言葉に、老婆は二つ返事で快諾する。
 早速エインが箱を開けると、中から冷気と、小さなパッケージに納められた色とりどりの氷菓が顔を出す。
「おお、これもまた……素晴らしき未知!」
 エインの喜びの声に、老婆もまた嬉しそうに微笑む。
「お口に合えば良いのですが……。ちなみに、これはオレンジのシャーベットに、チョコを混ぜたもので――」
 一つ一つ丁寧に説明してくれる老婆の話に、興味津々の様子でエインは聞き入る。
 嘗てエインにとって、氷とは、熱く燃え盛り、世界を狭く在らしめる憎むべきものであった。その氷が、このように美しく、美味しく、菓子に成ろうとは。この世界に来るまでは、想像もしなかったことだ。
 スプーンで掬い、口に運ぶと。冷たさと、酸味と甘味と苦味の程良く混じった上品な味わいが口中に広がる。
「――うむ、美味い」
 また一つ、新たな未知との邂逅を果たし。
 口の中で甘く溶ける冷たい氷にも、やはり未だ慣れぬけれど。
 この世界に来て良かった。次はどんな未知に出会えるのであろうかと。
 老婆との穏やかな一時を過ごしながら、エインは思いを巡らせるのであった。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

こんにちは、黒岩かさねです。
エインさんのマイページを隅々まで拝見しましたら、このような話が降りてきました。
異世界渡りを決行する、エインさんの前の世界での物語と、どちらで書かせて戴くか少し迷ったのですが……過去話はPCさんにとって大切なものでしょうし、おまかせで書かせて戴くのもアレかなと自重し、今回はこのような形とさせて戴きました。
未知と遭遇した際のエインさんのテンションは、もうちょっと突き抜けても良かったのかな……などと自問しつつ。戦闘時に半身が炎に包まれる設定も、すごく格好良いと思いましたので、グロドラ本編でもノベルでも、もし機会があれば戦うエインさんもいつか書かせて戴けたら嬉しいです。
ご期待に応えられていると良いのですが……イメージと違う部分などありましたら、リテイクをお気軽にお申し付けください。
このたびは、ご依頼ありがとうございました。
おまかせノベル -
黒岩かさね クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年04月11日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.