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『Hydrangea』
霜月 愁la0034

●Silent Gravestone

 ――あれから、季節は幾度巡ったのだろう。
 両親の墓前に両手を合わせ、哀悼の祈りを捧げつつ。
 霜月 愁(la0034)は、その秀麗な紫の瞳に物憂げな色を滲ませていた。

 SALFとナイトメアとの戦闘が本格化してからというもの、愁はライセンサーとして最前線で戦い続けてきた。
 堅牢なゼルクナイトとしての業(わざ)と、神秘なるネメシスフォースの業を以て、数多を護り、数多を救ってきた愁であったが。
 彼の胸の内に在る感情の中で、常に最も多くを占めるものは――罪悪感と、焦燥感だった。

「僕は……この身に代えてでも。もっと多くの人達を、ナイトメアから護ってみせます」

 瞑目し、今は亡き両親の面影を瞼に浮かべ。愁は独り呟く。
 自分を慈しみ、大切に育ててくれた両親。
 思えば自分は何と、恵まれた少年時代を過ごしたことだろう。
 特別裕福だった訳でもない。
 だが、当たり前の幸せが、そこには確かに当たり前に存在し。
 そしてそれが、当たり前のものではなかったのだと愁が痛感したのは――全てを失ってからのことだった。

 嘗て。突如現れた『悪夢』は、愁から両親を奪った。
 たった一人でこの世に取り残された愁は、幸か不幸か、適合者としての資質を見出され、ライセンサーとなった訳であるが――。
 
 両親に庇われ一命を取り留めた愁には、両親を『犠牲にした』ことへの罪悪感が、重い十字架となって圧し掛かっていた。
 
「僕は……自分ひとりだけ、生き残ってしまいました」

 両親を愛していた分、心根が優しい分、尚更その十字架は、愁の心に昏い影を落とす。
 いっそ、自分もあの時、両親と一緒に命を落としていたなら――。
 否。そんなことを考えるのは、身を挺し自分を護ってくれた両親への冒涜であると解っていた。
 だから、両親の後を追うこともせず、途方に暮れながらも、粛々と、愁は自らの境遇を受け止め、前へ、前へと生き続けて来たのだ。

 風が吹き、愁の、肩に掛かる程の黒髪を揺らす。
 一瞬、女性と見紛うような、中性的な顔立ち。

 再び風が吹き、愁の着衣の裾が静かに揺れる。
 一人暮らしの愁だが、その身に纏う着衣は、常に清潔に整えられていた。
 洗濯も、掃除も、料理も。日々の生活の糧を得る為に、社会に出て働くことも。
 『あの日』まで、両親が当たり前にしてくれていたことを、『あの日』以来、愁は独りでこなしてきた。
 そして、春夏秋冬が幾度も巡るのを、眺めてきた。
 気付けば22歳となった愁であるが、その外見は、今でも幼い少年のようで。
 『あの日』から、時を歩むのを止めてしまったかの如き自分の体を、愁は時折、疎ましく思う。
 それでも。姿形こそ変わらぬものの。適合者として見出され、ライセンサーとなり、数多のナイトメアを討ち果たしてきた今の愁の戦闘力は、『あの日』の愁とは比べるべくもない。
 愁から両親を奪ったナイトメアも――今の愁ならば、容易く滅することができるのかもしれない。
 もし、あの時の自分が、今の自分だったならば。
 両親に庇われることもなく。
 むしろ、両親をナイトメアの手から――護れたのかもしれない。

 なればこそ。嘗ての己の無力にも罪の意識を感じ。
 それを償おうと、贖おうとするかのように、愁は戦いの場に身を置き続けてきたのである。
 誰かの為に、戦場に立っている時。
 誰かの為に、己の命を窮地に晒している時。
 その瞬間だけは、両親の犠牲の上に立ち存在している自分という命の背負う罪業が、赦されているような心地が僅かにして。
 或いは、自分と同じ苦しみや悲しみを背負う人を、これ以上、増やしたくなくて。
 それ故に愁は、今までも、そしてこれからも。戦場に在っては努めて冷静に周囲を見据え、戦い続けるのである。

 墓標に刻まれた両親の名を、愁は見詰める。
 最愛の両親だった。
 最愛の――。
 ふと、過去に向かっていた思考が、『今』に引き戻される。
 そうだ。両親に、伝えなければいけないことがあった。

「今日は、報告があるんです。その……大切な人が、できました」

 意を決し。されど、少し気恥ずかしそうに。
 愁は両親の墓前で、自分の『今』を言葉に乗せる。
 今日の墓参りは、両親にこれを伝えるためのものだった。
 目を閉じれば、風に靡く金糸の如き艶やかな髪が脳裏に浮かぶ。
 自分と共に在ることを選んでくれた、あの人と一緒なら――。
 少しづつでも、自分はきっと――前を向いて歩いていけそうな気がした。

「また、来ますね」

 柔らかな笑みと共に、静かに墓前に告げると、愁は立ち上がる。
 見上げれば、空は曇天。
 もうじき雨が降って来そうな空模様だった。
 雨は嫌いではないけれど――生憎、今は傘を持っていない。
 足早に墓地を後にする愁。
 後には、二つの墓標が静かに、穏やかに――最愛の息子の背中を見守るように、佇んでいた。

 新緑の季節を越えれば――もうじき、紫陽花の季節。
 次に愁が此処を訪れる時には、鮮やかな紫の花が咲いているだろうか。

●Sword and Sorcery
 
 墓参りを終えた愁は、グロリアスベースに戻ると、訓練室に足を運んでいた。
 『マンティス』を模した木偶人形を前に、愁は呟く。

「もっと、多くの人達を護る為に。僕はもっと、強くならなくちゃ……ならない」
 
 穏やかな瞳の奥に、決意の光を確かに湛え。
 愁は、右手に剣を構え、左手に赤い炎を咲かせる。
 
 愁は常に、多くの物事には、正解も不正解も無いと――そう考える。
 故に、どれだけ相手を尊重できるかが、大切であり。
 決して一極に偏らぬように中庸を保とうとする愁のその意識は、彼の戦闘スタイルにも顕れていた。

 剣だけでは、護れぬ命があるかもしれない。
 魔法だけでも、護れぬ命があるかもしれない。
 愁が目指す境地は、剣と魔法のどちらにも熟達し、死角なく、遍く命を護り得る存在。
 謂わば、魔法剣士――である。

 愁は剣の柄を握る掌から伝わる感触を確かめる。
 最近は戦槌を使うことが多かったが、今日は訓練だ。
 
 目を閉じる。
 愁は目の前の人形に、両親の命を奪った『悪夢』の姿を重ね合わせる。

 ともすれば復讐の念に駆られてもおかしくない境遇。
 常人であれば『悪夢』への憎悪に容易く傾くであろう感情を、愁は自然体で、平静に保つ。
 戦いとは、そもそも、その本質に暴力を内包する。
 だからこそ、怨嗟の如き負の感情に、迂闊に身を委ねることは危険であると――愁は誰に教えられるでもなく、生来の人となりを以て熟知していた。

 再び目を開き――標的を見据える愁の瞳には、如何なる力みもない。
 冷静に。ただ、在るがままに。
 それこそが、愁にとっての臨戦態勢であり、愁の『強さ』の在り方であった。

 愁は踏み込み、間合を詰める。
 鋭く構えた切っ先を、全身の膂力を以て一気に突き出す。
 木偶人形を刺し貫くと、そのまま横薙ぎへと転じ、人形の胴体を中から斬り裂く。
 これが人形でなく『本物』であったなら。敵は臓腑から裂かれ無惨に体液を撒き散らしていたことだろう。

 そして、愁の攻め手は右手だけでは終わらない。
 そのまま、左手に咲かせた赤き炎華を人形に叩きつける。
 轟音と共に、人形は瞬時に炎に包まれ灰塵へと帰していく。

「……上出来、でしょうか。でも……まだまだ、ですね」

 自分自身、成長の実感はある。
 それでもやはり、愁の心は、愁自身を掻き立て続けるのだ。
 
 すっかり燃え尽きた人形の残骸を律義に片付けた後、愁は訓練室を後にする。
 人々を護る為――次なる任務を引き受けるべく、会議室へと向かうのだった。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

こんにちは、黒岩かさねです。
愁さんのマイページを隅々まで拝見しましたら、このような話が降りてきました。
内面描写てんこ盛りの内容になりましたが、ご期待には応えられましたでしょうか……。
愁さんの内面や思いの丈を、巧く表現できていれば良いのですが……。
もしイメージと違う部分などありましたら、リテイクをお気軽にお申し付けください。
近々、グロドラ本編でもシナリオを出せると思いますので、
本編でもノベルでも、もしご縁がありましたら、また愁さんを書かせて戴けると嬉しいです。
このたびは、ご依頼ありがとうございました。
おまかせノベル -
黒岩かさね クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年04月11日

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