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『夢のまた夢、夢の正夢 』
来生・億人5850

 某月某日、第一日景荘203号室――その六畳一間の一室で、来生億人は大の字となってすやすやと眠りの世界の中に居た。が、不意にむくりと起き上がったかと思うと、ぼーっとした様子で頭をぽりぽり掻きながら大きく息を吐き出した。
「……何や分からんけど、夢見たような気がする……」
 とつぶやき、億人は今度は小さな溜息を吐いた。何かしら夢を見たという感覚はある。けれども目覚めとともに、先程まで見ていたはずの夢の内容にはさーっともやがかかり、何があったのかが思い出せなくなった。いやはや、夢のメカニズムとは何とも不思議なものである。
 そんな億人が、寝ぼけまなこのまま何気なく傍らに目を向けた。視界に入るのは、三つの袋。金色の袋、銀色の袋、そして何の変哲もない普通の袋。それらを見た瞬間、眠そうにしていた億人の目が一気に見開かれた。
「あーっ! 夢で見たやつやっ!!」
 億人が叫ぶと同時に、先程までの夢のほんの一部が思い出される。夢の中でも、これとそっくりな袋を見ていたことを。
「ちゅうことは、あれは現実! 正夢っちゅうやつやったかー」
 うきうきとした様子で三つの袋を自分のそばへと引き寄せると、さっそく億人は順番に開けていくことにした。
「さーてさて。何が入ってるんやろなー♪」
 まずは金色の袋から。開けてみると、中にはお菓子がぎっしりと詰まっていた。おかきに煎餅、ポテトチップスにプレッツェルなどなど、いわゆる塩辛い系統のお菓子ばかりである。
 次に銀色の袋だ。開けてみると、こちらも中にお菓子がみっちりと詰まっていた。違うのは、こちらに入っているのがキャラメルにチョコレート、キャンディにグミ、羊羹に饅頭といった、和洋問わず甘いお菓子だらけであったことだろう。
 こうなると、最後に残った普通の袋の中身にも期待がかかる。やはりお菓子であるのか、それともまるで違うものが入っているのか。わくわくしながら普通の袋に手をかけようとした、その時である。
「ん?」
 突然億人が普通の袋に耳を当てた。何か音――いや、音楽が中から聞こえてくる。最初は聞き間違いかと思っても仕方ない小ささだった音量が、次第に大きくなってきた。それは億人が聞いたことのない、けれども何やら楽しげな音楽であった。
「……何が入ってるんや?」
 急いで普通の袋を開ける億人。開かれたと同時に、中からきらきらとした細かい粒が舞い上がる。粒はさらに細かくなり、霧状になったかと思えば瞬く間に六畳一間の空間を埋め尽くしてしまった!
「わわっ!? 何やこれ、何やこれ!?」
 慌ててきょろきょろ周囲を見回す億人。しかしながらきらきら輝く霧のようなものによって、視界がまるできかなくなってしまっている。
 だが、いくら霧のようなものに包まれようと、室内の位置関係というものは変わっていないはずである。ならば窓へ辿り着いて開けてしまえば、室内に充満する霧のようなものも外へ拡散されて薄まっていくに違いない。億人はそう思って立ち上がり、窓のあるはずの方へと向かったのだが……。
「窓がないー!?」
 愕然とする億人。いくら進んでも窓に辿り着けなかったのだ。六畳一間でこれはおかしな話である。
 そうこうしているうちに、周囲の様子が少し変わってくる。霧のようなものに包まれていることには変わりないのだが、ただきらきらと輝いていたのが、次第に色がつき始めたのである。と同時に、奥の方で何やら揺らめく影が現れた。
「誰や!」
 億人が影に向かって問いかける。影はそれに答えず、にっこりと微笑みかけてくる。そう、霧のようなものに包まれているというのに、にっこりと微笑みかけてきていることが、何故か億人には分かった。
 そればかりか、影が天女のごとき装いをしていることやら、言葉では言い表せないほどの美女であることまで分かった。どう考えてもそんなこと分かるはずない状況であるのに、だ。
 けれども億人は何故かそれに疑問を抱かず、でれでれとした表情を浮かべるばかりである。
「あー……そやな、そやな。こんなべっぴんさんの誘い、断ったらばちが当たるっちゅうもんや」
 と独り言のように言って影――ここからは仮に美女と呼ぶことにしよう――の方へ誘われるかのように億人が歩き出す。
 進むにつれ、また周囲の様子が変わってきた。霧のようなものがだいぶ薄まったかと思うと、今度は周囲の空間自体が周期的に色を変えるようになっていった。そしてその空間の中で、ピンポン球程度の大きさで丸やら三角やら四角やら星やらといった形をした色とりどりの立体物が、浮いたり沈んだりとふよふよ漂っていた。立体物の頂点部分は丸みを帯びていて、食べたらとても美味しそうに見える感じだ。
 億人はそんな立体物へ手を伸ばしつかもうとしたのだが、すぐ近くに見えているはずなのにまるでつかむことが出来なかった。何とも不思議な空間である。
 気付けば美女が億人の側へとやってきていた。今度はその美女へと手を伸ばそうとする億人。しかし美女は、手前でするりするりとかわすと、億人の周囲をくるりくるりと回り始めた。億人もそれを追いかけるように手を伸ばし続けるが、やはりかわされ続けていく。傍から見ると、そんな様子はまるで踊っているかのように見えた。
 しばしそのような戯れが続いたかと思えば、突然目の前にごちそうがたっぷりと並んだテーブルが現れた。一番手前には、とても大きな鶏の丸焼きが。実にいい色合いをした焼け具合である。こんな美味しそうなものを目の前にして、我慢出来るはずもない。
「いっただっきまーす!」
 億人の手の標的が、美女から鶏の丸焼きへと変わる。だが手を伸ばした瞬間に、どうしたことか鶏の丸焼きが一瞬にして消え失せた。まるで霧にでもなったかのように。
 それをきっかけに他のごちそうたちも、テーブルも、美女も、そして今居る不思議な空間さえもすぅ……っと消え、後に残ったのは億人と何もない闇のみ。
 次の瞬間、億人は落下するような感覚に襲われ――。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 叫びながら、がばりと起き上がる億人。慌てて周囲を見回すと、そこは見慣れた六畳一間の部屋。第一日景荘203号室の中であった。
「えー……あれも夢やっちゅうんかい……? 確か横見たら袋が三つあって……」
 億人はそう言って頭をぽりぽり掻きながら、傍らに目を向けた。視界に入るのは、三つの袋。金色の袋、銀色の袋、そして何の変哲もない普通の袋。
「はぁっ!?」
 非常に驚いた億人は、大急ぎで三つの袋を開けていった。金色の袋には塩辛い系統のお菓子が、銀色の袋には甘い系統のお菓子が、それぞれ詰まっていた。そして最後、普通の袋を開けると、中に入っていたのはメッセージカードが一枚だけ。日本語でも、外国語でもない文字がそこには記されていた。
 それを読んで、億人はとても納得した。それは地獄で使われている文字。地獄の女王からの、地上で活動する悪魔たちをねぎらう内容であった。すなわち億人が見た夢も、これら三つの袋も、地獄の女王からの贈り物だったという訳だ。
 改めてメッセージカードを手に取った億人は、胸の奥がいっぱいになるのを感じるのであった……。


【おしまい】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【5850/来生・億人/男/996/下級第三位(最低ランク)の腹ぺこ悪魔】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ライターの高原恵です。発注どうもありがとうございました!
東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2019年04月12日

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