▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『己が先の誰か』
不知火 仙火la2785)&日暮 さくらla2809)&不知火 楓la2790

 不知火 楓(la2790)は男子とも女子とも見える麗しき面を曇らせ、日暮 さくら(la2809)の弁当箱を指差した。
「まず、この黒い塊はなに?」
「出汁巻です!」
「じゃあ、こっちの黒い塊は?」
「たこさんウインナーです!」
 なぜか胸を張って応えるさくらから、楓はそっと目を逸らし。
「うん、これはさすがに茶化せないね……」
 本家の嫡男、彼女にとってはいわゆる“若様”であるところの不知火 仙火(la2785)へ肩をすくめてみせた。
 対して仙火は、悲壮な表情を左右に振り振り。
「料理下手なヤツって、なぜか強火が好きなんだよな……」
「お菓子なら自信がありますけど! あ、そうです。料理に見立てた和菓子を詰め込めば、見目も味も申し分ないお弁当になりますよね!」
 意地っ張りなのか天然なのかを怪しみながら、仙火はさくらをどうどうとなだめ。
「そりゃあ最終手段にしとこうぜ」
「うん。おかずが和菓子じゃ、さすがに辛いと思うよ」
 楓の加勢で、なんとかその場を収めたのであった。

 仙火と楓がさくらの住居の台所に集まった理由は、楓の母がよく開いていたという、おむすびパーティーなる催しを体験するためだ。
 これは、それぞれがこしらえたおむすびと味噌汁を各一品ずつ持ち寄って交換し、いただくだけのささやかなものだ。そして今回は3人だけのプレパーティー、しかも仙火と楓は成人済みということで、酒あり肴ありのフリースタイルで臨むこととなっている。

「そもそもおむすびパーティーなのですから、おかずよりもおむすびが肝心です!」
 言い切ったさくらの肩へそっと楓が手を置いて。
「指、差そうか?」
 さくら、絶句。
 そう、彼女がいちばんわかっているのだ。肝心のおむすびが、どう見ても“餅”なことは。
「こないだも言ったけどな。料理、教えてやるから」
「結構です」
 頑ななさくらに、楓がやさしく言い含める。
「今日は小隊のみんなとパーティーするときのための練習だよ? そのために今は甘んじるときなんじゃないのかな」
 ようするに、なぜプレパーティーをこの3人でするのかと言えば、さくらの恥を拡げぬため、不知火のふたりが心遣ったわけなのだが、ともあれ。
 なんで俺が甘んじられなきゃなんねーんだよ。ツッコミかけて、ぐっと思いとどまる仙火。ここへ楓と来たわけは、ふたりが暮らす不知火邸を、さくらがどことなく避けているからだ。
 理由はよくわかんねぇんだけど。いったいなんだってんだろうな。
 頭を掻く仙火に、さくらは青ざめるほどの覚悟を据えて、頭を垂れた。
「本当にご面倒をおかけしますが、一手教えていただけますでしょうか。この日暮 さくら、恥をしのんでお頼みいたします」
 固すぎんだろ! 俺に教わるってだけのことが、そんなにイヤかよ!
 そんな彼へ、楓は口パクで告げる。
 男の甲斐性を見せてあげるときだよ。

 ボウルに手慣れた調子で卵を3つ割り入れるさくら。
 そっか、菓子作りでも卵はよく使うもんな。仙火は安心して次の指示を出した。
「じゃ、出汁と混ぜて」
「出汁は何ミリリットル混ぜるんですか!?」
「え? そりゃ、卵と混ざるくらい?」
「正確に教えてください!」
 菓子は計量の正確さが命と言うが、さくらの調理思考は完全にそれであるらしい。
「150ミリリットル。でも、初心者は120ミリリットルに抑えておくほうがいいみたいだね」
 スマホで調べた情報を伝えるのは楓の役目だ。
「わかりました。私は素人ですから、120ミリリットルで挑戦します」
 先に作って冷ましておいた合わせ出汁を慎重に計り入れ、菜箸でかき混ぜる。手首の返しの鋭さは、サムライガールを志すさくらならではといったところか。
 集中するさくらの横から、『悪い。助かった』と仙火が拝めば、楓は『それよりもさくらを見ててあげて』と薄笑みを返す。
 あわてて目線をさくらの手元へ向けなおした仙火に、楓は小さく息をついた。
 きみを支えるのが僕の仕事だからね。でも――
 かぶりを振って「でも」の先を追い出して、もう一度息をついた。
 なんにせよ、仙火は自覚するべきだよ。さくらがそんなに頑ななのは、きみにだけなんだってこと。
 諭してあげるの僕の仕事じゃないから、言わないけどね。
「菜箸で卵抑えて、卵焼き器あおるんだって! そしたらくるっと巻けんだろ!」
「あおる角度は何度ですか!? 腕の振りを止めたとき、手首は返すんですか!? それとも固定したままですか!?」
 言い合うふたりから目線を離し、楓は炊き上がった白米にしゃもじを入れ、解していく。
 果たしてその後も、順調とはけして言えない有様が展開する。

「強火やめろって! 煮立てちまったら味噌の味がおかしくなっちまう!」
「ずっと見据えていればいいだけです! 沸騰する瞬間を見切ってその先の先を取れば――」
「勝負じゃねぇし、沸騰手前まで行っちまうのがもうだめなんだよ……」

「だから強火じゃねぇんだよ! なんで中火って発想が出てこねぇんだよ!?」
「生焼けのお肉は食中毒の原因になります! だからしっかりと火を通さないと」
「……おまえ、餡子煮るときも強火か?」
「仙火、餡を軽んじていますね? とろ火でじっくり焦さずに。手は止めず、常に餡を動かし続ける。それが餡の基本であり、極意です」
「じゃあなんで料理だけ強火なんだよ」
「決まっています。生焼けの――」

「三角に握ろうとすんな! 丸でいいんだよ丸で! あと力抜け!」
「それではおむすびにならないじゃないですか! それより熱いですね炊きたてですから!」
「最初は手早く丸く握って、海苔巻いてから三角にしろよ」
「……それに従ってしまえば、私の剣はただの物真似に落ちてしまいます」
「剣じゃねぇし、妙なとこでサムライ出すの、本気でやめてくんねぇ?」

 仙火とさくらの大騒ぎに、楓が時折フォローを入れて方向修正を施し。なんとかおむすびとおかずがそろえられた。
「それでは行きましょう」
 大仕事を終えたいい笑顔でさくらが促し、疲れ果てた仙火と苦笑いする楓が後に続く。
「やっと出かけられるぜ……もう、くたくただけどな」
「いいじゃないか。疲れた体にはよく酒精が染みるよ」
 楓の笑みに仙火はげんなりとした顔を向けた。
「っても、手酌じゃ飲み過ぎちまいそうだぜ」
「僕でよければお酌するよ、若様」
「光栄だ、姫君」
 かるく言い合うふたりの様に、さくらはふと小首を傾げ。
「ふたりは仲がいいですよね」
 楓は笑んだまま肩をすくめ、遠い目を青空へと向けた。
「一応は血縁関係だし、そうでなくとも僕の父親は彼の母親を補佐する立場だしね。自然と距離は近くなって、役どころも決まってくる。それだけのことだよ」
「楓は女だけど爺って感じだよな。俺のことなら俺よりくわしいんじゃねえかなって思うし。いや、そんな役やらせちまって悪いなって思ってんだけど」
 気にしなくていいよ。僕は僕で、好きにやってるだけだから。そう返して笑みを深める楓と、そっか。そんならよかったぜ。胸をなで下ろす仙火。
 さくらは言いかけた言葉を飲み下して、前を向く。
 仙火の言葉を聞いた楓の目に閃いた淡い寂寥は、きっと自分が正体を問うていいものではない。そう思うから、見なかったことにした。
 それと共に、自らの胸にわだかまる孤独からも目を逸らす。


 散り落ちた染井吉野の後を継ぐように蕾を開いた八重桜。
 染井吉野よりも強い赤を湛えたその花弁に、3人はしばし見惚れた。
「八重桜見てるとこう、胸に来るんだよな。妙になつかしいっていうかさ。いや、別に思い出なんかねぇんだけど、不思議だよな」
 仙火の言葉を聞いたさくらは眉根を下げ、厳しい表情を作る。
 八重桜は彼女にとっても“胸に来る”花だ。
 かつて彼女の父を“八重の蕾”と呼び、母と共に全力を尽くして挑んだ父を負かした相手――仙火の父を思い起こさせるから。
 いつか異世界へ渡って父母の仇を討つと、さくらは幼いころから思い定めてきたのだが……なぜか自分はその仇の息子と、あちらでもこちらでもない世界におり、肩を並べて同じ敵へ向かっている。それどころか、こうして同じ小隊の同僚として、花見にまで来て。
 しかし、さくらが今ひとつ仙火に頑ななわけは、父同士の因縁ばかりのことではなく、鮮烈な出逢いの後に覚えた落胆が未だ尾を引いているからだ。ただし――
 こんなにふらふらと腰の据わらない未熟者に、教え導く立場であるはずの私が料理を学ばなければならないなんて!
 ――今日の頑なさについては、身勝手な憤りによるものなわけだが。
「とりあえず座ろうか。風情を楽しむなら、これがなくちゃね」
 楓が数本の四合瓶をまとめて縛った風呂敷をかるく掲げて見せ、促した。

「仙火」
 膝をくずして座す楓が、仙火の杯に酒を注ぐ。
「ああ。楓も、ほら」
 仙火も別の酒瓶を取り上げて返杯しようとするが、楓はやわらかくかぶりを振り、自らの杯へ酒を注いだ。
「同じのがいい。せめて最初くらいはね」
 ああ、同じ釜の飯じゃねぇけど、同じ瓶の酒ってことな。我流で納得した仙火はさくらのグラスに甘酒を注ぎ、勧める。
「こっちはさくら、おまえ用な」
 酒と言いつつも酒精を含まぬ甘酒。まさかこんなものを仙火が用意していたとは知らず、さくらは思わず目を驚かせた。
「気分だけでもつきあってくれよ。いい麹と米で作った本物だから、味は保証つきだぜ」
 アルコールを気にしているわけではない。しかし見当違いとはいえ意外な仙火の気づかいに、さくらは素直にグラスを受け取ってしまう。
「じゃ、乾杯」
 かるく縁を合わせて、それぞれひと口含む。
「やばい、染みる」
 続けて一気に酒を飲み干し、体を丸めて深く息をつく仙火。
 やっぱり、料理指南で疲れているようですね。それはまったくもって私のせいですし、謝意を込めてお返しくらいはしておくべきですよね。ええ、士としても人としても、それが正道というものです。
 思いを定め、さくらは仙火へそっと問いかけた。
「お酒、せっかくいろいろあるようですし、どれがいいかを教えてくれれば注ぐくらいはできます」
「え? いや、気にすんなよ。俺は俺のペースで勝手にィッ!」
 脇腹を楓につねられ、跳ねる仙火。
「女子がせっかく意を決して申し出てくれたんだよ? それを無碍にするのはいただけないな」
 楓は本当に濃やかですけど、細やかさに欠けていますよね!? これではまるで、私が仙火に好意を持っているように聞こえてしまいます!
「私は別に含むものなどありませんから!」
「わかったからもう、手酌でやらせてくれよ」
 目先の問題から顔をそむけるように、仙火は自分で酒を注いだ。そして弁当箱に収まったものをつまんで口へ放り込む。黒く焦げた出汁巻を。
「それは私が先に用意していたものじゃないですか! どうしてここにそれがあるんですか!?」
「持ってきたからに決まってんだろ」
 あわてて取り上げようと迫るさくらを面倒げにいなした仙火は、酒をひと口飲んでまた、たこさんウィンナーと言う名の焦げを食らう。
「苦労して料理教えたんだぜ? 先と後でどれくらい変わったか確認してぇし、もともとさくらがどんな味つけしてんのかも知りてぇし」
 餅と化したおむすびをむちりとかじり、「お、鮭かよ」と顔をほころばせた。
「塩加減、いい感じじゃねぇか。俺は好きだぜ」
 好き!? 私ではなく塩加減がですけど、それはそれで今ひとつこう、納得が――ではありません!
「その、作りなおしたものも食べてください。そちらは教わったとおりに作ったものですから、お口に合うはずですし」
 努めて低く言うさくら。
 仙火は少しだけ焦げた出汁巻をかじり、うなずいた。
「これはこれでいいんだけどな。でもよ、別に俺の味仕込みてぇわけじゃねぇから。さくらがうまいって思う味になんなきゃ意味ねぇし」
 だから、次は作って持ってきてくれよ。
 屈託なく笑んだ。
 ――そんな顔で、笑うんですね。
 いえ、最初から知っていたんです。あなたが誰かに向けるものはいつでも邪気のない笑みだということを。あなたが悪意を向けるのは、自分以外だけ。
「汁もいい感じだな。アサリもいいよなぁ。そういや、一回酒蒸しにしてから作るのもうまいんだ」
「それはきみが飲み助だからじゃないの? 僕は素朴で滋味深い、普通の味噌汁が好きだな」
 仙火の作った汁の短冊切り大根を噛み、酒を味わう楓。味噌汁を肴に酒を飲む彼女もまた十二分に飲み助なわけだが。
 大根汁という、まさに素朴で滋味深い汁を愛でる甘やかな表情も、性別に囚われぬやわらかな風情の端に漂わせる艶やかさも、どうやら仙火へ向けられているような気がしなくもなくて――なぜかさくらの心の底に、ちくりとささやかな痛みがはしる。
 しかし、どうすることもできなかった。楓のおむすびは、大根汁とも相性のいいおかかを具にしており、握り加減も実に絶妙で。なのにさくらのおむすびは、餅にまではなっていないががちがちに固く、中で潰れたいくらの赤が染み出してしまっている。比べようなんて、最初からない。
 私だって同じ女子の手を持っているはずなのに、どうしてこんなにちがってしまうのでしょうか。
 しょんぼりと甘酒をすするさくらに、楓が声をかけた。
「剣の道もさ、最初は技を憶えるのに必死だし、次にはそれを自分が正しく使えてるか必死になる。さくらの料理はまだその段階だってだけだよ」
 さくらのおむすびを食べつつ、目元をゆるめて。
「己の向こうに在る誰かを思えるまでになれば、ただの料理がご馳走になる」
 僕が母から聞かされた説教だけどね。
 そう結んだ楓に続き、仙火もまた言葉を発する。
「菓子作るときになに考えてる? 計るばっかじゃねぇだろ? うまいって言ってほしいヤツがいるから、計る手にだって気合入るんじゃねぇか」
 どうやら涼風に吹かれてペース配分を誤ったらしい。すでにほろ酔いを突き抜けつつある仙火へ、楓は自分の作った味噌汁を勧めた。
 シンプルなわかめ汁に見えるが、実はただの水ならぬ烏龍茶を使った一品である。わかめは熱冷まし効果があり、烏龍茶には解毒作用がある。すべてはこうなることを見越してのものなのだろう。
「あー、強くなりてぇな。役立たずな俺なんかが掲げた旗に集まってくれた仲間がいるんだ。みんなに応えられる男になんねぇと」
 楓に面倒を見られる中でこぼされた仙火の本音。
 さくらは『よし』、心を決めた。
「料理はこれからの課題ですけど、明日からは仙火、あなたをこれまで以上に鍛えますから」
「え? なんでそんな話になってんだよ」
「誰かを救う刃となり、そうあるための誰かを、とりあえず仙火にしようというだけのことです」
 ものはともあれ、今日のさくらを救ってくれたのは仙火だ。ならば明日の仙火を救うことこそが、自分のすべきことだろう。
 さくらは胸中に渦巻く不可解な熱を甘酒で飲み下し、突然の展開に驚く仙火、おもしろげに彼と自分を見比べる楓へ鋭い視線を返した。

 果たして日暮と不知火の物語は、次代の幕を開ける。
パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年04月12日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.