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『桜と鳳仙花』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785

●今回のあらすじ
 日暮家の業を受け継ぎ、世に憚る闇を打ち砕く『不殺の刺客』となった少女、日暮 さくら(la2809)。不知火家の家督を継ぐと定められた、天使と人間両方の血を引く青年、不知火仙火(la2785)。本来は交わろうはずもなかった二人の人生が、二人の暮らす此岸の果てで交わった。二者共に剣術と忍術の技を併せ持ち、同じ魂を持つ男女の間に生まれ落ちながら、歩んだ道は異なっていた。
 片や我道を邁進する強固な意志を持ちながら、心の奥に潜む影を知らず。片や自ら抱く影の正体を知りながら、それと向き合い己が道を定める勇気を持たず。故に、この世界はそんな二人を引き合わせたのだろう。

「誰かを救う刃であれ」と。

●煩いあいつ
 久遠ヶ原学園、法学部棟屋上。仙火は欄干にもたれかかり、じっとライセンサーやその卵たちがメインストリートを往来する姿をじっと見つめていた。その手にはイチゴオレのパックが握られている。天空まで突き抜けてくる少女達の笑い声を聞きながら、彼はふと溜め息をつく。
 馬鹿と煙と天使は高い所が好きである。幼い頃から家庭教師から学問とは何たるかを叩き込まれて育ち、到底馬鹿とは言えない仙火であったが、それでも高所に腰を下ろして下界を眺めるのは好きだった。時には飛翔の業を用いて、誰も立ち入る事の出来ない尖塔の屋根に座って物思いに耽るような事もあった。今となってはそれが如何に贅沢な事であったか、身に染みていたが。
 特に今日のような日には。
「不知火仙火! 見つけましたよ!」
 屋上の入り口から、もう随分と聞きなれてしまった声が響く。風鈴を鳴らしたような、凛とした声色。耳に突き刺さる度、心臓がピクリと震える。仙火は顔を顰めると、ストローを咥えてイチゴオレを啜った。
「やっぱりこんなところに居ましたか。どうしていつも高い所に居るんです。こういうとこまで来るの大変なんですよ? ちょっと。こっち向きなさい」
 つかつかブーツの踵を高鳴らせ、涼しい口調の少女がずんずん近づいてくる。仙火は頬を引く付かせながら、意地でも欄干に張り付いていた。しかし、遂に肩が掴まれる。
「ちょっと!」
「あーもう、うるせぇな! 何なんだよおまえは!」
 振り返って彼は叫ぶ。そこにはむっと眉をしかめたさくらが立っていた。この世界に来て間もなく、何かと彼に付きまとうようになった少女である。高みに立って思索に耽る時間は、時折彼女によって打ち破られるようになってしまった。
「何なんだよ。そんなに好きか、俺の事」
「色気より食い気な男のくせに、一丁前に揶揄わないでください」
 モデル顔負けの美男子に迫られれば、大抵の少女はどぎまぎして何も言えなくなってしまう。幼馴染にも無意識にそんな事を繰り返していた仙火であったが、さくらはきっぱりしていた。仙火は肩を落とすと、下界へと眼を戻しながらぶつぶつと呟く。
「ったく。お前のせいで折角の風情が台無しだ」
「風情って……いつも通りの学園の風景ではないですか」
 さくらも隣に立ってメインストリートを見下ろす。ちょうど時間は昼飯時。中等部から大学生まで全ての学生が勉強から解き放たれ、思い思いに休み時間を過ごしていた。
「わかってねえなぁ。こうしてみろ」
 パックを欄干にそっと載せると、彼は両手の指で四角の枠を作り、一杯に手を伸ばして下界を見つめる。さくらも渋々彼に合わせた。
「これが何なんです」
「学園のメインストリートなんて飽きるほど見てる。植え込みの花がいつ咲くかとか、芝の刈られるタイミングだってわかる。……別に景色じゃないんだ」
 仙火が指の額縁に焦点を合わせていたのは、ベンチに座って寄り添う三人の少女だった。
「見ろよ。誰の手作りか知らねえが……一つの弁当囲んでさ、楽しそうに食べてる」
「……ですね」
 どこか牧歌的な、ほのぼのとした風景だ。幸せそうに見える。仙火は彼女達をじっと見つめ、頬を僅かに引き締めた。
「だが……あいつらもライセンサーとしてここに通っている以上、いつかは戦わなきゃならない時が来る。それが終わった後、あの三人が、どんな顔をしてるんだろうって……少し思うんだ。そう思うと、このメインストリートは、まるで満開の桜を見ているのと同じじゃないか……って気がするんだよ」
「ふむ……?」
 さくらは彼の言葉を聞いて、しばし狐につままれたような顔をしていた。が、すぐにむっとした顔に戻り、その襟を無理矢理掴んだ。
「でも、それとこれとは話が別です。次の任務の為のブリーフィングがもうすぐ始まるんですから。ほら、行きますよ」
「お、おい。ちょっと待ってくれよ。もう少しゆっくりしたって間に合うだろう……」
 口をへの字に曲げて、仙火はさくらに抗議する。しかし彼女は聞く耳を持たなかった。
「駄目です。一人前のライセンサーたるもの、予定時間より前に着いて、綿密に報告を受ける準備をしなければ」
 とっぷりと仙火は溜め息をつく。とうとう彼は諦めて、踵を返すとさくらに従う。
「几帳面だよなぁ、お前さ。ちょっとくらい適当でもいいだろ」
「ダメです」
「料理作った時さ、レシピ通りに作りすぎてニンジン固えとか言われない?」
 冗談めかして尋ねてみると、頬を僅かに染めたさくらが黙り込む。
「図星かよ。ダメだぜ。材料の質を見て程よく調整しねえと」
「うるさい。お菓子は作れるんだからそれでいいんです、私は」
 さくらはその歩幅をさらに広げる。仙火はもう為すがままになるしかなかった。

●とぼけるあいつ
 ガソリンの燃える臭いが辺りに漂っている。ここは都市郊外の住宅街。さくらは刀を抜き放つと、眼の前に立つ蟷螂型のナイトメアに向かい合う。
「日暮さくら……いざ参ります」
 今回の任務は単純明快。住宅街を占拠してしまったナイトメアを討伐して来いというものだ。かつての世界から数えれば、初陣以来数えきれないほどの戦場に立ってきたさくら。その仕事への心構えは確たるものだ。多少の事態には心揺るがず、冷静に戦況を見渡し勝利を掴む。常日頃から、彼女はそれを確実にこなしてきた。
「行きますよ、仙火」
「はいはい。わかってるさ」
 隣に並び、仙火は大太刀を抜き放つ。肩に担いで蟷螂を睨む。さくらはちらりと目配せし、一斉に飛び出した。蟷螂を挟み込むように走り抜けると、同時に刃を構える。片や下段、片や上段。素早く踏み込み、蟷螂に構える暇を与えない。
「せーの!」
 二人の刃が蟷螂の鎌を一つ捉える。火花が弾け、腕の節が捩じ切れた。体液が噴き出し、蟷螂は仰け反る。一斉に間合いを取り直しながら、仙火はさくらに軽く指を差す。
「やるもんだな。流石は日暮さくら」
「こんな時にまで茶化さないでください」
 ぶっきらぼうな返事。仙火は肩を竦めると、刃を振るって白翼の幻影を広げた。舞い散った白羽根が、ふわりふわりと蟷螂に触れる。
「来いよ蟷螂。お前の相手はこの俺だ」
 仙火のストレートな挑発。彼の放ったイメージに飲み込まれた蟷螂は、本能的に振り返って威嚇した。その鎌を歪に輝かせ、ずんずんと間合いへ踏み込んで来る。仙火は着物の裾を翻すと、大太刀を霞に構えて蟷螂の鎌を受ける。そのまま刃で競り合いを繰り広げ、蟷螂をその場に縫い留める。
「さくら」
 彼は悪戯っぽい笑みを浮かべる。この世界では何度も繰り返してきたコンビネーションだ。さくらは刀を納め、腰のホルスターから拳銃を引き抜く。仙火は一歩蟷螂へ踏み込み、その身を無理矢理仰け反らせる。蟷螂の頭が無防備に丸出しとなった。
(……随分と狙いやすくしてくれたものですね)
 彼女は拳銃の撃鉄を起こすと、狙いを定めて引き金を引く。銃声が弾け、蟷螂の片目が柘榴のように吹っ飛んだ。蟷螂は顎をかっと開き、ノイズを放ちながら仰け反る。さくらは銃を戻すと、刀の柄に手をかけて、一息に背後へと踏み込んだ。
 仙火は刃を返し、蟷螂の横腹を蹴って地面に突き倒す。さくらは軽く跳び上がると、鋭い居合斬りで蟷螂の頭を刎ね飛ばした。蟷螂はしばらく手足をその場でバタバタと動かし続けていたが、やがてその動きも緩慢となり、最後にはぴくりとも動かなくなる。
「とりあえず……この辺りは片付いたというところでしょうか」
「そうだな。他の奴らが今どうなってるかってとこだが……」
 さくらは通信機を手に取った。しかし、彼女が口を開くよりも先に、通信機からオペレーターの声が飛び出してくる。
『全ライセンサーに報告します。全てのナイトメアの討伐が確認されました。任務完了です』
「……だそうです」
「そうか。……じゃあ後は、生存者の確認……ってとこだな」
 二人は頷き合うと、黒煙の燻る住宅街を静かに歩き出した。

 陽が西に傾きかけた頃。さくらはペットボトルの水を片手に、そっと一人の青年へと歩み寄っていた。
「少しは、気持ちが落ち着きましたか?」
 彼は青褪めた様子だったが、さくらを見上げて小さく頷く。ナイトメアに占拠されて暫く経った住宅街であったが、地下室からは何人もの市民が潜んでいた。暗闇の中で微動だにせず、ひたすら空腹などに堪えて助けを待ち続けていたのである。
「あ、ああ。何とか……助けに来てくれて、ありがとう」
「いえ。それが私達の使命ですから。皆さんを助けるのは当然の事です。……とりあえず、お飲みになられますか?」
 さくらは青年にそっと水を差し出す。彼は僅かに微笑むと、水を手に取り封を切った。彼の様子を見守りつつ、彼女はきょろきょろと周囲を見渡す。手分けしようと言って分かれてからというもの、仙火の姿がどこにも見えなかった。
(一体、あの男は何処に……)
 救助活動が一段落したからと、またどこかをほっつき歩いているのか。さくらはむっと頬を固くすると青年をその場に残して歩きだす。人々が集まる中を離れて、路地へと向かう。そんな時、頭上からすすり泣くような声が聞こえてきた。さくらは足音を殺し、そっと梯子へと歩み寄っていく。
「辛いよな、そりゃ」
 仙火の声が聞こえてくる。彼女は梯子に手をかけ、素早く昇った。屋根の上に座る仙火と、泣きじゃくる少女の姿がそこにはあった。彼は言葉少なに少女へ寄り添い、少女が泣き続けるに任せていた。何か励ますでもなく、己の至らなさを嘆くわけでもなく、ただ傍に居た。
「お母さん……」
 少女は呻く。彼は鞄から苺牛乳のパックを取り出すと、手の内で弄びながらやはり黙っていた。少女はまだ泣きじゃくっている。
(何をしているのでしょう。あの男は)
 打ちのめされた少女の隣で、だんまりを決め込む仙火。もし自分が隣に居たなら、せめてそっと抱きしめてやるくらいの事はするだろう。打ちひしがれた市民の心を落ち着かせるのもライセンサーの務めであり、何より自分は市民の希望でありたい。そう彼女は心に決めていたからだ。
 しかし、今から割り込んでいくわけにもいかず、さくらはその場でただただ彼を眺めていた。やがて、肩を震わせていた少女の泣き声が、ほんの少し緩む。仙火はパックを開くと、ストローを挿して少女にそっと差し出した。
「飲むか。美味いぞ」
 少女はこくりと頷くと、仙火から苺牛乳を手に取り飲み始めた。微笑んだ仙火は、そっと少女の肩を叩いた。
「まあ……人生長いんだ、何とかなる。とりあえず向こうに行こう。暖かい飯があるからさ」
 仙火は少女を抱え上げると、さくらの方に近づいてきた。慌ててさくらは身を屈めようとする。
「おいおい、そんな所で何やってたんだ?」
「べ、別に……」
 さくらがふわりと跳び降りると、仙火は少女を抱えたまま、器用に梯子を下りてきた。そんな彼の横顔を、さくらはじっと見つめる。仙火は怪訝そうにした。
「どうした。さっきから」
「いえ。何でもありません」
「……いつもの事だが、変わった奴だな」
 彼はさっさと仲間達の方へと歩き出してしまった。さくらはその背中をじっと見つめる。
(真面目過ぎる……ですか)
 彼の父の言葉を、さくらはふと思い出す。今も、少女の感情の切れ目を彼は瞬時に見抜いている。やはり彼も切れ者なのだと、改めて認めるしかなかった。
「いつもとぼけすぎです。あの男は」
 ぽつりと呟き、さくらは仙火の背中を追いかけていった。

 気丈で真っ直ぐな少女と、人心の機微を知る青年。その出会いが、二人をいかに揺り動かすか。まだ彼らは知る由も無かった。



 つづく


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 日暮 さくら(la2809)
 不知火 仙火(la2785)

●ライター通信
お世話になっております、影絵企我です。

お次は仙火とさくらさん。さくらさんはアクティブ系で気丈、仙火さんはパッシブ系で人の扱いが上手い、という感じである程度影絵なりの解釈を入れたりもしていますが、間違いなど無いでしょうか……満足いただければ幸いです。あ、幼馴染とかに鈍感なのは幼馴染故という事で。

ではまた、もう少しお待ちください……
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年04月12日

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