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『家族でいたいの 』
エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001)&ピピ・ストレッロaa0778hero002

 ピピ・ストレッロ(aa0778hero002)は心の底から困っていた。楽しくてしょうがなくて、お腹を抱えて笑って。そうしていると急に、胸がぎゅうっと締め付けられるように痛くなる。何故なのか不思議に思って首を傾げようものなら、周りの人が自分の異変に気付いて心配そうに声をかけてくれる。それがまた嬉しいような悲しいような、どう説明すればいいか分からない感情を生み出すのだ。自分でも分からないことを伝えるのはとても難しい。こっちに来てからずっと一緒にいる二人にだって、顔色やふわふわした言葉じゃこの想いを理解してもらえない。それは放っておいてもなくならず段々大きくなる。痛くて苦しいけれど、大切な人を困らせるのは嫌だ。悲しい顔は見たくない。だから気付かれないように一生懸命それを隠す。頑張って頑張って――そして、頑張りすぎた結果迷子になって今に至る。
「……どうしよう」
 心細さから小さく呟くピピの周囲を人々が行き来する。実際には多分、知っている人たちとあまり変わらないのだろうが、人が大きく、特に大人の男の人なんかはまるで巨人のように思えた。顔を見ようとしたなら目が回ってしまいそうだ。いつもならつられて笑いたくなる賑やかさが、胸に針を刺すような痛みを与える。鎖骨の間にある核へと触れた。みんなといるわけじゃないのにどうしてだろうと不思議でしょうがない。
 ふと知らない女の子と目が合って、ピピは反射的に踵を返した。自分でも何故そうしたのかよく分からない。少なくとも初めてここにきた自分よりあの子の方が色々知っているはず。何よりあの子の手はよく似た顔の女の人と繋がれていた。大人なら助けてくれる。みんなのいる場所に戻れたはずだった。だけど――。
(今戻ってもきっと、困らせちゃう)
 笑っていたいのに笑えなくて、それが移って大切な人たちも笑えなくなってしまう。そのことが何より嫌でたまらなかった。せっかく平和な世界が目の前に来ているのに。みんなあんなに楽しそうなのに!
 早歩きが駆け足に変わる。ピンク色の花びらが顔に降りかかって落ちた。走りながらピピが願うのは大切な人たちが笑うあの場所から遠ざかることだった。今はまだダメ。元気にならなきゃ帰れない。
 サクラって言うんだよとおにーちゃんが頭の上を指差して言って、そう誇らしげに言うことか? とおにーさんが呆れた顔をする。そんな二人を見て優しい目をするもう二人の友達。嬉しくて幸せなのに思い出すだけでまた苦しくなる。
(なんでこんなボヤッとするんだろ……ボク、おかしくなっちゃったのかな?)
 綺麗な花がよく見えない。走ると風に揺れて、背中の羽がムズムズする。あの頃みたいにどこへでも飛んでしまえたならいいのに。そんなことを考え、でも怖いとピピは思った。あの頃――前にいた多分、自分が生まれた世界。そこで一人になるのは別に怖くなかった。不安と同じくらいのワクワクがあって、ますたーが隣にいて。だから、と振り返ったところでピピは足を止める。走ったのと知らない人に声をかけられたらとの想像に胸がドキドキした。膝に手を当てつつ息を整える。あれだけ戦ったのに運動が苦手なのは直らなかった。
 袖でゴシゴシ目元を拭う。息をついて大きく頭上を仰げば、サクラのピンク色と空の青色がびっくりするくらいキレーだった。時間も悩みも忘れ、ぼうっと眺める。みんなで守って、これからも生きていく世界だ。でもやっぱり嬉しいだけじゃなくて、ぎゅうっとなる。この気持ちの名前は何て言うんだっけ。幽霊みたいに漂っていた時を思い出した。あの頃と似ているような、違うような。答えに辿り着けそうで後一歩足りない。
「ピピ!!」
 知った声の今まで聞いたことのない大きさに、びくんと肩が跳ね上がる。声のした方に振り返れば、一緒に来た友達の一人であるエル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)がロングドレスの裾を少したくし上げ、小走りにやってくるのが見えた。歩幅に差はあるけれどエルはどう見ても歩きづらそうな上に疲れた様子だ。頑張って走れば逃げ切れる気がする。でも声には怒っているような鋭さがあったのに、どこか泣きそうな顔をしていた。感情の赴くままにピピもエルに向かって歩いていく。
「エル……泣いてるの?」
 向かい合ったエルが膝を折って、ピピの肩に感触を確かめるような強さで触れてくるのと同時。ピピも彼女の目の下に手を伸ばした。親指の腹でなぞれば、くすぐったいのか瞬きをして。手を離すと、大きく息を吐き出す。それから目を伏せ、赤い唇が少しだけ上がった。
「心配でどうにかなりそうだったが……とりあえずは無事で何よりじゃ」
「あうっ、ごめんなさい……」
 ちょっとトイレに行ってくるね、一人でも大丈夫だよと慌てて離れたのはどれくらい前だろう。落ち着いたら戻ろうと思いながらちらほらと出ている屋台が気になり、でも不思議と食欲が湧かなくて、うろついているうちに帰り道を見失ってしまった。迷子を自覚してから数えただけでも十分は経っているような気がする。
「メーワクかけるつもりはなかったの。でも、心配させてごめんなさい」
「…………」
 本当はちゃんと目を見て謝った方がいいのは分かっていたけれど、滅多に怒らないからこそ、いざ怒り出した時の彼女は怖いのだとピピは知っていた。エルは黙っている。地面に通り過ぎる人の影が映り、自分と彼女がどういう風に見えるのか気になった。
「ずっと泣いておったのはピピの方だろう?」
 肩から離れた手が一瞬躊躇して、長く鋭い爪が触れないようゆっくりとピピの眦を撫でる。ほんの少しひりっと痛くなった。指の動きはやわやわと優しいものだから、さっきこすったのが原因だと分かる。手のひらが頬に当たる感触。春のポカポカ陽気に負けない温かさに目を閉じた。
「……ピピ、話をせぬか? 時間ならば十二分にあるぞ」
 少し考えて。
「……うん」
 と頷けばエルは嬉しそうに頷き返す。連絡する為にエルがスマートフォンを取り出すのをピピはじっと見つめていた。

 ◆◇◆

 このところピピの様子がおかしいことはエルだけでなく、今日ここで花見に興じている全員が気付いていた。無論、黙って見過ごそうなどという気は更々なかったものの、時宜を測りかねていた感は否めず。こんなにも苦しめてしまったことが大人として情けないし、端的に己への腹立たしさも感じる。愛しく思っている相手にすらこの始末では、家庭教師への道は前途多難なようだ。
(子供の方が見える道理もあるからの)
 知識を得た分だけ純粋さを失い、経験を重ねれば先の展開を予測して、目を背けたくなることもある。なるほど人生とは良く出来ている。さりとて決して悲嘆に暮れるものでもないが。
 公園の隅、ひと気の少ない場所に設置されたベンチに二人腰を下ろし、要領を得ないが懸命さはしっかりと伝わってくるピピの言葉に耳を傾ける。懐に仕舞った端末にはピピの“家族”が己にこの件を託す旨のメッセージが入っていた。本当は自分が何とかしたい、そんな気持ちもあっただろう。それでも預けてくれたからには自身に出来る限りのことは果たす。一個人として手助けしたいのも当然。
「――だから、二人を見てるとね、ぎゅーっとするの」
 言って、ピピが服の胸元を掴む。話を聞く前は俗に言うホームシックのような状態ではないかとエルは推察していた。愚神や従魔は未だに存在するとはいえど王を倒して以降は減る一方で、新たな外敵の存在も確認された。しかしながら状況は遥かに好転し、エルの相棒のようにエージェントとしての活動を続けつつも新たな生き方を模索し始める者も少なくなかった。そしてそれは何も能力者に限った話ではなく、英雄も同様だ。元の世界へ戻るという選択肢は此処に住まう人間との今生の別れに繋がる可能性もある。現在は異世界と近い状態にあっても、いつそれが希薄となるか不明だ。向こうとこちらの時間経過が同じとも限らない。故郷の出来事は漠然としか憶えておらず、完全に平和になったとも言い難いのが現状なので残る者が圧倒的に多いとは聞くが。
 ピピが口にする名前に自身が挙がったのは予想外だった。しかし互いの能力者同士、そしてもう一人の英雄とエル――この組み合わせに限られるとなると、おおよその見当はつく。
「一体いつ頃からそうなったか、憶えておるかの?」
 問えば、心に積もったものを吐き出したことである程度は気が楽になったのだろう、先程よりかは元気を取り戻した様子でピピがうーんと小さく唸る。足を揺らすのは落ち着かないからか、手持ち無沙汰だからか。解決出来たら合流する前に屋台で何か買おうとこっそり思う。
「二月の……真ん中くらい、かなぁ」
(やはり)
 こてんと首を傾げる仕草は愛い以外の感想を失わせるが、場違いな感情は分けておいて。聞き役に徹していた分、喉に違和感が出来ていたので軽く咳をしてから言う。
「ピピは、疎外感を感じているのではないか?」
「ソガイカン?」
「自分だけ輪の中に入れず悲しい……と言うべきか。いや、より端的に言うなら寂しいということじゃ」
「さみしい……」
 意味を飲み込むようにピピは繰り返しその言葉を零した。靴がざりっと砂を噛んで動きを止める。そして指折り、また自分たち四人の名前を口に上らせて不思議そうに続けた。
「みんなが一緒にいるのにボク、さみしいの?」
「独りではないからこそ、寂しく思う時もある」
 人間というのは不思議な生き物で、恋愛感情とはただ一人の相手にのみ捧げるものとする文化がある。あくまでも文化の一つに過ぎないが。良し悪しは別として、ピピの身の回りに存在しているのがそういったものであるのは確かだ。子供の方が見える――自分が胸中で呟いた言葉が甦る。理屈ではなく本質を読み取るのは純粋さが成せる技か。
「私が恋い焦がれるほどに大事に想っておるのは一人だけじゃ。しかしな、ピピ。なにも恋心がこの世で最も尊ぶべきものというわけではないぞ」
「……エルが何言ってるのかよく分かんないよ」
「むぅ……」
 少し唇を尖らせて、言いたいことを咀嚼して。
「ピピに対しての好きと、あの人に対しての好きは違う。だからといってどちらの方が好きかという話ではなくてな」
「……うん」
 分かっているようないないような、曖昧な語調でピピが相槌を打つ。
「例えば……そうだ。黒猫と白猫と三毛猫、ピピはどれが好きかの?」
「えっ、どうだろー……」
「花でも良いぞ。桜や椿、躑躅に藤の花――食べ物はどうじゃ? 出店に色々出ておるの」
「エル、待って、分かんないってばー!」
 興が乗ってきたのが自分でも分かる。困らせるのではなく、教えるのが楽しい。子供が成長して、いつか花を咲かせるのが楽しみでしょうがない。
「ネコはみんな可愛いし、桜はキレーだし、さくらんぼは美味しい! りんご飴が食べたい!」
 どれも好き! と言いながら勢い余って立ち上がるピピを見てエルは微笑んだ。
「では、私のことはどう思っておるかの? 他の者は?」
「エルはねー、色んなことを知ってて一杯遊んでくれるから好き! 怒ると怖いけどでも、絶対ボクが悪い時だけなの。ちゃんと気を付けるようにしたら褒めてくれるもんね」
 今日一番の笑顔が見れたことが照れ臭くも嬉しい。そのうちに四人以外の友人まで挙げ始め、ニコニコと笑う姿が微笑ましくて聞きたいのは山々だったが、途中で待ったをかけた。
「その“好き”の中からどれか一つだけを選べと言われたらどうする?」
「そんなの……ムリだよ」
「そういうことじゃ。私もあの人も皆、共に戦った者や遊んだ者のことが好きで、種類が違う“好き”が出来ても、他の者を嫌いになるわけではない。私はピピを愛いと思っておるし、その気持ちは大きくなることはあっても小さくなることはないぞ」
「うん……うん」
 固く握り締められていた拳が解けて、赤い瞳が柔らかに弧を描く。少し大人びた表情で笑う。
「分かった……気がする」
 その言葉を聞いてエルも笑みを浮かべた。
「さて、皆もいい加減心配し疲れているところじゃ。そろそろ戻るとしよう」
 立ち上がって向き合い手を伸ばせば、小さな手がしっかりと握り返してくれる。心配の詫びは他に何も要らない。それは皆同じ筈だ。二人の間にはずっと温もりも絆も在り続ける。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
大好きな兄的存在の二人ともに恋人が出来た状況で
自分と彼らの関係は変わらなくても何となく感じるものがあるんじゃないかとか、
家族同然の仲の良さだからこそ、嬉しいのと同じくらい寂しさがあるのかなとか。
つぶやきでエルさんが家庭教師に〜というお話があったので
お母さんやお姉さんっぽい雰囲気もありつつ諭すエルさんが書きたかったり。
そんな色々な想像を好き勝手に詰め込ませていただきました。
ピピちゃんもエルさんも喋り方にちょっと危うい感があって心配ですが……。
自分なりに二人のこれからに向けて、考えてみたつもりです。
今回も本当にありがとうございました!
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2019年04月15日

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