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『もしもの物語 』
御剣 正宗aa5043)&CODENAME-Saa5043hero001

●愚神との闘い

――誰ヲ生贄ニスル?

 その愚神との戦いは困難を極めた。
 愚神はゾーンルーラーであり、そのドロップゾーン影響下では能力者と英雄の共鳴は強制解除された。
 しかもドロップゾーンは内側からの脱出不能。
 一方的な虐殺が起こるかと思われたが、ゾーン解除の条件として愚神はひとつの提案をした。

――誰カ一人ヲ生贄トシテ差シ出セ。英雄デモ能力者デモ構ワナイ。ソレデ今回ハ退コウ。
 タダシ、ソノ一人ハ血ノ一滴、肉ノ一欠片、記憶の一ツモ残サズコノ世カラ消エ去ル。

 ドロップゾーンの内部は薄暗く、空は血の色。
 ゾーンルーラーたる愚神は黒い靄のように曖昧な存在で、頭ひとつ、胴体ひとつ、腕がふたつとかろうじて人体を想起させるような形状を取っているのが逆に厭らしい。足はなく、地面から生えてきたようにゆらゆらと揺らめき、靄のあちこちには無数の瞼のある目がぎょろりぎょろりと周囲を油断なく監視する。

――ハヤク決メタホウガイイ、私ノ気ガ変ワラナイウチニ。

 エージェント達はそれぞれに葛藤した。
 仲間の誰かをみすみす愚神に差し出すのか。
 そうして誇りと矜持を失い、卑怯者として生きてゆくのか。
 だが、誰も差し出さなくとも、愚神は全員を殺すことが出来る。
 ドロップゾーン影響下では共鳴できないのだ。まともな戦闘はできない。
 そして、愚神は次に、外に逃がした一般人を襲うだろう。
 H.O.P.E.のエージェントとして、ここでできる最大限のことは。

「私を殺しなさい。私が生贄になります!」
 進み出たのは、CODENAME-S(aa5043hero001)。ピンクのツインテールが揺れる。
「えすちゃん!」
 御剣 正宗(aa5043)が自身の英雄を呼び止める。
 周囲のエージェント達からも、よせ、やめろ、と否定的な声が上がる。
「英雄は能力者がいなければ存在できません。ここは英雄が行くのが道理。そして私はバトルメディック。皆さんの命は私が護ります。……どんな手段を使ってでも」
 エスは愚神をキッと睨みつける。
 天使と悪魔の両面の性格を持つエスの、それは最も凶悪な顔。
「皆さん、後のことは頼みます。そして正宗さん……私がいなくなっても、ちゃんとご飯食べるんですよ」
 
 愚神の大小無数の目がエスを品定めし、ニィと嗤う。
 可憐で可愛らしい少女。
 ゆっくりと切り刻み、気丈な顔を歪ませ、ここにいる全員が一生忘れられない残虐なショーを開催しよう。
 愚神を構成する粒子が腕に集まり、硬く鋭い刃を持った鎌の腕を形成する。
 ひといきに、などという勿体無い事はしない。
 なるべく長く苦しむよう大きな血管を避け、傷口が大きくなるよう肉を抉る。
「きゃああああ!」
 ふくらはぎの肉を大きく削がれ、エスは悲鳴を上げて倒れる。
 ぎょろり、ぎょろり。
 無数の目がエスを見下ろす。
 その目に浮かぶのは、愉悦。
「(これで、良かったの……?)」
 その瞬間、エスの心に葛藤が生まれた。
 敵の条件を飲むことが。
 愚神の言うなりになることが。
 本当に、皆を救うためのたった一つの方法だった……?
 愚神の鎌が、エスめがけて振り下ろされる。
 エスは反射的に目を閉じた。
「やっぱり駄目だ、こんなこと!」
 愚神の鎌は、エスを庇った正宗が受けていた。
 左腕に深く鎌が食い込み、鮮血が流れる。
「ボクは間違ってるかもしれない。でもえすちゃんだけを犠牲にして、僕はこの後生きてゆくことはできない!」
「正宗さん……!」

 血色の空に、わずかに亀裂が入った。
 ドロップゾーンを成立させるために必要な条件は、『一人だけの犠牲』。
 愚神はそれを疑わせることの無いよう、注意深く印象を誘導した。
 正宗の命が危機に晒されたことにより成立条件が揺らぎ、ライヴスの流れが正常化する。
 エージェント達は次々に共鳴し、愚神に攻撃を加える。
 薄れゆく意識の中で正宗は、愚神が嗤ったのを感じていた。

――ココハ退コウ。代償ニ……&$%#ヲ貰ウ……。


●代償は重く
 次に意識を取り戻したとき、正宗は病院に収容されていた。
 エスは正宗とのリンクが回復したことにより傷は癒えた。
 だが正宗の受けたダメージは特殊であり、見た目は癒えても両足は動かず、左腕にも軽い麻痺が残るだろう、と医者には言われた。
「高校……、病欠扱いにして貰えるかな……」
 正宗は中学を卒業してすぐに軍隊に入ったので、学歴としては中卒。
 成人したいま、エージェント活動の傍らエスの勧めで高校に通いなおしていた。
 療養が必要な間は学校に通えないな、と正宗は溜息をついた。
「なに言ってるんですか……! 高校は、いつでも通えるんですよ……! そんなことより、まず自分の心配をしてください……!」
 ぽろり、と透明な涙がエスの目から零れる。
 正宗はこれからだった。
 所属していた隊もろとも愚神に奪われ、仲間も友人もすべて失った。
 生き残ってエスと出会い、エージェントとして愚神を倒すという目的も見つけた。
 学校の友人と交流したり、休みの日にはいろんなところへ出かけてみたり。一緒にゲームをしたり。
 楽しいことや嬉しいこと、未知のものに触れる驚きも、これから取り戻すところだったのに。
「どうして……私の前に出たりしたんです……! 傷つくのは、私だけで良かったのに……!」
 共鳴した他のエージェントが反撃を加えたものの、撃破には至らず愚神は取り逃してしまった。
 結果が同じなら、自分が消えてしまっても良かったのに。
 エスは異世界から来た異質なものだが、エスの所持している財産はこの世界での経済活動を通した確かなもの。
 万が一、エスが死んだ場合は……内緒にしてあるが、正宗が相続できるよう手配してある。
「ごめんね、えすちゃん」
 病床から正宗の腕が持ち上がり、指先で頬を伝うエスの涙を拭う。
「これはボクの我儘だ。あのとき、えすちゃんはとても大事な女の子で、ボク自身よりも大事だって気づいたんだ」
 それは正宗なりの精一杯の、愛の告白。
 常に愛する人に勝利をプレゼントできる絶対強者の高みには、辿りつけない。
 正宗にできるのは、ただ愚直に自分に出来ることをやっていくだけ。
 エスの大きな目がぱちぱちと瞬き、そのたびに大粒の涙が零れ落ちる。
「ばかなんですか」
「そうかもしれない」
 病室に沈黙が流れ、廊下を行きかう看護師や見舞い人の足音が響く。
 ややあって、エスはふっと微笑んだ。
「わかりました。正宗さんはばかなので、私がついていてあげないとどうしようもなさそうですね」
 それは天使の笑み。最も大切な人にだけ向ける、至高にして純粋なる愛情。


●再生へ
 傷が癒えても、正宗の両足が動くようになることはなかった。
 あらゆるアイアンパンク技術も失われた運動機能を取り戻させることは出来ず、愚神の特殊能力による障害であろうと言われた。
「気を落とさないでください。足が動かなくても、どこへだって行けます。歩けるようになったら、また一緒に旅行に行きましょうね」
 エージェント活動は断念せざるを得なかったが、エスの献身的な看護によって正宗はつらいリハビリに耐え、車椅子で、次には人工装具と杖で出歩くことも出来るようになった。

「大学……まで考えたほうがいいのかな……」
「まあそうですね。体を使った仕事が出来ない以上、専門知識を生かして稼ぐのを考えるのがセオリーでしょうね」
 高校卒業に伴い、進路を考える段階になったとき、正宗の心には強い郷愁が湧いてきた。
「もしも許されるなら、ボクはボクの故郷で学びたい」
 正宗の生まれは英国、血筋も半分は英国。
 故郷で同僚も家族愚神に殺された、その傷を癒すために異国である日本に渡ったのだが。
 成人し、学びなおした今、自らのルーツを確かめるため再び故郷の土を踏みたい、そう思っていた。
「私は、どこでも構いませんけど」
 エスにとってはこの世界のすべてが異郷であり、また生存可能域である。
 職業も家政婦でも、アイドルでも、デイトレーダーでも、何をしたってやっていける。
 日本で所持している豪邸も、売り払っても貸し出してもいい。
「それで、何を学びたいんです?」
「社会学、になるのかな」
 この世界には、華々しく喧伝される勝利者だけが生きている訳ではない。
 その影で人々を護ろうとして懸命に尽くした人々、そして無残に散っていった人々がいる。
「忘れて欲しくないんだ、スーパーヒーロー以外の人達のこと」
 地道に、愚直に、誰かを助けるために自分さえも犠牲にした人達がいたこと。
 正宗の所属していた部隊も、軍隊として、市民を護るために戦った。
 ライヴスの攻撃に対して、通常武器では太刀打ちできないことを知っていて、それでも市民を逃がす時間稼ぎの為に命を張った。
 リンカー達の働きに比べて、それはあまりにも無謀で無力な戦いだった。
 それでも、彼らの稼いだわずかな時間で助かった人達がいた。
 讃えて欲しいわけじゃない。ただ知って欲しい。
 彼らの最期がどうであったかを。
「まったく、ロマンチストですねえ、正宗さんは」
 ロマンで腹は膨れないと、エスは知っている。
 同時に、人間は実利だけで生きていけるわけではないことも。
「精々頑張って学位でも取って、夢を追いかけてください」
 その傍でエスも夢を見よう。まどろむように。
 この世界の人間たちはあまりにも矮小で、夢ばかり食べたがって、愚かで。
 そして美しいから。


 エスと正宗は婚約し、正宗の大学卒業を待って結婚式を挙げた。
 学生時代に正宗は、愚神に殺された人々の遺族や関係者の話を、脚を使って――正確には杖をついて――出来る限り集めた。
 愚神はそれぞれが災害のようであり、正宗のいた軍隊がそうであったように、集団ひとつ、村ひとつ、街ひとつを飲み込むことも容易い。
 残された縁者は大きな傷を抱え、だが世界が愚神の王との戦いに直面する中、心のケアまではまったく手が回っていなかった。
「ボクらの治癒スキルで、心の傷まで癒せるわけじゃないけど」
 心に傷を抱えた人々を訪ね歩く中、正宗は親も仲間も失った自分のような境遇の人間がありふれた存在と知った。
 自助グループを立ち上げ、カウンセラーを招いてグループカウンセリングを行いつつ、愚神によってもたらされた心的外傷を社会現象として分析した卒業論文を書き上げた。
「心を癒すって、なんだろうね?」
「難しいですね」
 英国内だけでも愚神関連の心の傷を抱えた人々は多く、爪痕は深い。
「皆が集まれる場所を作ったらどうかな。故人を偲ぶような資料を集めるんだ。いつも誰かがいて、ふらっと立ち寄っても話を聞いてくれる人がいる。忘れないで、という気持ちを形に残しておける……」
「博物館、みたいなものですか?」
「ボクのいた軍隊の遺品も残しておきたいな。愚神の排除に尽力したH.O.P.E.の皆のことも知って欲しいし」
 正宗はエスに夢を語る。
 正宗が学生生活を送る間に、エスは個人資産を運用すると共に正宗の活動を支援するための基金を設立していた。
 夢を追う正宗の手綱をしっかり握っておくのも、妻としての勤めと心得ているようである。
「やっぱり、正宗さんには私がついていないと――……」 


     ◆

 
 ぱちり、と正宗はベッドで目を覚ます。そこに広がるのはいつもの朝。
 このエピソードは、ひとつの夢。
 正宗とエスが辿るかもしれなかった、ifの物語である。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 このたびはご発注ありがとうございました。桜淵トオルです。
 リンカーが体の一部を欠損し、いかなる代替手段も存在しない、と言えば、正宗さんもご参加のあの愚神との戦いですよね! あの戦いでもしかしたら正宗さんが果たせたかもしれない役割のようなもの、という想定で冒頭の戦闘は書かせて頂きました。
 えすちゃんはとても女性的で、心に決めた相手に全力出しちゃう子だと思います。本ルートでもifルートでも全力で幸せを掴みに行ってください。
 正宗さんにも、今回はめっちゃ頑張って貰いました。中卒から大卒になりましたよ! やったね!
 というわけで大卒っぽい行動を取らせてみましたけど、いかがでしょうか。
 それでは、またご縁がありましたら。

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2019年04月15日

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