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『五百年前の遠き記憶』
ユエディla3295

●月下命誕
 
 冷たく輝く満月の光が、深き静寂の中に眠る夜の闇を照らしていた。
 蒼銀の光に淡く浮かび上がるのは、昏き森の中に佇む、一つの集落。
 此処は、銀狼の一族の住まう村。
 木と藁を素材に造られた簡素な家々の、その一つから。
 おぎゃあ、おぎゃあ、と。この世に誕生したばかりの新しき命の産声が響く。
 遍く生命はその生死を月の満ち欠けに影響を受けるというが、数多の生命の中でも銀狼は、特に『月』との結び付きの深い種族である。
 満月の夜に新たな赤子が誕生することは、一族にとってしばしばあることであったが。
 ――その夜、産まれた赤子は、少しばかり、常とは異なっていた。

「男でも、女でも、ない……と申すか」
 村の中央に位置する、族長の家。報告を受けた族長は、重々しく呟いた。
 確かに、常にあることではない。
 だが、長い一族の歴史の中では――無性の赤子が産まれることは、初めてではなかった。
「そう慌てるでない。過去にも幾人か、そうした赤子が産まれたことがある。長じるにつれて、やがて男か女か、何れかに分化するであろう。本来、母の腹の中で定まるべき性が、産まれた後に多少ずれ込んだだけのこと。たかが数年。誤差の内よ」
 
 斯くして、一族の者達は事態を不問とし。
 その無性の赤子は、麗しき満月にちなんでユエディ(la3295)と名付けられた。

●令月未満

 なれど。六年が過ぎても、ユエディは無性のままだった。
 そして更には。六歳を境に、ユエディは分化どころか、成長の気配すら、一向に見せなくなったのである。

 ユエディは母が好きだった。
 だが、父のことは、少し苦手だった。
 父は時折――自分に対して何かを疑うような、とても冷たい眼差しを向ける。
 その視線が、幼いユエディにとっては、とても怖くて。
 そうした父の視線を感じる度に、ユエディは母の脚に隠れ、母の長袍の裾を小さな手で握り締めるのだった。

 村人達のことも、ユエディはあまり好きではなかった。
 物心ついた頃は、同年代の子達と一緒に遊んだりもしていたが。
 ユエディが分化や成長の兆しを見せぬと知れると、誰も彼もが父と同じような、冷たい懐疑の視線を向けてくるようになり。
 気付けばユエディは、常に母の傍らで日々を過ごすようになっていた。

 村外れの、森の入口で。
 よくユエディは、母と一緒に、白詰草の芽で『宝探し』をして遊んでいた。
 通常は三つ葉だが、ごく稀に四つ葉があるのだと。そして四つ葉は、幸運の象徴なのだと。
 そう母に教えられたユエディは、無邪気に四つ葉を探しては、見つける度に、嬉しそうに母に示した。
 母はその度に、優しくユエディの頭を撫でて、褒めてくれた。
 だから、ユエディは、白詰草の芽が――特に、四つ葉の芽が――大好きだった。

 ある日、いつものようにユエディが得意気に母に四つ葉を示すと。
 母は、数多の芽が三つ葉である中に混じり、ぽつんと一つだけ芽吹いた四つ葉を神妙な眼差しで見詰め。少しの沈黙の後に。
「あなたが、一族にとって稀な存在であるのも……もしかしたら、幸運の兆しなのかもしれないわね。皆も……いつか、そういう風に思ってくれたなら、良いのだけれど……」
 そう呟く母の言葉の意味を理解するには、当時のユエディは、まだ幼過ぎたけれども。
 四つ葉を見つけると、母が笑ってくれる。喜んでくれる。
 そのことだけは、母との確かな思い出として。ユエディの心の中に深く、温かく、刻まれるのだった。

 そして、更に月日は流れ――。
 ユエディは変わらず、六歳の姿のままであり、性を持たぬままであった。
 実の父を含めて村人達の懐疑は、もはや根拠のない確信へと形を変え。
 あれは不義の子だ。
 あの稀有な両目も、恐らくその証に違いない。
 ユエディの母は、不義を働いたのだ。
 斯様な声が、村中に満ちるに至り。
 ついに族長の家に呼び出された母は、『得体の知れぬ化物と密通した』のだと糾弾され。
 『不義の子』とされたユエディ共々、一族を追放されることとなったのである。

 一度、番(つがい)となれば、生涯に亘りその伴侶と添い遂げる銀狼の一族に於いて、不義は重罪。
 だが、そもそも『不義を働く』というのが、どういうことなのか。当時のユエディには、まだよく解らなかった。
 だから、母が罪を犯したのだと聞いても、ユエディの母への愛慕の情は、些かも変わらなかった。
 それに、父のことも、村人達のことも、ユエディは苦手だったから。
 もうこの村には居られないのだと聞かされても、母と一緒に居られるのなら、それで良いと――そう、思っていた。

 しかし、住み慣れた村を追放されてから。母は、変わってしまった。

 一族の住まう集落を離れ、ユエディ達は母子二人で新たな土地へと移り住んだ。
 其処での暮らしも最初の頃こそ、ユエディにとっては以前と変わらず幸せなものであったが――。
 狼とは、群れを成して生きる動物である。
 自ずと、銀狼という種族も、少なからずそうした側面を持つ。
 一族の仲間への愛着を育み難い境遇で育ったユエディには、そうした性質は薄かったが――母にとっては、一族を追放されたことは、相当な苦痛のようだった。

 嘗て、折につけ疑惑と嫌悪の視線を向けてきた父とは違い、常に慈愛の眼差しを以てユエディに接してくれていた母であったが。
 そもそも追放の原因となったのは、ユエディの存在である。
 あの優しかった母が、徐々に、憎悪の感情を以て、まるで忌々しいものに接するかの如く、ユエディに辛く厳しく当たるようになっていったのである。

 それでも。腹を痛めて産んだ母の強さであろう。
 母は甲斐甲斐しくユエディの面倒を見てくれたし、時には温かい言葉を掛けてくれることもあった。
 だが――憎悪と愛情と。
 母の中で鬩ぎ合い相反する二つの感情の比率は、常にとても不安定で。
 ユエディが喜び勇んで母に差し出そうとした四つ葉の白詰草を、突然激昂した母に、振り払われたこともあった。

 そして、ある日。家に帰って来たユエディは、聞いてしまう。
「あの子がいなければ……あんな子を産まなければ……私はまだ、あの村に……一族の一員で居られたのに……」
 自らの、短く減った手の爪を、血が出る程に噛みながら。
 虚空を見詰めて、怨嗟の感情を剥き出しにし、まるで呪詛の儀式でも行なうかのような形相で、繰り返し、そう呟き続ける母の姿を見てしまった時に――ユエディは、理解した。
 自分が母を、不幸にしてしまったのだ、と。
 自分は――産まれてこなければ良かったのだ、と。
 外見は幼い六歳の頃のままなれど。
 既に、生まれてから十数年が経ち。
 ユエディは物事の分別も、複雑なことも、充分理解できる年齢になっていた。
 故に――自分を呪う母の声を聞きながら、ユエディは誓った。
 母が、一族を追われ、群れから逸れて辛いのならば。
 自分だけは、母の最期の瞬間まで、母と共に在ろう。
 それが、自分を憎みながらも、愛し続けようとし――その果てに、狂気に囚われてしまった母に報いる、唯一の道である、と。
 
 斯くて。幾十年もの歳月を、ユエディは母と共に過ごした。
 老婆となり、床に伏せる母の皺だらけの手を、幼き姿のままのユエディは優しく握り、その最期を看取るのだった。
 
●月帝流譚

 その後、ユエディは数多の異世界を渡り歩く。
 やがて、自分は不老な訳ではなく、凡そ百年を以て一歳育つことも解った。
 そして『悪夢』の脅威と戦うこの地球へと流れ着いた彼は、この世界で様々な経験をすることとなるのだが――その物語は、また別の機会に。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

こんにちは、黒岩かさねです。
個人的には、PCさんの過去話というのは、とても大切なもので、
執筆させて戴くからには、全力を尽くさねばならない……という思いが、すごくある、のですが。
ユエディさんのマイページを隅々まで拝見しておりましたら、出自や過去に纏わる情報量が結構多かったので、
このような話が降りてきまして……筆の赴くままに、このような形で書き上げさせて戴きました。
勿論どのような題材であっても、執筆させて戴くからには常に全力、なのですが、果たしてご期待には応えられましたでしょうか。
特に後半、ちょっと暗くし過ぎたかな……などと自問しながら、びくびくと納品させて戴いております。
救いの見えない欝展開も個人的には大好きなので、明確なご指示さえあれば、それこそ何処まででも突っ走るのですけれど。
今回はおまかせですし、あまり鬱々と成り過ぎないように、適度にブレーキ踏みつつを心掛けたつもりです。
もしイメージと違う部分などありましたら、リテイクをお気軽にお申し付けください。
外見が若い(幼い)のに達観した、実は長寿の人外さんは、浪漫ですよね。
もしご縁があれば、時間軸が『今』のユエディさんも、いつか書かせて戴けたら幸いです。
このたびは、ご依頼ありがとうございました。
おまかせノベル -
黒岩かさね クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年04月15日

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