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『二人の天使』
不知火 仙火la2785)&不知火 仙寿之介la3450

●今回のあらすじ
 不知火 仙寿之介(la3450)は天使である。生きる意味をくれた大切な人を追って世界の枠を飛び出したところ、何の因果か力を失くして帰還不能になってしまった。ナイトメアと刃を交えるという大業は嫡男の不知火 仙火(la2785)に任せ、都内の体育館で剣道の先生を務め、あるいは道場を間借りして剣術を教えるなどしていた。
 はずなのだが、仙火にある日、耳を疑ってしまうようなニュースが舞い込んできたのである。『不知火仙寿之介なる放浪者が新しくライセンサーに登録された』と……

●お家の為と言われても
 仙火はいかにも不機嫌そうな顔をして、マンションの階段をずんずんと上がっていた。身に纏う衣がゆらゆらと火のように揺れている。
「何なんだ……まったく」
 口からは不満がポロリと零れた。とある部屋の前に立った仙火はカードキーをドアの施錠装置に当てる。軽妙な音がして、ドアのロックが外れた。仙火はひときわ大きな溜め息をつくと、乱暴にその扉を開く。
「帰ったか。仙火」
 リビングに足を踏み込むと、仙寿之介はテーブルの上にシートを広げ、その上に乗せた小さな盆栽と向かい合っていた。剪定鋏を片手に、彼はじっと枝ぶりに目を凝らしている。
「まーた趣味増やそうとしてんのかっ!」
 仙火は電話台の傍に立てかけられていた竹刀を手に取ると、思い切り仙寿之介の後頭部に振り下ろした。仙寿之介は振り向きもせず、鋏を頭上に振り上げその一撃を軽々と受け止めた。やはりその視線は盆栽に注がれ続けている。
「どうした。ツッコミというにはやけに乱暴なやり方ではないか?」
「すっとぼけるなよ。今度は盆栽なんか始めやがって」
「家のようには家庭菜園をやるスペースを確保できず、庭いじりも出来ないと来ている。その無聊を慰めるためにも盆栽くらいはあって構わないだろう」
 仙寿之介は竹刀を弾くと、目にも止まらぬ鋏捌きで盆栽の枝ぶりを整え始めた。仙火は竹刀をぶら下げたまま肩を竦める。
「はいはい。好きにしろよ……つーか、今日はそういう話をしに来たんじゃないぞ」
「じゃあ、何だ?」
 ようやく仙寿之介は鋏を置き、椅子にもたれて振り返った。
「何だじゃない。聞いたぞあいつから。ライセンサーに登録したって。母さんと一緒に!」
 仙寿之介はようやく眼を丸くした。どうやら本気で心当たりになかったようである。テーブルを挟んで立ちはだかった息子を、彼はじっと見上げる。
「ああ、その話だったか。直接伝えるつもりだったが、先に伝わってしまっていたか」
「そんな軽い言い方するなよ。こっちはどんな思いで……」
 ライセンサーになったと思ってる。そう言いかけたが、仙火は途中で黙りこくって頭を掻きむしった。
 仙火がライセンサーになったのは、ただ意気揚々とした幼馴染につられるがままであった。家族や幼馴染を守りたいという想いはあれど、それはいわば後から付いてきたようなもので、彼はただ風船のように空気の流れへ身を任せていたに過ぎず。
 そんな身だからこそ、こうして守るべき父や母がライセンサーに登録したという事実は仙火にとって重かった。父母が戦場に立たなければ、彼が守られるような事は決してない。しかしもし肩を並べるようなことがあれば、あるいは。
(そんなのだけはまっぴら御免だ)
 歯を食いしばって呻いていた仙火。そんな彼をじっと見つめていた仙寿は、おもむろに笑みを浮かべた。
「安心しろ。華を奪うつもりはない。そんな無粋な老兵になったつもりはないからな」
「余計な気まで回しやがって。じゃあなんで……」
 尋ねた仙火に、仙寿之介は至極真剣な顔で答えた。
「色々あってな」
 仙火は目を瞬かせる。
「色々って、何だよ」
「放浪者というものがこの世界に現れてから随分な時間が経っているようではあるがな、まだまだこの世界はその存在を持て余しているらしい。ライセンサーとしての登録もなしに暮らしていると、不都合な事ばかりが起こったのだ」
「不都合な事?」
 仙火と彼の幼馴染は、怪我の手当てを受けてから、間もなくライセンサーとして活動を始めた。どんな時でもライセンサーの登録証を突き出せば手続きはそれで終わる。葵の代紋同然だ。この世界で生きるに際してさして不都合を感じる事は無かった。
「ああ。放浪者はもれなく適合者という事もあって、信用の大半はライセンサー登録に依るようだ。つまりな、望むと望まざるとに関わらず、登録せずにいるとそれこそ世捨て人のように見なされたりすることもあるわけだ」
「はあ」
 父親の言葉が今一つ呑み込めず、仙火は首を傾げる。
「まあ、簡単に言うとだな。各種保険への加入やら、銀行口座の開設やクレジットカードの契約、また各種公共機関での手続きに苦慮する羽目になったのだ。故に、母さんと一緒にライセンサー登録を済ませてしまう事にしたというわけだ」
「やめろよ。父さんの口から保険がどうのとかクレジットカードがどうのとか聞きたくなかったぜ」
 飄々と構え、超然と世を翔ける天使。それが不知火仙寿之介だと信じていた仙火。そんな父の地に足が着きまくった話に、慌てて彼は耳を塞いだ。
「何を言っている。向こうの世界でもそうした手続きはこなしていたぞ。年金手帳だってしっかり持っていた」
「天使に必要ねえだろ、年金なんて!」
 咄嗟にツッコミを入れつつ、仙火はどっかりとその場に腰を下ろした。不機嫌そうに頭をがりがりと掻き始める。
「仕方ねえなあ。そんなんだったら……」
「そうだ。そんな理由があっただけだ。別に今更矢面に立つ気はない。それはお前達によって為されるべきだろう。俺はそう思っている」
 父の言葉に、仙火は何度も頷いた。
「そうだぜ。老兵は死なずただ去るのみだ。そうやって盆栽の手入れでもしてろ――」

『当地区にナイトメアが出現しました。当地区にナイトメアが出現しました。直ちに避難を開始してください』

 その時、けたたましいサイレンが窓ガラスを震わせながら鳴り響いた。仙寿之介と仙火は振り返り、素早く顔を見合わせた。仙寿之介は顔を顰める。妻が老いるに合わせていたその顔は、仙火と瓜二つの若々しい顔立ちに戻っている。
「というわけには、中々いかないようだな。……ここは堪えてくれよ、仙火」
「わかってる。ここで意地張るほどには子どもじゃねえよ」
 仙火は刀の鞘を突いて立ち上がると、父と共に外へと飛び出した。

●天剣照覧
 仙火と仙寿之介は戦場へと駆けつける。低いノイズを放ちながら、四匹のトンボが人々を襲わんとして周囲を飛び交っていた。敵の陣容を見渡しながら、仙火は大太刀を抜き放つ。
「父さん、EXISは持ってるんだよな?」
「一応佩いてはいる」
「なら、後詰を頼んだ!」
 太刀を構えると、白い翼の幻影を広げながら、群れの中へと一気に踏み込む。周囲の四匹を睨みつけ、彼は一気に白羽根をまき散らした。羽根と共に天使のイメージを叩き込まれた四匹のトンボは、ぐるりと方向を転じ、一斉に仙火を取り囲む。
「ああ、そうだ……どっからでも来いよ」
 大太刀を脇に構え、仙火はじろりと周囲を見渡す。尻尾の先に輝く鈎針、その口に輝く顎をかっと開きながら押し寄せてくる。仙火は素早く身を屈め、一体目の突撃を躱す。そのまま身を翻し、刃を突き出して二体目の鈎針を受け止める。そのまま払い除けると、宙へ高々跳び上がり、飛びつこうとした三体目の頭を蹴り飛ばし、空へ高々舞い上がった。
「この俺の刃、見るがいい!」
 大太刀に光を纏わせると、空から一気に打ち下ろす。幻想之刃が巻き起こした太刀風が、四匹のトンボを次々に切り裂いた。トンボは次々よろめき、その高度を落としていく。
「父さん!」
 彼が叫ぶと、刀を構えた仙寿之介が音もなく間合いへ踏み込む。目にも止まらぬ速さで刀を振り下ろすと、トンボの腹は真っ二つだ。迸る体液をその身に浴びつつも、仙寿之介は構わず息子の傍まで踏み込でいく。
「流石だな。どんな世界でもその太刀筋は鈍らないってわけだ」
「僻むな。仙火の放った一撃も中々だったぞ」
「師匠ヅラしやがって」
「俺はお前の父であり、師でもあるつもりだが」
「……ああ、そうだな」
 軽快に言葉を交わしている間に、二人はトンボとの間合いをじりじりと詰めていく。トンボは翅を鈍く響かせると、足元から頭上から、一斉に二人へ向かって押し寄せる。どちらが合図するでもなく、二人は翼を広げて一斉に動き出す。足元から迫る二匹を、仙火が再び太刀風で薙ぎ払う。蟲を宙へと舞い上げながら、仙火は跪いて左腕を頭上へ掲げる。仙寿之介はそれを足場に跳び上がり、宙でもがく蟲の首を刎ね飛ばした。
 そのまま地面に降りて翻ると、突っ込んできたトンボの顎に刃を刺し込む。もがくトンボの背後から、仙火が剣を一息に振り上げる。トンボの腹は縦に真っ二つ、翅も肉もばらばらとなって地面に転がった。
「一気に仕留めんぞ、父さん」
「承知した」
 鈎針を陽の光の下に照らし、急降下するトンボ。二人は一斉に踏み込むと、交差するように刃を振り下ろす。空さえ引き裂く斬撃は、瞬く間にそれを物言わぬ肉塊へと変えてしまった。
 一斉に刃を払い、鞘へと納める。既に辺りは静まり返り、亡骸のすえた臭いばかりが周囲を満たしていた。

●新たな世代へ
「命に関わるような怪我をした住民はゼロ……か」
 ビルの柱にもたれかかり、仙火はスマートフォンを片手に通りを見つめる。SALF職員が防護服に身を包み、死体を片付けにかかっていた。
「押っ取り刀で駆け付けた甲斐があったというものだな」
 隣では仙寿之介が晴れやかな笑みを浮かべている。その顔立ちは、すっかり壮年のそれに戻っていた。仙火は半ば上の空で頷く。
「ああ」
 彼はすっかり安堵していた。父の眼の前で情けない姿を見せずに済んだのだ。
(まあ、あのトンボはお世辞にも強いとは言えなかったしな)
 初めて来た時とは違い、装備も十分整っている。苦戦する理由もない。仙火は何処か遠い目をして溜め息をついた。
 仙寿之介はそんな息子の横顔を見つめる。
「仙火」
「なんだ」
「己で己に枷を嵌めようとするなよ。どれほど大きな翼があっても、その足に枷が嵌まっていては、空を翔ける事などままならなくなる」
 仙火は眉間に皺を寄せる。
「そんなことしてねえよ」
「そうか。……すまんな」
 仙寿之介は微かに頬を緩めると、そっと仙火の肩を叩いた。
「しかし、これだけは言っておくぞ、仙火」
「お前は、いつだって俺達の自慢の息子だ。……だから、もっと自分で自分を認めてやれ」
「はいはい。わかったよ……」
 仙火は携帯をコートのポケットに収めると、裾を翻して何処へともなく歩き出す。仙寿之介はその背中を見送り、ぽつりと呟く。
「俺と彼女の子なんだ。……いつか必ず、お前は俺達を越えていくに違いないからな」

 おわり



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 不知火 仙火(la2785)
 不知火 仙寿之介(la3450)

●ライター通信
お世話になっております、影絵企我です。

仙火君については、偉大な先代に苦悩する二代目、という姿をイメージしています。家康に対する秀忠、謙信に対する景勝、信玄に対する勝頼と創作上の類型を上げればキリがなかったりしますが……うまくはまっていただければ幸いです。

ではまた、後程。
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年04月15日

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