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『メイドと主』
ノゾミ・エルロードla0468

●メイドのお仕事
 郊外に立つとあるお屋敷。そこには一人の主人と、四人の使用人が暮らしていた。来栖・望(la0468)は、そんな使用人の一人。いわゆるメイドさんである。望は主人がこの家で安らかに時を過ごせるよう、常に心を砕いていた。
 今日も、掃除用具その他を台車に乗せ、望は主の書斎へと足を踏み入れる。本棚には雑誌から学術書まで、あらゆる分野の本が隙間なく並べられていた。任務の合間を縫って、主人は常に本を読み漁っていた。デスクには、彼が置き去りにしてしまった辞書が開きっぱなしになっている。望は付箋が沢山つけられた辞書をじっと眺めた後、そっと閉じて箱に収める。
(やっぱりあの人は勤勉よね)
 それでありながら、望たちのような使用人、友人達と団欒の時を過ごすのも忘れない。いつ寝ているのかと不思議に思って訪ねた時には、
――この世界にも毎日3時間ほどしか眠らぬ将軍がいたという。心配はいらん。
 と答えてきた。その悠々たる態度を見ては、望は何も言い返せなかった。
(その将軍は……合間の居眠りがすごくお得意だっただけと思うのだけど)
 心の奥で呟きつつ、望ははたきを取り出し、丁寧に本棚や机から埃を落としていく。嘗ての世界では神の御子として生きてきたものの、子どもの頃は寺院の修練で散々本殿のお清めに努めてきた。掃除くらいは慣れたものである。掃除機をかけ、窓を拭き、あっという間に書斎の掃除を終わらせてしまった。
(あとは……)
 望は台車の隅に置いた木箱を取り出す。京都へ遠出したときに仕入れてきたお香のセットだ。この世界に魔術は無くとも、香りは変わらず人の心に訴えかける力を持っている。彼女はお香を丁寧に見繕うと、デスクの傍でそっと灯した。立ち昇る香りが鼻腔をくすぐり、望の目元をしゃっきりさせる。
(せめて、これが気分転換にでもなってくれればいいけど)
 望は一歩離れてデスクを見つめる。黙々と勉学に励む彼の姿が浮かぶようだった。

●奇妙な恋路
 同僚達と手分けして、何とか今日の掃除を終えた望。主人に宛がってもらった自室に戻ると、ベッドにすとんと腰を下ろす。窓から外を見つめると、今日は雲一つない青空だ。窓から差し込む日差しも暖かく、窓の隙からは小鳥の鳴き声まで聞こえてくる。万事穏やかな風景だ。望は穏やかな面持ちでその景色を眺めていた。
(今日は心配なさそうね)
 主人が引き受けたナイトメアの討伐任務。数は多くて時間はかかるだろうというのが彼の弁だったが、それでも彼は任務を共にした仲間をその盾で守り抜き、悠々とこの屋敷へ凱旋するのであろう。
 ふと、望は彼の顔を思い浮かべる。主人とメイドという関係でありつつ、二人は同時に男女の仲でもあった。景色を見つめる彼女の眼には、主人の敬愛以上に、心胆強かな男への思慕が籠っている。その強い絆が、彼女と主を不落の牙城に至らしめるのだ。
(とはいえ……)
 しかし彼女は考えてしまう時があった。主人とメイドの恋は、いわば御法度なのだと。嘗ての世界でも、この世界の過去においてもその事実は厳然としてあって、今も種々の創作物においては、主人とメイドの間に生まれた子供は側腹の子として忌み嫌われたりする。そんな逸話を見聞きする度に、望はどきりとした。
(あの人と出会えたのが、この世界で良かったのかも)
 望はベッドに倒れ込み、両膝を抱えて丸くなる。彼は望をいつも思いやってくれる。男女として共に出掛けた時、彼が望へのエスコートを欠かしたことは無かった。望もまた、自ら手を尽くし、心を尽くして主人を支えてきた。そんな関係が、望にとっては快い。
 ベッドの温もりを肩に感じていると、彼女はふと主人と肩を並べて戦った時の事を思い出す。主が盾で敵を防ぎ止めている間に、望が杖を振るって敵を撥ね返していく。支配者の威容でナイトメアを引き付け、時には素早く回り込み、決して望に敵を寄せ付けない。そして望も、彼に癒しのイメージを注ぎ込み、傷ついたシールドを埋め合わせていく。二人で戦場の一角を支える厳しい戦いだったが、二人は仲間の増援が来るまで無事に耐えきったのだ。
(あの人となら、きっとどこまでも……)
 ぼんやりしているうちに、先日会ったエルゴマンサーの姿が脳裏を過ぎる。シルクハットを被り、モノクルをかけた青年。彼と対峙した瞬間、そこはかとない悍ましさを感じた。友達に見せる真心から、主にしか許さない心の奥底まで、土足で踏み抜かれたような感覚だ。
 許せない。あのエルゴマンサーが去った後に感じたのは、怒りだった。一瞬にして人々を危機に晒されながらも、一歩たりと動く事の出来なかった自分を悔しくも感じた。
 先日の祝勝会から数日、改めて望はその腹を括った。次にかのエルゴマンサーと出会おうものなら、今度こそ自ら手にしたその杖で、いけ好かないかのエルゴマンサーの顔面を打ち抜いてやろう、と。
(あの人となら、きっと出来るはず)
 望は眉を決すると、丸めた体を伸ばし、一気にベッドから飛び降りた。ふっと息を吐き出し、窓を開け放って春の風を屋敷に吹き込ませる。赤銅色の髪は揺れ、翡翠の瞳は澄み渡っていた。
 彼女は静かに息を吸って胸を膨らますと、踵を返して部屋を出る。既に気持ちはメイド思考へと切り替わっていた。
(夜には帰って来るんだし、今のうちから仕込みを始めておかないと)
 大切な人が疲れ切って帰って来る。その身を労わる為に、うんと美味しい料理を作って出迎えよう。そう心に決めた望は、赤絨毯を踏みしめ揚々と厨房へ向かうのだった。

 おわり



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 来栖・望(la0468)

●ライター通信
お世話になっております。影絵企我です。

望さんと言えば御主人様との恋模様……のイメージが強かったので、メイドとしてお仕事を果たしつつ、ほんのりと彼に想いを寄せる望さんの姿を書かせて頂きました。気に入っていただければ幸いです。

ではまた、ご縁がありましたら宜しくお願いします。
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年04月15日

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