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『自由の一ページ』
桃簾la0911

●陽下の姫
 ここはとある港町。岸壁から這い上がってきたシャコ型のナイトメアが数体、海の益荒男達に襲い掛かっていく。どんな荒海に堪える彼らも、ナイトメア相手では形無しだ。顔色を失い、彼らは何処へともなく逃げ惑う。
 入れ替わるように現れたライセンサー達が、一斉にナイトメアの群れへとぶつかっていく。その中には、巫女装束に身を包み、小太刀を携える桃簾(la0911)の姿もあった。
「わたくしの前で民を傷つける事は許しませんよ。覚悟しなさい」
 シャコは仰け反り、幾本もの足をバタバタ動かしながら威嚇した。しかし桃簾は怯まない。鋭く踏み込むと、シャコの腹に向かって横蹴りを突き出す。緋色の袴がふわりと揺れ、そのほっそりと引き締まったおみ足のラインが露わになった。
 ブーツの踵を叩き込まれ、シャコは咄嗟に丸くなる。桃簾は身を翻し、開いた顎にその小太刀を捻じ込んだ。青い体液が噴き出し、彼女の纏うシールドに降りかかる。
 シャコはその前脚を彼女に向かって繰り出してくる。至近距離で放たれたパンチは、彼女を吹っ飛ばし、シールドに罅まで入れた。
「なるほど。鋭い一撃です……が」
 桃簾は軽やかに跳び上がる。巫女装束の袖や裾を艶やかに振り乱し、空を裂く二連撃を放った。獲物を捕らえた鷹の爪が如く、繰り出された刃はシャコの腹を切り刻む。シャコは体液をまき散らしながら、その場にひっくり返る。
 小太刀を構え直し、肚に溜まった息を深く吐き出す。桃簾の前で、シャコは最早ぴくりとも動かなかった。

●任務後のごちそう
 港での一仕事を終えた桃簾は、SALFへの報告を終えたその足で早速スーパーマーケットを訪れていた。野菜コーナー、鮮魚コーナー、精肉コーナーには目もくれず、彼女は一直線に冷凍ショーケースへと足を運ぶ。
「ふふ。やっぱりいつ見ても幸せになれますね……」
 ショーケースを覗き込んだ桃簾は、口元を緩めて思わず声を洩らす。そこに並んでいたのは、種々様々なアイス。シロップ付きのシャーベットから、高級志向のブランドアイスクリームまで揃っている。桃簾にとっては、このショーケースの中身を眺める瞬間こそが至高のひと時。零れるほどに金銀財宝が詰まった箱よりも、ぎっしりアイスの詰まったこの箱の方が彼女にとってはよほど価値があろうと思えた。
(今日は任務終わりなのですから、奮発してこの一番高いラムレーズンのアイスクリームを……いえしかし、このアイスに相応しい、もっとお日柄の良い時がある筈です。これはその時の為に取っておく方がよいのでは? むしろこのいかにも甘くしてみました、といわんばかりのバナナクッキー味を食して疲労回復に努めるか……)
 桃簾はナイトメアと対峙するときと変わらぬ、真剣そのものの顔でアイスにじっと向かい合う。巫女装束からは着替えたものの、今も結局ゴスロリ風味のシスター服姿。バリバリのコスプレ衣装。はたから見れば変な美人のおねーさん。通りすがった男達の眼を惹きつつも、家族連れからは何処か不思議そうな目で見られていた。
 そんな事とはつゆ知らず、桃簾はようやく一つのアイスを手に取る。最近売り出されたばかりの、紅茶クッキー味だ。
(今日はこれに決まりですね)
 桃簾は笑みを浮かべると、早速レジへと歩を進めるのだった。

 十数分後、桃簾は揚々と家に帰ってきた。レジ袋からアイスを取り出し、窓から降り注ぐ日光に照らしてそのパッケージを眺める。まるで大きな宝石を見つめているかのようだ。
(……と、まずは冷やしませんとね)
 おりしも今日は、春先にも関わらず夏日に迫る暑さ。少し外を出歩いただけで、アイスは手で触れてわかるほどに柔らかくなっていた。これではせっかくのアイスの楽しみが半減である。桃簾は踵を返し、2ドアタイプの冷凍冷蔵庫へと向かう。操作は簡単、上が冷蔵庫、下が冷凍庫と覚え、然るべき場所に放り込むだけだ。アイスは当然下である。桃簾は丁寧にアイスを収めた。
 しかし残念ながら、それで終わらないのが桃簾である。
(ふむ……どうにも待ちきれません。冷凍庫内の温度を下げれば、すぐに凍ったりしないでしょうか)
 冷蔵庫の操作盤を、桃簾はポチポチと弄り始める。ピッピと軽快な音が鳴り、何となく温度を下げる操作が出来たような気がした。桃簾は眉を開いて頷き、その場を立ち去る。
 悲劇が待っているとも知らずに……

●陽の下で得たもの
 さらに十分後、桃簾は途方に暮れていた。さっきまで元気だった冷凍冷蔵庫がうんともすんとも言わない。すっかりフリーズしてしまっている。しかし冷凍庫の中はぬるくなり始めていた。これではアイスが固まるわけもなく。パックもだんだんふにゃふにゃになりつつある。
「ふむ、またですか……一体どうなっているのでしょう……」
 桃簾もがっくりと肩を落としていた。楽しみにしていたアイスはおあずけ、しかも冷蔵庫が故障のおまけつきだ。
 そもそも、彼女にとってこれは初めての出来事ではなかった。何の因果か、はたまたいらん操作をしているだけかしれないが、やたらと彼女は家電を壊す。テレビなるものを部屋に導入したつもりが、それはほどなくして只の近未来的なモノリスとなったし、掃除が楽だし動きが可愛いと聞いた自動掃除機も、今では無期限ストライキ中だ。
(困りましたね。一体何がいけないのか……)
 その辺りは駄目になっても構わなかったが、冷蔵庫は困る。部屋を守っている家政婦も、今日は夕方まで帰ってこない。このままでは大変な事になってしまう。
(ああ、そうです。彼女に尋ねれば、何とか……)
 その時、はっと閃いた桃簾はスマートフォンを取り出す。何度も壊しては修理を繰り返してきた桃簾だったが、何とかこの携帯は命脈を保っている。そっと画面を指先で叩き、彼女は電話を耳元へ押し当てる。程なくして、親友の声が聞こえてきた。彼女は携帯を握りしめ、早口で声を吹き込んだ。
「大変な事になってしまったんです。冷蔵庫が、その、動かなくて……。ええ、そうなんです。ですから、もし今動けるのであれば、救援を」
 突然の事に電話先の親友は戸惑ったらしいが、すぐに助けに来てくれると応えてくれた。桃簾は頬を緩めた。
「ええ、ええ。ありがとうございます。やはり持つべきは友なのですね……」
 桃簾がしみじみ呟くと、電話の向こうで親友はクスリと笑った。電話が切れる。桃簾は嘆息すると、ゆらゆらとリビングへ向かう。よろめき、彼女はそのままソファへと沈み込む。
 口から洩れる溜め息。アイスの為にふわふわと舞い上がっていた感情が、一気にしぼんでしまった。任務の疲れまでもがどっと押し寄せてくる。
「……ふう」
 彼女はクッションを抱いて目を瞑る。瞼の向こうに、この世界で得た友達の顔が浮かんできた。背中を合わせて戦う度に、彼らの頼もしさを、顔を合わせて日常を送る度に、彼らに慕わしさを感じていた。

 領主の娘として、為すべき事を為す覚悟は既に出来ている。しかし、今はこの世界で出来た友とこの自由を謳歌したい。そう桃簾は想いを新たにするのだった。

 おわり


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 桃簾(la0911)

●ライター通信
お初にお目にかかります。影絵企我です。

桃簾さんをお預かりするのはこれが初めてという事もあるので、お任せノベルというよりは自己紹介ノベルみたいになってしまいましたが……桃簾さんをうまく描けているでしょうか。

ぜひまた、ご縁がありましたら宜しくお願いします。
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年04月15日

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