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『これからもどうかハッピーエンドを 』
ユエリャン・李aa0076hero002)&凛道aa0068hero002

 二〇XX年。

 時の流れは緩やかに、そして確かに世界を変えた。
 街並みは変わり、技術は進み、人は老い、新たに生まれる……。

「今日も……良い天気、であるな」

 春のある日のことだった。桜は散り際、アスファルトには雪化粧めいて花弁が落ちている。
 ある古本屋。ユエリャン・李(aa0076hero002)は窓辺から見える景色にそう言った。
「呼んでくれれば僕が行ったのに」
 現れた凛道(aa0068hero002)は、古めかしいちゃぶ台の上に二人分のコーヒーを置いた。「こっちに座らないんですか」と座布団に座りながらそう呼びかければ、向こうを見ているユエは窓際のまま「ここでいい」と答えた。

 ――春風が吹く。

 それはユエリャンの白髪交じりの髪をふわりとなびかせた。
 気付けば五十年――。
 ユエリャンは老いた。老い衰えた英雄は、かつての誓約者とは誓約を切った。そして誰かと再び誓約を結ぶつもりもない。
 かつての誓約者も美しいオールド・レディとなり、リンカーについてはとうに引退。彼女の子供が更に子を産み、今は孫が現役リンカーであり――その子と誓約を結んだ英雄こそが凛道で。
 凛道については老いていくユエリャンとは異なり、姿形は変わらない。かつての誓約者と第一英雄両名が世を去るほどの年月が経っても。おそらく彼は誓約が続く限りは恒久に全盛期であり続ける英雄なのだろう。

 老いたユエリャンと、若いままの凛道。
 けれどその関係性は、五十年が経っても変わらない。

「今日もユエさんはちゃんと綺麗にしてて、とてもユエさんです!」
 凛道がそう言うと、外の景色を見つめていたユエリャンが振り返る。その顔にはシワが刻まれているが、今日もユエリャンはいつものように品よく自らに化粧を施し、東洋風の豪奢な衣服を身に着けていた。
「白髪交じりの髪も綺麗ですよ。僕は好きです。ちょっと前は白髪染めに躍起になってましたけど」
「……全く、君のその遠慮のない物言いは終ぞ治らんかったな」
 ユエリャンは肩を竦めるも、その顔は穏やかなものだった。
「それと。徹夜明けであるゆえ、少し静かにして貰いたいな」
「静かにですか? じゃあコーヒーでも飲みますか。僕、淹れるのかなり上手になったと思いません?」
「まあ淹れているのはコーヒーメーカーだがな」
「こないだは修理してくれてありがとうございました、コーヒーメーカー。お陰様で今日も元気そうにしてます」
「こないだ……って、もう五年以上は前の話だろうに」
「あれえ、そうですかね」
 首を傾げながら、凛道は自分のコーヒーにパックで持って来た牛乳を注いでいる。
「竜胆、前も言ったがミルクピッチャーを使う方が洒落ているぞ」
「えぇ……あのちっちゃいポットみたいなやつです? アレって微妙に牛乳残った時にンアアってなりますし、逆に牛乳が足りない時に結局パック持って来ることになるし、洗いもの増えるし……」
「君はもう少し落ち着いた方がいいと思う。ほら、先日もマスターに呆れられていたろう?」
「僕はクールですよ?」
「そうであるかなぁ? ……とはいえ、そういう無邪気なところに救われる時も多いよな。それは良いところであるぞ」
「ほら、やっぱり利点じゃないですかー」
「開き直りというのだぞそれは。……いや、まあこんなことどうでもいいのであるが」
 ユエリャンが口にする言葉は、文面だけならなこれまで通りだ。だがその物言いと表情はどこか楽しそうに、愛おしそうに。古びたコーヒーメーカーが淹れたコーヒーをゆっくりと飲みながら、ユエリャンは凛道をいつものように見つめている。
 そしてカップをちゃぶ台に置くと、ユエリャンは何気ない物言いでこう言った。

「なあ君、我輩が居なくなったらやはり寂しいかね?」

 遠くの方で、近所の学校のチャイムが聞こえた。
 それが鳴り終わるまでの沈黙。
 凛道は少し目を瞬かせ、ためらいなくこう言った。

「寂しいです。ユエさんのいない世界は、とても、寂しいです」

 いつも凛道は真っ直ぐに相手の目を見て言葉を言う。
 ユエリャンはそんな彼の愚直なまでの真っ直ぐさが、好きだった。
「はは。君のその寂しさが、我輩のこれからの慰めとなろうから……その時は、そう思って耐えてくれ。すまんな」
 目を細めて、ユエリャンは黒手袋に包まれた手を差し出して――凛道の髪をくしゃくしゃと撫でた。
 凛道は大人しく撫でられつつ、ふと思う。今日のユエリャンの訪問はいつになく唐突だったな、と。でも友人がこうして遊びに来てくれることが嬉しくて――年月のまにまに、旧知の知人は一人また一人といなくなっているから――話したいことが、たくさん込み上げてくる。
「ユエさん、ユエさん、あのショッピングモール、ついに閉店しちゃうんですって」
「あそこが? ああ――電車に乗って、よくおつかいに行ったものだな、懐かしい」
「違う場所にリニューアルオープンするそうです。再来年にオープンらしいですよ。オープンしたら、また一緒に行きましょうね、電車に乗って」
「……、そうであるなぁ。今度は君のマスターとも一緒に出かけるといい。あの子はまだ未成年だ、保護者が必要だろう」
「じゃあ皆で行きますか。あ、来月はユエさんの好きな猫の写真集の新刊がでますね。……そういえばユエさんが持ってた本、本当に全部うちで引き取ってよかったんですか? しかもお金は要らないって」
「いいんだ。この通りもう目が遠くてね、細かい字が読めんのだよ。本は文字を読める者の手に渡るべきだ」
「なるほどそれで。……っと、もうすぐお昼ですね、一緒に食べますか? 僕、スパゲッティ作れるようになったんですよ!」
「ああ――それはいい提案だね、竜胆」
「午後あたりにライヴDVDが届く予定なんですよ。後で一緒に観ませんか。お暇ですよね?」
「そう、だな。予定はない。……うん、今日はここでゆっくりするよ」
「そうですか! 桜も散り際ですけど、お散歩に出かけるのもいいかもしれませんね。それじゃあ、ちょっとスパゲティ作って来ますので! コーヒーでも飲んでゆっくりしてて下さいー」

 ――いつも通りの、他愛ない時間。

 ぱたぱた、と台所へ向かって行った上機嫌な足音を、ユエリャンは見送った。
(竜胆――)
 最後まで親友であり続けてくれた、優しい兵器であり、甘い男であり、愛らしい子供。
(先の話ばかりを、あんなに嬉しそうにして)
 時計の針が、時間を刻む。
 分かっていた別れだった。
 誓約を失った英雄は、この世界から消える。
 だから、未練がないようできることはもう全部やった。
 もし永劫の時間に彼の心が耐えられなくなったのなら、誓約を断ち切りその命を痛みなく刈る装置を、薬局の地下に残しておいた。徹夜の作業だった。
 そう、未練なんてない。だけど。
(竜胆、竜胆、すまないな。昼食も、DVDも、散歩も、買い物も、……もう一緒にできなさそうだ)
 ほんの小さな未練だ。だけど、そう思えることが幸せで。
 未練が残るような人生だった。そうだ。ユエリャン・李は幸せだった。余りあるほどに、穏やかで緩やかで、満ち足りていて。
 今が、今日が、生きていることが、存在していることが、明日が来ることが、こんなにも――楽しかったのだから。

「君の未来は明るいことを祈るよ。今までありがとう」





「――ユエさん、ユエさん、お待たせしました!」
 足音が戻って来る。二人分のスパゲティ。麺を茹でてレトルトをかけただけ、そんなささやかな凛道の手料理だ。友人が辛い物が好きだから、鷹の爪がたっぷり入ったペペロンチーノに一味をたくさん。
「……ユエさん?」
 部屋は静かで、誰もいない。
 周りを見渡しながら、凛道は昼食を置いた。
 飲みかけのコーヒーに桜の花びらが落ちている。
 太陽の明るさに電気を点けていない部屋。真昼の日溜り。古びた畳と座布団と。
「あ、ああ、そっか……」
 凛道は苦笑して俯いた。座布団に座った。「頂きます」と一人で手を合わせ、一人でスパゲティを食べ始める。
「そっか……」
 一口、また一口と食べ進めるほど、彼の肩が震え始める。グス、と涙が滲み始める。
 大声で泣きわめきそうになって、でも「少し静かにして貰いたいな」と友人が言っていたから、凛道は涙を噛み殺すように自分のスパゲティをかきこむように食べ始める。
「……っ……!」
 向かいにはユエリャンが食べるはずだった食事。それが冷めていくのが、まるで死体から体温が抜けていく時のようで、たまらなくなって、凛道はユエリャンの分のお皿も引き寄せて、がつがつと食べるのだ。
 ぼろぼろ涙がこぼれていく。涙が落ちるスパゲティは、でもしょっぱくはなくて、ユエリャンの好きな辛い味がした。からくて、つらくて、凛道は桜の浮いたブラックコーヒーも一息に飲み干してしまう。
「ぷは、」

 ――そうすれば静寂だ。
 ユエリャンの痕跡は何もない。
 もうあの人はここに居ない。

 ……メソメソしていると怒られそうだ。
 だけど今だけ、今日だけ、「かなしいよ」「さみしいよ」と叫ぶことを、どうか赦して欲しい――。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ユエリャン・李 (aa0076hero002)/?/28歳/シャドウルーカー
凛道(aa0068hero002)/男/23歳/カオティックブレイド
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2019年04月16日

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