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『午後の一幕 』
リィェン・ユーaa0208)&イン・シェンaa0208hero001

 スマホではなく、ライヴス通信機へ声音を吹き込んだテレサ・バートレット(az0030)は顔を上げ、そして。
「リィェン君?」
 H.O.P.E.ニューヨーク本部のエントランスの片隅からかるく手を挙げてきたリィェン・ユー(aa0208)へ、小さな疑問符を投げ返した。
「さる筋からの依頼でな。きみのプライベートな午後を守るよう仰せつかった」

「リィェンの勝手アルよね?」
「うむ」
 リィェンを指差すマイリン・アイゼラ(az0030hero001)に、左眼をすがめてイン・シェン(aa0208hero001)がうなずいた。
 ふたりは近くからテレサたちを見張っているわけだが……それは今朝方、唐突にあれこれ支度をしだしたリィェンを見たインがマイリンに連絡、テレサのスケジュールなどを確認し、当たりをつけた結果の行動である。
「あ、移動するアルよ」
 ジャックポットたるマイリンの目がリィェンとテレサの動向を先読みし、告げる。
 移動を開始しながらインは薄笑み。
「わらわたちもせっかく出張ってきたのじゃ。せいぜいふたりの逢い引きぶりを楽しむとしようか」


 公園のベンチに並んで腰を下ろしたテレサとリィェンは、人気店からテイクアウトしたロブスター・ロール――ホットドッグのソーセージをスパイシーに味つけたたっぷりのロブスターに変えたもの――にかじりつく。
「これはうまいな」
 思わず唸るリィェン。
 合わせスパイスの辛さ、レモンバターのコク、ガーリック、そして少量のマヨネーズ。それらがロブスターのうまみと絡み合い、実にいい味を出している。
「サンドイッチはイギリスが勝ってると思うけど、ロールはアメリカに負けるわね。おにぎりならもちろん日本の圧勝だけど」
 アイスコーヒーで喉を潤したテレサは目を細め、青い空を見上げた。
「日本の桜はもう散っちゃったかしら? またみんなで緑の桜、見たいわね」
 思えば最後の休日は3月14日で、ひと月以上休んでいない。大学のほうは融通を利かせてもらっているが、できればきちんと学びに通いたいところだ。
「仕事もいいが、暇を作るほうにも力を入れてくれよ。いくら日本贔屓とはいえブラックなところまで真似してほしくないし、なによりきみの人生は豊かであってほしいからな」

「したり顔アルねー」
「あれも本音じゃろうが、半ばは邪念じゃよ。仕事にかまけとらんで己をかまえとな」
 身も蓋もないコメントをするインに、マイリンは苦い顔をうなずかせる。
 と、ここでインがふと眉根を下げて。
「そういえばリィェンのやつめ、テレサに珈琲を買い与えたの。あれは英国人的にはどうなのじゃ?」
 イギリス人は紅茶。安直な発想ではあるが、おおむねの真実でもある。それを思えばリィェンの配慮が足りていないのではないか?
「あー、イギリスと水がちがうアルから、テレサって外国であんまり紅茶飲まないアルよ」
 イギリスの水は固い。そのミネラル分が赤いはずの茶を「ブラックティー」にしてしまうほど。そのためイギリス国外を巡るテレサは、紅茶よりコーヒーを飲むことが多いのだ。
「武辺の小僧が、いつの間にやら一端の顔で気を配るようになったものじゃ」
 感慨を込めて、インは苦笑する。
 出逢ったばかりのころは、己がどう生きればよいかもわからぬ有様じゃったのにの。
「このまま信に続く用が頼にまで至らば化けるやもしれぬのぅ」


 グロリア社のショップを訪れたテレサとリィェンは、それぞれに新作のインナースーツやプロテクターを手に意見を交わす。
「薄さよりも衝撃吸収力よね。特に膝と肘はガンフーするにも最重要だから」
「俺は薄さと軽さに全振りだな。迅さだけを意識するなら筋肉量を抑えて瞬発的な加速力を増せばいいだけのことではあるんだが、それをすると直接的な打撃力が落ちるし、なにより神経接続した装備のフィードバックがずれる」

「あれもウィンドウショッピングって言うアル?」
「買わずに見ておるだけじゃから、そう言うよりあるまいが」
 マイリンとインは、げんなりと顔を見合わせた。
 確かあのふたりはディスカウントの始まった春物を冷やかしにショップへ行くはずだったわけだが、その先がAGWショップでは色気もなにもあったものではない。
「リィェン、可動域がどうとか言ってるアルよ」
「あー、装備が厚くなると身体可動域が狭くなるからの。ガンフーとやらに拘りすぎて動きが鈍るようでは、結局はテレサの持ち味を殺す」
 リィェンがテレサに勧めている装備を見つつ、インがコメントする。防御力と機動性は基本的に相反するものだからこそ、バランスをどのように取るかは死活問題となり得るのだ。そう、なり得るのだが。
「あ、店員来たアル」

「スリーブガン?」
 店員がテレサに売り込んできたのは、ジャケットなどの袖から拳銃が滑り出してくるギミックアイテムだった。抜く必要なく銃を手へ収められるので、確かに隠密性と即応性は高い。
「古い映画で見た記憶はあるが、サイズ的にかなりの小口径じゃないと使えないだろう?」
 リィェンが難しい顔で言うのに対し、テレサは両腕の内側に固定したスリーブギミックに二丁拳銃をセット、何度か起動させてみて。
「ロングカーディガンなら問題ないわ。スキニーパンツにも合わせられるし、意外に行けるかも」
 ショップ推薦の新作銃――従来の魔導銃のパワーをそのままにサイズだけをダウンさせたもの――を組み合わせ、試射室へ。
 ジークンドーを意識したステップワークで銃を出し入れし、打撃を繰り出しながら的を撃つ彼女の様に、リィェンは感嘆の息を漏らした。
「様になってる。これなら実戦でも十二分にやれるな」
「リィェン君でも止められる?」
 息を弾ませて訊くテレサ。
 リィェンは少し考えて。
「それならストッピングパワーの高い実弾銃のほうがいい。前衛をやる連中は体を貫通されてもそのまま突っ込んでくるぞ」

「あんなの町中で使う用アルし、普通の人巻き込むの怖いアルからテイザーガンのがいいアル」
 ジャックポットの冷静な意見を述べるマイリンにインは苦笑を返し、鷹揚にかぶりを振った。
「内実はともあれ、テレサが喜んでおるのは悪くないじゃろうよ。あれはあれでいい返しじゃ」
 よくわかんないアルねー。マイリンは息をついてリィェンを見る。
「前も言ったアルけど、あたしは婿がリィェンでもいいアルよ」
「問題は父御、いや、英国という島を含む名士界なのじゃろ」
 インもまたリィェンを見やり、口の端を薄く上げた。
「しかしながら、始めから知れておるとおりじゃ。テレサの心が定まらねばもう一歩を踏み出すことはかなわぬ」
 ある意味で童女のごとくに育ったテレサは、初めて本気で告白されたばかり。少しずつ距離を詰めていくよりあるまい。世界と戦うのはもう何歩か先の話だ。
「どう進んだとて万人に祝福される最善の結末は望めぬ。最悪手もあるにはあるが……テレサもリィェンも多くを背負うておるからの。なんらかの次善を目ざすよりあるまいよ」
「古龍幇がリィェンに看板持たせたの、駆け落ち予防アルよねー」
 さすがはジーニアスヒロインの相棒、意外に物を見ている。
 古龍幇としてもっとも怖いのは、自らの配下であったリィェンにテレサをかっさらわれることだ。まずはH.O.P.E.への面目が立たないし、表裏問わずの世界への言い訳もきかなくなる。
 そのためにこそ古龍幇の長はリィェンに、末席とはいえ家族の座を与え、縛りつけたのだ。中国人は家族を裏切らない。ゆえにリィェンは、幇の面子を潰すような真似を犯せない。
「……とまれ、今は恋情とも友誼ともつかぬ間合を楽しませてやりたいところじゃ」
 そのくらいしか臨んでやれぬしの。インは言葉を飲み下し、無理矢理に笑みを作る。


 テレサの心を掴んだスリーブガンだったが、実弾銃を連続使用すると衝撃でギミックに支障が出るということで購入は断念することとなった。
「リィェン君は何時まであたしの護衛?」
「特に時間は決まってない。きみはこれからロンドンに戻るのか?」
「ええ、今日の出張の報告にね。19時までは空いてるけど、気合入れた夕食にはちょっと早いし、そうゆっくりもできない感じ」
 現在の時刻は17時。ニューヨーク本部のワープゲートに19時到達というスケジュールなら、あと1時間半がいいところだ。
 リィェンはこんなときのために調べておいた店々を脳裏に思い描き。
「なら、うってつけの店がある」

 そこはニューヨークの一角に店を構える、「おむすび」専門店だった。
 味噌汁や漬物とセットにすればテーブルで食べられるし、足りなければ単品でいくらでも追加でき、テイクアウトも可能。茶も置いてあるからカフェのように使うこともできる。
「じゃあ、あたしは鰻と焼きたらこをなめこの味噌汁で」
 思わぬところで出逢った日本の味を前に浮き立つテレサ、その様をあたたかな目で見やり、リィェンは店員にそっと言伝る。18時40分に店を出るから、定番の商品を5つ、包みにしてもらいたい。
 そしてふたりはテーブルにつき、箸を手に取った。
「不思議に箸を持つと落ち着くのよね。ナイフとフォークを使って育ってきたはずなのに」
「俺もナイフとフォークを強いられるたびにそう思うよ。大概のものは箸でどうとでもできるし、手で済むならそれでいいのにってな」
 ラップを剥がし、梅むすびを手で口へと運ぶ。
 リィェンが古龍幇の長の家系に連なったことはテレサも知っている。それゆえに彼がマナーというものから逃げられないのだということも。さらに言えば、彼がその道を選んだのは自分のためだということも。
 間が保たず、なにか言おうとして無理矢理に口を開きかけたテレサをかるく制してリィェンは告げた。
「俺はきみの前に堂々と立てる資格が欲しくてそれをした。だからきみが配慮してくれる必要はない。ただ俺という男を測ってくれ」

「いい男アルねー」
 スパムむすびをもりもり食らいながら言うマイリンへ、いくらむすびをかじりつつインが応えた。
「それはどうかの? テレサにはそもそもリィェンの道を己のせいで曲げてしもうた負い目がある。情があるだけに切りづらいぞ」
「情があるってことは、目もあるアル?」
「うむ、そこがまた面倒なところでの。嫌いではないがゆえに、配慮も避けがたいというものじゃ」
「好きにならなきゃーって、自分のこと追い込むアル?」
 そうじゃ。インはあらためてふたりの様子を見やる。
 テレサの心には、大小は別として確かにリィェンへの好意が含まれている。だからこそ迷うのだ。押されるがままにうなずいてしまう不義理はできないと。
「試しに付き合うてみればよいものを、ああも生真面目ではな。ふたりともよう似ておるわ」

 そんな中、唐突にそれは闖入してきた。
「おーいテレサー、ごほーこくの時間だぜー!」
 テレサの横に腰を下ろし、鰻むすびをかっくらうのはヴィルヘルム(az0005hero002)である。
「どうしてあなたがここに?」
 ヴィルヘルムは口に詰め込んだおむすびを煎茶で流し込み。
「ニューヨークは俺様の庭だぜ!? 噂だってなんだってすーぐ飛び込んでくるってもんよ!」
 ここまで邪魔が入らなかったのも、あっさり居場所を特定されたのも、まあ、場所がよくて悪かったということなわけだ。
「おめーの親父は言うなって言ってたから言わねーけどよー、もう1回門限作るって言ってたぜ!」

「結局言ってるアルね」
「武辺の鏡じゃな。絶望的に頭が悪い」
 あきれるマイリンとインに、ヴィルヘルムはじろりと剣呑な視線をはしらせ。
「おめーらも尋問しとけって言われてっから! 逃げんじゃねーぞ!?」

「次会えるまでに尾行の撒きかたを心得てくるよ」
 店員から受け取った包みをテレサへ渡したリィェンは、席を立って未使用の紙おしぼりを袋から出して拡げ、ヴィルヘルムの得意顔へそっとかぶせた。
「ぶへ!? 前が見えねー! 曲者! 曲者ぉー!?」
「イン、マイリン、チャイナタウンまで逃げるぞ!」


 今日の出来事は、賊を取り逃がしたヴィルヘルムによってジャスティン・バートレット(az0005)へ告げられることとなる。
 対してジャスティンの返答は。
「テレサのプライベートに口出しするつもりはない。……が、それはそれとしてだ。門限は何時が適切だと思うかね? 私は19時でいいのではないかと」
「いい歳こいたオッサンがいい歳こいた娘っ子にバカ言ってんじゃねーよ」
 冷たく一蹴され、口ごもることになるのだった。
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2019年04月16日

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