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『重石の石像 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)



「よいしょっと」
 シリューナ・リュクテイア(3785)の魔法薬屋の倉庫に材料を運ぶ作業を任されたファルス・ティレイラ(3733)は、開いたスペースに材料が入った木箱を片付け、ふぅっと一息ついた。
 薄暗い倉庫には、此処が現代日本であることを忘れさせるような道具が沢山しまいこまれている。道具を片付ける最中、倉庫の奥から何かに見られているような視線をずっと感じていたティレイラは、その視線の主を探して倉庫の奥へと歩を進める。
 どれくらい奥へ入ったか分からないが、突き当たった先、そこには大きな箱と、その上に重石も兼ねて鎮座された像が保管されていた。
 ティレイラはその像を見るなり、ほっと息を吐く。
「なんだ、狐の置物ですか」
 瞳の無い石像はただ一方向を向いている。その方向にたまたまティレイラが居て、勝手に勘違いした。というところだろう。
 しかし、ほっとしたのもつかの間、ティレイラはそんな狐を模した像が気にかかり、あっちからこっちからと角度を変えて観察する。光の薄いここでは気が付かなかったが、こうしてよくよく見れば、その狐の像が咥えているなにやら丸い水晶のようものが眼に入った。
「綺麗……」
 ティレイラは、像が乗っている箱に手をかけ、その宝玉とも言われる水晶に徐に手を伸ばす。こういったものは触らぬが吉とよく言うが、好奇心が何よりも勝っているティレイラの脳裏に、そんな言葉が浮かぶはずもない。
「あっ!」
 案の定とも予定調和のように、ティレイラの指先が宝玉に触れた瞬間、カランとその玉は狐の口から外れ、コロコロと転がって行く。
「あああっ!」
 ヤバイ! と、思ったときには既に遅し。ティレイラは転がる宝玉に手を伸ばすが、体勢を崩し手をかけていた箱からずるっと身体が落ちる。その瞬間、何かが破れた音がしたが、床と盛大なお友達になってしまったティレイラの耳には全く入っていなかったようで気付きもしていない。
「うぅ……」
 倉庫の床に座り込み、肩をさすりながら宝玉の行方をあっちこっちと顔と視線を動かして捜す。
「あった!」
 何とかまだ視界に入る位置に転がってくれていた事に安堵し、立ち上がろうとした瞬間、足を箱に引っ掛けてひっくり返し、その上に乗っていた像は床へと真っ逆さま。
 倉庫の中で一人ドタバタ劇を繰り広げながら、少しの衝撃でコロコロと逃げて行く宝玉を、ただただ追いかける。
 何とか宝玉は手にしたものの、はっと振り返った光景に、ティレイラの血の気が引く。
 もうヤバイどころではなかった。



 店頭で薬の在庫を確認していたシリューナは、思った以上に遅いティレイラに首をかしげつつも、次の確認を行おうと視線を戻した瞬間――

 ドガラカシャーン!!

 倉庫から響いた騒音に、作業の手を止め何事かと足を向ける。
 入り口に近い部分では何も変化がなく、これが奥の方から聞こえてくる音だと気付くや、シリューナはそのままカツカツと靴の音を鳴らして一直線に騒音の中心地へと赴いた。
「ティレ?」
「お、お姉さま」
 肘と膝を床に付き、まるで四つんばいともいえるような格好で上げられた掌の中で、微かに光る何か。
 シリューナはここぞとばかりに大きく溜め息をつき、ティレイラを見下ろす。
 そして、ゆっくりと視線を移動させ、そこに広がる惨状にまたもゆっくりと一度瞬いた。
「ごめんなさい! わざとじゃないんです!!」
 彼女の好奇心旺盛さも、どこか抜けているところも、トラブル体質であることも、全部分かった上で倉庫の片づけを頼んだのは自分だ。
 無残に転がる預かり物の狐の像から外れた宝玉は、ティレイラの手の中に。その台座のようになっていた魔法素材を入れた箱も、封が敗れ去り、引っ掛けましたと言わんばかりに中身が床にぶちまけられている。
 これでは外気に触れないようと気をつけていた苦労が全て水の泡。この状態ではもう外気どころか他の素材同士が影響しあい、今後使えるかどうかさえも妖しくなってくる。
「少しだけ、本当に少しだけ、狐の像が気になっただけなんです! まさか外れるなんて思わなくて、ほら、ちゃんと拾えました!」
 まさか宝玉一つ追いかけて、この惨状になったとは思いたくないが、常の事を思い返しそこに嘘は何も無いだろう。
「だから、本当にごめんなさい! お姉さま!!」
 その場で正座のような格好で、宝玉を捧げるように差し出しているティレイラに、本日二度目の長い溜め息が零れる。
「ええ、ええ。そうね」
 悪気は無い。確かにそうだろう。
 しかし、それとこれとは全くの別である。
 穏やかな口調のシリューナに、ティレイラはもしや許してもらえるのかもと、瞳を輝かせ顔を上げた。
 だが、その瞳が捉えたシリューナの表情を見るや、そのまま固まる。
「お仕置きが必要ね」
 その言葉を言い終わるや否や、ティレイラの足先から徐々に石化していく。
「やっぱりこうなっちゃうの〜!!」
 動かなくなった重たい足を見やり、思わず叫んだティレイラの姿を、シリューナはただ見つめていた。



 目の前で完全に石像と化してしまったティレイラを、シリューナはただ沈黙を持って見つめる。
 暫くそうしていた後、シリューナはまるでその質感を確かめるかのように、ティレイラの石像に触れる。その可愛らしい造形美に、ほうっと一度感嘆の声をあげ、そっと頬から首筋を撫でてみれば、普段の柔らかな感触とは違う硬質で滑らかなオブジェの感触に次第に自身が高揚しているのが分かった。
 徐々に石化していく自分にあたふたしている様や、石像の表情が嘆きの状態で固まっている姿は、何も知らない他人から見れば哀れとも思われる姿だが、シリューナにしてみれば、ティレイラが作り出す造形美はどの美術品にも勝ると思っているため、どんな体勢、どんな表情であれど、その瞬間にしか見られない可愛さを留めただけなのである。
 それほどに惚れ込んでしまっているため、つい、お仕置きと称して度々得意の呪術を施しては、こうして堪能するこの時間が、シリューナの密かな楽しみになっていた。
 時間が経つのも忘れ、心地良い滑らかな曲線の感触を味わい、精巧な嘆く表情を浮かべた石像をじっくり眺め、ただただこの至福の時を満喫する。
 しかし、この時間を満喫するだけでは、ひっちゃかめっちゃになっている倉庫は片付かないわけで、一旦名残惜しみながらもティレイラ像を脇へと置くと、彼女が散らかした魔法素材を検分しながら箱に戻して新しく封をし、今度は倒されてはたまらないと、石化する寸前に受け取った宝玉を狐の像の口に戻し一旦箱の脇に置いた。
 しかし、今まで狐の像の重さが箱の封代わりになっていた事も確かで、シリューナは脇に置いたティレイラの石像を持ち上げると、箱の重石代わりにそこに飾る。
 どれくらいでティレイラが元に戻るか分からないが、暫くはそのままだろう。シリューナは脇においておいた狐の像をもっと安全な場所に置き換えるために持ち上げる。
「ティレの方が、触り心地が良かったわね」
 そうして、パタンと倉庫の扉は閉められた。


【完】
東京怪談ノベル(パーティ) -
紺藤 碧 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年04月19日

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