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『歩んできた道の先で 』
マオ・キムリックaa3951)&レイルースaa3951hero001

 風に葉が擦れて、あちらこちらで音を立てる。陽の光がキムリックの名が刻まれた三つの墓碑へと優しく降り注いでいた。その周囲を埋め尽くすように色とりどりの花が添えられており――マオ・キムリック(aa3951)は目を伏せ、しゃがみ込むと祈るように手を合わせた。隣に立っていたレイルース(aa3951hero001)も同様にしたのが僅かな音から伝わってくる。
「――全部終わったよ」
 それは喜ばしい報告の筈なのに、自分でもどうかと思うくらいに暗い影を落としている。もし目の前に鏡があったらぎこちない笑い方をしているに違いなかった。
 愚神の王との対決とその結末は世界中に知れ渡っていて、一部には異常な熱気をもたらした興奮も既に落ち着くだけの時間が過ぎ去った。王を倒しても愚神や従魔も諸共に消えるわけではなく、残党は未だ生けるものへ危害を及ぼし続けているが増えることもない為、H.O.P.E.に寄せられる依頼の数も減少の一途を辿り。新たな敵の存在も確認されたが愚神程甚大な影響は及ばず、エージェントの多くがそれ以外の生き方を主軸に置き始める余裕が生まれつつある。マオとレイルースも同じだった。だから故郷の復興に尽力しようと帰ってきたのだ。決戦前に戻ってきたあの日から更に時間が経った今、悲劇に遭い散り散りになった村人たちは皆再びここへと集まっている。
「……マオ」
「ごめんね。まだ上手く……気持ちの整理がつけられないんだ」
「いや……俺も、同じ気持ちだよ」
 こういうとき、いつもレイルースの肩に乗っている青い鳥――マオたちは親しみを込めてソラさんと呼んでいる――が、ムードメーカーになって重い空気を和らげてくれるのだが。陽射しが暖かくて気持ちいいからか今日は動きが鈍い。食事はいつも通り食べているから体調不良ではない筈だ。ソラさんまで自分たちに感情を引き摺られている? 向こうにいた間はまだ思い悩むことはなかったが、住んでいた場所を引き払って帰る算段がつき、帰る場所への道筋を辿り始め。兄を想えばやり遂げた嬉しさ以上に“真実”が強く主張しだす。
「……受難って、試練って……それじゃあ、死んだ人間は――」
「……レイくん」
 戦いの最中にあまねく英雄が悟った真実。それは王の存在が人類にとって乗り越えるべき障害であったということ。自分たちがそれを滅ぼす武器となる為に、意図的に呼び出された存在であること。王は世界にしがみつきながらも自らの滅びを願った。愚神を作りながらも英雄を引き込み両者が争う場を生み出した。まるで人形遊びだ。その結果地球上に存在する生物の歩みがどれだけ滅茶苦茶になったか。生き残った人間はまだいい。生きていれば未来は作れる。しかしその過程で死んでいった者は一体、何だというのか。
 時間は絶えず同じ速度で進み続け。何も知らない者は平穏を享受する。能力者に真実を伏せた英雄は多いだろう。マオは自らレイルースに突然の動揺の理由を求めた。前を向き一緒に歩いていくから苦しみも半分に分けて支え合いたい。そう思ったから、拒まれても引かなかった。後悔していない。
「何を言ったってお兄ちゃんが帰ってくるわけじゃないから……だから、前を向かなきゃ。そうじゃないとレイくんがいなくなっちゃう。そんなの絶対に、嫌だからね」
 誓約を違えばレイルースとの繋がりが解けてしまう。彼が兄の死に対して負い目を感じていることをマオは知っているし、自身も異種族と関わることに不安を抱いたり愚神に本能的な恐怖を覚えてとエージェントとして順風満帆なスタートは切れなかったと自覚している。それでもこれまでに能力が弱くなった事実はなく――それは誓約が意味を成し続けていたということだ。だから心配する必要はないのかもしれない。でも言葉にしたかった。黙って分かった気になってすれ違わないように。
 引かれた袖に視線を落としてレイルースが瞬きする。マオにしか伝わらないものでなく、珍しく彼の唇がはっきりと弧を描く。兄がいなくなった日に失われ、共に歩み出した月日の中で徐々に戻ってきた表情だ。その笑顔を見ると胸が温かくなるのと同時に泣きたくなる。嬉しくてしょうがなくて。レイルースの肩の上でソラさんが同胞に応えるように囀る。
「……俺はいなくならないよ。ずっとマオの側にいる」
 何故だろう、囁くように告げられた確固たる意志を秘めた言葉に、顔中にさっと熱が広がるのが解った。膝に手を当て、ソラさんを気遣うようにゆっくりとした動作で立ち上がったレイルースは両頬を手で隠しているマオを見下ろして首を傾げた。うぅ、と出所不明な羞恥心に唸りつつ伸ばされた、手のひらが大きく指も長い手に自らのそれを重ねる。引き寄せる力はいつも加減のされた優しいものだ。離すのが名残惜しいくらいに。並んで静かに帰路を歩む。
「まずは……そうだね。掃除から始めないと」
「うん。おばさんに教えてもらって、わたしも料理が出来るように練習するね!」
「俺の料理は飽きた?」
「そっ、そうじゃなくて……将来のことを考えたらわたしも出来た方がいいかなって」
 レイルースはよく分からないと言うように「……んー?」とゆったりとした声を零した。マオも自分で自分の言っている意味がよく分かっていない。今まで村の復興に尽力することしか考えていなかった。レイルースと一緒に暮らすのだけは確定事項で、以前と同じ場所に新しく出来た家は皆が二人の帰りを待ちかねて早めに建てられ、手入れもされていた。それでも住み始める前に家へ挨拶も兼ねて掃除はする。持ち帰ったのは思い出の品だけで、これからまた増えていき、それで――。
「……家族が増えたらどうしよう?」
「三人暮らしでも余裕があったから……大丈夫じゃない?」
「……うん」
 家族という単語が当たり前のように自らの唇から漏れて、その意味を考え始め。そんなマオの思考は羽ばたきに遮られた。

 ◆◇◆

「ちょっ、ソラさん……!」
 もう随分昔のようにも思える、決戦の前に帰郷した日を思い出す。いつになく控えめな様子に気を抜いていたら突っつきという名のツッコミが入り、レイルースは手のひらで頭を庇った。擽ったくも痛いような微妙な感触が繰り返し手の上に降りかかる。鳥語マスターへの道は険しくてソラさんが何を言いたいか皆目見当もつかない。いや、と数秒遅れで思い出した。
「ソラさんも一緒だからね。大丈夫、分かってるから」
 言うがお気に召さなかったらしい。前もソラさんを勘定に入れるのを忘れていて、実際ソラさんなら十年でも二十年でも生きていそうな気がするし――などと考えたのだが。そこではたと気付く。何故自分は増える家族に対して一切疑問を抱かなかったのか、その意味とは――。
「マオ、さっきの……」
 言葉は周辺のライヴスがごっそりと持っていかれるような不快な感覚の前に飲み込まれた。久しく、そして初めて対峙した愚神を彷彿とさせる。ゾーンルーラーではないがその一歩手前――デクリオ級か。気配はあの時と同様に村の方角から滲んで、ソラさんが周囲を警戒し上空を旋回しだした。
(動けっ……急がないと!)
 エージェントになったことで実戦経験はいうまでもなく、愚神や従魔に関する知識も得て。閉鎖的な環境で付け焼き刃のままでいたのが如何に危うかったかを思い知った。素人同然の能力者と英雄の二人では、どれだけ奮戦しようが勝算のなかった相手だ。しかし今ならばいける筈。思いながらも二の足を踏む。当時の記憶は未だ鮮明にレイルースの脳に焼きついていた。
「レイくん」
 凛と澄んだ声が焦りに溺れそうになる意識を引き戻した。震える手に小さくて柔らかいそれが触れ、強くなったと漠然と思ってしかし、その腕も小刻みに揺れていると気付く。長身のレイルースの隣に並ぶマオの頭の位置は低く、彼女が俯くとその表情を窺い知ることが出来ない。
「一緒に守るよ。今度もみんなを守るの」
 彼女の兄を助けることは出来なかった。助けられた自分が生き残った。おじさんもおばさんもみんなが離れ離れになる原因を作ったのは自分だ。なのにマオは今度“も”と言う。怯えに大きな耳をへたり込ませて、金色の瞳は確固たる意志を持ちレイルースを見上げる。緊張で口内に溜まった唾を飲み込み、一つ深呼吸をした。
「行こう。……絶対に誰も、死なせない」
 マオも村のみんなも、それから自分自身も。口に出さなかった想いまで伝わったかどうかは分からない。ただ、彼女は硬い表情ながらも微笑んだ。
 向き合って視線を交わし、互いの手のひらの間にある宝石を握る。光輝く粒子が蝶の群れを羽ばたかせて、二人が一人になる。ライヴスが大きく膨れ上がり、共鳴と共に幻想蝶から取り出された刀をマオの華奢な手がぐっと握り締めた。
『わたしで、いいの?』
『俺でもマオでも同じだよ』
『うん……そうだよね』
 念話で短く話し、頭上を仰ぐ。ソラさんが早く行けと言わんばかりに気配の方向に向けて翼を打つ。頷き、一気に駆け抜けた。共鳴せずとも能力者は常人離れした身体能力を有するが、それだけでは愚神に対抗することは出来ない。英雄は能力者と誓約をして初めて世界との繋がりを得る。よく出来た仕組みだと皮肉に思いながらそれでも、マオの兄を死なせてしまって、彼女とエージェントになって依頼と向き合ってきた日々が、今自分たちに戦う力を与えている。それは紛れも無い事実だった。
「――させないっ!」
 マオが叫ぶ。足は地を蹴って、すんでのところで中に逃げ込んだだろう村人を標的に振り上げられた愚神の腕と民家の壁の間に割り込んだ。場違いに爽やかな、けれどいつしか安心感を抱くようになった香りが鼻腔を通り抜ける。上から押さえつけられる形になっている翠がかった刀身が力のぶつかり合いにグラグラと揺れた。身体を動かすのも英雄として身につけた能力を引き出すのも現在の主人格であるマオの役目だ。しかしレイルースも感覚は共有していて同じものを視ている。落ち着いて状況を観察出来るのは非常に大きなメリットだった。トラウマからくる恐怖も焦りも霧消したわけではなく、レイルースの眼前にある。見慣れた異様な悍ましい恰好。あのとき村を襲撃した愚神はエージェントに討伐されたので同じでは有り得ないが、どうしても重なって見える。意を介さない唸り声が耳障りだった。
『大丈夫……大丈夫だから』
 念話は言わば心の声が共鳴相手にそのまま漏れ聞こえている状態だ。だから、マオが戦いながら自らに言い聞かせているだけなのかもしれない。それでも今その言葉に救われている。
 マオちゃん、レイちゃんと、名前を呼ぶ声が聞こえる。研ぎ澄まされたマオの聴覚は壁の向こう側からの声を正確に拾った。続くのは頑張って、ではなく無理をしないでという言葉。戦う力を持たない彼らの怖さは自分たちが想像するよりも遥かに大きいものだろうに。
 マオが笑う。レイルースが稀にぼんやりとして炒め物を焦がしてしまったときを思わせる声音で、
『しょうがないなぁ』
 と笑う。くるりと身体の向きを変えると亜麻色に変化した髪が視界の端を掠めた。ライヴスに満ちた自分たちに引き寄せられて剣に対し拳を応酬し返していた愚神の注意が不意に逸れる。依り代を持たない独立した愚神に遠慮する必要はない。
『マオ、脇腹のところ!』
『うん、分かった!』
 身長差と向きの関係から見えなかったその位置に通常の人型には存在しない器官が見えた。蜘蛛の巣のように絡め取って動きを制し、懐に飛び込む形で刃先からライヴスを突き通す。追い風が髪と服とをはためかせ、断末魔が耳をつんざいて――。

「二人で勝てた……勝てたんだよね?」
「うん。俺たち二人でみんなを守った」
 呆然と地面に座り込んだマオがこちらを見上げる。その大きな瞳から涙が零れ落ちた。マオは笑っている。多分自分も。レイルースはそれ以上何も言えず、洟を啜り空を見上げた。追いついてきたソラさんが頭の上に留まり、嘴で軽く髪をつつく。羽を繕うような仕草に大人しく首を傾けて、マオと二人笑い合った。
 遠く近く、自分たちの名を呼ぶ声が聞こえる。老若男女様々な大切な人たちの声。これからは彼らとまたここで生きていく。だから。
(これからも見守ってほしい)
 堪えきれなかった雫が一つ、レイルースの頬を伝っていった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
最初、後半はお家に帰って、二十年後の未来を匂わせるような話を
二人がしている形で締めようと思っていたのですが、
そういえばリンクブレイブで戦闘シーンって書いたことがないなぁ、
この二人が今の流れでもし戦うとしたら……と考えた結果
このような話が浮かび、変更して書かせていただきました。
初めましてでエージェントになるきっかけを勝手に書いて、
好意的に受け止めていただけて。今回もおまかせノベルに甘え、
エージェントとしての区切りを書きたいという気持ちもありました。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年04月17日

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