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『袖すり合う 』
リィェン・ユーaa0208

 アイルランドのウィックロー州に異質なライヴスの歪みが発生。
 H.O.P.E.ニューヨーク本部に詰めるプリセンサーは、とまどいを隠しきれぬまま上司へ報告した。なぜならそれは、未来に起こることでも今起きたことでもなく、半日前に終わったことだったから。
 タイムラグが生じた謎はさておき、現場へ手練れのエージェントを差し向ける必要がある。隠密理に動き、たとえ未知の敵の誘いだったとて斬り抜けて情報を持ち帰ることのできる最小単位を。

 かくてリィェン・ユー(aa0208)はアイルランドへ飛ぶ。
 彼もすでに30歳を意識する歳となり、H.O.P.E.の内でも古龍幇の内でもそれなり以上の責任を背負わされるようになっていた。だからこそ、単独調査という“冒険”には心を躍らされずにいられない。
 ――相手に憶えがあることもある。
 愚神王との決戦から生還した後もたゆまず功夫を練り上げてきた。その拳の先、あの男の影を幻(み)ながら。
 しかし。本部から知らされた歪みは跡形もなく失せていた。もちろん人影も、異形の気配もだ。
 まあ、そうだろう。脇役でいたいあいつが独りきりの地獄に耐えられるはずもない。


 観光地として名高いラグナキリア山、その登山口を目ざす者の中継点となる場所がある。ハリウッドという、アメリカが誇る映画の都と同じ名を持つ村だ。
 リィェンは観光客を装って村を歩き、変わったことが起きていないかを確かめる。得られた情報は、北アイルランドから流れてきたマフィアの一団がパブを占領している程度のものであったが、エージェントとしては気に留めておくべきではあろう。
 それに、こんな場だからこそ会えそうな気もするしな。

 夜。
 件のマフィアが根城にしているというアイリッシュパブの片隅で、リィェンは黒ビールをすすっていた。
 最初は村へ着いたばかりの観光客がちらほらいたのだが、すぐに退散してしまった。マフィアどもの放つ暴力の臭いと、リィェンがそれとなく混ぜ込んだ殺気に気圧されて。
 果たして絡む相手を失ったマフィアは、パブを仕切るバーマンへ矛先を向けた。暴力を覚えた者は常にそれを振るう機会を求めるものだし、容易く屈する者を嗅ぎ取る収穫に長けるものだからだ。
 パイがまずいから始まった難癖は、容易く銃を用いての脅迫へと変じた。彼らはバーマンばかりでなく、リィェンにも銃口を向ける。有り金置いてホテルに逃げ帰れよ。
「銃を抜いた以上、おいそれと退けないよな。舐められたら終わりがこちら側の流儀だ。それはわかるさ。――が、たかだか100発程度の弾で、俺たちを止められると本気で思うか?」
 リィェンの問いに、パブの片隅から苦笑が返る。
「それは僕も勘定に入ってる?」
「きみが俺の憶えてるとおりのきみならな」
「なら、ご期待には沿えないかもね」
 生じるがごとくにその気配を沸き立たせ、声の主が立ち上がる。
 2メートルに届こうかという長身痩躯は艶やかな黒を湛え、切れ下がった両眼は半ば閉ざされたまますべてを見通す。
 アフリカンらしからぬ、薄い唇を持つ男がそこに在った。
「少し騒ぐけど、許してもらえるかな?」
 バーマンに告げた男の言葉尻が上がったと同時、反射的に引き金を引いたひとりのマフィアが顎を打ち抜かれてまっすぐ崩れ落ちた。
「魔法は健在か。惜しいのは相手が弱すぎることだな」
 震脚ではなくジークンドーのステップでかるく踏み込んだリィェンの前蹴りが、別のマフィアの銃のグリップを突き上げ、続くバックハンドブロウがその顎を揺らして“びだん”と倒れ伏させる。
「お得意の功夫は封印かい、武術家君? まあ、本気で踏めば穴だらけになるか」
 投げつけられてきた木椅子をキャッチしたアフリカンは、それを磨かれた木床へそっと下ろし。するりと踏み込んで高く掲げた左拳を突き下ろした。
 かくて鎖骨を砕かれたマフィアの首筋に蹴りを送り込んで黙らせ、リィェンはサイドステップからの横蹴りを4人めの右脚の付け根へ叩きつける。衝撃で引き金を引きながら上体を折ったマフィアの顔を待ち受けていたものはリィェンの膝。
 衝撃で浮き上がった4人めの延髄へ右拳を打ち下ろして眠らせたアフリカンは、残るふたりを見回して小さく肩をすくめてみせた。
「言っておくけど相当手加減してるからね? パブが穴だらけになったら、今夜の酒を楽しめなくなる」
「そういうことだ。得物を酒瓶に持ち替えるなら、仲間を引きずって帰れる程度にしておいてやれるんだが――どうする?」
 逃がしてもらえないことはすでに悟っていた。このまま銃を使おうとすれば、手加減してもらえなくなるだろうことも。
 抜き出したナイフを、それぞれリィェンとアフリカンへ突き出すマフィア。
 リィェンはその腕を軸に自らの腕を巻きつけ、手首、肘、そして肩の関節をねじって外す。
 三点を“伸ばされた”激痛に強ばったマフィアの脇腹へ掌をあてがい、震脚を基とせぬ体のひねりだけで発した勁を打ち込めば、マフィアは凄まじい勢いで尻餅をついて動かなくなった。
 一方のアフリカンは、すでに仕事を終えている。マフィアのナイフをパリングで叩いて逸らし、その長い左腕を下から振り込んで肝臓を打ち据えて。
「はめなおしたばかりの腕で人を抱えるのは相当厳しいんじゃない?」
「肝臓を打たれた奴が息を取り戻すまでに、どれだけ時間がかかると思ってるんだ?」
 互いの仕事に難色を示しておいて、ふたりは肩を並べてカウンター席へと腰を下ろす。
「それなりに鍛えてきたみたいだね、武術家君」
「そっちも相変わらずでなによりだな、ソング」
 ソングという通称で呼ばれるアフリカンのボクサー、長い戦いの歌(az0140)は、薄い唇の端を吊り上げた。

「なにをしに戻ってきたんだ?」
 アイリッシュウイスキーのショットグラスを舐めつつリィェンが問い。
「次の世界に向かう途中で偶然、この世界の門が開いた。それだけのことだよ」
 応えたソングはふと思い出した顔で。
「そういえばジーニアスヒロインはどう? 少しは正義の値段を吊り上げられた?」
「もちろんだ」
 泰然と返すリィェンに、ソングは笑みを深めた。
「大人になったねぇ。噛みついてくるかって思ったんだけど」
 グラスを呷って札を置き、もう一杯の注文をして、リィェンは渋い顔を左右に振る。
「そろそろ若造でいていい歳じゃないんでな。それは彼女も同じだが、小娘ではいないと彼女は誓い、それだけのものを積み上げた」
 リィェンの言葉には強靱なる信頼があり、太い誇りがあった。
 ソングにリィェンと彼女の関係がどうなったのかを質すつもりはない。拳の縁はすでに断ち切れたのだから。
 と。リィェンは新たなウイスキーを満たしたグラスをソングへ押しやり。
「いつでも見に来るといい」
 ただそれだけを、ソングへ差し向けた。
「ま、気が向いたらね」
 グラスを干し、やわらかく笑んだ。


「じゃあ」
 ウィックローで別れたあのときのように、ソングは背中越しにリィェンへ告げる。
「ああ」
 リィェンは最後まで見送ったりせず、ソングに背を向けて歩き出した。
 互いに名残はない。
 また会うこともあるかもしれないし、会えずに終わるならそれだけのことだ。
 とはいえ、俺ときみの縁は思った以上に太いらしいがな。
 胸中でうそぶき、リィェンはかき消えたソングの気配の名残香へ語りかけた。
 次にはとっておきの古酒を用意していこう。友ならず敵ならぬ、しかし誰より縁深いきみと語らうために。
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2019年04月17日

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