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『今はただ、目の前の日々を』
神取 アウィンla3388

「何をお探しでしょうか?」
 正面の棚を左から右へ視線を往復させている女性を目に留め、アウィン・ノルデン(la3388)はさっとその隣に立つと見下ろさないよう軽く姿勢を落とし問いかけた。声をかけられた彼女は肩を跳ね上げて、一度目が合ったと思えば直ぐ逸らした後再びこちらを見返してくる。その頬は薄紅色に染まり、最近仕入れるようになった流行の瑞々しいリップを塗った唇が薄く開かれた。零れる声は店内のBGMに掻き消されそうなほど小さかったが、アウィンは滞りなくそれを聞き取った。
「煙草ですね、ではこちらへどうぞ」
 言って女性を先導し、それらが置いてある一角へと案内する。といっても近年は、健康被害だの増税だので喫煙者の数も大きく減少しているらしく、隅に数種類だけ置かれている状態だ。自力で見つけられなくても無理はない。だから恥ずかしがる必要はないと思うのだがアウィンが片膝をつき、場所を指し示すと彼女はしどろもどろになりながらも礼を言って、そしてインスタント食品が詰められたカゴを手にレジへ向かっていった。その姿が見えなくなった直後、立ち上がった矢先に来客を知らせるチャイムが鳴る。
「いらっしゃいませ!」
 店の入り口まで届くよう、声を張り上げる。他の店員と声が綺麗に重なるのが心地がいい。元々、元気よく挨拶をという標語に抵抗はなかったが息が合うまでにそれなりの時間は要した。
 アウィンは俗に言う放浪者――異世界からやってきた存在で、現地民に危害を加えるナイトメアと違って概ね好意的に受け入れられている。それは放浪者が例外なくイマジナリードライブに高い適性を持つからだろう。アウィンの外見は現地民と一部を除き、大きな違いはない。その一部――額にある水色の紋様にしても、普段は前髪に隠れていて見えない。しかしながら故郷とこちらの世界の差異が大きいほど認識のズレも大きくなって、自然と放浪者であると露呈し易くなる。ふと気が付けばここにいて、ライセンサーとしてSALFに籍を置いたのも最近のアウィンは当座を凌ぐ為にまず、無料求人情報誌に手を伸ばした。コンビニ店員のキャリアは数ヶ月ばかり。それでも今や随分と順応したものだ。
 夜から深夜へと差し掛かるこの時間帯になると、徐々に客足は途絶え始める。見える位置に客の姿がないことを確認して倉庫から持ってきた商品を補充する。棚の高い位置と低い位置を交互に確認しながらついでに屈伸運動を少々。
 最初は面接のいろはもよく分からず真正直に答えたものだが、ここの店長は人のいい笑顔を浮かべて、面白いね、一緒に仕事をするのが楽しそうだと採用の判子を押した。その時アウィンが愛読していた情報誌は放浪者向けではなかったので常識すらも分からなかったが、懇切丁寧に指導してくれただけでなく、狭くて悪いんだけどと言いつつも住居の斡旋までしてもらった。店長はとてもいい人だ。店の空気も悪くない。アウィンが入った当初は何故かやたらと女性客が急増し、カッコいいだのモデルみたいだのイケメン王子だのと囁かれた。イケメンの意味は分からなかったので、とりあえず「王子ではありません」と噂していた女性に訂正したところ、しばらく店員たちの間で笑い話として語り草になった。というか今もたまに思い出したように言われる。あの時、ここのコンビニにイケメン店員がいるとSNSで軽くバズったらしい――とは休憩時間に少しずつ教えてもらって、最近無事使いこなせるようになったスマートフォンで見て知ったことだ。イケメンの意味も今は知っているが自分の顔の美醜はよく判らない。
 思い出話を振り返るのをやめ、棚の上からレジの後ろの壁にある時計を確認する。今日は居酒屋のバイトは入っておらず、後少しでシフト勤務は終了だ。そして家に帰り軽く食事を済ませた後、今度は警備員として働く為にまた家を出なければならない。そのまま早朝の新聞配達をこなしてようやく、アウィンの一日は終わりを告げる。溜め息が零れた。片手の指では足りないほどバイトを掛け持ちしているのは自身が望んでしていることなので不満はない。そうではなく、居酒屋の閉店後に食べる、賄い料理の美味しさが恋しかった。自炊は節約にはいいが手間暇がかかるのが難点だ。そんな時間があったなら少しでも長く働いていたい。例え給料は増えなくても。
 帰る前に出来る仕事がないか探し始めたアウィンは店長に呼ばれ振り返った。顔だけ覗かせた彼に手招きされて近付けば、その手には値引きシールが三枚貼られたプラスチック容器が乗っている。はっとしてアウィンは顔を上げた。
「いいのですか……!」
 と発した声は若干震えている。店長は頷き、いつものように商品にちなんだ雑学を披露し始めたので、真面目に耳を傾けることにした。

 シンクの縁で卵を割って、丼の中央に作っておいた窪みに黄身が入るように流し込む。刺身の上にぱらぱらと葱を散らすのも忘れない。殻を捨てたところで電子レンジの音が鳴って、丼をテーブルに置きに行った後で蓋を開き、中から残り物の味噌汁を取り出した。殺風景なワンルームでテーブルだけは生活感が滲む。賞味期限が切れている物はタダで、まだギリギリいけるものは格安で手に入れた。そんな丼と味噌汁と惣菜二種が食卓に並ぶ。車通勤ではないが仕事前なので好きな酒は控えている。
「いただきます」
 手を合わせ、きちんと挨拶をしてから箸に手を伸ばした。黄身の薄皮を破れば赤身が橙色に色付く。葱の緑やご飯の白と合わさり色味も鮮やかで食欲をそそった。栄養を摂るなら美味しい物を食べるに限る。家にいる時は食べるか寝るか情報誌を読むか筋トレするか。そのいずれかで完結するような生活を腰を落ち着けてからというものずっと続けていた。
(鮪は泳ぎ続けなければ死ぬ、か……)
 黙々と咀嚼しながら、胸中で例の雑学を思い起こす。揶揄する意図は無かっただろうが、アウィンからすると少し親近感を覚える習性だった。そんな相手を今卵と葱と白ご飯を一緒に味わっているわけだが。先の依頼でご馳走になった物と比べれば劣るとはいえ、最高級の物ばかり食べて舌がそれに慣れるのも厄介だ。主に金銭的な意味で。
 ライセンサーの仕事に本腰を入れればおそらく、今よりもずっと余裕のある生活が送れるのだろう。SALFの規則は異様なほど優しいものといっていい。自らの生死がかかった戦いどころか活動にノルマもない。なのに恩恵は得られる。無論、犯罪を起こせばライセンスは剥奪されるが。
 ナイトメアを倒すことこそ真骨頂なのは解っている。ライセンサーが貴重な存在であることも。活躍すればその分だけ評価される。――己の価値を見出せる。
 バイトといえども仕事には責任があり、集中しなければならない。そうしているとあっという間に時間は流れ去る。終わったらまた次の仕事へ向かう。その繰り返し。頑張ってるねとか立派だねとか。努力が報われる瞬間の喜びに代替はない。
(……俺には俺の、出来ることを)
 思って壁のカレンダーを目にしても一面がシフトで埋まっていた。今月だけでなくきっと来月もだ。再来月までは判らないが。
 そしてついでに時計を見やり、次のバイトが差し迫っていることに気付いたアウィンは食べ物を口に運ぶ手を早める。動き続けていなければとやはりそう思わずにはいられなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ちょっとだけシリアスっぽい雰囲気も混ぜ込みつつ、
まだ駆け出しのアウィンさんの日常を書かせていただきました。
ギャラリーのコメントにあった名札の話題も入れたいと思いつつも
一杯一杯で。出身の世界についてもとても詳しく書かれていたので
そちらでの話を書いてみたい気持ちもありましたが、
ガッツリと会話を入れるのは色々難しいので今回は日本での生活を。
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2019年04月19日

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