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『天体観測』
常陸 祭莉la0023)&化野 鳥太郎la0108

 その望遠鏡を見つけたのは、全くの偶然だった。
 だから、常陸 祭莉(la0023)が、友人である化野 鳥太郎(la0108)と共に星見へ出掛けることとなったのも――全くの成り行きであり、偶然であった。

●被造の理由

 グロリアスベースの甲板上。様々な店舗で賑わう商業区画の一角。
 裏路地の奥の寂れたジャンク屋で、祭莉は一つの黒い筒を手に取っていた。
「……望遠鏡、か」
 ぼそぼそと、消え入るような声で、祭莉は呟く。
 その薄汚れた望遠鏡はジャンク屋の片隅で埃を被り、小汚い箱の中に無造作に突っ込まれていた。
 どのような『物』であっても、本来、目的を持って誰かに造られた存在。
 しかし、まるで造物主に見捨てられてしまったかのような、その望遠鏡に――何故だか祭莉は、心の何処かで一抹の親近感を覚えた。
 しげしげと、覇気のない眠そうな目で、祭莉は望遠鏡を見詰める。
 望遠鏡とは、言うまでもなく、遠くを見るための道具だ。
 箱の中で直立しているのが仕事ではない。
 この道具に……本来の役割を、果たさせてやりたい。
 止まない頭痛に苛まれつつ、何故かそんな思いに駆られる祭莉の思考の中で、望遠鏡の用途としてすぐに思い浮かんだのは――天体観測であった。
 購入を決めて、店主に声を掛ける。
 幾許かの代金を支払い、祭莉は望遠鏡を片手にジャンク屋を後にした。
 すると、店を出て程なく。
「へえ、望遠鏡か。いいな」
 不意の後ろからの声に、祭莉が振り向くと。
 瞳を隠したサングラスに、顔の傷。顎鬚を生やし、見るからに頑強そうな体躯。
 斯様な裏路地で一般人が声でも掛けられようものなら、思わず後ずさってしまいそうな風貌の持ち主であったが――祭莉は、怯む様子もなく。ただ、こんな所で偶然知己に出会えたことへの驚きのみを、微かにその声に乗せ、淡々と。
「……チョータロー」
「相変わらず、すげえ隈だね。祭莉さん、夜、ちゃんと眠れてる?」
「……ううん。あんまり……眠れて、ない……かな。だから……どうせ、眠れない、なら……夜、天体観測でも、して、みようかな……って」
 手に持った望遠鏡を、祭莉は鳥太郎に示してみせる。
「天体観測! ますますいいねえ。いや、あんまり眠れてないのは、良くはねえんだけどさ。あれ、そういえば祭莉さん。星とか、好きだったんだっけ?」
 鳥太郎の顔は――笑顔から、心配そうな表情、そしてふと思い出したような顔へと、次々変わる。表情をほぼ変えず平坦な抑揚で喋る祭莉とは、色んな意味で対照的だ。
「ん、星……好きっていうより……空が、好き……。星……あんまり、詳しく、ない……。天体観測も……やったこと、ない、し」
「なんだ、未経験者かよ祭莉さん。よし、じゃあ俺が天体観測のレクチャーしてやるよ。もし都合さえ良けりゃあ、どうだい、早速今晩にでも」
「……いいの? うん、チョータロー、教えてくれるなら……面白そう、だし。じゃあ……お願い、しよう、かな」
 決して、相手を侮る訳でも、見下す訳でもなく。
 笑顔で話す鳥太郎の眼差しは、何処までも温かい。
 そもそも、祭莉は常日頃から鳥太郎のことを、頼りになる大人だと思っている。
 だから、祭莉は喜んで――とはいえ、表情の薄い祭莉の顔に浮かんだ喜色は、ごく僅かなものではあったが――鳥太郎の申し出に、乗らせて貰うことにしたのだった。

●優しき世界を願いて

「じゃあ、今晩七時にな。いいかい、ちゃんと暖かい格好してくるんだよ。もう春とはいえ、夜になるとまだまだ寒いからね」
 集合場所と時間を決めて。別れ際、鳥太郎は念を押すように祭莉に伝える。
 祭莉はこくりと、無言のままで頷き了解を示した。
 そして、去り行く祭莉の背中を眺めつつ。
 自らの言動に対し、鳥太郎は思わず苦笑する。
 まるで、引率の教師だ。やはり、一度体に染み着いたものは、そう易々とは失せぬらしい。
 それに――何故だろうか。どうも彼を見ていると、放っておけないと。そう、思ってしまうのだ。
 祭莉は決して、どんくさいタイプの人間ではない。
 一見、ぼうっとしているようにも見えるが……彼は、物事をしっかりと思考し、その上で、思考の結果を、誰に対してもはっきりと伝える。そういうことのできる人間だ。
 彼の眠そうな瞳の奥底に、慧眼とも呼ぶべき明晰な理性の輝きが秘められていることを、鳥太郎はよく知っていた。
 しかし、時折、ふとした瞬間に。鳥太郎には、彼が無垢な幼子のようにも感じられるのだった。
「ま、年齢相応って言やぁ、そうなんだけど……」
 片手で頭を掻きつつ、一人呟く。
 そうだ。人間誰しも、ある瞬間を境に、唐突に『大人』になる訳ではない。
 『子供』から『大人』への変化は、本来、夕暮れの空が徐々に星空へと移り変わるように、グラデーションの如く緩やかに転じゆくものだ。
 勿論、様々な事情や境遇で、急激に『大人』になる――ならざるを得ぬような場合もあるだろうが……鳥太郎は、斯様な残酷な運命の奔流が子供に襲い掛かる事態を望まない。子供に『強さ』を強いるような真似だけは、絶対にしたくなかった。
 故に、図らずも今宵、祭莉と一緒に天体観測へ出掛けることとなった鳥太郎は。
 準備から何から、年長者として抜かりなく整えた上で臨む算段だった。
「さて、と。夜に備えて……まずは帰って、茶でも沸かすかね。いや……待てよ。帰りは遅くなりそうだからな。茶ぁ沸かすのは、何曲か弾いてからにするか。これから星見に行くんだ、気分をぶち上げて行かねえとな。少しベタだが、モーツァルトの――」
 などと呟きつつ、鳥太郎もまた、踵を返し路地裏を後にする。
 逞しいその背中は、彼の厳めしい風貌とは裏腹に。全身から喜びそのものがオーラとなって立ち昇っているような――心の底から楽しそうな背中だった。

●星降る夜に
 
 見上げれば――満天の星空。
 広大な夜空は、僅かに青みがかった濃紺の黒を見せ。
 瞬く無数の星々は、白く澄んだ輝きを惜しみなく地上へと降り注がせている。
 日頃、街の灯りの中で見上げる夜空とは全く違う。
 二人の見上げる先――遥か天球では、まるで宝石箱をひっくり返しでもしたかのように、数え切れぬ程の星々が美しく瞬いていた。
「どうだい。ちょっと山歩きさせちまったけど……それに見合うだけの星空だろう?」
 隣に立つ祭莉に、低音ながら穏やかな声音で鳥太郎は感想を訊ねる。
「……うん。すごく……綺麗」
 闇夜の如き青の瞳に、星空の輝きを映しつつ。祭莉は静かに応えた。
 その声は、普段と殆ど変わらぬ、感情の薄いものであったけれど。
 平素の彼をよく知っている鳥太郎には、彼が喜んでくれているのがよく分かった。
「まあ……お手軽に、グロリアスベースの何処かのビルの上でも良かったんだけどね。せっかくの星見だ。こうやって、人里離れた山深い所まで来た方が、いいもの見せてやれるんじゃねえかな……って、な」
「ん……チョータロー、ありが、と。来た甲斐……あった」
「そうかい。そりゃ重畳だ」
 穏やかな笑顔で、鳥太郎は祭莉を促す。
「このまま肉眼で眺めてるのも、それはそれで風情があっていいんだけど……折角だしね。その望遠鏡、使ってみるかい?」
 こくり、と頷き、祭莉は望遠鏡を取り出す。
 三脚を展開し、安定させるのは鳥太郎が手伝ってくれた。
 そして、二人で望遠鏡の先端を、夜空へと向け――。
「祭莉さん、どれがどの星とか、分かる?」
「……分から、ない。……教えて、くれる?」
「ああ、勿論だ」
 心得た、とばかりに笑顔で頷いてみせ。鳥太郎は片手で顎鬚を撫で、暫し逡巡する。
「そうだな……今の時期なら、まずは――春の大曲線だな」
 眩いばかりの星々を見上げていると、距離感すら失われそうになる。
 思わず掴めるのではないかと錯覚してしまいそうな星空に向かい、鳥太郎は、その武骨な指を伸ばし幾つかの星を指し示した。
「あの星の並び見える? 北斗七星……そこから下ってアークトゥルス、スピカ」
 望遠鏡に合わせて屈み込んだ態勢になっていた祭莉は、鳥太郎を見上げて小さく頷き、示されるままに、望遠鏡に片目を当てて覗く。
 肉眼ではよく解らなかったが、望遠鏡で拡大して見た『アークトゥルス』は仄かに橙色で、『スピカ』は青白の輝きを放っていた。
「……すごい。二つとも……綺麗な星、だね」
「ああ。あの二つは、夫婦星って言われててな。ついでに……あっちの、あの星。デボネラって星と三つ結ぶと――春の第三角形だ」
 ふと、祭莉は昨年の思い出を連想する。
「夫婦星……。織姫と、彦星……みたい、だね」
 昨年の七夕の折、SALF主催で行なわれたイベント。グロリアスベース甲板上でライセンサー達が営む様々な施設を彼と一緒に巡ったことを、懐かしく思い出す。
「そうだね、織姫と彦星――ベガとアルタイルは、夏の大三角形の内の二つだから、見えるようになるのは、もうちょい先だな。……まあ、また次の機会にかな」
 黙して聞き入っていた祭莉は、ふと、望遠鏡から目を離し。
 屈んだままの姿勢で、まじまじと鳥太郎を見上げる。
「チョータロー……星、詳しい……んだね。ピアノの、印象、強かった……から。少し……意外……」
 祭莉は、そう呟きつつも。視界に映る鳥太郎の頭上に広がる、数多の星を優しく抱く静謐なる夜空の黒に、彼がEXISを手にした時に纏う、星空色の炎を連想する。
 IMDとは想像の力。なれば、星空色の炎もまた、彼の想像力の生みしもの。
 もしかしたら……チョータローにとっては。ピアノも、星空も。同じ位に、思い入れの深いもの……なのかもしれない。
 そんな祭莉の思考を、見透かしたかのように。
「なあ、知ってる祭莉さん? 音楽と星空って、意外と縁深いものなんだよ?」
 僅かに首を傾げ、そうなの?と目で問う祭莉に、鳥太郎は微笑で応える。
「音楽ってのは……そもそも、感情を表現するもんだ。喜怒哀楽、あらゆる感情が題材になる。だから――こうやって見上げた夜空の美しさに感動した、その気持ちを……曲に表す。そんな曲も、結構たくさんあるんだよ」
 ふうん、と聞き入る祭莉に、鳥太郎は続ける。
「そう言やあ……『きらきら星』を変奏曲にした、モーツァルト。まあ、あれは元々は恋歌なんだけど……それは置いといて。モーツァルトって、晩年は、慢性の頭痛に悩まされてたらしくてね」
 祭莉は、殊更まじまじと、鳥太郎を見る。
 気付かれてる……訳じゃ、なさそう……だけど。
「そんな中でも作曲を続けて――結局『レクイエム』って曲が未完のまま、モーツァルトは逝っちまった。でも、弟子が完成させた『レクイエム』は……名曲だよ」
 鳥太郎自身もまた、作曲家である。その言葉には重みがあった。
「……チョータローも」
「うん?」
「……チョータローも、今日の……この、星空。題材に、して……曲、書いて、みたら?」
「ひひひ、そりゃあいいね! なら曲が完成したら、まず最初に祭莉さんに聴いて貰わねえとな」
「……楽しみに、してる」
 期待しとけよ、と言わんばかりに満面の笑顔を向けた後。
 鳥太郎は、立ったまま星空を仰ぎ見て、しみじみと。
「小さい頃は……うちの屋根の上で、よく星見したよ。ただ……いっつも一人だった」
 そう呟く鳥太郎の表情は、祭莉からは見えなかったが。
 その声音は、何処か寂しそうにも感じられて。
「なあ……祭莉さん」
「……ん?」
「こうやって誰かと一緒に星見るの……結構、楽しいね」
「……うん。また……一緒に、する? ……天体、観測」
「そうだね、七夕の頃なら織姫と彦星も見えるだろうし。それに秋や冬の夜空も、いいもんだしね。寒いのは苦手なんだけど……冬は肉眼でも、星がよく見える」
 先々の季節へも想いを馳せつつ、鳥太郎は思う。
 あんたは、こういう綺麗なものを見ておいた方が、きっと良い。
 この世界は――美しい。だから、きっと。
 
 ふと、一陣の風が吹き抜ける。
 どうやら夜も更けて、だいぶ冷え込んできた。
 鳥太郎は持参した水筒を取り出すと、お茶を注いで祭莉に手渡す。
 湯気の立つ温かいお茶を飲んだ祭莉は体の内側から温まる心地良さを覚え、僅かに和らいだ表情を見せ。
 そんな祭莉の隣で、自身もお茶を飲みながら。鳥太郎はふと思う。
 寒いのも、悪くないかもしれねえなあ。
 寒いからこそ――こうやって、温かさを感じられる。

 満天の星空の下、二人は互いに笑み交す。
 果たしてこれは、単なる偶然の為せる業か、はたまた運命の巡り合せか。
 願わくは、今宵のこの一時が――彼らが其々の運命を乗り越え前に進む為の、心の糧に成らんことを。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

こんにちは、黒岩かさねです。
『天体観測』をお届けさせて戴きました。
発注文と、お二方のマイページ熟読の上で全力を尽くさせて戴きましたが、
果たしてご期待には応えられておりますでしょうか……。
口調や、お二人の関係性など、その他諸々、
イメージと違う部分などありましたら、どうぞリテイクをお気軽にお申し付けください。
このたびは、ご依頼ありがとうございました。
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黒岩かさね クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年04月19日

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