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『魔法のランプはゆらめく 』
ファルス・ティレイラ3733

「それじゃあ、あたしはちょいと出るからね。店番しっかり頼んだよ」
「あっ、はい!」
 かけられた言葉に、ファルス・ティレイラ(3733)は顔を上げた。
 視線の先には、いつものチャイナドレスに外套を羽織る碧摩・蓮(NPCA009)の姿があった。店主である彼女は、夕刻から少しの間出かけるという予定通りに、アンティークショップ・レンを出て行った。
 そう長くはない時間だからね、と言っていた蓮の顔を思い出す。何でも屋であるティレイラが店番として今日雇われているのも、店主が席を外す用件があったから……というのも理由の一つだ。
 特別な人間だけがたどり着けるという謂れのとおり、まあつまるところ客足は多くない。店内に並ぶ様々なアンティークの品物を見ていると、曰くつきの品ばかりとは思えないものもたくさんある。
 ティレイラは、はたきで丁寧に埃を落としていたが、日も暮れかけてきて店内も薄暗くなってきた。
「明かりがほしいなぁ……」
 電灯のスイッチは、とティレイラは辺りを見渡し、店の隅をひょっこりと覗きながら確認していくがそれらしいスイッチがない。薄暗さも相まって彼女は目を凝らした。
 ふと、店にある食器棚(もちろん中身も曰くつきの品々だ)の上にある、古ぼけたランプに目が留まった。手提げランプはオーソドックスなブリキ製の、レトロでありながら女性が気に入りそうな透かしの入ったデザインだ。
「わあ、かわいい!」
 ガラス戸の中にはロウソクがまだ残っている。せめて蓮が戻るまでは明かりになるだろう。
「暗くっちゃお客様が来た時に困るもんね……よいしょっ」
 小さい身体で目いっぱいに手を伸ばした。なんとかランプに手が届きガラス戸を開けると、ティレイラは魔法で小さい炎を作り出して火を灯した。
 人口の灯りとは違うランプの明かりで、店内はなんとも幻想的な雰囲気に包まれた。商品を照らし出す強すぎない光が非現実感を醸しだす。
「きれい……」
 原始的な光は、その分特別なものも照らし出すのではと思わせる。赤い炎にしばし魅入られていたが、やがてティレイラは我を取り戻して、彼女の背丈より少し上のフックにランプを取り付けようと手をランプを持った。
 手を伸ばして取りつけようとしたその時、ガラス戸の中の炎が大きく揺らめいた。それと同時に、指先からぴりりと何かが全身を迸った。
 何だろう。何か……純度の高い魔力のような。
「えっ」
 ランプを持つ指先、その爪が輝いていた。元々可愛らしく艶めいた爪をしていたが、ネイルを塗った覚えはない。薄いピンクの爪は透明感があって、透けている。
 まるで宝石のように……。
 いや。宝石のよう、ではない。宝石だ。
 指先、手首、腕、ランプから迸る魔力を辿るようにして末端から自身の身体が硬化してゆく。美しく磨かれた紅色の宝石に、大きさや凹凸はそのままに変化していった。
「なに……いやっ!」
 腕を振ろうとしても動くはずもない。
「蓮さん……!」
 咄嗟に読んだ名前も空しく店の空気に消えていく。既に宝石と化した腕はピクリともせず、しかも広がりは早い。
 喉まで宝石と化すだけでなく、留まることなくティレイラの全身を包みこんだ。髪の先まで宝石となった彼女は、しんと静まる店内に美しい宝石のオブジェとなっていた。


「帰ったよ。留守番ご苦労――」
 ショップへ戻ってきた蓮は、店内にある見慣れぬオブジェに目を見開いた。
 何しろ留守番しているはずのティレイラの姿はなく、代わりに彼女と同じくらいの大きさである宝石の塊が鎮座しているのである。
 外を歩くのに使っていたランプを持ったまま、蓮はその宝石に近づいた。
 愛くるしい少女の彫像はランプの明かりを受けて、ゆるやかな曲線を描いている。まるで生きているかのような、静かでありつつも脈動感のある造形に、蓮は顔をよく近づけて細部のいたるところまで観察した。
 手にしている像が手にしているランプを、蓮は知っている。
 像の顔が確かにティレイラであることを確認し、蓮は吐息をついた。表情はさほど心配した様子もなく、ふっと笑みを浮かべてすらいた。
「やれやれ……。これくらいの魔力のしわざなら、一週間ってところかね」
 蓮の指先が、像の表面をそっと撫でていく。
 美しい光沢。人だったものが生み出す絶妙な丸みに、彼女が価値を見出したのだ。
「ずいぶん値が張りそうな代物になったじゃないか、ええ? 勉強代にはちょうどよかったろう? こりゃあ戻るまで欲しがるモンが出るかも知れないね」
 つつ、と触れていた指を離し、蓮はその少女像を眺めながらにやりと笑っていた。

 それから一週間の間、ティレイラはアンティークショップで人寄せとなっていたのであった。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 この度はご発注ありがとうございました。
 かわいいPCさんの、ちょっとした受難のイメージを少しでも形にできていたら嬉しいです。
東京怪談ノベル(シングル) -
五十嵐 鈴 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年04月22日

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