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『魔人形の日々』
セレシュ・ウィーラー8538


 生身に戻り始めているのではないか。
 セレシュ・ウィーラー(8538)は一瞬、そんな錯覚に陥った。
 胸の膨らみも、胴から尻にかけての広がりも、人形とは思えぬ生気を漲らせているのは、まあいつもの事であるとして。
 その引き締まった胴に埋め込まれている巨大な球体関節が、驚くほど目立たず、優美なウエストの曲線を全く邪魔していないのである。
 細い首、しなやかな四肢、繊細な手指に至るまで、大小全ての球体関節が、樹脂とは思えぬ活き活きとした肌色に埋もれてしまったかの如く目立たない。
「大きなお友達向けの、着せ替え人形やな。超高級オタクグッズや」
 そんな身体にバスタオルを巻き付けながら、セレシュは鏡を見つめ、苦笑した。
「お胸は大きく、お腹は引き締めて、手足も長うに……そうなりとうて千年くらい、ダイエットしたりエステしたり身体鍛えたり、頑張った時期あったんやけどな。ここまでスタイル良うはならんかった。お人形になる方が手っ取り早いっちゅう事かいな。お人形のセレシュ・ウィーラー、ほんま絵になるわ」
 呟きながら腕組みをして、胸の谷間の強調を試みる。
 当然、出来なかった。今のセレシュの胸は、押せば変形する柔らかな膨らみではなく、硬い樹脂製の隆起物である。見た目がどれほど生き生きとしていてもだ。
「……アホらし。お仕事しよ」
 バスタオル1枚という装いのまま、セレシュは脱衣所を出た。


『何をしているの一体』
 元々は死霊術師であった人形が、地下工房に入って来るなり呆れ果てた。
 ざっくり裂けたメイド服を作業台に広げ置き、そこに片手をかざして魔力を注ぎ込みながら、セレシュは振り返らずに言う。
「倉庫へ物運ぶのに、えろう時間かかっとったやん」
 魔法による修繕である。魔力同士のぶつかり合いを避けるため、メイド服に付与してあった魔法は全て解除してある。
『色々と面白すぎるものが置いてあるわね、あの倉庫。ついつい見入ってしまったわ』
 人形が言った。
『私もいずれ、あの連中の仲間入りと。そういうわけ?』
「大事な助手に、そないな事せえへんよ。するわけないやん」
『……大人しく助手をしていろと、そういうわけね』
 人形が、セレシュを軽く睨む。
『助手として言わせてもらうわ。家の中、バスタオル1枚で歩き回るのはどうなの』
「家の中だからや。この格好でお外歩き回っとるワケでもなし、別にええやろ」
 セレシュは、人形に微笑みかけた。
「それより自分、お疲れさんや。こんな時間やし、お掃除したりするのも御近所迷惑やさかい、もうお休み」
『……お掃除とか、私にやらせるつもりだったのね』
 ぶつぶつと漏らしつつも、人形は壁際で、己の首に巻き付いたものを取り外した。
 魔法の、チョーカーである。
 動いていた人形が、動かなくなった。動かず会話も思考もしない、本物の人形に戻っていた。
 その手から、セレシュはチョーカーを取り去った。
 そして、動かぬ人形を弄り回してみる。手足を曲げたり伸ばしたりして、ポーズを作る。
「うっふふふ、1粒300メートルの荒ぶるポーズや。まったく、黙っとったら文句なしの美少女なんやけどなあ」
 美少女の人形を放置して、セレシュは工房を出た。


 修繕の済んだメイド服を、セレシュは洗濯籠に放り込んだ。
 次に着る服をセレシュは、クローゼットの中から、ほぼ無意識に選び出していた。
「……コレを着なあかんと、うちの深層意識のどこかで声が上がっとるわけやね」
 ゴシック・ロリータ調の、黒いワンピース。
 恐る恐る、着用してみる。
「胸、入るかどうかや……何とか入った。これが発端やったなあ、そう言うたら」
 当然、下着は着けていない。気付かなかったあの時と異なり、意識的にだ。
「お人形用のランジェリーがあるのは知っとる。けどな、やっぱりお人形は下着ナシや。それが、うちの人形道や……とまあ、お人形状態を自覚しとるのがセレシュさんの現状なわけやが」
 呟きながら、セレシュは鏡を見た。
「基本つるぺた用の衣装なんやけど……まあ、これはコレで」
 上手く着こなせば何歳かは若返る、と言うより幼く見える服である。
 その胸の辺りが大人っぽく膨らみ、丈の短い裾からは肉感を増した太股がむっちりと際どく現れている。
「色っぽいやん、可愛いやん……ま、お人形の可愛さやけどな」


 魔具作成のアイデアを得るためには、足を使うのが確かに重要ではある。が、書物から得られるものが全くないわけではない。
 セレシュは古文書とノートを広げ、書き物に没頭していた。
 時間を忘れていられたのは、別に楽しいからではない。
 腰も背中も尻も、痛くならないからだ。
「眠くもならへん。人形化の、まあ利点は利点やな。生身に戻った瞬間ドドッと来そうやけど」
 セレシュは顔を上げ、椅子から立ち上がってワンピースの裾を捲り、己の尻を手触りで確認してみた。
 知らぬ間に擦れ傷でも出来ていないかどうか、ふと気になったのだ。
 傷を負っても痛みが感じられない。人形化の利点と呼べるかどうかは、わからない。
 露わになった人形の尻は、つるりと無傷のままであった。
 滑らかな固い感触を、軽く叩いて確認しつつ、セレシュは気付いた。
 窓から、早朝の日光が射し込んで来ている。
「朝になっとったんか……気付かんかったわ。人形化ヤバない? 徹夜でゲームとか出来まくりやん」
 苦笑しながらセレシュは、自分の身体から光の鍼を引き抜いた。
 鍼の形で突き刺さっていた、人形化の魔力。それが、引き抜かれてキラキラと砕け散る。
 途端、セレシュは倒れそうになった。凄まじい立ち眩みに、辛うじて耐えた。
 朝の日光が、眼球と脳髄を圧迫して来る。
 太陽に弱い、夜行性の魔物にでもなったような気分であった。
「お、思っとった以上にドドッと来たわ……けどまあ動けへんほどでもなし」
 胸の辺りが妙に緩くなった、と思えるワンピースをセレシュは脱ぎ捨て、作業用のどうでも良い衣服を身にまとった。
 その上から、白衣をまとう。
「さ、玄関のお掃除せな……あの子にやらせてもええんやけどな」
 今日は、セレシュが自分でやる事にした。
 流行らぬ鍼灸院とは言え、客が全く来ないわけではないのだ。
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年04月22日

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