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『二人のソナチネ』
桜壱la0205)&化野 鳥太郎la0108

●桜と鳥
 カナダ戦線の補給線として息を吹き返しつつあった都市、デトロイト。しかし、五大湖に面したこの都市は水中からの奇襲を受けやすい難所でもあった。今日も数体のナイトメアが湖から飛び出し、人々を突如として襲い始めたのである。
 桜壱(la0205)と化野 鳥太郎(la0108)は、二人並んで現場へ急行していた。小さなバックラーを構えた桜壱は、左目を輝かせながら敵に対峙する。
「Iが相手になります!」
 左目のモニターに浮かび上がるのは盾の紋章。振り返ったアマガエル型のナイトメアは、口蓋を開いてその舌を鞭のように振るった。桜壱は小柄な体躯で軽やかに跳ね回り、舌の一撃を一つ一つ丁寧に跳ね除けていく。
「先生!」
 桜壱はくるりと振り返る。鳥太郎は魔導書を開くと、サングラスの奥から視線でその文章をなぞっていく。
「はいはい。任せとけって」
 なぞった文章が昏い燐光を放つ。彼の掌に光が灯る。拳を握って光を押し縮めると、桜壱を狙う蛙に向かってその手を突き出した。
「まずはこれでも喰らいな!」
 解き放たれた一条の月光が、矢となって蛙の脳天に直撃する。表面を覆う甲殻が焦げ付き、蛙はその場で仰け反った。そんな蛙を押し潰し、更にウシガエル型のナイトメアが押し寄せた。地響きをさせながら跳び回り、ウシガエルは鳥太郎にその巨体をぶつけようとする。
「相手は先生ではなく、Iなのです!」
 全身にオーラを纏い、素早く桜壱が回り込む。盾を横合いから叩きつけ、無理矢理敵の進路を逸らしてしまった。桜壱も弾き返され、ぽんと宙に舞い上がる。
「うわわっ」
 ウシガエルの頭上を飛ぶ桜壱。蛙は咄嗟に見上げると、大口開いて桜壱を呑み込もうとする。しかし、桜壱が落ちてくるよりも早く、槍のように鋭く磨き上げられた黒い氷柱がその喉に突き刺さった。体液を吐き出し、蛙はその場に蹲る。桜壱はその頭を踏みつけ、鳥太郎の正面へと戻ってきた。
「危ない所だったのです」
「守ってくれるのはいいけど、無茶はしないでな。そう……飯とか、困るから」
「了解しました。努力するのです」
「そうそう。その調子でね……」
 アマガエルが舌を矢のように突き出す。桜壱は両足で踏ん張ってその一撃を受け止め、鳥太郎がその背中越しに念動力の一撃を放つ。鍛え上げられた矛と盾のように、二人は一体となって戦っていた。
「“coda”です!」
 桜壱は左目にト音記号を浮かべる。盾から放った光を当てて、散らばるアマガエルとウシガエルを一手に掻き集めながら背後へ駆け退いていく。蛙たちも追いかけようとするが、既に後の祭りである。
「ま、簡単に人を食べられるとは思わねえ事だね」
 鳥太郎が言い放った刹那、黒々と輝く炎が蛙たちを包み込んだ。罅割れた甲殻から炎が滑り込み、その肉を簡単に焼き尽くしていく。蛙はしばらくもがき苦しんだ後、パタリパタリと倒れていった。
 蛙が再び動かないのを確かめると、桜壱は盾を背負って振り返った。
「防衛完了、なのです! 先生、お怪我はないですか?」
「ああ、お陰様でな。急場だったが、何とか凌げたな」
 鳥太郎は桜壱の頭をぽんと叩くと、踵を返して歩き出す。桜壱はその背中を追い、ちょこちょこと駆け足になった。

 化野鳥太郎と桜壱は、果たして今日も市民の平和を守るために一役買ったのだった。

●Iを込めたお仕事
 普段暮らしのマンションに帰ってきた鳥太郎と桜壱。鳥太郎はそっと自室に引っ込み、桜壱は早速定められたもう一つの使命を果たし始めた。三角巾を取って頭につけると、はたきを取り出し本棚やテーブルの上を滑らせ始める。彼はそもそも家事手伝いの為にプログラムされたアンドロイドである。その手つきは慣れたものだ。
(確か、今日のセールス品は……じゃがいもと豚肉だったのです……)
 はたきを滑らせる間に、桜壱はついでに先日見たチラシの内容をメモリーの中から引っ張り出す。ヴァルキュリアとして人の心に目覚めたとはいえ、掃除と買い物の並列思考は相変わらず完璧だ。本棚には埃一つ残さないし、脳裏では最もコスト対満足度の高いであろうメニューを導き出している。
(先日カレーを作ったあまりのニンジンがあるのです。……それを考えれば、今日は肉じゃががいいのです!)
 今夜の料理の道筋が立って、桜壱の回路はほんのりと温まる。任務の帰りに別なナイトメア襲撃にも巻き込まれて、顔色に出さなくても先生はすっかり疲れているはず。とっとと全ての支度を終えてゆったり出来るようにしなければ。桜壱は全身の処理速度を普段よりも5%ほど向上させた。

 一方、自室に戻ってきた鳥太郎は、早速アップライトピアノの手入れを始めた。艶やかな黒い外装は、ちょっと日を置いただけですぐに埃が溜まってしまう。ウェスで丹念に表面を拭うと、蓋を開いて鍵盤の手入れも始めた。幼い頃からピアノに様々な想いを抱いて接し、慣れ親しんできた鳥太郎。彼の手つきも慣れたものだ。
 掃除を終えた彼は、早速椅子に腰を下ろし、鍵盤を叩き始める。彼の耳に馴染むよう、一つ一つ調律していく。このピアノもだいぶん年季が入ってきていたから、ちょっと気を抜くとすぐ音が外れてしまう。最近は活躍してもらう機会も増えたぶん、なおさらだ。
(辛抱してよ。ずっと大切に使ってるんだからさ)
 ピアノの蓋を、彼はそっと撫でる。普段から『グランドピアノが欲しいだけ』だのなんだのと言っているが、彼の暮らす雑然とした部屋に、グランドピアノを置くスペースなどありはしない。他所にスペースを借りようものなら、維持費はがんと跳ね上がる。
 もちろん、別に買おうと思えば幾らでも買える。世界の名匠にオーダーメイド、とまではいかないが、盛んにライセンサーとして活躍する彼がピアノの一つも買えないはずはないのだ。
 しかし、いつまでも知り合いの伝手でマンションを借り、ちんまりと可愛らしいヴァルキュリアも巻き込んで一食3、400円もかからない質素な暮らしを彼はしている。家電量販店やら夜のバルやらにのこのこ出向いて、覆面同然の格好でグランドピアノをたまに弾き鳴らしたらそれで満足しているのだ。
 調律を終えると、彼は静かにピアノを弾き始める。末永く共に居るであろう相棒の声を、彼は眼を閉じじっと聴き続けていた。

●A-Tori
 鍋の中で、具材がくつくつと踊る。桜壱はその様を右目のカメラでじっと捉え、正確なリズムで鍋を掻き混ぜ、調味料を加えていく。味見はしない。プログラムされたデータをなぞりながら、桜壱は肉じゃがを作っていく。
(Iにも、味覚があればよかったのですが)
 ジャガイモを煮込んでいるうちに、ふとそんな事を思う。別に、自分も作った料理を味わいたいとか、そういうことではない。桜壱が作れるのは、元々プログラムされた老人の健康を維持するための料理。或いはネットの片隅から見つけてきたレシピの料理。ほっとくとカップ麺三昧の鳥太郎を無事給養する役には立っているが、“人でありたい”桜壱にとっては少し物足りなかった。
(味覚があれば、先生が一番美味しいと思える料理を作れるのに)
 桜壱は表情をしゅんとさせた。作った料理を鳥太郎は必ず美味いと言ってくれる。けれど桜壱には何故美味しいのかを正確に理解することが出来ないのだ。その瞬間に、自分が相変わらず人ではなく、機械でもなくなってしまったのだと思い知る。
 そんな自分を赦してくれる先生。嬉しく思うと同時に、やっぱりどこか心苦しかった。

 火を止めると、桜壱は鳥太郎の籠っている部屋の扉をノックした。
「夕飯が出来たのです! 一緒に食べましょう!」
「もうそんな時間? もう少し待ってもらえる? あ、別に入ってもいいから」
 桜壱は扉を引いた。そっと足を踏み入れると、デスクに向かって鳥太郎が何やら作業をしていた。
「……動画編集、ですか?」
「まあそんなとこ。もうすぐエンコードに入れるからさ。そこまではやっちゃいたくて」
 リアルでは神出鬼没のピアノ大好きおじさんであると同時に、ネットでは激マブでピアノもうまいおねーさん『アトリ』でもあるのがこの鳥太郎。頭では理解していたが、心ではよく分からず、桜壱は首を傾げる。
「どうして先生が女の子のフリをすると、視聴数が伸びるのですか?」
「わかんないよ……何がどうして女の子らしい振る舞いに見えるのか、俺もわかってないからね」
 鳥太郎は苦笑する。最初は普通に男として活動していたつもりだった。今や何がどうしてこうなったのか覚えていない。ただ、視聴率の伸びにかまけてずるずると『アトリ』のフリを続けている。
「ピアノは同じなのに、どうして先生の曲は聞かないで、アトリの曲は聞くのでしょう?」
「いわゆる、形……ってやつだろうね。頬に古傷つけてサングラスまでかけたおじさんよりも、綺麗なお姉さんが弾いてる方が音も綺麗に聞こえるのさ。これも想像力の力ってやつなのかね」
 桜壱は首を傾げた。彼の集音マイクでは、鳥太郎の弾くピアノもアトリの弾くピアノもやっぱり同じに聞こえる。これも自分が中途半端だからかと、ほんの少し悲しくなって、顔がまた曇っていく。
 鳥太郎はそんな桜壱の顔をじっと見つめていたが、やがて立ち上がり、再びピアノへと向かう。背筋をピンと伸ばすと、全身を躍動させながら力強く鍵盤を叩き始めた。
 奏でられる音楽。聞いているうちに、桜壱はメモリの奥底に、宇宙の彼方まで突き抜けるように広がる青空をイメージした。
 そこに無いものを思う、想像力。それは心がある証。鳥太郎はちらりと桜壱を見遣った。
「……先生とアトリの違いは判らないけど、Iにも、想像力はあるのです」


 桜壱は噛みしめるように呟く。鳥太郎の見せてくれる青空が、彼にも確かに人の心があるのだと、そっと教えてくれるのだった。


 おわり



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 桜壱(la0205)
 化野 鳥太郎(la0108)

●ライター通信
お世話になっております。影絵企我です。

お二人纏めて書かせて頂くのはこれが初めてでしょうか。
戦闘と、ついでにちょっとした日常の一コマをイメージして書かせて頂きました。
お気に入りいただけましたら幸いです。

ではまた、ご縁がありましたら……
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年04月22日

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