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『写す左目と移さぬ右目』
更級 翼la0667

●更級心刀流
 剣術の一派、更級心刀流は、長い歴史を誇るもので、僕の第二の家でもある。
 そもそもの生家は幼くして失い、更級家に引き取られた形だ。
 今では更級 翼(la0667)と名乗っていますが、元は別に苗字がありました。
 義母は腹を痛めて産んだわけではない僕を、義兄と変わらず本当の我が子のように可愛がってくれた。義父もまた、剣術の手ほどきをしてくれました。
 この更級心刀流は江戸中末期に栄えたような芸能・教養的剣術に近い。型や形式を重んじ、殺傷力はもちろんですが、それ以上に剣術を通して心身を成長させることを是とする。気剣体一致の心といって、これは心形刀流と呼ばれる流派に通じるところがある。
 ああ、そういえば、更級心刀流のルーツはどこにあるのだろう。いつ頃起こったのだろう。近々義父さんに聞いてみよう。あるいは、どこか書物を漁れば分かるでしょうか。
 そんなことを考えていた矢先のことでした。

 目を覚ますと激しい痛みに全身が軋んだ。体が熱く、頭がズキズキと痛む。視界にも違和感があって、身動きが取れなかった。
 ゴリゴリと音が聞こえる。
 何だろうと思って、首を向ける。この時に見えたものから、今は道場にいるのだということが把握できました。が、それは重要じゃない。
 道場の隅に、黒い何かが蹲っている。音はそこから聞こえてくるようでした。
 声を出すことはできませんでした。代わりにというわけではないですが、蹲っていたそれがゆっくりと体を起こし、荒い息遣いと共に周囲を見回し始めた。
 僕は息を飲みました。人間ではない、獣とも思えない。ただただ人知を超えた異形の何かがそこにはいました。
 声を出すことも、体を動かすこともできず、その黒い異形がゆっくりと立ち去っていくのを確認して、僕は音の正体に気づきました。
 周囲には、何人もの人が倒れていました。皆、知った顔。更級心刀流を共に学ぶ門下生達。義兄さん、義母さん、義父さん……。
 全てだ。僕が知り、僕を知る人達が全て、物言わぬ肉の塊に代えられてしまった。
 鼻を衝く異臭は、獣の体臭と血が混じったもの。さっき聞こえた音は、亡骸を骨ごと食べていた音。
 そうだ。そうだった。
 異変に気づいた僕や門下生達は各々に木刀を持ち、道場へ集った。その時まさに、師範代である義父が殺される瞬間でした。
 怒りに任せ、全員で黒い異形に挑みかかったのですが、結果はこの通り。
 歯が立たなかった。一瞬にして何もかも失ってしまった。
 道場は大きく崩れていないながらも体が動かないのは、あちこちの骨が折れているからか。
 悔しさに拳を床に叩きつけたくても、その腕が動かない。歯がゆくて歯がゆくて堪りませんでした。
 その時、ようやく視線を元の位置に戻して、何かが転がっていることに気が付きました。丸くて、何か紐のようなものがひょろりと伸びて、途中でちぎれている。
 これはひょっとして……。
 僕は慌てて左目を開こうとした。なかなか上手く開きません。いや、開いているのかどうかが分からないと言った方が正しいでしょうか。
 僕は確信しました。目の前に転がっているのは、僕の左目だと。あのバケモノに引きずり出されたか、あまりにも強い衝撃故に飛び出してしまったものだと。
 目玉は、あの黒い異形が誰かの肉体を貪っていた方を向いていました。
「何を、見たんだ……。そこで何を、見ていたんだッ!」
 元自分の肉体に、僕はありったけの怒りを込めて叫んでいました。
 そして程なく、僕は意識を失ったのです。

●旅立ち
 病室で目を覚ました僕は、やはり左目を失っていました。そのせいか何日も高熱にうなされ、全身の痛みと戦う日々が始まりました。
 聞かされた話によると、道場を襲撃したものはナイトメアだったということ。確かにそうでしょう。相手が熊かナイトメアでもない限り、日ごろ鍛錬を積んだ更級心刀流門下生全員で仕掛けて、反撃に遭い全滅なんてことはあり得ない。
 ちなみに、この襲撃による生存者は、僕の他にもう一人いました。義兄です。
 僕は全身いたるところを骨折していたとはいえ、その回復を待てば日常生活に戻れるとの見立てでした。しかし義兄はそうではない。神経が傷ついてしまい、体を起こすことはできても二度と自らの足で立つことはできないと。
 その時に思った。
 家族の、皆の仇を討てるのは、僕しかいない。
 代々続いてきた更級心刀流を継承してゆくことも、僕にしかできない。
 だから僕は決めた。

 数か月。僕も義兄も退院し、家へ戻ってしばらく。
 最初は車いすでの生活に戸惑っていた義兄も、元々鍛えていた腕力のおかげで僕の介添えなしでも生活できるだけの回復を見せていた。リフォームしたおかげもあるけれど、お風呂にだって一人で入れる。
 旅立つことに対して、背中を押してくれたのは他の誰でもない、義兄だった。
 仇を討つために、そして更級心刀流を広めるために。
 左目の礼もしなくてはなりません。それ以外にも、僕はあの日から……、義兄に指摘されるまで気づかなかった後遺症を癒すためにも。
 必ず成し遂げなくてはならない。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございます。
設定を拝見させていただいて、描くならばここしかないだろう、と選定させていただきました。
その経緯や、体験を描かせていただきましたが、気に入っていただけましたら幸いです。
おまかせノベル -
追掛二兎 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年04月22日

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