▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『こちら大衆酒場「狂騒曲」』
月居 渉la0081)&笹良 権之介la0137

 SALF本部からさほど離れていない路地に、その店はあった。
 大衆酒場「狂騒曲」。日夜ナイトメアとの戦闘に明け暮れ、心身共に疲弊しがちなライセンサーが集い、英気を養う場である。
 ここのオーナーや従業員もライセンサーなのだが、彼らスタッフもまた、こうして他のライセンサーと交流の場を持つことで己の肉体的・精神的疲労を癒しているのだろう。
 そんなある日のこと。オーナーである笹良 権之介(la0137)――サラという名を自称するオカマもといオネエ失敬男性いや女性……サラなるライセンサーはランチタイムの片づけを進めていた。
 アルバイトの月居 渉(la0081)も同じくライセンサー。未成年である彼はディナータイムのスタッフとしてシフトを組むことができない。片づけと夜に向けての準備が終われば自室へ帰ってしまう。
「もう、渉ちゃんたら、お皿洗っておいてって言ったじゃない」
「はいはい、今やるって」
 テーブルを拭いていた渉はぶつくさと文句を垂れながら洗い場へ向かう。
 食器洗いもスタッフの仕事なのだが、ランチタイムが跳ねた後の仕事というのはどうも雑用っぽくて好きになれない様子だ。どちらかというと食事を提供したり、客と話したりする方を好むようで、それが終わった後の仕事というのはなかなか身が入らない。
 もちろんこれも仕事なので、やらないわけにはいかないのだが。
 残飯は生ごみ用のバケツへ。シンクに水を流して食器をざっと洗ってゆく。この日のランチタイムはいつもよりやや客入りが少なかったこともあってか、洗う皿の枚数は少な目だ。
「あらあら、大分慣れたんじゃない? もう手を滑らせてお皿を割ったりしないのね」
 売上金の帳簿をつけながら、ニコニコと権――サラが笑みを浮かべる。
 ふんと鼻を鳴らすだけで返事もせず、最後の一枚を洗い終えた渉は他に片づけるものがないのを確認してエプロンを外した。
 一応退勤の時間は過ぎ、いつでも上がれるのだが。客席に座り、ぼんやりと入り口の扉に目をやった。オーナーであるサラの仕事が一区切りするまで待つつもりのようだ。
「ねぇ渉ちゃん、ずっと気になってたことがあるのだけど、聞いてもいいかしら?」
「別に、いいけど」
 帳簿をつけ終わり、お金をしまいながらサラが切り出した。
 別に今更何を聞くのか、と、渉は扉の方に視線を向けたまま、ぼんやりとしたまま返す。
 渉の着いたテーブルは、四方に椅子を設置した四人掛け。サラは渉の隣……椅子の向きとしては斜めとなる位置、視界を遮らないよう店の奥側へと席を移した。
「お金を稼ぐなら、ライセンサー稼業でも十分でしょ? 知ってるのよ、色んな趣味があるって。どうしてわざわざ、時間に縛られるアルバイトをしてるのかと思ってね。誰かを養っているわけでもないのに」
 純粋な興味だったのだろう。
 SALFに所属し、仕事をこなしていればある程度まとまった金が入ってくる。命を賭けて戦っているのだから、それに相応しいだけの報酬だ。お金に困っているようには思えない。
 それに、私生活でも様々に活動していることを、サラは知っている。渉は店の二階に住み込みで働いているのだから、当然だ。
 そもそも彼を雇用したのは、知人からの紹介だった。それを込みで考えても、当人がそれなりにやる気を出して働いているのが猶更疑問だった。
「普段散々使い倒しておいて、何かと思えばそんな話か。逆に聞くが、マスターは何でこの酒場を経営しているんだ?」
「質問に質問で返すの? 困った子ね」
 苦笑し、サラは一度席を立った。
「珈琲でも淹れましょ。せっかくだもの、お喋りもゆっくりできそうだわ」
「その後カップを洗うのは俺だろ」
 渉の言葉など聞こえなかったかのように、サラは珈琲を用意する。シュガーとミルクも用意して、お代わり用のポットも置いた。
 カップに一口つけて、サラは渉の方を見た。彼はカップを手に取ることなく、ぼんやりと扉の方を見ている。
 まずは自分の話をしなくてはこちらを向いてもくれないと判断したか。
「ワタシがこのお店をやってるのはね、お金のためよ」
「さっき自分でライセンサーなら収入が十分みたいなこと言ってたじゃないか」
 少しだけ、渉が笑ったのが分かった。
「本気よ。ワタシだってこの歳だもの、いつまでもライセンサーやってられるわけじゃないわ。年金もあるだろうけど。……ってのは、理由の半分」
 そこまで言うと、ようやく渉が振り向く。サラとカップとを交互に見て、シュガーとミルクに手を伸ばし、それを珈琲に落としながら、目線で話の続きを促す。
 確かにサラはそれなりの年齢だ。少なくとも、一般サラリーマンとして、正社員雇用の道は残されていまい。
 そんな彼が、老後を豊かに過ごすためにお金を用意しようとしている、あるいは第二の人生を歩もうとしている。これは紛れもない事実だ。
 しかし。
「でもね、そんな理由で、昔なじみから譲り受けて始めたこのお店も、やっている内にお客さんも増えて、顔なじみも増えて。そうしている内にね、楽しくなったのよ。人と会って、喋るのが。健康長寿って言葉、知ってる?」
「知ってるけど」
 ようやく珈琲に口をつける渉。目を合わせないが、言葉の続きを待っているようだ。
 その様子に満足そうに頷いたサラが続ける。
「条件があるそうよ。病気しないのが健康長寿じゃないの。人に必要とされて、社会と接点を持ち、やることがある。これが健康長寿なんだって。ほら、このお店、ピッタリじゃない?」
「そうかもな」
 ぶっきらぼうに呟く渉の脳裏にも、常連達の顔が浮かんでいた。
 毎日来る人、たまに来る人といるが。来る度に何か新しい話題を持ってきてくれる。
 ストリートダンスも悪くはない。が、そこで発生するコミュニケーションは一方通行だ。この酒場で育むふれあいとは違う。
「俺も同じだ。なんていうか、やりがい?」
「あら、そう言ってくれると嬉しいわ」
 いつの間にか飲み干したカップに新しい珈琲を注ぐサラ。
 少し、二人の距離が縮まったようだ。
 店を通じて、料理を通じて、人と繋がる。そんな毎日が、戦いという日常に光を差してくれる。ぬくもりがあった。
「ここにいるとさ、色んな人が来るだろう。ほとんど見知った顔だけど。……でも、誰かが、ある時を境に二度と顔を見せてくれないかもしれない。ライセンサーだからさ」
 渉の言葉に、サラの珈琲を混ぜるスプーンが止まった。
 意味するところは実に単純。そして分かり切ったことでもある。
 常に死と隣り合わせ。次の仕事で、生きて帰れる保証などどこにもない。
 経験を積んだとか、鍛え抜かれた武器を持っているとか、関係ない。死は突然やってくる。
 戦災孤児である渉には、そのことはよく分かっていた。
 もちろん、サラだって何も覚えがないわけでもない。
 今こうしている瞬間にも、誰かがナイトメアに襲われ、あるいは戦って、命を落としていることだろう。
 だからこそ。
「俺さ、時々思うんだ。ここに来る人と喋ってると、ひょっとしたらこれが最後かもしれない、って」
「そんなこと」
「いいんだ、分かってるだろ?」
 自分よりも若い命が、時代に飲まれて消えてゆく。サラにとってそれは、耐え難い苦痛だった。見知った人ならば猶更。
 渉の言葉に口を挟んだのは、己の胸に沸いた感情にブレーキをかけようとしたのかもしれない。
 押し黙るサラ。
 だが渉は、屈託のない笑みを見せた。
「だからさ、そんな風に思った時だけでも、その瞬間を大事にしたいって思う。明日いなくなるかもしれない人の姿や言葉を、俺が覚えていたい。逆に、俺のことも誰かに覚えていてもらいたい。そんな理由じゃダメか?」
「渉ちゃん……」
 まだ成人もしていない、サラから見ればまだまだ子供の渉。
 それが、こんなにも命を感じて、こんなにも命を背負おうとしている。きっとそれは、とても重くて苦しいかもしれない。
 それならば。
「ふっ、心配しなくても、私が覚えておくわよ」
「そっか、それは良かった。さて、片づけ――おわっ!?」
 話が結ばれ、飲んだカップを洗おうと席を立った瞬間。椅子が床板に引っかかり、足がもつれて渉は盛大にすっ転んだ。同時にカップが投げ出され、ガシャリと音を立てて割れる。
「チッ、やっちまった」
「渉ちゃんがこのお店で割ったカップ、それで六個目ね」
「そんなこと覚えてなくていいんだよ!」
 ニタニタと笑みながら、サラが自分のカップを持って洗い場へ向かう。
 背中に渉の抗議する声が聞こえるが。
「ちなみにお皿は八枚よー」
「だぁっ、もう、だからッ!」
 こちら大衆酒場「狂騒曲」。湿っぽいよりは、その名の通り、ちょっと騒がしいくらいがちょうど良い。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございます。
お二人の接点を見させていただくと、やはりここかな、と。
お店絡みで二人きりになるタイミングというと、こういった場面になるでしょうか。
商品がおまかせノベルということもあり、だいぶ創作も混じっていますが、お気に召していただけましたら幸いです。
おまかせノベル -
追掛二兎 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年04月22日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.