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『親友だから 』
クリスティア・オルトワールka0131)&シルヴェーヌ=プランka1583

 開かれた窓から麗らかな陽気が入り込む。既に一通りの身支度と朝食は済ませてあるが、それでもシルヴェーヌ=プラン(ka1583)は欠伸を零し、まだ眠たいと訴える瞼を擦った。今はベッドに座っているが身体を横に倒した瞬間に夢の世界へと旅立てる気がする。
「シルヴィ、目を悪くしますよ?」
 こちらに視線を向けて、心配を込めた優しい声で行動を咎めるのは親友のクリスティア・オルトワール(ka0131)だ。まるで意味を成さない唸り声をあげながら彼女を見返し、昨日から気になっていた疑問をようやく唇に上らせた。
「そういえばティア、何で今日はそんなに大荷物なの?」
 何故だか眠たい時は喋り口調が普段と違うものになる、というのは周囲の人から度々指摘されることだがシルヴェーヌ的には無意識の産物だ。クリスティアは微笑を浮かべ、鞄の中身を点検する手を止めた。
「故郷……というと語弊がありますが。久し振りに魔術師学校に行こうかと」
「魔術師学校!?」
 途端に声の調子を跳ね上げた自分をクリスティアがきょとんとした顔で見つめてくる。そんなことは御構いなしにシルヴェーヌは彼女が旅道具を広げている隣のベッドへと近付いて床に座り込み、膝立ちのクリスティアをじっと見上げた。キラキラと瞳を輝かせて。
「それはティアの母校ということかの!? わしも行ってみたいのじゃ!」
 いつもの言い方で衝動的に言ってから、もしかしたら邪魔かもしれないと気付く。今では互いに親友と言って憚らず、周囲の認識も合致しているが、二人が知り合ったのはハンターになった後だ。子供の頃の話等もしないでもないが、やはり聞くのと実際に一緒に過ごすのとでは全くの別物。それ自体は別々の人生を歩んできたからこそ今の自分たちがいて仲良くなれたのだし構わない。しかし、出会う前の親友の足跡を辿るというのは、心躍る経験になると思った。もう一つ私的に興味を持つ理由もある。怖々しながらも視線を外せず見返していると、クリスティアはくすりと笑い声を零した。
「他ならぬシルヴィのお願いを断ったりしませんよ。消耗品は多めに持ってきていますし、食事の方は……道中で狩りでもすれば大丈夫です」
「そんなに遠いのかえ?」
「いえ、普通に行けば三日とかからないと思います。ここが最寄りの転移門なので、そこは諦めて下さいね」
 クリスティアは事も無げに告げて、缶詰を一つ手に取るとラベルを確認し始めた。
 転移門を利用出来るのは覚醒者のみで、その管理もソサエティを初めとする一握りの組織に限られている。自動的に履歴が残る仕組みから私的利用が犯罪に繋がっても露呈し易いが、世界中の覚醒者が好きに利用すればその分記録が膨大と化し調査も長引くこともあり、管理組織の関係でのみ使っていいというのが暗黙の約束になっていた。現に二人も他のハンターと共に街道近くに出現した歪虚を討伐する依頼を受けて、この街へ飛んできた。数も強さも大したことはなかったが如何せん距離がそれなりに離れていたのと途中からは魔導トラックで入れない地形だったのが災いし、移動に時間を取られ帰ってきたのは深夜に差し掛かる頃。なので宿に一泊してからリゼリオに戻る――という流れになり、泊まりを想定していたにしろクリスティアの荷物は多くて違和感を覚えたが、長時間の移動に疲労困憊になっていたため訊く気も湧かず手早く寝入った。
 ここまでくると移動こそが仕事だった、と言っても過言ではない。気がする。しかしその後に親友と個人的な旅行――といっていい用事か判らないが。とにかく同行していいと言ってくれた。それ即ち、
(ご褒美というものかの!)
 と思わずにはいられない。思えば、自宅で黙々と魔術書を読み漁ったり、何時ぞやの海水浴場での雑魔退治のように依頼がてらその時々の催し物を楽しんだりと、そんな時間の過ごし方は多々あったが普通に二人で旅をする行為自体が稀だ。旅経験の多い彼女の頼もしさは充分に知っている。無論任せきりにはせずに手伝うつもりだが。そこまで考えてからシルヴェーヌは鞄の総容量を超えているとしか思えない荷物を、まるで魔法のように戻し始めたクリスティアの手をしっかと握る。
「ティアには世話になるのじゃ、せめて半分はわしに持たせてくれんかの」
「そこまで気になさらなくても……いえ、ありがとうございます」
 普段は甘やかされている自覚があった。しかし仕事の時以外でもこうして自ら申し出れば、意を汲んで対等であろうとしてくれる。そのことがまた嬉しくて、更に頑張ろうと思えるのだ。眠気を吹き飛ばした頭ですっくと立ち上がると、シルヴェーヌは自分の必要最低限しか入っていない鞄を手に取った。

 道中は驚くほどに何事もなく過ぎていった。最初は馬車に揺られて、途中からは最短距離で向かう為に徒歩で。気心の知れた親友同士、休憩したいだのお腹が空いただのと、仕事絡みの大所帯なら言い辛いことでも遠慮なく言えるのが有り難く、景色を楽しむ余裕すらもあった。そして。
「ここがティアの学び舎なのじゃな……!」
 シルヴェーヌの正面には木造三階建ての建物がそびえ立っている。
「古い建物でしょう。高名な魔術師を多く輩出しているのですが……」
「これはこれで趣があって良いと思うぞ?」
 言うとクリスティアは礼を返し微笑んだ。確かにここに来るまで歩いてきた街並みと比べれば古さは否めないが良く言えば歴史の重みを感じるし、何よりエルフの集落で育ったシルヴェーヌ的には馴染み深くもある。わしもそのうち帰省しようかのと、自宅に帰る度に手紙で一杯の郵便受けを思い出しつつ考えた。
「ではいざ行かん!」
 腕を掲げ、意気揚々と走り出したシルヴェーヌは教員に呼び止められて、慌てて追いかけてきたクリスティアに助けを求めることになるのだった。

 ◆◇◆

(まさかここに戻ってくるとは思いませんでした)
 そんな風にクリスティアは胸中で呟く。半分は郷愁の念、もう半分は照れ臭さから。
 今目の前には約束を取り付けておいた恩師に矢継ぎ早に質問するシルヴェーヌの姿があった。学生当時の自分がどういう感じだったのかや、どんな授業をしているか。内容は多岐に渡った。正直に言えば連絡しても名簿を確認するような有り触れた一生徒でしかないと思っていた。学生にとって教師の存在は大きいが、逆は人数比率から考えても余程の優等生か変わり者でもない限り、印象に残らないだろうと。
 当時から熱心な子でしたよ、今の活躍もよく耳にしています。目尻に皺を刻み、微笑んで告げられた内容にクリスティアは言葉を詰まらせ、しどろもどろになりながら何とかお礼だけ口にした。今でも顔どころか耳まで赤くなっている気がする。そうして用件を言い損ねた結果が今この状況だ。一人旅の中で歪虚に奇襲された時の方がまだずっと落ち着いている気がする。しかし恥ずかしいだけで、妹のように想っている彼女が自分のことに関心を示すのは率直に嬉しかった。
「シルヴィはお祖父様にご指導頂いたのでしたね」
「そうなのじゃよ。だから、学校というものには憧れておってな!」
 ふと思い出して口を挟めばシルヴェーヌはオッドアイを細めて少し視線を外す。頬が仄かに色付いているのは興奮からか照れからか。それは珍しいですねと恩師がしみじみ言う。
 現在の魔術師の発掘育成は評判のいい学校で研鑽させる為に推薦と学費負担を行なう、後見人としての支援が主流だ。クリスティアも最初は母から学んでいたがその後は学校に入るのを望み、考査を受け実力を認められた形だった。一方でシルヴェーヌは旧時代的な師弟関係を祖父と結んでいるらしい――というのは集落を出てから喋り方についてよく訊かれるので先んじて祖父譲りなのと、魔術を教わるのに父母より一緒にいる時間が長かった為だと聞いて知った。自身も元は同じなのでそれが悪いとは思っていない。学校は全員に手が回りにくくなる、師弟は相性が悪ければ腐ると双方にデメリットも存在している。
「今からでも通ってみては……と言いたいところですがシルヴィが教わる物はないでしょうね」
「うむ……残念じゃが致し方ないのう」
 彼女の自宅は小図書館で自他共に認める本の虫、力量を見極める目的でハンターになったというその実力も、元々一目を置く高さではあったが実戦経験が増えるにつれ更に成長を遂げた。同じ魔術師としては大いに刺激を受ける相手でもある。
「あの、資料の件についてお伺いしても宜しいでしょうか?」
「はっ、忘れておった……!」
 会話が途切れたタイミングを見計らって本題を切り出す。すまんかったのと付け足して眉をハの字にするシルヴェーヌに首を振り、頭を軽く撫でた。髪飾りの位置を戻すのも忘れない。
 預かった鍵を握って、それなりの年月を過ごした校舎内をシルヴェーヌと歩く。あの頃よりも伸びた背とまるで違う場所で生きていた親友の存在はクリスティアに感傷を抱かせた。母の件がなければ彼女と出会わずここに来ることもなかった筈で。これまでの数々の出会いと別れに感謝したい気持ちもある。でもと夢見ずにいられない。だから決意を秘め、限りなくゼロに近い可能性に縋り続けている。
 図書室の奥、鍵を開け入った特別書庫はきちんと手入れがされているのだろう、埃っぽくもなく紙の本に優しい環境が保たれていた。
「良いところじゃな、ここは」
 シルヴェーヌが嬉しそうに目を細め、クリスティアの手元にあるメモを覗き込む。貴重な資料が杜撰な管理のせいで駄目になる話はごまんとある。それに憤慨する姿を見ていたので、我が事のように嬉しくなった。顔を突き合わせて名前順に整頓された書棚を見て回って無事に目的の本を発見した。じっと、顔色を窺うようにシルヴェーヌがこちらを見る。
「……わしも何か、面白そうな本を探すとするかの!」
 気遣ってくれることに申し訳なさと嬉しさを感じる。部屋の隅に置かれた椅子に腰を下ろし、クリスティアはありがとうございます、とだけ言った。ちらりと見返す親友の顔に一瞬だけ寂しげな色が浮かび、慈しむように穏やかな微笑に変わる。さーて、と意図的な明るさを出して彼女は並ぶ背表紙を指で辿り始めた。クリスティアもページを捲る。集中すればあっという間に時間は流れていった。
 失われた魔術は案外、遺族が関心がなかった為資料を捨てた、というような拍子抜けする理由なのも多いが、禁術については文字通り危険視された末に禁止の判断を下された場合が殆どだ。そして魔術師協会の管理部署がクローズドなことから、それが正当な判断なのか疑問を持たれ忌み嫌われていた。クリスティアはそれを探求する立場ではある。しかし、禁術に興味を抱くことそのものが異端でもあり。元々母の教育方針でもあるが品行方正に努め、痛くない腹を探られたり、中傷される覚悟をして手を伸ばす。対歪虚のより有効な魔術と母の為に。
 それは間違いなく己のエゴで、危険を伴う。親友だから、シルヴェーヌを大事に想っているから。だから巻き込みたくない気持ちと頼りたい気持ちの両方がある。母校に対してもそれは同じだった。ここの研究資料は貴重でまだ見ぬ古代遺跡や理論構築に留まった新しい魔術が存在するかもしれないと解りながらもこれまで避けてきたのだ。しかしもう、形振り構っていられない。残された時間はおそらく、そう多くない。
「シルヴィ、私は……」
 散々葛藤して、自分でも結論を出せないままに口を開き。顔を上げたらいつの間にか真正面の席に腰を下ろしていたシルヴェーヌは机に突っ伏して寝息を立てている。むにゃむにゃと声が漏れたかと思えば、
「ずっと側に……ティアも……」
 寝言で名前を呼ばれて、ふふふと可愛らしい笑い声が続く。こちらからは彼女の顔は見えないが、どんな表情をしているのかは目に浮かぶ。一旦本を閉じ、それから本好きとして皺にならないように辛うじて避けたのだろう、脇に寄せた本の上の手に目一杯腕を伸ばし、自らの手を重ねた。繋ぐような力加減で触れて瞼を下ろす。今まで遺跡探索に彼女を誘ったことはなく、今回も嘘を言えば一人でここに来ることも出来た。そうしなかったのが答えのような気がする。
「ずっと側にいます。だからあなただけは――」
 どうか、私の前からいなくなりませんように。呟きはただ、静寂に溶けた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
最初はあまりシリアスにはせず、シルヴェーヌさんが初めての学校に
はしゃいでいるような明るい雰囲気にしようと思っていたのですが、
クリスティアさんの失われた魔術や禁術を探求しているところにも
触れたい気持ちもあったのでこのような形にさせていただきました。
大切に想っているからこそ、巻き込みたくないこともあるのかなと。
今回は本当にありがとうございました!
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2019年04月23日

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