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『ああ素晴らしき新世界 』
ヴァイオレット メタボリックaa0584)&氷鏡 六花aa4969

●もしものあらすじ
 その世界は、あらゆるボタンを掛け違っていた。白狼の率いる愚神十三騎は正面切って人類に決戦を挑んだ。マガツヒの首魁は心から混沌を楽しんでいたし、セラエノを率いた女はH.O.P.E.と和解することなく世界の狭間へと消えた。最後の決戦が始まった時、リオベルデの頭領は世界の覇権を勝ち得るべく挙兵した。何より、世界に希望を与え続けた者達が、そこにはいなかった。
 かくして戦線が揺るぐ中、H.O.P.E.は已む無く一つの決断を下した。有志のエージェント達の力を結集し、王を世界の狭間へと封じ込めたのである。
 そこには多大な犠牲を伴った。エージェント達が手にしたのは片道切符。帰還の望みのない永遠の戦い。王と共に、世界の狭間へ永遠に閉ざされる人柱となったのである。

 だが、そうして掴み取った勝利さえも、かの少女にとっては一つの贄でしかなかった。ああ、素晴らしい新世界! 皆の戦いによって勝ち取った、平穏なる世界。
 故にそれは完膚なきまでに破壊されなければならない。

●東風吹き荒れて
 王が世界の狭間に封じられたと知り、人々は歓喜した。愚神に脅かされる事はもう有り得ない。数えきれないエージェント達が、永遠の中で王を縛る柱となった。だからもう、王は帰ってこない。人類は勝利したのだ。長きにわたり続いた戦いの犠牲者を弔い、訪れる未来に想い馳せ、彼らは喜色満面で祝宴を開こうとしていた。
 氷鏡 六花(aa4969)は、東京支部の中庭に立って、ひっそりとそんな世界を眺めていた。少女には人類の姿がどうしようもなく穢れて見えた。
 市民の幸福の陰で、いかに屍が積み重ねられてきたか、彼らは知る由も無い。知ろうともしない。白狼が叫んだ言葉を彼らは知らない。己の生が如何に支えられているかを知らぬ者は自ずから滅びる。私はそうなる前に救いを与えたいと願っている。彼はそう訴えた。
 六花が今目の当たりにしているのは、まさにそんな者達だった。どれほどの犠牲によって彼らがようやく生きていられるのか、彼らは気付いていない。気付いていたら、きっと彼らは己が今生きている事の罪深さに恐れおののき、恥じ入るあまり陽の下など一生歩く事など出来ないだろうから。
 不意に吐き気を催した。しかし何も出てこない。もう何日も何かを口にしたことはないのだ。極限状態の中で、彼女の眼はすっかり霞んでいた。しかし、この世界に蔓延る穢れは、その分はっきりと見えていた。
「こんな悍ましい世界……存在している価値なんて無い」
 六花ははっきりと言い切った。耳鳴りの向こうで、人々の暢気な笑い声ががんがんと響いてくる。許し難い、許し難い、許し難い。六花は怒りに打ち震えた。何が彼女をこうまで駆り立てるのか、最早彼女自身にすらわかっていなかった。そこにあるのは、ただこの世界を破壊しなければならないという意志。
 既に英雄の声は聞こえない。残っているのは、彼女の役目であった死をもたらす権能のみ。六花は魔導書を開くと、不意に周囲を氷へ包む。嘗て“雪娘”と呼ばれた愚神がそうしたように。
「消えろ。消えろ、消えろ!」
 口から言葉が吹雪のように迸る。にわかに訪れた災禍に気付き、エージェント達が武器を取って駆け付けてきた。六花は眼を血走らせ、髪を羅刹の如く振り乱して彼らを睨んだ。
「お前らも死ね!」
 放たれる氷槍。既にH.O.P.E.のエースは虚空の彼方。残っているエージェントなど、六花にとっては物の数ではなかった。次々にその肉体を貫き、氷の中へと閉ざしていく。それでもエージェント達は次々に駆けつけてきた。肩を揃えてライフル銃を構え、次々に銃弾を撃ち込んで来る。汚らしい食事を断った事で痩せ衰えた身体は、その一発で容易に貫かれる。口から血を吐きながらも、六花は魔導書を開き、オーロラの翼を広げた。
「お前らも同じだ。この世界を赦すやつに存在価値なんてない」
 魔導書の背表紙を掴むと、ページを一気に引き裂く。撒き散らされた魔導書のページが、次々と彼女の身体に吸い込まれていく。イメージでしかなかった彼女の氷雪の力が、今現実の中に立ち現われようとしていた。
「死ね」
 六花が叫ぶと、天に手を掲げる。足元から次々と飛び出してきた氷の荊がエージェント達を縛り付け、凍れる大地に押し付け物言わぬ氷像と変えていく。
 コキュートスに沈む罪人を黙って見下ろしていた六花であったが、やがてぱたぱたと一人のエージェントが駆けつけてくる。
【六花】
 その身に稲妻型のトライバルを刻んだエージェント、ヴァイオレット メタボリック(aa0584)。彼女は槍を背負い、手には何も握らぬままそっと氷の中へと足を踏み入れた。
「なに」
 六花はつっけんどんに尋ねる。ヴィオの事も今すぐ殺してやろうと思ったが、心の奥底に残っていたものが、それを押しとどめた。ヴィオは静かに微笑むと、そっと彼女に手を差し伸べる。
【私も参ります。それが六花の選んだ答えなら】
 増援に駆け付けたエージェントが、問答無用で銃を撃ち込んで来る。ヴィオはエージェントの前に立ちはだかると、その左手を突き出した。
 紫色に光り輝いたかと思うと、生み出された鏡が銃弾を弾き返す。何やら怒号が響くが、もうヴィオの耳には届かない。その眼は六花の姿だけを見つめ、その耳は六花の声だけを聴いていた。
【共に参りましょう。……私の事は紫硝子とお呼びください。我が愛しき宿敵を】

●雪姫と紫硝子
 東京海上支部でエージェント達を鎧袖一触に付した後、六花はそのまま姿を消した。かと思えばロシアに現れ、また別の時にはアメリカに現れと、神出鬼没に人類を殺戮し始めた。H.O.P.E.はこれを愚神『雪姫』と命名、必死に食い止めようとする。しかし既に手の施しようがない状況だった。王に人柱を差し出した代価は、あまりにも大きかった。
 人類は新たな脅威を怨み、恐れた。さりとてなすすべもなく、明日は我が身か、明日は我が身かと恐れを抱き、祈りを捧げて細々と生きるしかなくなっていたのである。

 鈍雲立ちこめる東京湾。高鳴る吹雪が吹き荒れ、真っ青な海は黒く凍り付いていた。ヴィオは水晶のような煌きを持つマントを羽織り、燃え盛る炎の槍を携えそんな湾をじっと見渡す。
「とうとう、貴方もここまで来てしまったのね」
【長き道のりでした】
 ヴィオは淡々と呟く。六花が愚神となり果ててから程なくして、ヴィオもまた愚神となった。曲がりなりにも世界を守り導かんとした王に成り代わり、全てに終焉を齎さんと願う魔王。彼女を守り導かんと、ヴィオは六花の供廻りになる事を善しとしていた。
【参りましょう。全てに終焉をもたらす時です】
 ヴィオが言い放った瞬間、エージェント達が右翼から一斉に攻め寄せてきた。左翼を見れば、愚神の群れも群れ集い、六花とヴィオに刃を突き立てんとしている。
 我ら二君に仕えず。愚神は叫んだ。六花の存在を、王に成り代わらんとする存在として本能的に恐れた彼らは、彼女の存在を認めず牙を剥いた。そして六花は、全てを氷に包み込み、自らの血肉に変え続けた。とうとう愚神と人類は二人を共通の脅威とみなし、王を解き放つ、封じ込めるという諍いさえも乗り越え、遂に手を取り合うまでに至ったのである。
 皮肉な話だ。それが早くに成っていれば、こうして世界が脅威に晒される事も無かったであろうに。
【近づけさせはしません】
 ヴィオは槍の石突を氷床に叩きつける。紫色の輝きが淡く広がり、六花とヴィオの身体を包み込む。二人の霊力は勢力をいや増し、ただそこにいるだけで、人類愚神の双方を脅かしていく。
 紫色の光は、彼女の纏うマントに当たって乱反射し、ヴィオの身体を覆い隠した。エージェント達が足を止めてまごついたその瞬間、音もなく忍び寄った一閃が彼らの身体を切り裂いた。誰もが苦悶に呻き、震え上がる。魔王雪娘に傅く紫硝子さえ、彼らでは一太刀浴びせる事すら敵わないのである。
 傷口を焼き潰して念入りに殺しながら、ヴィオはちらりと背後を振り返る。数多の愚神や人間を呑み込み、既に異形と化した六花が、無数の氷の槍を放って愚神を次々に葬り去っていた。戦えば戦うほど、その身は六花に力を与える。慈悲故に隙のあった王とは違い、六花は一切の容赦なく、淡々と群がる生命を屠っていく。
【雪姫は今や冬そのもの。彼女の前では全ての命が平等。平等に無価値】
 ヴィオは淡々と呟き、次々に放たれる魔法や矢弾を宙に浮かべた鏡で撥ね返していく。嘗て彼女が帯びた教えすら、最早その耳には届かない。
【故に、これより全ての命が無に帰るべきなのです】
 世界を守る、人々を守るという意地だけを頼りに、エージェント達はヴィオに立ち向かう。波のように襲い掛かる槍や刀を砕き、その身を鋭く貫く。朝が来れば夜が来るのと同じくらい当たり前の仕草で、彼女は人々を葬り去っていった。
 六花は天を見上げて吼える。その姿は、嘗て凍原を氷に包み込んだ絶対零度の主と殆ど同じであった。氷の翼を広げて羽搏けば、百の従魔が凍り付く。息を吐けば、千の人間が砕け散る。
「消えなさい。全て」
 天から声を響かせて、彼女は霊力を解き放つ。東京に暮らす幾万もの人々が、氷獄へと閉ざされた。

 かくして、全ての戦いは終結した。人類は負け、世界は数億年も昔の世界のように、全球が氷に包まれたのである。

●最後の神判
 いつか必ず。永久に続く戦いを身を投げ出し、そこから救い出してくれる時をエージェントは待っていた。しかし、それは最早叶えられない。世界に跋扈する魔王が、何もかもを滅ぼしてしまったからである。その世界にはあらゆる生命がいない。人類はもちろん、愚神さえも居ない。異世界との繋がりさえ断ち切られ、完全なる孤独に堕ちていた。

【そう、そして我々が最後なのです】
 ヴィオは六花を見上げて呟く。全てを呑み込んだ六花は、ただ全てを終わらせるという意志を持ったナニカと化して、ヴィオに対峙していた。それは正しく、王の合わせ鏡。魔王だった。ヴィオはこの世界にただ一人、全き意志を以て六花に対峙していた。
【我々は共に愚神と成りました。貴女はこの世界の全てを零に返すことを願っていた。故に、我々も共に消滅すべき宿命なのです】
 六花は氷の槍を構え、ヴィオは炎の槍を構える。ヴィオは分厚い氷床を踏みしめながら、六花の脇腹めがけて槍を叩きつける。氷の棘に包まれた腕で受け止めると、六花は口蓋を開いて絶対零度の凍気をそのまま吐きかけた。ヴィオは鏡で撥ね返そうとするが、凍気は鏡をぶち割りヴィオの顔を氷で包み込む。
【魔王よ】
 ヴィオは槍を握る手に力を込める。白熱した槍は、氷そのもので出来た腕を融かし始めた。ヴィオが強引に槍を振り抜くと、六花の左腕は軽々とその肉体を離れて氷海の中へ沈む。
 しかし、全てを失った六花が怯む事は無い。咆哮しながら、ヴィオの腹に槍を突き立てた。その傷口を中心に、ヴィオは氷へ包まれていく。ヴィオは息を震わせながら、槍を逆手に持って振り上げた。
【これにて幕といたしましょう。全ての物語に、幕を閉じましょう】
 ヴィオは槍を擲つ。切っ先は六花の心臓に突き刺さった。甲高い叫び声が、氷床を砕く。氷が揺れ、海が次々と露わになる。物言わぬ氷塊と化した二柱の愚神は、昏き海の中へと沈んでいく。
(やっと、終わり……全てが……)
 氷塊は海に揉まれ、消えていく。六花とヴィオはただ終わりを感じ、眼を閉ざしたのだった。



 かくして星は再び零へと帰った。新たなる命の萌芽が再び生まれるのかもしれない。最早この星は忘れ去られた存在となるのかもしれない。
 今はただ、全てが眠りについていた。新たなる世界の幕開けを夢見て。



 おわり



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 ヴァイオレット メタボリック(aa0584)
 氷鏡 六花(aa4969)

●ライター通信
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2019年04月24日

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