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『雨のち晴れのある日のこと 』
吉良川 鳴la0075)&吉良川 奏la0244

(――そういえば朝、テレビでそんなこと言ってたっけ)
 管理しているバッティングセンター、その入口近くの定位置に座る吉良川 鳴(la0075)はそんなことをぼんやりと思い出していた。スマホがあれば大抵どうにかなるこのご時世、一人暮らしの青年がテレビを所有しているのは珍しいが、一時期世話になっていた家から譲り受け、食事の準備をしているときなどにラジオ代わりに使っている。会えなくても私の顔が見られるようにね、と寄越されたウインクにはウン十年の年季が入っていた。彼女は永遠の十七歳という位置付けのアイドルで、実際娘と然程見劣りしないくらい若い。
 ジメジメと嫌なだけでなく、客足も遠のくのが困り物だった梅雨とお別れしたのが二週間前。暑いのは正直好きではないが、高校野球が盛り上がることもあって繁盛する夏がやってくると期待した矢先、現在この一帯は土砂降りに見舞われていた。夏の夕暮れは天気が変わり易いので気を付けて下さい、そう真面目な顔で訴えた天気予報士を思い出す。
(……まだ夕方っていうには早いけど、さ)
 バッターボックスは天井が付いているものの、そこからピッチングマシンや当たり判定が表示される電光掲示板のところまで全てが屋外となっている。芝生風のマットが敷かれているだけなので雨に濡れた土特有のあの匂いはないが、水捌けが追いつかなくなってきた感があった。管理人として何かした方がいいと分かってはいるものの、空の暗さに比例するように鳴のやる気も降下していき、足はすっかり床にくっついていた。足元では客一人いない中、ロボット型掃除機のナオが健気に働き続けている。賽の河原並みの不毛さに止めてやろうかと思いつつも実行には移さず、右手で頬杖をつき、左手で前髪に複数付けたヘアピンの位置を弄る。
 普段はこんな面倒臭い性格ではないのだ。ライセンサーになって日は浅いが依頼で行動を共にしたりSALFが貸与している所で知り合ったりと交友は結構広い方で。個性に富みつつも気のいい人たちだから一緒にいると楽しい。出会いも仲間も多いほど先が楽しみになっていく。反面で思い通りにならず歯痒い思いをした時や些細な不運が偶然とは思えない頻度で続いた時には気持ちが急速落下して、その上寝て起きたら治る単純さもない。我ながら厄介な性質だと思う。
 天候が改善しない限り常連客も来なさそうな状況、しかし帰るのも億劫だ。手持ち無沙汰に懐から煙草を取り出す。ライターの火は不安定に揺らめいたが一発で移り、口内に受け入れた煙を唇の間から吐く。一服すると少し気が紛れたのでスマホを操作しSNSに本日営業終了のお知らせを出した。元々営業時間に関してはかなり大らかな方だ。それはひとえにバイトを雇う余裕も最新の設備を揃える余裕もない、ギリギリの経営状況だからで。なるべく続けたいが食うのにも困る故にライセンサーの道を歩み始めた。それに今は気心の知れた幼馴染もいることだし――。思いながら煙草を吸いつつスマホを弄っていると、雨音を掻き消すような激しい勢いで入口が開け放たれて、同時に夏には程遠い温度の空気が流れ込んでくる。
「吉良川くん! 今暇かな?」
 言って室内に入ってきたのは件の幼馴染の一人である水無瀬 奏(la0244)だった。天候など意に介した風もなく、軽い足取りで近付いてくる。ポニーテールと頭頂部の所謂アホ毛が動きに合わせて揺れる――が、普段よりもぎこちない。鳴はすっと立ち上がると怒られる前に煙草を灰皿に押し当て揉み消し、
「ちょっと待ってて」
 と備品を置いてある棚の前に向かった。本来は利用客向けに用意している洗濯済みのタオルを取って、きょとんと小首を傾げつつも大人しく待っていた奏に手渡した。
「水無瀬さん、すごい濡れてる、よ」
「あれ……? ちゃんと傘差してきたんだけどな。ありがとう、拭かせてもらうね!」
 前髪を触って濡れているのを確認した奏はきっちりと礼を言ってからタオルを頭に乗せ、拭き始める。明るくハキハキとした喋り方で口調も打ち解けるまでは敬語を貫く、そんな奏はしっかり者だと思われがちだが、案外これでガサツな一面もある。例えばバレンタインプレゼントを人のフードにねじ込もうとしたりだとか。幼馴染とはいえ、流石にどうなんだろうと思いつつも鳴は雑な手つきを見かねて彼女の背後に回り、髪のあちこちについた水滴を奏よりは気を遣って拭き取っていった。奏もされるがままでいる。それどころか軽く頭を押し付けてくる動きは彼女の好きなペンギンではなく犬猫のようだ。いや、ペンギンが甘える仕草がどんな感じかは知らないが。
「アイドルやるんだったら、さ。少し自分を大事にすることも考えなよ」
「だってこんなに降るなんて思ってなかったんだもの」
「言い訳無用」
 湿ったタオルを取り、途端にぴょこんと存在を主張するアホ毛を見下ろしつつバッサリと切り捨てた。再びのお礼に適当な返事だけして使用済みのタオルを置いて戻ってくる。
「何があったのか知らないけど、風邪を引いて倒れでもしたら、元も子もないし、ね」
「うー、それはごもっとも……」
 テレビを譲ってくれた件のアイドルを母親に持つ奏は誰よりも彼女に憧れを抱いて、そしてライセンサーとして働き始めてからは歌って踊れて戦えるアイドルを新たな目標に絶賛活動中だ。同じ兼業アイドルを応援する部も設立している。ちなみに鳴も、裏方で頑張っているところだ。
「それで、そんな大慌てで俺のところに来た用事は?」
 問えば、しゅんと肩を落としていた奏の顔が一気に華やいだ。

 ◆◇◆

「ゲーセン荒らしって楽しいものだよねっ、吉良川くん!」
「いや、こんな天気の日にするもんじゃないけど、な」
「何言ってるの、外で遊べない今だから楽しむんだよ」
「……そういうもんか、な?」
 最後に鳴が何やら呟いたが、聞き取れなかったので奏は気にせず前へずんずん進んでいく。斜め後ろをついてくる足音は店内に流れる派手なBGMの中でも充分に聞き取れた。
 鳴の機嫌があまり宜しくないのは顔を見るなり直ぐ理解出来た。実のところ幼馴染と言いつつも鳴と交流が深かったのは彼の両親が健在だったごく短い期間とそれから、彼が施設を転々としたのちに水無瀬家で暮らしていた時だけだ。しかし家族同然の生活だったので、付き合いの密度は何気に濃い。だから直感的に察して、だったら尚更自分に付き合ってほしいと思った。奏はゲーセン荒らしを趣味と公言して憚らないだけあって、多少の得意不得意はあるが好き嫌いはせずに何でもやるタイプだ。クレーンゲームもペンギンが主役のアニメがあり、そのぬいぐるみが景品の時には全種類コンプリートを目指し通い詰める。それ以外にもう一つ、動きがあれば即座に遊ぶのが鳴の趣味とも共通点があるジャンルのゲームだ。
 学校帰りの高校生も少ない店内を進めば次第にBGMは小さくなって、代わりに大型の筐体を挟むように設置されたスピーカーから自然と身体が疼くような音楽が流れ出す。結構な面積を取るそこはさながら売り出し中のアイドルがライブをする為の舞台――は言い過ぎにしても、誰でも主役になれる場所には違いなかった。観客が殆どいないのは残念だが集中出来ると考えれば嬉しい。
「新曲追加のアップデートが入ったって聞いて、吉良川くんとやりたいなーって思ってたんだ」
「別に、俺じゃなくてもよかったんじゃ……?」
「だめ。お兄ちゃんはこういうの向いてないし」
「……それはまあそう、だな」
 戦う時だけは別人のようにスイッチが入るが普段の兄はのんびりした性格で、悲惨なスコアを叩き出そうがムキになることもない、実に張り合い甲斐のない人だ。兄妹仲は良好だが、ゲームで一緒に遊ぶのだけは勘弁願いたい。その点、鳴はリズム感が折り紙つきで、自身もたまにバットを握るなど運動嫌いでないのも知っている。プラス息が合うとくれば、所謂リズムゲー――それも足元のパネルをディスプレイの指示通りに踏んで踊るタイプ――の相棒としても好敵手としても最高で。今回は初めての曲で遊ぶのでまずは協力プレイでやるつもりだ。その方がシングルよりも多少難易度が低くなる。
(吉良川くん、元気出たかな?)
 大笑いやあるいは激昂したりと鳴が感情を露わにすることは滅多にないが、楽しければ自然と笑みが浮かぶ素直な人柄なので、隣に並べば翡翠色の瞳を細め、唇の端が若干上がっているのが分かって嬉しくなる。クラブさながらの照明をヘアピンが反射した。
「やろう、水無瀬さん」
「……う、うん!」
 自分もなので人のことは言えないが、他人行儀な呼び方が少しもどかしい。兄とは名前で呼び合っているのだから自分もと思う反面、異性の幼馴染だしこれが普通とも思えた。それでも昔はと、遡りかけた記憶を振り切って硬貨を支払い、舞台へと上がる。曲を選択して、イントロが流れ始め――何とは無しに横を見れば鳴と視線が重なった。何か考える暇もなく歌が始まり、意識を集中する。最初のステップは鳴の方が踏み込みが強く、軽快な音が響く。
 近頃はこの手のゲーム以外にもイマジナリードライブの制御に歌や踊りを活用していることから、以前より数段キレが増したと自負している。アイドル的には見栄えも意識したいがいつも踊る楽しさが先行した。機械判定は忠実を求められるので、アレンジは控えめにと心がけて。このゲームの癖には慣れているし、曲自体も少し前にリリースされた物なので直に馴染む。
 身体を動かすのは性に合っていると思う。自分の歌や踊りで喜んでくれる人がいたら嬉しい。欲をいえば母親のように誰かの人生を良い方向に変えられるアイドルになりたいと願った。家に保管してあるファンレターを見せて貰った幼少期からの変わらない夢だ。
「――いつかキミとここで」
 ふと漏れ聞こえた声に奏は再び隣を見る。譜面を目で追いつつ、鳴が女性ボーカルに合わせて高めのキーで歌詞を口ずさんでいた。奏にしか届かない程小さく柔らかく。それに応えるように声を重ねる。鳴が歌うのをやめてしまわないよう、他の誰にも聴こえない大きさで。
(もっともっと頑張らなきゃね)
 歌もダンスも発展途上で、理想にはまだ手が届かない。それでも好きであれば、惜しまずに努力をし続ければいつか必ず夢は叶う。
(だって、イマジナリードライブがあるもの!)
 想像が現実になると自らが体験しているから、不安にならない。
『――なりたい自分になるのよ』
 最後のフレーズを口にした直後ディスプレイから譜面が消える。少し乱れた息を整えていると後ろから幾つもの拍手が重なり聞こえた。振り返った先にはいつの間にか観客が二十人程も並んでいる。

「おつかれさん。……まあ逃げる必要はなかった、とは思う、よ?」
「だってあのスコアはちょっと……」
 途中鳴の方を見ていたとき彼の動きを追うように踊ったはいいが、当然ながらその部分の判定はBADの文字が並んでいた。初プレイの補正を差し引いてもゲーマー的に許容出来るレベルではなくて「次の人どうぞ!」とにこやかに譲ってゲーセンを出た。あまり時間は経っていないのに嘘のように雨は止んで、雲の灰色にうっすらと橙色が混じっている。
「それより、吉良川くんっ」
「嫌な予感しかしないけど、一応聞こうか」
「歌を! 録りませんか!」
「……何で敬語?」
 傘を差さなくていいので、遠慮なくずずいっと距離を詰めたらズレたツッコミが返ってきた。奏はかぶりを振って、
「さっきの吉良川くんの歌が素敵だったので! もっと、聴きたいなって思ったんだ」
 と続ける。じっと鳴の目を見返して、およそ十秒ほど。短く息をついた彼がじゃあ、と呟く。
「水無瀬さんの歌と一緒にミキシングした奴だったら聴かせたげる」
 からかうような挑発的なような、奏にも判断がつかない色を乗せ鳴が笑う。
「うん、いいよ。それじゃあ早速、録音しちゃおうか?」
「この後暇だし、まあ、いいけど」
「決まりだね! 善は急げ、だよ」
 言って少し歩調を早める。向かう先はアイドル部の名義で借りた録音スタジオだ。それに気付いた鳴の口から「げ」と短く声が漏れたが。小走りに近付いて隣に並んだ彼の顔は想像通り楽しげな表情を浮かべていたから。だから何も問題はないと奏は心のままに満面の笑みを浮かべてみせた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ギャラリーを拝見して色々書きたいなあと思うものはあったんですが、
共通点のある音楽について触れたかったのでこういう話になりました。
去年の夏頃の設定なのはイラストを参考にして最後、
自転車の二人乗りをするシーンが書きたかった名残です。
鳴くんの口調はつぶやきを参考にさせていただきました。
今回は本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年04月24日

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