▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『据刃 』
鞍馬 真ka5819

 深夜。
 鞍馬 真(ka5819)はいつもどおり、戦場にある。
 それは彼にとって日常だ。手練れのハンターチームに幾度となく敗走を繰り返させてきた、多数の雑魔群待ち受ける死地へ踏み込むことも。

 無造作に踏み出した真は、愛剣たる魔導剣「カオスウィース」を抜き放つ。鞘にこすれた刃は固いハミングを夜闇へ響かせ、その奥より雑魔を呼び寄せた。
「タングステン。いったいどこから拾ってきた?」
 淡々と語りかけて、踏み出す。
 タングステンの外殻を甲冑のごとくにまとい、右に剣、左に盾を備えた雑魔どもは応えず、彼を迎え討つべく刃を突き出したが――遅い。
 先頭の雑魔の額部へかけた指を支点に自らを宙へと巡らせた真は、雑魔どもの裏を取って右のつま先を地へ突き立てた。それを軸とし、上体を左へひねる。
 バックハンドで振り込まれた魔導剣は、身を泳がせながらこちらを返り見る雑魔の首筋へ食いつき、断ち斬った。
 真の右回転は計算だ。左に盾がある以上、雑魔は自らを守るべくそれを先に振り向ける。互いの逆回転によってカウンターを為せば、それだけ小さな力で切断を成せるのだ。
 かくて瞬脚で追撃を置き去った真は体を切り返し、雑魔のただ中へ踏み込んだ。
 遊びも迷いもない真の歩に、心持たぬはずの雑魔は惑う。一度は逃がれたはずの人間が、こちらに囲まれることを知りながら戻り来た理由とはなんだ?
 答は言葉ならぬ魔導剣。
 肩を打ちつけるほどの間合から斬り下ろした剣がタングステンを引き斬り、両断。下へ向かった上体をその場で縦回転させて続く雑魔を袈裟斬りで叩き伏せ。敵剣を前転でくぐり抜けて最後尾の雑魔の股下へ切っ先を突き上げ、柄のトリガーを引き絞る。
 溢れだした光と闇とが雑魔へ宿る偽りの命を灼き喰らい、灰燼へと帰させる中、真は悠然と立ち上がった。
「もっと数を集めるんだな。そうでなければ……私は殺せない」

 ただ独り、戦場の中央を行く真。
 その大胆な歩みに引き寄せられ、雑魔どもは来たる。
 すべての個体が金属で造られていることを除けば、その種類は多彩だ。タングステンの騎士に雑じる石英の長槍兵、自らの体から矢を生み出す弩弓兵、そして――
 銀白の体を持つ短躯の雑魔がざらざらと散開し、真を取り囲んだ。
 動きがやけに軽い。これは、ベリリウムか?
 ここへ来るまでに、雑魔の情報はすべて頭に叩き込んできた。特殊工作兵として数体確認されただけの虎の子が、ただひとりの闇狩人を殺すため結集したわけだ。
「そこまで買いかぶってもらったのはありがたいね」
 細かに動き、フェイントをかけてくる雑魔に対し、真はあえて腰を据える。敵がこちらの機動力を警戒していることは明白。ならばそのとおりに演じてやるのは下策だ。
 八方より投げつけられた棒手裏剣を、最少の動きで法術装甲の表面で滑らせていなす真。生憎だな。私の得意は動くことだけじゃない。
 胸中でうそぶき、にじり足で半歩を進んだ彼は、魔導剣を抜き打って一体を横薙いだ。
 固さの後に続く、飴が伸びるようなぐにゃりと頼りない手応え。それと同時に感じた熱は、雑魔自身が帯びているものであるらしい。
 ベリリウムは高温時、高い展延性――伸び縮みによる変形性――を発揮する金属だ。刃で叩くのではなく、先の騎士型同様に引き斬る必要があるが、敵も速さを売りにする忍型、容易く踏み込ませてくれないだろう。ならば。
 あちらに来てもらおうか。
 真は構えを解き、抜き身をぶらさげたまま歩き出した。
 意図を掴みかねた雑魔は数瞬動きを奪われたが、しかし。手裏剣と刃による包囲攻撃で、真へ殺到する。
 手裏剣が我が身に突き立つことにはかまわず、真は切っ先を伸べた。
 果たして、じぐん。刃を伝い、金属の薄板を切っ先が押し分ける感触が手へ返る。
 どれほどやわらかくとも、体軸の芯を突かれては伸びも縮みもできはしない。もちろん、それを為すにはかすかにも左右へぶれさせることなく刃を送り出す必要があるのだが、相手が踏み込んでくる一歩を見切れば不可能ではない。いや、数多の死線を踏み抜けてきた真の澄まされた目と揺らがぬ心があれば、なにを賭ける必要もなくそれは成せる。
「二」
 弾みをつけることなく振り下ろされた刃が次の忍型を斬り。
「三」
 腰を浮かせて重心を振り出してサイドステップ、次の忍へ突き込んだ切っ先をひねり抜いて深く腰を据え。
「四」
 振り込まれてきた刃を前に置いた右肩で受け止め、脇に置いた魔導剣を、スナップを効かせて斬り上げた。巻きつくように忍の表皮へ食らいついた刃は、鍔元から切っ先までの剣身をいっぱいに使ってベリリウムを裂き、内の核を両断する。
 かくて数え終えた真は、静寂を取り戻した戦場を後にした。

 歩を止めた真の体には多くの傷が刻まれていた。
 チームで当たるべき中央突破を、ただひとりで為してきたのだ。むしろそれで済んでいることが幸いというものだが……
「きみが切り札か」
 彼の先を塞いだものは、軽装型オートソルジャーだった。
 とはいえ全高は二メートル弱。おそらくはオートソルジャーを摸して造られた雑魔なのだろう。ただし、これまでの雑魔とは格がちがう。あふれ出る負のマテリアルからも、まわりに邪魔となる雑魔が配されていないことからも、それが知れた。
「ふっ」
 体に巡らせたマテリアルの残滓を呼気と共に吹き、真は霞に構えた魔導剣を突き込む。
 スラスターを噴かして飛び退いた雑魔はくの字を書きつけるように真の右から跳び込んできた。剣を右手で伸べた真にとって、それは対応かなわぬ死角である。
 しかし真は足を止めることなく前へ踏み抜けた。わずかにでも迷えば腕から心臓までを貫かれていただろう。背を裂かれた痛みを意識から切り離し、薄笑む。
 迅いな。
 雑魔の追撃を、上体と下体の動きをずらした歩法でやり過ごし、剣を横薙ぎながら振り向いたときには、雑魔の姿が消えていた。
 上――察すると同時、跳躍した雑魔に鎖骨を突き下ろされる。鎧受けで折れることは防いだが、反撃はスラスターのひと噴きで置き去られた。
 こちらの攻めはそうそう当てさせてもらえない。切り札だけのことはあるが、でも。
 魔導剣を正眼に構え、真は再び対峙した雑魔へすがめた目線を向ける。
 斬撃、刺突、横薙、すべての攻めがかわされ、真の命は削り落とされていった。それでも当たらぬ攻めを飽きることなく繰り返す彼の動きは鈍りゆき、雑魔の攻めが激しさを増していく中。
 真の幾度めか知れぬ空振りに合わせ、スラスターを全開にした雑魔の袈裟斬りが降り落ちた、そのとき。
 月明かりで地へ写りこんだ剣影より刃が斬り上がる。
 果たして影祓の刃は雑魔のスラスターをひとつ斬り飛ばし――雑魔はもんどりうって地へと叩きつけられた。
 複数のスラスターによる姿勢制御は繊細だ。わずかにでも均衡を失えば、容易く姿勢を崩すこととなる。
 スラスターを停止することかなわずのたうつ雑魔に切っ先を突き込んで縫い止め、真はイヤリング「エピキノニア」越しに伝えられた言葉へうなずいた。
「終わったようだ」
 今夜、彼が為したものは陽動。
 敵の首魁を叩くべく回り込んだ仲間を無事に行かせるため、あえて戦場の中央を単独踏破してここまで来たのだ。
「別の雑魔には言ったが、私を殺したいなら数を集めてこい。それでも死んでやるつもりはないが、ね」
 核を割り砕いて剣を引き抜いた真は仲間との合流地点へ向かう。
 いつもどおりに傷を抱えたまま、何事もなかったかのような顔をして。
おまかせノベル -
電気石八生 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年04月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.