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『ナイトメアを食べるだけのお仕事です』
灰空 散華la2998


「ここ、が。てんご、く」
 灰空 散華(la2998)は、赤い前髪の隙間から覗く金色の右目を光らせた。
 その瞳に映るものはナイトメア、つまり食料である。
 だって食べていいって言われたもん、言われなくても食べるけど。
 いや、むしろ食べてくれと頼まれたのだ、正式な依頼として。

 その背景には、SALFが抱えるわりと切羽詰まった感じの事情があった。
 日々大量に出没しては退治されるナイトメアの残骸は、SALFが処理にあたっている。
 その作業はゴミ処理と同じで、焼却と埋め立てには膨大な費用とエネルギーがかかるのだ。
 おまけに量が多すぎて、施設の処理能力が追いつかない。
 このままではたとえナイトメアを全滅させたとしても、処理しきれない死体から発生する腐臭や有毒ガス、それによる汚染などで人類はおろか殆どの生物が死に絶える危険があった。

 そこで、偉い人達は考えた。
 腐る前に食べればいいじゃない、と。

 だが偉い人達は自分では食べない。
 少なくとも安全性が確認されるまでは。

 幸いにして、ライセンサーには優秀な消化器官と果てしない食欲を持つ者が多い。
 そんな者達を集めて、ナイトメア食の可能性を追求してもらおうというのが、この依頼の趣旨だった。
 各地で生け捕りにされた種々雑多なナイトメアがSALFの訓練場に放される。
 それを狩り、調理し――或いはそのまま――食べる。
 ここで「美味い」と判断されたものは食用に分類され、まずはSALFの食堂でライセンサー達に提供される。
 そこでの評判を見て、いずれは新たな食のブランドとして一般への流通も検討されるらしい。

 だがナイトメアを食料になどと、散華にしてみれば何を今更という感じだった。
 あれは食料以外の何物でもない、そこに今の今まで気付かなかった人類は何をボーッと生きていたのかと問いたく……は、ならない。めんどいから。
 それはともかく、酸いも甘いも辛いも苦いも、全て腹に収まれば消化吸収あるのみ。
 収まったものが暴れようが、毒を吐こうが、内臓を破壊して飛び出そうが、ナイトメア=食物な散華には関係ないのであった、まる。

 散華は知っている、味は見かけによらないものと。
 人も食料も見かけで判断してはいけない、重要なのは匂いだ。
「あれ、は、いいに、おい」
 散華は一体のナイトメアに目を――いや、唾を付けた。
 見た目は名状し難き何かのような、触れてはいけないもののように見えるナイトメア。
 しかし散華は怯まない。
 心理的にはヤバそうだが、大きさは両腕で抱えられる程度、表面でうにょうにょ蠢く触手のようなものは丸かじりに丁度良さそうだ。
「れあにす、る? みでぃあむ、にする? それと、もー、うぇる、だ、ん?」
 咲き乱れる赤で、こんがりキツネ色……にはならないので、スキルの陰に隠れてこっそりリアル着火してみる。
「かりょく、つよす、ぎ?」
 ダメージはスキルで、ローストはリアル炎で。
 程良く焼けた頃合いを見計らい、散華は触手を一本すぱっと切り落としてみた。
 切り落としてもまだ動くそれを、切り口から豪快にかぶりつく。
「そと、は、かりっと、なかは、とろと、ろー」
 ちゅるんと吸ってみると、それはクリーミィな舌触りの丁寧に裏漉ししたポタージュスープにも似た、しかしそれよりも粘度は高めで、ほんのり鼻に抜ける磯の香りが清々しい何か。
「ほたて、ぜりー?」
 猫のおやつに、似たようなものがあった気がする。
「あれ、も、おいしか、た」
 なおカリカリもけっこうイケる。
 そしてカリカリに焼けた皮の部分は、そのカリカリに食感が似ていた。
「やきた、てー、こうば、しい」
 カリカリの皮とトロトロの身の間にある程良く火が通った部分は、コリコリとした歯応えが楽しめる、噛むほどに旨味が広がるスルメのような味わいだった。
 散華は刈り取った触手を全て食べ終えると、当然のように本体に取り掛かる。
「どうや、て、たべよ、う」
 ナイトメアにも内臓はあるのだろうか。
 だとしたら、それは一般的に身と一緒に煮込むと美味しくなる、はず。
 散華は大きな土鍋を火にかけて、その中に水と一緒に本体を丸ごとぶち込んだ。
 表面は既にこんがり焼けているが、触手が切り取られた跡には生のお肉が生々しく盛り上がっている。
 水が沸騰し始めると、その切り跡から茹でられて白くなったお肉がにゅるにゅると、まるで生き物のように伸び始めた。
 茹で卵を作る時に、殻の割れ目から白身が出て来る様子にちょっと似ている。
 お肉は途切れることなく伸び続け、加熱で締まったそれは縮れた太めのうどんのようにも見えた。
「これ、が、にくうどん……」
 魚介の出汁が出たスープに醤油を垂らしてみると、まるで料亭の味。
 そうなると、せっかくだから薬味が欲しくなる。
 何かそれっぽいナイトメアはいないだろうかと、散華は自慢の鼻で辺りを探った。
 すると――
「あおく、さい……それと、あぶらのった、お、にくの、におい」
 その匂いを辿ると、発生源には一羽の鳥がいた。
 カモだ、カモがネギを背負っている、いや、カモの尾羽の一本一本がネギになっている。
 いかにも鍋にお誂え向きのセットだ。
「ねぎま、は、こげたとこ、ろが、おいし、い」
 炎で炙って焦げた羽をむしり、尾羽のネギは一本ずつにバラして大きめに切り、捌いた肉と一緒に土鍋にどぼん。
 魚介と肉の出汁が合わさって、ますます美味しそうだ。
 ここまで来ると他の具材も欲しくなる。
 頭に白菜のようなものが生えたキノコっぽいナイトメアをざく切りにしてぶち込み、仕上げに白くてぶよぶよした豆腐のような何かを四角く切ってさっと火を通す。
「でき、あ、がりー」
 スープ、うまー。
 お肉、うまうまー。
 ネギも外側の焦げ目と中のトロトロ具合がたまらーん。
 キノコもきっと毒じゃない、へーきへーき。
 大きな土鍋に山盛りの食材は、あっという間にすっからかん。
「まだいけ、る」
 正直お腹はパンパンだが、限界は超えるもの。
 そしてまだ別腹も使用率0%、これを満たさずして依頼の完遂は有り得ない。
 5分間の食休みの後、散華は再び戦場に立った。

「まず、は、でざーと」
 パイナップルに手足が生えたようなナイトメアが真っ先に目についたが、その匂いは火薬っぽい。
 試しに火を点けて投げてみると、ドカンと大爆発を起こした。
「ぱいなっぷるちが、い……」
 炙ったカニ肉は焼きたてのパンの味。
 マンモスのようなケモノの厚切り肉はヘルシーなカマボコの味。
 輪切りにされた切り株のようなものは、まんまバウムクーヘンだった。
 その味や食感は、見た目から連想されるそのままのものもあれば、全く予想外のものもある。
 だが匂いだけは正確にその本質を表し、決して裏切られることはない。
 そして匂いは食べられるものとそうでないものを確実に教えてくれる。
「きゅーかく、ばんのー」
 持ってて良かった嗅覚スキル。

 かくして、ここに集められたナイトメアは散華の嗅覚によって正確に分類され、ランク付けされて、食材リストに纏められたのだった。

 だが、これで終わりではない。
 新たなナイトメアは日々現れ、その屍を残す。
 それをゴミとして処理するか、食材として活かすか――それを判別すべく、散華はその匂いを嗅ぎ分け、食べ続ける。
 人類の未来を救うために。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

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グロリアスドライヴ
2019年04月25日

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