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『『三四郎』となった日と 』
三四郎la2826


 今日も猫は行くあてなく。言葉を返せばどこにだって自由気まま。
 そう、これは三四郎(la2826)が名を持たぬ、ただの野良猫だった頃。




 ふんふんとヒゲを動かし、視界を覆う草をかき分け。ようやく開いた視界には、金網越しに広い地面と大きな建物が見えた。
 あれは知っている。ちびの人間たちがたくさんいるところだ。
 人間の世界で『小学校』と呼ばれる場所。今は外に出てくる時間ではないようで、校庭には人っ子ひとりいない状態だった。
 辺りを見渡せば、ちびの人間が掘ったのか──金網の下に土の抉れた箇所がある。全長30センチといった、まだまだ小柄な体なら余裕で通れてしまうだろう。
 そこへするりと体を滑り込ませ、三四郎は壁伝いに校庭を進み出した。鼻をひくひくと動かして、他の猫の匂いが残っていないか確かめながら。
 しかしどうやら、ここはどの猫も縄張りにしていないようであった。風が運んでくるのは土の香りと他の獣──恐らくこの場所で飼っているウサギやニワトリ──の匂い。獣たちは閉じ込められており、こちらへ危害は加えられない様子だ。
 三四郎は休むのに良さげな場所を見つけると、辺りへマーキングしてくるりと丸くなった。
 うむ、悪くない。
 ふすー……と満足げな息を鼻から吐き出し、三四郎は目を瞑った。

 なんだか遠くが騒がしい。折角気持ちよく眠っていたというのに。
 耳を小さく動かして、そしてすぐ近くにやってきた気配に三四郎は飛び起きた。
 同時に向こうも驚いた様子で、三四郎は警戒心をむき出しにして相対する。その様子に相手は怖気付いたのかさっさと背を見せ逃げて行った。
 改めて音に集中する。どうやらちびたちが外へ出てきたようで、先ほどの何人かもその仲間だろう。
 願わくば三四郎の縄張りに、もう入って来なければ良いのだが──。
(──だが、これは良いのである)
 そう思っていたのが数日前。三四郎はまったりと小学校に張った縄張りでの生活を謳歌していた。
 なんとあの遭遇から翌日、彼らは喰いものを持ってきたのである。どこから情報を得てきたのかわからないが、持ってこられたそれは三四郎の嗅覚と食欲を大変刺激した。
「うなぁご」
(その喰いものがあるのなら、触れることを許してやらんこともないのである。だが尻尾は許さん)
 まだ人と言葉を交わすことは叶わぬ三四郎であったが、その様子から相手も察したのだろう。こうして三四郎は美味しい獲物と気持ちよく撫でる手を手に入れたのである。
 得られたのはそれだけでない。ダンボールと毛布で作られた寝床は三四郎に安眠をもたらした。そして何より、この時に『三四郎』の名を得たのである。
「なぁおっ」
(うむ、苦しゅうない。今より吾輩の名は三四郎である)
 個を表す名に、その尻尾をゆらりと揺らして。
 寝床があり、喰いものがあり、名を得て。今ここは小さいながらも、まさに三四郎の王国であった。

 ──それは確かに王国で、楽園であったのだ。たとえ唐突な終わりを迎えたとしても。

 普段と異なった騒ぎ立てる声に、三四郎は飛び起きた。伸ばされた手が無遠慮に三四郎の短くふさふさな尻尾を掴む。三四郎は鋭い爪で引っ掻いて脱出し、距離をとると威嚇の唸り声を上げた。
 相手はじりじりと後ずさると、一目散に駆けていった。……何事かを、叫びながら。
(ふん、吾輩に恐れたであるか)
 フスー、と鼻息荒くその背中を見るもつかの間。またいつもと異なる来訪者に三四郎は毛を逆立てる。キーキーと耳障りな音が耳に入るが、先ほどのようにまた追い返してやると意気込んで。
 けれど、不意に聞こえた音──言葉に、三四郎はまた別の意味で毛を逆立てた。
(ホケンジョ。ホケンジョとはうわさに聞くあのホケンジョであるか)
 聞いたのは親猫だったか、それともそこらの野良猫か飼い猫か。どの猫から聞いたか定かでないが、『恐怖のホケンジョ』として三四郎の記憶にはしっかり刻まれている。
 まさかあそこへ連れて行かれるのか──そう思ったと同時、三四郎の体が地面から浮いた。
「うにゃあっ!」
(何事である、離せ!)
 四肢をワタワタと動かし体を捻り。しかし知る匂いに気づいた三四郎はすぐその動きを止めた。背後に聞こえるヒステリックな声がどんどん遠ざかっていく。
 その声がとてもとても遠くなった頃、三四郎はやっと地面へ足をつける。振り返ろうとすると、それを許さぬというように背中を押された。
 この王国であり楽園である場所を、自ら手放せと。自らの足で出て行けと。
 そんなことはできないと振り返ろうとするものの、ホケンジョという言葉を思い出してその足が止まった。
 振り返ってはいけない。振り返ったら捕まってしまうかもしれない。捕まったらホケンジョ行きなのだ。
 ホケンジョは、嫌だ。

 三四郎はゆっくりと、外へ向けて足を踏み出した。1歩、2歩。だんだんそれは歩みとなり、走りとなる。
 寂しかった。とても寂しかった。もうここには戻れないだろうと思った。
 それでも、逃げなければ。

 三四郎は楽園から背を向けて、走って、走って、走って──あてなく何処かへ、走り続けた。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 初めまして。三四郎さんの過去話、お届けいたします。
 この度はお手数おかけしまして、大変申し訳ございません。再度のご発注ありがとうございました。
 後半はシリアスな雰囲気になりましたが如何でしょうか。リテイク等ございましたら、お気軽にお申し付けください。
 改めてこの度はご発注、ありがとうございました!
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2019年04月26日

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