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『潮騒の街で 』
ソナka1352

 ようこそ、と去り際に掛けられた言葉にソナ(ka1352)は振り返った。しかしながら既に次の乗客に手を貸していて、戻るのも返事をするのもきっと邪魔になってしまう。そう思ってソナは会釈するに留め前へ歩き出した。波止場には自分が乗ってきた物よりも大きな船が多く停まっていて、その珍しさについつい目移りする。それは船そのものだけでなく、乗員乗客の多様性にも興味を惹かれるからだ。ここまでに見てきた街よりも同胞であるエルフが多くて、鬼はツノが見えていれば判るものの、ドワーフか人間かは一目見るだけでは判別がつかない。他の種族もいるかもしれないがやはりよく判らなかった。いずれにせよ、生まれ育った小集落に自分と同じ道を選んだ者はいないので道中ですれ違った可能性はあるものの見知らぬ相手には違いない。この中の誰かといつか一緒に仕事する日が訪れるかもしれないと思うと新生活により一層期待が膨らむ。潮風が頬を撫でて髪を乱し、それを手で直しつつ進んでいく。軽い足取りに昂揚を自覚した。
 船で隣に座ったお爺さんは賑やかでいい街だよと優しく笑っていた。ソナが膝の上に大きな鞄を抱えていたので、ここに移ってきたと思ったのだろう。実のところ住むかどうかはまだ決めていなかった。何せ世界中に支部が張り巡らされているのだ。支部のある街にいれば活動するのに何の支障もないと聞いた。エルフハイムからここまで全て自分の足で歩いてきたわけではないが、里を離れたことがなかったのでどの街も真新しさと特色があって魅力的に見える。まだ見ぬ場所も同じなのだろう。ただ一言感想を述べるなら、世界は想像していたよりずっと広かった。
「わぁ……!」
 と思わず声が零れたのは港を抜け、暫く歩いた先の光景を目にしたからだ。広場付近は人混みが先程の比ではない。感動にあちこちへ視線を巡らせていると、誰かが手放した風船が風に揺られ舞い上がるのが見えた。少しして道の中央で立ち止まっているのは邪魔だと気付き移動を試みるが、人の多さに身動きが取りづらい。皆ただ自分の行きたい方向に進んでいるように見えるのに、何故ぶつからないのかとても不思議だった。意を決しソナは足を踏み出した――のだが人波に流されて、賑やかな空間からどんどん遠ざかっていく。
「……がっ、頑張って慣れないとダメですね」
 言ってソナは自身の胸に手を当てるが、里周辺の森には頻繁に出入りしていた為に体力がついており、然程呼吸は乱れていない。好奇心は疼くものの落ち着いて露店を見てみたい気持ちもあるので、なるべく人の少ない所で暫く休憩しようと考えて伏せていた顔を上げる。と、丁度ソナの真正面にぽつんと立っている小さな女の子と目が合う。途端に何を感じ取ったのか分からないが、彼女は真っ直ぐにソナの方へ駆けて来て、そして風に揺らめくスカートの膝辺りをぎゅっと握り締めた。え、と戸惑う声が漏れた直後に女の子の口から小さくお母さんの言葉が聞こえ、掴む手のひらが震える。
「大丈夫」
 柔らかく穏やかな声で言って女の子の手に自らのそれを重ねる。力が弱まるのを確認してから一度手を離し、身を屈めて目線の高さを合わせた。鞄を置いて繋ぎ直して、子守唄と同じテンポで軽くその手を揺らす。エルフは長命で老化も緩やかな為、集落で年下なのは数年前に生まれたこの女の子より小さな子だけだった。だから勝手が分かっているかどうかあまり自信はない。しかし偶然でも頼ってきてくれた相手を見過ごす選択肢はソナには存在しなかった。今にも泣き出しそうな様子だったのが少しずつ落ち着いていく。
「何があったのか、わたしに教えてくれませんか?」
 ソナの問いに彼女はこくんと頷き、ほどいた手で方向を指差しながらお母さんとはぐれたと説明した。その悲しげな表情はまるで自分が置いていかれたことを危惧しているようで、
「お母さんは大切な子供を置いていったりしません。だから、大丈夫ですよ」
 と微笑みかけて、横から差し入れるように手を伸ばし女の子の頭を撫でた。命を懸けて歪虚と戦うのも迷子の子に寄り添うのも同じ人助け。出来るかどうか以上にしたい気持ちが大事だと思う。
「……しかしこういう時はどうすればいいんでしょう?」
 助けたい気持ちは十二分にあれど、どうすれば二人が再会出来るのかが分からない。首を傾げるソナの手を掴み、女の子はもう片方の手で先程も指した方角を示す。――お母さんの行った方へ行きたい、ということか。待つべきか逡巡して、どうせ判断がつかないのなら本人に委ねるのも悪くない。思って、ソナは立ち上がり彼女と手を繋いだ。もう片方の手で鞄を掴んで、
「では行きましょうか」
 と小さな手を引いた。

 姉妹に見えたのだろうか、周りに声を掛けられることもなく暫く歩き、好奇心と使命感の狭間でそわそわと落ち着かない様子のソナに女の子があれはね、と説明する――という流れが繰り返される。年上のお姉さんが知らないことを当たり前に知っている状況が嬉しいらしく、女の子の表情が明るくなるにつれて打ち解けてきたのが解った。ソナも口調が砕けるまではよかったものの、つい目的を見失い女の子による観光案内を楽しんでしまう。
「そう、お母さんを早く探さなくっちゃ」
 自戒を込めて口にした言葉に隣を歩く女の子が大きく首を傾げる。下の前歯が抜けた笑顔で楽しいよと言われたのは嬉しいけれど、ソナはそれを言動では示さず微笑んだ。
「大人でも一人は寂しくて怖いものなの。だからお母さんもきっと寂しがっていると思う」
 大切な人にもし万が一のことがあったらと思うと怖くなる。自分の身の回りでは縁遠いことだったが、歪虚による被害は各国が垣根を越えて協力しているにも拘らず悪化の一途を辿り、故郷がいずれ汚染された場合を考えるのではなく、そうならないよう策を講じる為、困っている全ての生き物を守りたいが為にソナはここに来た。一人ではたかが知れていても、同じ志を持つ者と力を乗算させればきっと。
 その言葉を少し考えた末に飲み込んだらしい女の子がうんと頷き、よしよししてあげなきゃ、とおしゃまに言う。ソナも笑い返し、今度は女の子を知らないか通りがかりの人を呼び止めて尋ねながら彼女と出会った場所に戻っていった。
 ぱっと手が振り解かれて、女の子が勢いよく駆け出す。ママと呼ぶ声に初めて会った時も不安を押し殺していたのだと知った。名前を呼び抱き締める女性を見て無事再会出来た喜びと少しの寂しさを感じる。女の子に手を引っ張られた女性はソナの前まで来ると深く頭を下げお礼の言葉を口にした。ぶんぶん首を振り手際の悪さを謝っても、二人ともずっと笑っていた。
 またねと振り返った女の子が手を振る。ソナも振り返して、見えなくなるとまた歩き出した。あそこは安くて美味しいコロッケを売っているお店で向こうのお魚屋さんはいつも一つサービスしてくれる。教えてもらった情報を思い起こし歩く通りは景色が違って見える。ここで生きていくかはまだ分からないが、先程より住んでみたいと思えた。
 直に一つの建物――ハンターオフィスへ辿り着く。ギルドや訓練場があることから、この街には多くの先達が根を下ろしているという。ソナは深呼吸した。そして目の前の扉をくぐる。十五歳の一人の少女はこうして、潮騒が聴こえる街でハンターとしての第一歩を踏み出した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ハンター登録時15歳と記載されていたので、その頃のお話を
書きたいなあということはすぐ決まったんですが後は悩みました。
森で動物の怪我を治した後、ハンターになる為に集落から旅立つ、
というのもアリかなと思いつつ、結局地の文でさらっと流すしか
出来ませんでしたが慣れない都会(?)に来て興味津々なソナさんが
書きたかったので、リゼリオに初めて来た時にさせていただきました。
今回は本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2019年04月26日

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