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『退屈知らずのティータイム 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 その連絡を受け取った時、シリューナ・リュクテイア(3785)は最初、留守を頼んでいた弟子からのものだと思った。シリューナの営む魔法薬屋の店番に飽きた彼女が、暇に耐えかねて連絡をよこしたのだろう、と。
 しかし、それが弟子からのものではなく、弟子の友人である少女、瀬名・雫(NPCA003)からのものだと気付くと、シリューナはその端正な眉を訝しげに歪めた。彼女の胸に過ぎった嫌な予感は、次いで雫が通信機器越しに語った連絡内容により確信へと変わる。
(あの子ったら、またトラブルに巻き込まれたのね。……いいえ、あの子の事だから、自ら首を突っ込んでいった可能性も高いかしら)
 雫も事態を完全に理解しているわけでもないようだが、弟子に何かが起こった事に間違いはなさそうだ。急いで用事を済ませ店へと戻るために、シリューナは歩く速度を早めた。

 ◆

 店内に足を踏み入れた瞬間、シリューナを出迎えたのは大きな蝋の塊であった。人の大きさ程もあるその蝋は、十代半ば程の少女の形を象っている。
 数々の美術品を見てきたシリューナですらも一瞬言葉を失ってしまう程に、精巧な一品だ。まるで、本物の少女をそのまま固めてしまったかのように、細かな部分まで丁寧に作られている。
 否、"まるで"ではない。シリューナは、すぐにその蝋の正体が何であるかを見抜き、溜息を吐いた。
 長く伸びた髪、忘れるはずもない見慣れたそのあどけない顔。店に入ってすぐの場所、心配そうに立つ雫の横にシリューナの愛弟子……変わり果てた姿のファルス・ティレイラ(3733)は立っていた。
「あたしが店に着いた時には、すでにこうなってたの。ティレイラちゃん、もしかしてオカルトな事件に巻き込まれたのかも」
 心配そうに呟く雫に、シリューナはゆっくりと首を横へと振る。口元に指を当てしばし考えた後、聡明な彼女の唇はティレイラに起こった悲劇を紡ぎ始めた。
「恐らく、廃棄予定だった蝋燭を使ってしまったのね」
 魔法薬にまみれた危険な蝋燭に、店に客が来ず暇を持て余したティレイラは火をつけてしまったのだ。それも、ただの火ではない。辺りに漂う魔力の残滓からして、ティレイラは炎を灯すのに彼女が得意としている火の魔法を使用したのだろう。
「その結果、この子の魔力と蝋の魔力が混ざり合って暴発してしまった、といったところかしら」
 そして、周囲に散らばった蝋を全身に浴びたティレイラは、身体に張り付いた蝋が固まって行く事をどうする事も出来ず、魔法の蝋燭になってしまったのだ。
「全く、この子ったら、なんて……」
 シリューナの声が、常の落ち着きを崩し僅かに震える。しかし、その声に宿る感情は呆れでも哀れみでも怒りでもなかった。
(……なんて、愛らしいの)
 彼女の胸を満たしていたのは、喜悦だ。先程シリューナが吐いた溜息も、呆れたからではなく感嘆から思わずこぼれ落ちたものだったのだ。
 周囲に充満したアロマキャンドルの芳しい香りと、弟子の形をなぞるように固まった蝋の塊に、彼女は徐々に心が高揚していくのを感じる。
 シリューナは、そっとその等身大の蝋人形……ティレイラへと触れた。確かめるように何度か彼女の身体へと触れた後、シリューナは未だ心配そうな表情で様子を見守っている雫の方へと振り返る。
「これなら心配は要らないわ。蝋の魔力を中和すれば、すぐに解けるはずよ」
 その言葉に雫がホッと安堵の息を吐いたのを確認し、シリューナは穏やかな笑みを浮かべティレイラの観察に戻った。
 恐らく、驚いている内に固まってしまったのだろう。ぽかんと口を開けた表情のまま固まってしまっている、愛しい弟子へとシリューナは我慢出来ずに再び手を伸ばす。
(妙に間抜けな顔で、可愛らしいわね。普段ならくすぐったそうに笑うだろうに、今は触っても何のリアクションもない……なんだか、新鮮だわ)
 指の先から伝わってくるのは、普段の柔らかな少女の肌の感触ではなく無機質な蝋の感触。温度も常の温かみをすっかり忘れ冷たく、ティレイラが蝋になってしまった事を改めてシリューナに知らしめる。
 肌はもちろんの事、身にまとった服や髪の先まで余すところなくティレイラの身体は蝋という檻に囚われてしまっていた。彼女の身体のラインをなぞるように固まった蝋の冷たい感触を楽しみながら、シリューナはそのキャンドルへと火を灯す。魔力の炎は至高の蝋を得て勢いよくその身を揺らし、ティレイラの放つアロマキャンドルの良い香りを一層濃厚なものにした。香りが、いたずらにシリューナの鼻孔をくすぐり誘惑する。
(部屋に置いたら、私の部屋がこの魅惑的な香りで満たされるのかしら。このまま店に置いたままにするのも良いけれど、持ち帰るのも妙案ね)
 もはやシリューナが行っている行為は観察というより、鑑賞だった。惚れ込んだ美術品を愛でている時のように、彼女は目の前にある愛らしい芸術品の見た目とその感触を楽しむ事に夢中になってしまう。
「あの、ティレイラちゃんって、いつ元に戻るの? 時間がかかるのかな?」
 不意に声をかけられ、シリューナの意識は現実へと引き戻される。
 夢中になりすぎて、危うく雫の存在すら忘れてしまうところであった。既のところでその事態を回避したシリューナは、常の落ち着いた表情を繕い雫の方を見やる。弟子の友人である少女は、やはり少し心配そうな……けれど、どこかその奥に期待のような感情を込めた瞳でシリューナの方を見つめていた。
 いや、彼女が見ているのはシリューナではない。その向こうにある、愛らしい蝋人形。雫の視線は、吸い込まれるようにティレイラの方へと注がれている。
 瞬きすら忘れじっとティレイラを見つめる少女の姿に、シリューナはくすりと笑みをこぼした。雫もまた、ティレイラの事が気になって仕方がないのだろう。その蝋の感触を楽しみ、香りに身を包まれていたいという欲求を抑え切れないのだ。――シリューナと、同じように。
「先程も言ったけれど、中和すればすぐに元に戻るはずだから焦る必要はないわ。急いては事を仕損じるという言葉もあるし、念の為しばらく様子を見る事にしましょう」
 シリューナのその言葉は、恐らく甘美な響きとなって雫の耳には届いたに違いない。思わずと言った様子でシリューナの方を向いた雫の顔には、隠しきれぬ喜びの色が浮かんでいた。
 それを指摘するなどという、無粋な真似をシリューナはしない。ただ、この愛らしい弟子の姿を一緒に鑑賞し、楽しみ、話が出来そうな存在がこの場にいる事を幸運に思った。
「そうだ、帰りに買ってきたお菓子があるの。よかったら、ティレイラの様子を見ながら、一緒に食べましょう」
 雫が頷いたのを確認し、シリューナはお茶の準備を始める。ティレイラを眺めながらのお茶会は、きっと今までで一番素敵なものになるに違いない。
 美味しいと世間で評判のお菓子をテーブルに出した瞬間、ティレイラの蝋の色に染まった瞳が一瞬だけ羨ましそうな光を宿したようにシリューナは感じた。けれどそれも、揺らめく炎が見せた錯覚に過ぎない。今のティレイラは、その視線一つすら自由に動かす事が叶わないのだから。
「甘いお菓子と美味しい紅茶には、やっぱり素敵なキャンドルがよく似合うわね」
 いつになく穏やかな笑みを浮かべ、シリューナはその愛らしいキャンドルに向かい呟くのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
素敵なティータイムを楽しむシリューナさんと、蝋燭と化してしまったティレイラさんのひと騒動、このようなお話になりましたがいかがでしたでしょうか。お気に召すものに出来ていましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
このたびはご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、よろしくお願いいたします!
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東京怪談
2019年05月07日

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