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『女神一進 』
スノーフィア・スターフィルド8909

 スノーフィア・スターフィルド(8909)は我に返る。
 ここは自室で、今は昼下がり。うん、別になにもおかしなことはない。
 そう、先ほどまで無限城で縛りプレイ――ゲームで装備やスキル、アイテム使用を制限して行うあれ――をしていたはずなのに部屋に戻っていて、安らかに胸の上で手を組んだ自分がベッドに横たわっているのを上から見下ろしてさえいて、世界がモノクロに沈んでさえいなければ。
『……冷静になりましょうか、私。ひとつずつ思い出して整理しましょう』
 ほぼほぼ引きこもり生活中のスノーフィア。彼女はその日々を支える支給品のグレードを元に戻すべく無限城へ向かった。
 弱い状態で敵に挑むほど敵のドロップの質が上がることは先に発見していたので、それ狙いで最低限の装備をもって狩りに勤しんでいた。
 するとボス部屋にいるはずのボスが廊下に現われ、スノーフィアはぼこぼこに。
 そして気がつけば自室に浮かんでいて、今、自分自身を見下ろしている。
 整理してみても、さっぱりわかりませんね。
 とりあえずステータス画面を呼び出してみると、それはあっさり開いた。ただし、自分の名前は濃灰色の表示になっていて……
『ああ。私、死んだんですね』
 思い出したのは自分の死に様ならぬ、『英雄幻想戦記』のシステムだ。
 ゲーム中にプレイヤーキャラクターが死亡した場合、プレイヤーは30秒の猶予内で聖職者スキル“リザレクション”か課金アイテムである“再臨の炎”を使って復活するかを問われる。しかし、それらがあるとドロップの質が下がるので、今回スノーフィアは最低限のポーションだけを持って臨んでいた。だから、強制的に拠点――この場合は自室まで戻されたというわけだ。
 このあたりはシリーズ通して融通効かないところです。ため息をつくスノーフィア。
 なにせ拠点に戻されたときも、その場での復活と同様に装備やスキルセットをやりなおす猶予が与えられてしまう。
 拠点なのだから復活後に整えればいいだろうに、無印と『2』で強制死に戻りからの戦闘イベントがあったことで、それ以後も引き継がれてしまっているのだ。
 ナンバリングを重ねるごとにファンが不満の声を上げていたはずだが、メーカーは結局撤廃しなかった。もしかすれば各タイトルに同じようなイベントを挟む予定があったのかもしれない。それをしなかったのが怠慢だったのか賢明だったのかは、ただのプレイヤーである“私”にはわからなかったけれども。
 まあ、クローゼット開けに行ったり変更画面呼び出しなおしたりしなくていいのは楽なんですけど。
 スノーフィアはデスペナルティで半分に減らされてしまったゴールドとドロップアイテムを確認し、もう一度ため息をついた。
『そういえば死に戻りも久しぶりですね』
 いそいそと自分の体へ潜り込みかけて、スノーフィアはあることに気がついた。視界の中央下側に浮かぶメッセージボックス、そこに表示された【この状態で復活する/データをロードする】の文字に。
 データをロードって、どうなるんでしょう?
 確信はなかったが、多分、城へ向かう前の状態まで戻るということなんだろう。ゲームでは無限城に突入する直前、自動セーブがかかっていたはずだから。
 しかし、状態だけなのか? もしかして時間まで巻き戻るのか? もし時間もなら、自分が無限城で過ごした小一時間はどうなる? 世界からも記憶からも抹消されて、本当になかったこととなる?
 試してみる勇気は、さすがになかった。
 知っておくべきなのかもしれないが、知らずにすませてしまいたい。だって、怖ろしいじゃないか。取るに足らないおじさんだったはずの“私”が、生きるも死ぬもあっさり繰り返すことのできるゲームキャラクターのスノーフィア・スターフィルドになってしまったことを突きつけられるのは。
『どうしてそんなに怖いんですか?』
 自問してみれば、すぐに答は見つかった。“私”は生きるという当たり前のことすらうまくできない、本当にだめな存在だからだ。
 ああ、だめだだめだ。結局、怖い怖いと見ないふりをしてきたはずのものへ、自分で明確な形を与えてしまった。
 ……しかしながら、思えばそんな基本的なことに気づくことすら先送りにしてきたのだ。いつか追いつかれるんじゃないか。追いつかれたらどうしよう。無意識の内で怖れていたような気がする。
 少し前、「ストロングな缶チューハイを飲んでいるときは不安を忘れられる」と語る若者がクローズアップされたこともあったが、自分もそれと変わらないのかもしれない。そうして先送りして忘れている間に、とうとう真実へ追いつかれたわけだ。
 スノーフィアは実体なき体をぶるりと振るわせる。
 先に思ったとおり、ゲームキャラクターなら死ぬことなどたいしたことではない。迷宮の奥深くで斃れたとしても、得たものを半分失くすだけでいくらでもやりなおせる。だからこそ“私”はゲームが好きだった。何度でも機会が与えられることが約束されていればこそ、不器用で取り柄もなにもない自分でも、失敗を怖れず挑戦できるのだから。
 それを思えば、ゲームキャラクターであるスノーフィアになれたことは幸いなのではないだろうか。“私”のまま私――スノーフィアとして、無限の機会をもらえることは。
 いえ、そうじゃありません。
 スノーフィアは強くかぶりを振る。
 スノーフィアという存在をなにより大切に想う“私”は、スノーフィアを一秒分だって損ないたくない。だからこそスノーフィアである私はけして死んではならない。
 そう思うと、すとん。なにかが腑に落ちた気がする。落ちたものは肚をぐっと据えさせて、“私”にも私にも力の熱をもたらした。
 ぜんぜん大切じゃなかった“私”は今、なによりも私が大切ですから。追いつかれたからこそわかりました。私がしなくちゃいけない、なによりしたいことは、スノーフィアとしての生を保って貫くことなんだって。
 それに、かなり真剣に気に入っているんですよ。“私”のままスノーフィアとして生きているこの毎日が。
 なにをするべきかわからないまま、なんとなく時間を食い潰していくこの人生が。

 スノーフィアはメッセージボックスの【この状態で復活する】を選択した。
 浮いていた彼女は眼下の体へ吸い込まれ、隅々にまで染み渡る。
 果たして目を醒ました彼女は、慎重にスキルをセットしなおし、クローゼットへ向かった。本当ならしなくてもいい手間をあえてかけることで、しっかり自分と向き合い、思いを定めていく。
 最高の装備とスキルセットで、もう一度無限城へ臨もう。実入りが悪くなるなら何度でも挑めばいい。なにせ時間だけはたっぷりあるのだから。
「……これで大丈夫ですね」
 死なないことを第一にしたパッシブスキルと各種回復アイテムをそろえ、最高の防具と武具をつけて踏み出すスノーフィア。
 気づいてしまった不安や真実から逃げ出すことはできなくても、それに飲まれないようがんばることはできる、いや、してみせる。
 もう二度と、“私”で私なスノーフィアを殺さないために。
 愛すべき無為な、スノーフィア・スターフィルドのほとんど引きこもり生活を、明日も続けていくために。
 そのためにも地道に稼いでこないといけませんね。目ざせ、支給品グレードの回復です!
 ……猛烈にだめなことを目ざしている事実に気づかないまま、踏み出した。 
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年05月07日

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