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『姫若様の正体は 』
不知火 楓la2790)& 音切 奏la2594

●二人の姫君
 四つ足の獣を象るナイトメアが進撃する。人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。ありふれた戦場の原風景。二人の姫君が、そんな乾いた光景に華を添える。
「行くよ、奏」
「承知しましたわ、姫若様!前衛はこの私にお任せください!」
 不知火 楓(la2790)の掛け声に合わせて、剣を抜き放った音切 奏(la2594)は力強く蜘蛛の眼前に踏み込んだ。不敵な笑みを浮かべて、気迫を目に見える形で現出する。
「さあ、この私が直々にお相手して差し上げますわ。光栄に思いなさい!」
奏の纏う気に触れた蜘蛛は、前腕を鋭く振り上げ、その爪を彼女へ突き立てようとする。奏は半身になって片方躱し、もう片方をその刃で受け止めた。火花を明々と散らしつつ、彼女はその刃を払いのける。
「斯様に生温い攻撃では、私に傷一つとてつけられませんわよ」
牙を開いて突っ込んでくる蜘蛛。奏はその顔面に刃を叩きつけ、一息に間合いを取り直した。
「姫若様!思いっきり!」
「ああ、やらせてもらうよ」
楓は薙刀を身体はピタリと張り付け一度、二度、大きく振るう。漆黒の刃に紅葉色の光が灯った。
「煌々、切り裂け!」
ハスキーな気合いと共に、鋭く薙刀を二度突く。立て続けに放たれた二筋の光が、次々に蜘蛛の甲殻を切り裂いた。体液が噴き出る。蜘蛛はその場で鈍いノイズを発した。
「まだまだ。この程度じゃ終わらないよ」
楓は強気に微笑み、薙刀を宙に掲げる。放たれた霧が蜘蛛の周囲を取り巻き、蜃気楼を作りだした。蜘蛛は立ち上がってその尻を突き出すと、次々に糸の塊を放つ。だが、どれもこれも蜃気楼に映る楓の幻影ばかりを捉えた。
「隙あり!」
 糸を切り裂きながら間合いへ踏み込み、奏は逆手に持った剣の切っ先を蜘蛛の眼に突き刺した。蜘蛛は苦しげにその場でバタバタともがく。再び奏と楓は並び立ち、一斉に得物を構えた。
「連携で締めくくろうか」
 獅子搏兎、迫り来る脅威に備えて、心強い親友との連携は常に磨いておくべし。肝に銘じている楓は。既に薙刀を中段に構えていた。
「喜んで!」
 一方奏は、美しく気品もある王子様の前で自らの技量を披露できるだけで幸いだった。彼女の張り切りに合わせて、刃は金色の光を帯びる。
 蜘蛛が2人に飛びかからんとした時、奏は鋭くアスファルトを蹴って跳び上がった。繰り出された蜘蛛の爪を軽やかに躱し、奏は蜘蛛の頭と腹の付け根に刃を突き立てた。刃は身体を貫通し、蜘蛛を道路に縫い付けた。
「今です!」
 奏が叫ぶや否や、楓は薙刀を三度突き出す。磨き上げた貫通のイメージ。蜘蛛の頭を突き破り、そのまま腹も破裂させてしまった。
 だらだらと溢れ、道路を汚す体液。ナイトメアの残骸は爪先をひくりひくりと動かしていた。そっと得物を納め、奏はくるりと楓に向き直る。
「やりましたよ!」
「ああ、今日の連携もバッチリだ」
 楓が微笑むと、奏は照れたように頬を染める。『姫若様』の笑みは、何よりも彼女の心を弾ませるのだ。
(今日も麗しい……)
 奏は楓に一つの運命を見ていた。自ら姫と名乗って入るが、その正体は単なる落ちぶれた貴族の娘。けれど、『彼』が奏を見初めてくれるのなら、奏は晴れて本物の姫となれる。ある種の執念深ささえ瞳に込めて、奏はじっと楓を見つめていた。
「どうしたんだい? そんなに僕をじっと見て」
「い、いえ! 別にそんな……」
 首を傾げる楓に、奏は慌てて首を振った。底意地汚いと思われてはチャンスが遠のく。あくまでしとやかに、輿入れを狙っているなどとは気づかれないように。奏はうふふと優しく笑った。
「たまに変わってるよね、奏って」
「そ、そうでしょうか……ははは」
 奏は愛想笑いを浮かべた。楓は首を傾げていたが、やがて彼女はナイトメアの体液にまみれた奏のドレスを見つめる。
「……やれやれ、すっかり汚れてしまったね。どうだい。近くにいい温泉があると聞いていたけど、一緒に行こうか」
「お、温泉! 勿論です! 行きましょう!」
 奏はいきなり張り切った。やせっぽちな肢体をつい他の少女と比べてばかりの奏であったが、浴衣や着物はむしろ痩せている方がよく着こなせるという。自分の魅力をアピールするための、紛れもないチャンスである。
(姫若様に近づくまたとないチャンス。逃す手はありません!)
 悠然と歩く楓の背中を、奏は小走りで追いかけていった。

●戦いの汗を流しましょう……?
 汚れた服をさっさと着替え、二人は温泉へと向かう。浴衣の帯をきっちり締めて、奏は楓の前に姿を現した。自前の和装を着こなす楓は、奏の身なりを見て目を丸くした。
「へえ、普段のドレスも似合うけど、浴衣もよく似合うね」
「光栄です。温泉へ入る前にお見せしたかったのですよ」
 褒められた。奏はもう舞い上がっていた。袖を軽く握って、彼女はくるりと身を躍らせる。楓はクスリと笑うと、そっとその肩を叩いた。
「ちょうどよかった。じゃあ、そのまま一緒に温泉入ろうか」
 楓は女湯を指差す。奏は眼を瞬かせた。
「一緒に、温泉?」
「何だい? そんなにおかしなこと言ったかな」
 きょとんとしている奏の顔を覗き込む。僅かに頬を染め、奏は俯く。
「い、いえ。ですが、その……」
 この温泉は混浴ではない。勿論こんな時間だから人は少ないだろうが、となればむしろ、奏と楓、水入らずで向かい合うことになってしまう。
 いつかはと思っていたが、それが今日になるのはあまりに早い。
「ま、お待ちくださいませ。……今日は、その……覚悟が……」
「変な事言うね。別に覚悟も何もいらないじゃないか」
 楓は目を白黒させる。
(そんな! 大胆な!)
 赤い暖簾を平然とくぐる楓の背中を見送り、奏はそっと胸元に手を当てる。この少女そのものの肢体が、王子の眼を惹かなかったのだ。彼女は心のどこかで負い目に感じていた。
 ここで逃げたらまた同じことになるだけだ。奏は自らの頬を叩くと、ずんずんと中へ足を踏み入れた。
「いいでしょう! 覚悟決めます!」
「やれやれ、今日はいったいどうしちゃったのかな……」
 楓は苦笑する。奏が今どんなに鋭い覚悟を決めていたかは露ほどにも知らない。あまりにからっとしている楓をちらりと見つめて、奏はポツリと溜め息をついた。
(むしろ、どうして女湯に居てそんなに平然としていられるのでしょうか……!)
 放浪者の奏と言えど、流石に女と男が簡単に裸で居合わせるという価値観はなかった。『彼』の身体は気になりつつも、あんまり常識外れな楓には、思わず閉口してしまう。
(英雄色を好む……)
 そんなことまで考えてしまう。全く失礼な話である。楓は帯を解くと、丁寧に折りたたんで籠に乗せた。そのまま楓は着物を脱ぎ、パタパタと折り畳んでいく。ちらりと楓の肢体を見遣った奏、思わず目を見開いた。
「え……」
 すらりと伸びた脚にぴったりと張り付く黒いレギンス。その腰はきゅっとくびれ、お尻はふんわりと丸い。どう見ても男の腰つきではない。
「え、あれ……」
 奏は口元を震わせる。その視線を滑るように胸元へと持っていく。ウレタンみたいな質感の黒いサポーターに包まれたその胸の膨らみもまた、男のそれとは違う。
「ええと……それは一体……」
「ああ、胸用の補正サポーターだよ。元々着物用なんだけどね。便利だから普段から付けているんだ」
 足元から地面が崩れ落ちていくような感覚。膝を震わせながら、奏は恐る恐る訪ねた。
「ど、どうしてそんなものを?」
「つけずに稽古とかしたら揺れて痛いし。それに、あんまり揺らすと靭帯が緩んで垂れてきちゃうって言うしね。……もしいつか誰かと添い遂げるとして、そんな事になってたら……ちょっと嫌だろう?」
 誰かと添い遂げるために美への努力を怠らない。そんなのはだいたいが女である。奏はいきなり楓の胸元に飛びつくと、サポーターのジッパーを一気に引き下ろした。
「うわっ……い、いきなりどうしたんだい?」
 露わになったのは、スポーツブラに包まれた二つの宝珠。楓はいつも通りのハスキーボイスで、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて奏を見つめる。奏は真っ白な顔で、彼女の胸をじっと見つめていた。
「……うわぁ、おっきい……」
 奏はくらりとよろめく。その足が萎えて、彼女はどさりとその場に崩れ落ちた。
「え!? ね、ねえ、奏! 奏!」
 慌てて傍に跪き、奏の肩をゆすぶる。奏は譫言をぶつぶつと呟いていた。

●明かせぬ秘密
 奏が気付いた頃には、旅館に夕陽が差し込んでいた。
「よかった、気が付いたんだね……」
 傍に座った楓は、ほっと胸を撫で下ろした。目を瞬かせた奏は、むくりと起き上がる。とにかく自分が倒れて、楓に心配を掛けさせたという事だけは何とか理解した。奏は慌てて彼女に向き直って頭を下げる。
「ひ、姫若様! 申し訳ありません! ご迷惑をおかけしてしまって、その……」
「いや。いいんだよ。別に僕は気にしないから」
 楓は小さく首を振る。むしろ、気になるのは奏の事だ。
「それにしても、一体どうしたんだい? いきなり倒れたりなんかして……」
「その……わかりません。何だか、夢を見ていたような気はするのですが……」
 奏は首を傾げる。数時間前の出来事が、ぽっかりとその頭から抜け落ちてしまっていた。代わりにあるのは、ぼんやりとした幻。
「夢?」
「はい。私と姫若様がなぜか一緒に女湯に入っていて、そして姫若様は……その、非常に女性らしいお体つきをしていて……というか女性そのもので……」
「ふむ……」
 楓は顔を軽く顰める。楓が不名誉に感じたのだと受け取った奏は、慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません! きっと……姫若様があまりにも中性的で麗しい顔立ちをしておられるから、その……そんな夢を見てしまったに違いありませんわ……」
「……そう、かもね。……あはは、気を付けて欲しいなぁ。僕は別に姫ではないし……」
 単なる分家筋の娘。不知火の嫡男の従姉。喉の奥でその言葉を楓は呑み込む。ちょっと胸を見ただけでぶっ倒れ、夢と現もひっくり返してしまったのだ。うっかり口にしようものなら、奏は血涙を流してのたうち回ってしまうかもしれない。
「はい、気を付けます。……精進いたしますわ!」
「何の精進かな……はは」
 楓は苦笑する。訳は知らないが、奏の前では、絶対に姫若でいよう。そう楓は心に決めるのだった。

 END


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 不知火 楓(la2790)
 音切 奏(la2594)

●ライター通信
お世話になっております。影絵企我です。

お二人のおまかせという事で、ここはひとつどっきりするようなシーンを描かせて頂きました。
奏さんが楓さんの正体に気付くのは一体いつになる事でしょうか(他人事)

ではまた、ご縁がありましたら……
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年05月07日

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