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『面白い世の中 』
柳生 響la0630

●手慣れた刃捌き
 都市圏郊外、住宅地に面した山林。数体のナイトメアが、茂みを掻き分けて林の中を進んでいた。時は0時を回る頃、人々はすっかりと寝静まっている。熊に化けたナイトメアは、歪な牙を剥き出しにした。夜闇に乗じて、一気に人を喰らってしまおうという算段である。一台の軽自動車が風を切りながら目の前の道路を通り過ぎる。熊は身を潜めてやり過ごしてから、のっそりと道路を横切った。
 その鼻を小さくひくつかせ、人喰い熊は獲物を求めて夜の住宅街を練り歩く。一軒、二軒、三軒過ぎて、熊はそこで足を止めた。
 いかにも喰らいがいのある匂いがする。豊かな思考に溢れた人間の匂いだ。熊は身を縮めると、固く閉ざされた柵を一気に跳び越えようと――
「今宵の獲物をはっけーん!」
 刹那、どこからともなく飛び出してきた小さな人影が、熊の横っ面に飛び蹴りを見舞った。不意を突かれた熊は、バランスを崩してひっくり返る。影はそのまま熊の正面に纏わりつき、銀色に光る刃を喉元に突き立てた。
「いやー、なかなか賢いんじゃない? 人が寝静まってる夜に襲撃かけようとするなんてさー。でも肉食獣って大体夜行性だよね。単純に本能に従ってただけなのかな?」
 柳生 響(la0630)はナイトメアの体液にまみれた刃をくるりと返し、笑みを浮かべてじっと熊を見下ろす。熊は牙を剥き出しにして荒々しく吼え、響を無理矢理撥ね退けた。宙に舞い上がった響は、くるりと回ってアスファルトに降り立つ。
「よっこらせっと」
 響は猫のように軽やかに降り立つ。見た目は女子高生だが、積み重ねた戦闘経験は10年を優に超える。彼女の笑みには余裕が満ち溢れていた。
「胸のその模様からすると……擬態したのはツキノワグマだよね? でも随分大きいよね。ヒグマより大きいよ。流石はナイトメアってところかな?」
 熊が繰り出して来る爪を小太刀で往なしながらも、響はぺらぺらと熊に話しかける。それが熊にとっては雑音そのもの。ナイトメアは唸り狂って、力任せに両腕を振り下ろした。鈍い音と共に地面が歪み、罅割れる。
「おっとっと。どうして怒ったのかはわからないけど、そんなんじゃおっかないよ」
 背後にくるりとバック転、響は相も変わらずにこにこしている。この程度の戦いは慣れたものだ。彼女は小太刀を差すと、背負った長柄の戦斧を代わりに取った。
「てなわけで、その首、さっくり貰うね」
 柄の中ほどにあるトリガーを引いた瞬間、分厚い刃が鈍い光を帯びる。目の前の敵を喰らわんとする欲望が満ち満ちた光だ。熊が次々と繰り出す爪を掻い潜り、響は下から上へ、突き上げるように穂先を熊の顎に叩き込んだ。何かが砕ける鈍い音。口から体液を溢れさせ、熊はぐらりと仰け反った。
 響は一歩背後に飛び退る。斧の柄を長く持ち替えると、小さな体を一杯に翻し、身の丈よりも大きな斧を何周も振り回す。
「その首、貰うね!」
 これでもかと遠心力を乗せて、響は思い切り踏み込む。竜巻のように気流をうねらせ、刃が鋭く熊の首に食らいついた。深紅の光が空を裂き、熊の頭は軽々と宙を舞った。後足で回転を止め、響は斧を振り回して大見得を切る。
「っと!」
 体液を道路の上に垂れ流し、よろよろと揺れた熊の巨躯が道路に倒れる。斧の切っ先をアスファルトに突き立て、響はふっと溜め息をついた。
「よし。今日も任務完了だね」

 響はうんと伸びをする。今宵の戦いも、己のテンションに身を任せた愉しい戦いであった。

●手慣れた人捌き
 これまた別のとある夜。響は黒い制服を着込み、バーカウンターでシェイカーを振っていた。その視線の先にはステージ。三人の男達が集まって、酒を飲みながら愉快なコメディショーを繰り広げていた。今の題目は、響特製のからしシュークリームを巡るロシアンルーレット。アウトのシュークリームはどれかと、必死になって見比べている。
「ふっふっふ」
 目の前の客にカクテルを出しながら、響は含み笑いを始める。彼らの姿を見ているだけで、もう滑稽で仕方がない。どれが本物かとドキドキしている男達の事が。
「じゃあ、せーのー!」
 口々にコメントしながら一つを選んだ彼らが、一斉にシュークリームを口へと放り込む。数秒の間。不意に男達は三人とも顔を真っ赤にして飛び上がった。そう、三人ともが“当たり”だったのである。
「あああああっ! マスター! 騙したなぁああ!」
 三人は一斉にバケツへと駆け込んでいく。酒の勢いも合わさって、観客達は箸が落ちる音も面白いと言わんばかりに笑い始めた。
「……やれやれ。マスター、そんなどっきりは一回こっきりしか通じないんじゃないの」
 カクテルのグラスを傾けながら、一人の常連客が響に尋ねる。響は目の前のまな板でローストビーフを切り分けながら、悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「大丈夫。あいつら、結構何度も本気で騙されちゃうからさ」
 響自慢の料理を運ぶ給仕も、今まさにステージで身体を張ったリアクション芸を披露しているパフォーマーも、裏で働く警備員達も、皆が脛に傷を持っている。それが響の営むキャバレーであった。行き場のない彼らを掻き集め、響が自ら屋台骨となって彼らを食わせているのだ。
(やっぱり楽しいんだなぁ、こういうの)
 響は切り分けたローストビーフを丹念に皿へ盛りつけ、客へと差し出す。最初は食えたもんじゃないと突き返されたりしたものだが、今では皆揃って美味い美味いの大合唱をしてくれるようになった。クソマズい缶詰のレーションの味しか知らなかった彼女にとっては、もう見違えるような進歩である。
(結構、面白い人生歩めてるような気がしますよ)
 皿を拭きながら、響は冷蔵庫を開く。その中には、小さなシュークリームが山のように詰められていた。ボウルごと取り出した途端、ステージの方で再び悲鳴が上がる。見れば、観客が二人ステージに引っ張り上げられ、からしシュークリームの犠牲になっていた。
「残念、それは全部が大当たりなんだよね。ごめんねごめん」
 響は軽やかに言い放つと、カウンターの上にシュークリームを乗せた。
「はい、こっちが正真正銘、ボク特製のカスタードシュークリーム。口直しにどうぞ!」
「はいはいはい!」
 叫んだ瞬間、ステージの連中が一斉に飛びついてきた。その必死の姿に、観客達は再び笑う。響も高らかに笑っていた。



 面白い人生を求めて、響は今日も日常と戦場を渡り歩くのである。



 END


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

●登場人物一覧
 柳生 響(la0630)

●ライター通信
お世話になっております。影絵企我です。

今回はシンプルに、戦闘シーンと日常シーンを一つずつ書かせて頂きました。お気に入りいただけたでしょうか。

ではまた、ご縁がありましたら……
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2019年05月07日

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