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『善行の報酬 』
アウィン・ノルデンla3388

 放浪者アウィン・ノルデン(la3388)の一日は、多くが奉仕と労働によって占められている。

 というのは本人がそれを望んでいるからだ。SALFのライセンサーである以上は、最低限の生活費は保証されているはずだが、アウィンはとにかく働いていないと落ち着かない性分らしい。
「ん、こんな時間か」
 自宅にしているアパートでしばしの休息をとっていたアウィンは顔を上げた。

 言ったそばから休んでるじゃん、と思ったあなたは気が早い。彼はつい先ほど午前中のアルバイトから帰宅したところなのだ。

「……そろそろ行くか」
 呟くと、手早く身支度をしてアパートを出ていった。

   *

 午後のバイトは居酒屋である。
 まだ昼を過ぎた辺りで、バイトの開始時間にはまだ余裕がある。アウィンは軽く体をほぐすように動かすと、ゆったりとしたペースで走り始めた。
 居酒屋は電車で数駅のところにある。当然アウィンの足は駅へ……向かうことはなく、大通りをそのまま駆けていく。節約のためかトレーニングのためか、とにかく彼はいつもこうして、バイト先まで己の足で通っていた。
 軽快なペースで通り過ぎるアウィンを、何人もの人が──特に女性が──見返した。整った顔立ちは少し冷たい印象を与えるものの魅力十分だ。ただし、振り返るものが多いのは彼が中高生が授業で身につけるような単色のジャージを着ているせいもあるだろうが。

 アウィンは気にせず走っていた。歩道橋の脇を抜けた少し先にある信号が点滅を始めていた。急ぐ必要もないと、速度をゆるめて横断歩道の手前で立ち止まる。
 背後からぜい、はあと息の切れる音が聞こえてきた。見ると、腰の曲がり始めた老婆がこちらに向かって顔を歪ませながら走ってきている。おそらく全力疾走なのだろうが、アウィンのジョギングよりずっと遅いのは当然といえた。
 老婆が横断歩道にたどり着く前に、歩行者用信号は赤になってしまった。老婆はアウィンの隣に立ち止まると、肩で大きく息をしている。その様子に、アウィンは思わず声をかけた。
「急いでいるのか?」
「え? あ、ああ……あのバスにね、乗らなきゃいけないんだけど‥‥」
 息を切らせながら老婆が示したバスは、反対車線を走っている。バス停はすぐそこで、信号が変わるのを待っていたら間に合いそうもない。
 アウィンはふむとうなると、老婆の前で腰を屈めた。
「ご婦人、嫌でなければ……」

 戸惑いながらも老婆が背中に手をかけるのを確認すると、アウィンは勢いよく来た道を逆走し始めた。瞬く間に横断歩道が遠ざかる。
「お兄さん、バスはあっち──」
「しっかり捕まっていろ!」
 老婆にそう言いつけて、アウィンが目指したのは先ほど通り過ぎた歩道橋だ。飛び上がるように、三段抜かしで階段を上がる。橋の上から道路を見ると、バスはまだバス停に着いていない。これなら余裕を持って間に合いそうだ。
 反対側の歩道に降りたアウィン。ペースをゆるめることなくバス停にたどり着いた。
「間に合ったようだな」
 背中の老婆も安心したことだろう。そう思ったのだが、顧みた老婆の顔は困惑していた。
「お兄さん、せっかく走ってくれて悪いんだけど……」
「ん?」
 老婆がバスを示した。彼女が乗りたがっていたバスがようやくこちらに──向かってくるかと思いきや、直前の交差点で進路を変えていく。
「あのバスが止まるのは、向こう側のバス停なんだよ……」
「な!?」

 たまにあるよね。経路によってバス停違うバス。

 事態を把握したアウィンは老婆を背中に身を翻した。再び歩道橋を全力で駆け上がり、駆け下りる。
 横断歩道に戻ってくると、ちょうど信号は青に変わった。そのまま突っ切るが、件のバスは既にバス停に停車している。
「そのバス、しばし待て!」
 運転手に聞こえるかは分からないがとにかく叫んで、アウィンは疾走した。停車時間が少し長く感じたのは老婆を背負って駆ける彼の姿を認めてくれたからだろうか。
 とにかくも、バスが停車しているうちにバス停に辿り着いた。
「間に合った……(はぁ)ようだな……(はぁ)」
 さすがに人を背負っての歩道橋乗降二連続は効いた。
「ありがとうねえ、お兄さん」
 老婆はにっこり礼を言う。
「大したものは無いけれど……これでも食べて」
 荷物を探って取り出した黒糖飴の袋をアウィンに渡して、バスに乗り込んでいった。

 バスが走り去って、ようやく息を整えたアウィンは額の汗を拭った。飴玉の袋に視線を落とす。
「バイト先の差し入れにでもするか」



 再び走り出してしばらく。街路樹の並ぶ広い歩道を走っていると、不意に甲高い泣き声が耳に届いた。
 すぐそこで少女が泣いている。母親がなだめているが、火がついたような泣きぶりで簡単には収まりそうもない。
「何があった?」
「ひっ……」
 だがアウィンがつい声をかけると、少女は怯んだように息を呑み、黙った。無表情のアウィンを見上げながら、母親の方へ一歩後ずさる。
 どうやら怖がらせてしまったらしい。そんなつもりはないのだが……と思っていると、少女がおずおずと右手を差し上げた。
「風船……」
 見ると、街路樹の高いところにウサギの形をしたピンクの風船が引っかかっている。あれを飛ばされてしまって泣いていたのか。
「そう怯えるな。少し待っていろ……」
 街路樹へ近づこうとして、持っていた飴の袋に気づく。
「これでも舐めて、な」
 中身を一つ取り出して少女の右手に乗せると、残りを袋ごと左手に持たせた。

 下から軽くルートを見定めてから、アウィンは街路樹にとりついた。さほど大きな木ではない。むしろ幹が細くて大人の男が上るにはやや不安だが、アウィンはするすると上っていく。
「すごい……」
 飴玉をころころしながら、少女は呟いた。アウィンはあっという間に風船に手が届く位置まで上ってしまった。
 枝に絡まっていた紐をひょいと取り上げ示すと、眼下の少女が満面の笑顔で手を振っていた。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
 その様子に、アウィンの表情も思わずゆるむ。風船の紐を握った右手もゆるむ──なんてドジはしない。

 代わりに幹に当ててバランスをとっていた左手がゆるんで、力を入れ直そうとしたら滑った。
 アウィンは落ちた。そりゃもう、真っ逆さまに。
 風船は、最後まで手放さなかった。

   *

「受け身をとったから大丈夫だ、と言ったんだがな……」
 ランニングを再開したアウィンの手には、腕がいいと評判の整骨院の無料施術券が握られていた。少女の母親からお礼に、と渡されたものである。
(バイト先の店長にでも渡すか……疲れがとれないと言っていたし)
 などと思っていたら──向こうでお年寄りがバランスを崩して転ぶのを目にしたのだった。



 その日、アウィンがバイト先に辿り着いたのは、シフトの五分前だった。
「君はいつもぴったりだねえ」
 店長が上下に目線を走らせながら、アウィンを見て言った。
「……で、今日は何があったの?」
 ずぶぬれで、顔中にひっかき傷があり、ジャージの袖に穴の開いたその様子を見ながら。
「……いろいろと」
 一言では説明が難しい。
「まあ、追々聞くよ。体拭いて、着替えたらお店に入ってね」

 アウィンは了解の返答をした。そして右手に持っていた──いちごキャンディの袋を「休憩中にでも」と店長に手渡して、仕事の準備を始めるのだった。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 ご依頼ありがとうございました! バイト前のとある日常風景をお届けいたします。
 文字数の都合でいくつもイベントは書けないので、無料施術券からどういう経緯で飴玉に戻ってしまったのかはご想像にお任せします。たぶんいろいろあったんでしょう。
 どじっ子成分は上手く再現できたでしょうか……イメージに沿うものとなっていましたら幸いです。
 
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嶋本圭太郎 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年05月07日

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