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『愛を縒り合わせる 』
ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001

 ――記憶とはまるで雪のようだ。深々と音もなく降り積もって、気付けば地面を覆い隠している。掘り起こせば土を剥き出しにも出来るが層が厚くなれば時間が掛かり、踏み締めた箇所は氷面になって地面の存在を遠ざける。いっそ全部忘れてしまえたらよかった。そうすれば絶えず水面下で葛藤し続ける必要もなかった筈。止め処ない思考にラドシアス(aa0778hero001)は一人苦笑を浮かべた。こちらの世界に来た当初は漠然とながらも後ろ髪を引かれる思いが強く、元々感情が表に出難い性質ではあったが意図的に壁を作ってこの世界の日常を満喫しないよう、強く感情を律していたと思う。そうした自罰的な行為は氷が溶けるようにいつしか無くなってしまった。
 病院に行ったのはつい数日前のことだ。能力者同士、第一英雄同士がそれぞれ特別な関係になり、それが当たり前に思えるだけの年月が流れた。左手を自らの正面に翳せば薬指には銀色が静かに煌めく。互いに誕生日が明確でないので毎年決まった日に贈り物をし合っているが、お揃いと呼べる物は未だにこれとあの御守りくらいだった。
(――契りの証をそう言っていいものか判らないが)
 思って息を吐き出した。このままではいつまで経っても帰れそうにない。待ち合わせする人々で賑わう駅前広場、その隅にあるベンチから立ち上がって家路を辿る。とはいえ少し出掛けてくると言った手前、手ぶらで帰るのも気が引けた。普段なら彼女の好みと新作かどうかを考慮してスイーツを買う場合が殆どだが今日はそれ以外の選択肢しか考えられない。真っ先に思いついたのは花束だったがしっくりと来ず、じきにそれが自分が彼女を祝う行為への違和感だと気付いた。それではまるで第三者だ。歩きながら自然と目線は少し下がる。夕方から夜へ空が色を変えたばかりの時間帯ということもあって三人で手を繋いで歩く姿がちらほらと見受けられた。しまいには女子高生の集団を目で追って自分に呆れ返った。流石に気が早過ぎる。そもそもそうとは限らないというのに。
 彼女について考えると、一緒にいることが当たり前になった今でも時折、まるで夢を見ているような心地になることがある。別に誰から反対されたわけでも抗いがたい運命に立ちはだかれたわけでもないが。――いや、後者ならば過去にいつ覆るとも知れなかった世界の苦境を皆の力で乗り越えている。だからそれで諦めることはないが――今回の件は似ているようでいてその実自分たちは何もしていない。まさに奇跡と呼ぶ他なかった。今まで感じたことのなかった類の喜びにまだ自分の知らない感情があったのかという驚きと、じわじわと心の内側まで沁み込む嬉しさを感じる。同時に、光が強くなれば影も濃くなるようにこれまで隅に秘め、この世界での記憶に覆い隠されていた過去が確かに存在を主張し始めた。
 記憶はおろか、自身の名前さえも覚えていない英雄もいる中でラドシアスは過去についてかなり知っている部類だろう。無論どちらがいいかという話ではなく、何も覚えていない為に漠然とした不安に駆られたり、思い出の場所に帰りたいのに帰れないことが苦痛で堪らない等、記憶と性格に大きく左右されるものだ。ともあれ召喚されて早々はあくまでいっときの住処として能力者と共にH.O.P.E.へと身を預けて、生活が続き共鳴するにつれて絆が深まり、居心地が良くなる。そして愚神の王を倒すに至って選択を迫られるというのが多くの英雄が辿った道筋に違いない。
 ラドシアス自身はといえば、元の世界への帰還を希求する気持ちは――決着がつくよりも前から徐々に薄れていっていたように思う。今では手のかかる弟になった相棒と出会ったとき、あの瞬間はまさに既視感と直感のままに戦いの場へと身を投じたが、朧げな記憶の中の少年と彼を重ねていたのは短い間だけだった。何せ自分の損得など意にも介さず、無謀ではないがあまりにも他人を優先し過ぎるところが危うくとても放っておける余裕がなかったのだ。近付けば近付く程に彼の輪郭がはっきりとした線を描く。例えばここと向こうとが並行世界のようなもので、彼と記憶の少年が無関係ではなかったとしても、つまるところ彼は、この世界の一般的な家庭――に見えるようで案外そうでもない――に生まれついた、一人の人間だから。自然と目の前の彼と向き合うようになった。お陰で自分にもお節介が移ったようだ。近年は小学校の非常勤教師として働き、日々子供たちの未来の為に奮闘しているぶん大人になった気はする。しかし自分にとって彼はいつまでも世話の焼ける弟で繋がりが解けてしまうこともないだろう。そんな風に思っている。
 駅前の賑やかさは既に世界の危機を過去の出来事だと消化している。幸いなことだ。過去を戒めとして受け入れる必要はあっても負債として背負い込む必要はない。だから改めて自身の選択と向き合おうと決めた。大人びても心配せずにはいられない家族の二人と愛しい人。それから――。
「……子供が生まれるんだな」
 そっと声に乗せてみても実感が湧かないというのが本音だった。無論嬉しいと思っているし、そこに諦念や後悔といった負の感情は一欠片さえも存在しないと断言する。ただ現実を上手く飲み込めない。自らの腹を痛めて子供を産む感覚が想像出来ない男だからか、英雄同士で妊娠が確認されたのは類を見ないことだからか。医者も慎重なもので、誤りがないよう再検査を求め、生命が認められた後もいつどう転ぶか分からない、どういった姿で生まれるのかや自分たち二人の血を継いでいない可能性まで示唆していた。英雄は未だに未知の存在であり続けていて、世界の壁を超えた瞬間に元が何者でも人として現れるとは言われている。食事や睡眠を必要としないのも共通だ。しかし元いた世界の成り立ちや種族次第で遺伝子のような深い部分で差が生じて、そのパターンの膨大さを考慮すると到底解明出来るものではないという。
 足はベビー用品店の前で止まり、そして根が張ったように動かなくなる。思い浮かぶのは病院で大騒動と言い換えてもいい一通りの説明を受けた後の彼女の――妻の表情だった。彼女は笑っていた。戦いに赴く前の万事上手くいくと思わせるような鷹揚な笑みでも、相棒への慈愛に満ちた微笑でもなく、ましてや自分だけに向けられる恥じらいと幸福感が入り混じったものでもない。無邪気で可愛らしい幼けなさがそこにあった。二人暮らしをするようになってから互いに弱い部分も腹を割って話す機会が増え、病気への危惧も聞いていたが、不安を反転させて笑う妻を愛しく思うと同時に、印象とは矛盾しているが母の強さの片鱗が見えて、そしてふと元の世界の記憶が過ぎった。
 過去はなかったことにはならず、未来は不安定な形をしている。
(それでも俺はこの世界で生きていく。そう……決めたんだ)
 目の前を既視感を抱かせる少年が通り過ぎる。ラドシアスはそちらを一瞥し、しかし足は真っ直ぐに前へ向かい、入口の扉を通り抜けた。ここで得た大切な絆を手放すつもりはない。弱さも不器用さも隠さず妻と共に歩いていくのだ。

 買って帰ったベビーウェアや抱っこ紐を見て、妻は気が早いと言って楽しげに微笑む。食事後に顔を突き合わせて見たチラシの五月人形とお雛様、その両方が必要になるとはまだ二人とも想像すらしていなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
リンクブレイブといえばやっぱり能力者と英雄の出会いと
過去との葛藤、というイメージがどうしてもあって、
その辺りに勝手に触れるのは……とは思っていたんですが、
今は“いつか”で分かっている未来もあるのでそれを踏まえて、
ラドさんの心境をやはり勝手ではありますが考えてみました。
今回も本当にありがとうございました!
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リンクブレイブ
2019年05月07日

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