▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『生罪 』
霜月 愁la0034


 生きるということは、それだけで喜ばしいもの。人がこの世に生まれ出ることは、それだけでめでたいこと。
 僕の死生観も、あの日まではそんなごくごくありふれた、ぼんやりとした謂わば創られた価値観に沿ったものだったのかもしれない。
 どうせ生きるのならば、喜びに満ちた輝かしい道を歩みたい。ほとんどの人はそう思うのだろう。けれど、もう僕にそんな望みを抱くことはできなくなってしまった。
 誰でもいつかは死んでしまう。その訪れは、早いか遅いかの違いでしかない。とはいえあまりにも早すぎる段階で迎えが来てしまう人もいる。
 あの場合は――いや、迎えなんてものじゃない。むしろ、送る者が訪れたんだった。


 数年前。
 ナイトメアによる地球侵攻は世に様々な影響を与えていた。
 例えば。ニュースでは連日のようにナイトメアが出現してライセンサーが出動した、といったものが流れる。僕の住む国でもよくあることだ。
 大抵は自分の暮らす街とは無関係のところで起きる事件だったけれど、それでも予告なしに突然現れるナイトメアへの恐怖は常に訴えられ続けていた。
 とはいえ。例えば大きな天災が起きると防災グッズが飛ぶように売れていく。けれど、自分の住む街でこれといった災害が起きなければその意識も風化して、危機察知能力が鈍くなっていく。
 その日も朝のニュースでナイトメア絡みの報道がされていたけれど、「ふぅん、またか」くらいにしか感じていなかった。
 母が用意してくれたトーストをかじる。
 視線を移すと、ニュースを報じているテレビの前で新聞を広げる父の姿が見えた。どうせ似たような内容をやっているんだから、どちらかに絞ればいいのに。なんて感想を抱いたことを覚えている。
 時計は午前七時を少し回った頃。これから間もなく、僕も父も出かけてゆく。昼になれば、母もパートへと出かけていく予定だ。
 しかし。
「なんだ?」
 父が新聞を畳みながら顔を上げる。
 サイレンが鳴っていた。いつかテレビで聞いた空襲警報によく似たような音だ。
 こんなご時世に国家間の戦争? 宣戦布告もなしに? そんな馬鹿な。
 いや、少し待とう。大抵、サイレンの後にはアナウンスが入るはずだ。
『ナイトメアの出現が確認されました。住民の皆様は屋内へ退避するか、最寄りの避難所へ――』
 そういった内容。とうとうこの街にも、ナイトメアが現れるようになってしまった。相手の目的なんて知る由もないけれど、とにかくこれで出かけることはできなくなった。
 父と母は手早くテレビや部屋の電気を消し、ガスの元栓を閉めて、僕と共にリビングでじっとしていた。
 これから仕事がある父も、ナイトメアが現れたというのに外出するわけにはいかない。
 きっとすぐにライセンサーが出動して、瞬く間に倒してくれるだろう。
 この街のどこにナイトメアが出現したのかは分からないけれど、まぁウチは大丈夫だろう、という漠然とした根拠のない自信があった。
 結果論ではあるけれど、この時に避難所へ移動していた方が良かった。もちろんわざわざ自宅を出て避難所へ移動しようという発想ができるはずがないのだけど。
 こういった油断が最悪の結果を招く。
 表が騒がしくなってきた。どうやらナイトメアとライセンサーの戦闘が始まったようだ。銃声も聞こえる。
 しばらくすれば静かになるだろうと思っていたその時だ。
 ドンと大きな音と共に家が揺れた。何事だろう、と玄関の方に目をやる。
「愁!」
 母が語気を強く、そして小声で僕の名を呼び、口元を押さえるようにして引っ張った。
 食器棚の陰に隠れる。
 チラリと見えた。あの音と共に何が起こったか。それは、ナイトメアの一体が玄関のドアを破壊し、家へ押し入ってきたのだ。丸太のように太い腕が見えた。まさかこんなに近くで戦闘が行われていたなんて。
 いや、それとも。ナイトメアは複数出現していて、ライセンサーに発見されなかった個体が暴れているのだろうか。
 いずれにせよ、相手の目的も分からず、多少家具が破壊されたとしても命さえあればどうとでもなる。さっさと出ていってくれと心中祈り続けた。
 しかしナイトメアはのしのしとリビングへ近づいてくる。
「な、何だお前は。この家から出ていけ!!」
 そんな時。父が飛び出した。僕らが止める間もなかった。いずれにせよ発見されてしまったに違いないからこそ、父は囮になるつもりだったようだ。
 ナイトメアが腕を振り上げる。
 父が身をかがめて回避する。テーブルが粉砕された。
 その間に、母は僕を連れて食器棚の陰から出た。避難所へ行こう、と母は小声で言った。
 しかしこの広くはないリビングで、見つからずに家を出ることなど不可能だ。ナイトメアは腕を伸ばし、僕へと掴みかかってきた。
 そんな僕の背を母が突き飛ばす。
「逃げなさい!」
 ナイトメアの腕は、僕の代わりに母を掴んだ。助けなきゃ。そう思ったけれど、恐怖で立ち向かっていけない。父は台所から包丁を取り出して、僕をかばうようにして立ち、敵を威嚇している。
 父が目線だけで僕に逃げろと促してくる。
 それでもと僕がもたついていると、父が何か怒鳴った。
 そこで初めて僕は家の外へと駆けだした。


 戦闘中のライセンサーに遭遇した。
 その内の一人に助けを求める。
 ライセンサーを伴って家へ戻る。けれど。
「あ、あ……」
 既にナイトメアの姿はなかった。
 代わりにあったのは、首を引きちぎられた母と、折れた包丁を手にしたまま胴だけ潰されて臓器と血液を撒き散らした父の遺体だった。
 間に合ったはずがない。それでも僕は、その時にこう思った。
 僕を庇ったために、両親は死んだのだと。


 霜月 愁(la0034)としてライセンサー登録資格を得、SALFに所属したのはその後だ。
 もしあの時にこの力を持っていたら両親を守れたのではないのだろうか。となれば、あの時父と母を殺したのは、ナイトメアではない。力のなかった僕が殺したんだ。
 似た境遇の人はいくらもいる。家族を失った人、恋人を失った人、中には故郷をそっくり失った人、体の一部を失った人。
 そして多くの人は、きっとこう感じている。自分だけが特別に不幸なんだと。
 実際にはそうではない。ある人に言わせれば、よくあることなんだとか。
 だけど僕は、特別だと思っていて良いと考えている。
 そう考えなければ、僕は、生き残ってしまった罪を、どう贖えば良いのか分からなくなってしまうから。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございます。
過去の経緯というのは様々ですから、こういったところを題材とすると、どういう内容にするか悩みますね。
本当に状況って違いますので。
それはまた別の話としまして、家族が自分を庇ったために死んでしまうというのは、とても辛いことであります。
恐らく、戦う理由、動機としては最も強いものの一つと言えるでしょう。
今回は敢えて、死に目に会えないといった具合としました。
後悔が強く出ているようでしたから、そこに拍車をかけて印象付けることができていればと存じます。
おまかせノベル -
追掛二兎 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年05月07日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.