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『傷跡 』
la3088

「うーん、どれも美味しそうやけど、これにしよ! おっちゃん、ローストビーフ丼一つ!」

 個人経営の小さなレストランで、泉(la3088)はメニューから顔を上げて元気よく注文した。
 調理も接客も一人でやっているらしい中年男性は、返事もせずにキッチンへ引っこんでいく。
 昼食時をやや過ぎているためか、店内にいる客は泉一人。彼女はメニューを片付け、ニコニコと微笑みながら料理を待っている。
 期待で猫のような耳もぴこぴこ動いている。

 泉を含めたライセンサー達は日本へ依頼でやって来て、傷を負うことなくナイトメアを討伐した。
 SALFから迎えが来るまでしばらくかかるため、それまで自由行動をすることになる。
 ならば美味しい物でも食べるかと、適当な店に入ったのだ。

 清潔にされている店内は、店主の趣味なのか、壁に映画のポスターがいくつも貼られている。
 それをのんびり眺めていた泉は、一つのポスターの隅に写っている女優を見て目を見開いた。
 麦穂色の髪で、儚げな微笑を浮かべている女性。泉は彼女と――いや、彼女だったものと会ったことがある。
 まだ完治していない背中の傷跡が痛んだ気がした。

「へい、お待ち」

 店主がローストビーフ丼をテーブルに置く。
 泉は料理に視線を移し、目の色を変えた。

「美味しそー! いただきます!」

 箸を手に取り、ローストビーフに乗っていた生卵を丼の中で混ぜてから、まずは一口。

「んー、美味し! このソース、ちょっと辛さがあるなぁ。それが肉の旨みを引き立てとる。ご飯が進むわぁ」

 そして無心に食べ始めた泉を見て、店主の男性は顔色一つ変えず、しかし軽く一礼してその場を去った。
 美味しい美味しいと泉は箸を進め、丼を完食する。
 お茶を飲みながら、この後どうやって時間を潰そうかと考える。

「……んー?」

 見るともなく見ていた窓の外。何だか人々が騒がしい。
 驚愕や恐怖の表情を浮かべ、一様に走っている。

「おっちゃん、後で必ずお代は払うから、堪忍!」

 泉は素早く立ち上がり、店から飛び出た。
 恐慌状態で逃げる人々の波と反対方向に顔を向ける。

 ビルが建ち並ぶ商店街。その一つの屋上に高さ3メートルくらいの大きな影。
 それが目の前へ緩慢に飛び降りてきて、重い音を立てて着地した。
 ねじくれ節くれ立った樹木を人型にしたようなナイトメアだ。手足がひょろりと長い。
 周囲はますますパニックに陥る。押し合いへし合い逃げていく。

「ウチの所まで来てくれるなんて、飛んで火に入る夏の虫ってやつやで」

 ライセンサーとしていくつもの戦場を越えてきた泉は慌てていない。
 携帯性に優れるゆえ自由行動でも所持していたビーストネイルナイフを手に、ナイトメアと向かい合う。
 こちらは一人。それにどのような強さ・能力を持つナイトメアなのか分からない。まずは見定めなければ。
 そう考えていた泉だが、ナイトメアは彼女ではなく、街路樹の植え込みの陰に長い左手を伸ばした。

 若い女性の悲鳴。

 避難が遅れて隠れていた一般人がいたのかと泉が気付いたときには、ナイトメアは女性を捕まえていた。

 帽子が落ちて、女性の長い茶色の髪があらわになる。
 ナイトメアの手に掴まれ、白いワンピースが少し血で赤く染まる。
 捕食しようと、ナイトメアは木のうろのような口を大きく開け――。

 泉は駆け出していた。
 地を蹴る。
 ナイトメアに急接近。
 狙いは左腕。
 ナイフで斬り付ける。
 浅い。

 ナイトメアはようやく捕まえた餌を放すことなく、右腕で泉を払いのけようとした。
 グラップラーである泉から見れば動きはのろい。
 軽く身をひねり、回避する。

「今助けるで!」

 ナイトメアに肉薄し、左腕へナイフを振るう。
 刀身からほとばしるエネルギーがナイトメアを傷つけ、それは女性を手放した。
 地面に落下しかけた女性を寸前で泉がキャッチする。

 泉の腕の中の女性は意識はあるが、ナイトメアに負わされた傷が痛いのか顔色が悪い。
 それでも生きていることに泉はほっとした。

 そこをナイトメアは見逃さず、両腕で攻撃を仕掛けてくる。
 女性を抱えていてはとっさに回避できない。
 泉は女性を抱きしめて庇い、背中で攻撃を受けた。

「ぐっ……」

 イマジナリーシールドが大きく削れ、泉の精神が痛みを感じる。
 シールドのおかげで生身へは攻撃が届いていないはずなのに、背中の傷跡が痛い。

「ウチは……! これ以上ウチの前で散らせると思うたら大間違いや!」

 救えずに散ってしまった花。その悔恨は泉の心と背中に焼き付いている。
 しかしそれでも。ならばこそ。今抱いている花を散らすわけにはいかない。

 自分をにらみつけているだけの泉を、ナイトメアは再度両腕でなぎ払おうとしてくる。
 泉は鮮血のように赤い目を見開き、敵の攻撃の流れを読む。
 飛雀幻舞。女性を抱えたまま、泉は舞うように回転し、ナイトメアの攻撃を避けた。

 ナイトメアの足下に女性を下ろし、ナイフを構えて想像力を高める。
 かの敵を倒す必殺の一撃を。手折られようとする花を守るための一撃を。

「喰らっとき!」

 泉はナイフを横に薙いだ。力が彼女を中心として解き放たれる。
 刀身からあふれ出るエネルギーがナイトメアの幹を一刀両断。
 そのエネルギーは確かに側の女性をも襲ったように見えたのだが、彼女には傷一つない。
 パワーツイスト。側にいる味方を巻きこまないためにパワークラッシュを昇華した技だ。

 ナイトメアは動かなくなったが、念のためナイフで首をはねておく。
 それから泉は荷物から救急治療セットを取り出し、女性がナイトメアに負わされた傷の手当てを始めた。

「堪忍な、ウチは医学の心得はないから、救急車が来るまで傷を押さえておくくらいしかでけへんけど」

「いえ……大丈夫です、あなたのおかげで殺されずに済みましたから」

 助けた花は、つい先ほどまで命の危機にさらされていたため震えている。顔色も悪い。
 それでも健気に微笑んでみせる彼女を、泉は思わず抱きしめた。

「怖かったな、つらかったな。もう大丈夫やで。ウチがついとる」

 泉の優しい言葉に、女性は堰を切ったように泣き出した。
 彼女の傷が痛まないよう、泉は救うことができた花を柔らかく撫でていた。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 この度はおまかせノベルのご発注、誠にありがとうございました。
 泉さんのノベルを書かせてもらうにあたりまして、泉さんの心に大きな跡を残しているのは「彼女」のことかと考え、このようなノベルとさせてもらいました。
 楽しんでいただけましたら幸いです。
おまかせノベル -
錦織 理美 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年05月07日

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