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『幻想夕庭 』
海原・みなも1252

 都内のとあるティールームに、奇妙な客の姿があった。
 つば広のボンネットを目深に被り、足の先まで覆う腰から下が大きく膨らんだ曙色のドレス。現代人の装いとは程遠い。まるでロココ調の絵画から抜け出してきたような姿だ。しかしもう一つ奇妙なことには、この時代錯誤な姿の客は帽子から覗く顔の下半分を大きすぎる使い捨てマスクで覆っていた。何とも浮いている。
「お客さま…は、…待ち合わせでいらっしゃいますか?」
 まさか一人客ではあるまいと言いたげな店員の口ぶりだ。
「え、ええ。あの…海原さんという…」
「あ、それならお庭のお席になります。ご案内いたしますね」
(わぁ…)
 店中の視線を痛いほどに感じる。しかたがない。数十秒の試練だと思って耐える。
「こちらでございます」
 ガラス張りのテラスから外に出ると、洋風の庭が広がっていた。緑と季節の花々に囲まれて、思ったより広い。中ほどには繊細な作りの白いテーブルセットが据えられていて、周りには見覚えのある人影がいくつもあった。
 そして、その中から駆けて来る姿が、ひとつ。
 明るい南国の海の色、目も覚めるような水色のドレスの裾を跳ね上げて、まっすぐに走って来る。あの彼女だった。何を言う間もなく強く抱き締められていた。
「妖精さぁん! お久しぶりですっ!」
 あの日、あの嵐の中、何もかもを攫ってゆくようだった恐ろしい竜巻からみんなを助け出すため、人魚の姿で空を舞い飛んでいた彼女。
「みなも、さん…」
「お元気そうでよかった!」
「あなたも怪我は大丈夫?」
「あたしは大丈夫です! それより、ここに来るまで大変だったでしょ? 通りすがりの人たちの視線、やっぱり集めちゃいました?」
「ええ…」
「あたしも注目の的でした」
 みなもが、うふふ、と笑って仮面を顔から外した。
 下から覗いたのはそれこそアンティークドールそのもの。作り物の白磁の頬だ。
「あたしたち、仮装大会にでも出るみたいですもん」
「…ですよね。でも、あの。だから私とっても意外でした。こんなに人の目が多いところで相談会をするだなんて」
「元々、みんなで相談しましょうって言ってた内容が内容でしたもんね」
 みなもが観葉植物で陰になっている壁際の一角を指さした。
「はじめはあの辺りでこっそりお茶会しようって思ったんです。でもこんな恰好でもしないと色々隠せないあたしたちですし、こっそりしてたって目立ちます。だったら堂々としていた方が、隠したいところはかえって目立たないんじゃないかなって。ほら、あのお客さんたちだって」
 妖精人形が耳を澄ませてみると、なるほど、聞こえてきたのだ。
「あら、可愛い人たち。今日結婚式でもあったのかしら」「何かの撮影じゃない? 雑誌とかの」「お店の雰囲気にぴったりね。いいわぁ、あんなの私も一度着てみたい」…。そんな客たちの話し声が。
「ね?」
「みなもさんったら、それで『めいっぱいおしゃれして来てね』なんて言ってたの…?」
「そう! こんなお姫様みたいなお洒落ができることなんて、そうないでしょう? あの人があたしたちを着せ替え人形にするのに作った衣装ですし。いっそ活用しないと!」
 おどけた風に言うみなもに妖精人形はなかば驚くやら呆れるやら。あまりの思い切りの良さに笑ってしまったのだった。

 ***

 みなもが店員からワゴンを譲り受けて妖精人形と庭に戻ると、他の人形たちが勢揃いして待っていた。
「おかえりなさぁい!」
「妖精さんも早くこちらにいらして!」
「はーい、みなさんお待たせ」
 銀色のワゴンには、優美な白いティーポットとカップ&ソーサー。三段のティースタンドには、一番下にサンドイッチ、真ん中の段には焼きたてのスコーンにクロテッドクリームとジャムが添えられ、一番上にはひと口サイズの可愛いケーキにタルトやマカロンも盛られている。
「素敵!」
「いかにもお茶会ね」
「この格好だと何だかお城の庭にいる私たちって感じじゃない?」
「みなさん、お茶が冷めないうちに相談しながら頂きましょう」


 しかし、マカロンを齧りながら、妖精人形は溜息をついていた。
「背中にこの翅があるでしょう? 家から出られないの」
「わたしなんて天使なんだから! 天使の翼ってボリュームがありすぎて隠しようがないの。今日は開き直ってこのまま来ちゃったけど」
「聖母さんが羨ましい。隠すのに苦労するものがないんですもの」
 すると聖母人形が心外そうに言った。
「そう仰いますけど、結局こんな身体じゃ登校できないんです。こんな作り物の顔や手足、ミイラ姿にでもならないと隠せないでしょう?」
「そうよねえ…」
 みんな黙り込んでしまった。
「みなもさん。私たちどうしたらいいでしょう…」
「はい。だと思って、あたし、プレゼントを用意してきました」
 ちょうどその時、若い女性店員が人形たちの集うテーブルの近くを通りかかった。
 みなもは小声で言った。
「みなさん、見ててくださいね」
 呼ぶとやってきた店員の前でみなもは仮面を取った。
「ひっ!!」
 妙な恰好をしていようと生身の人間と毫も疑わずにいたのだろう。目を見開いたまま凍りついてしまった。しかしみなもは店員のその様子を気にした風もなく、
「じゃあお願いしますね。アフタヌーンティーセットをもうふたつ、それからお茶のおかわりいただいて、あの可愛いマカロンひとつずつ…」
 歌うように告げてゆく。
「あら、あのお嬢さん、綺麗な声ねぇ」
 少し離れたテラス席の客がぽつりと呟いた。
 竪琴を掻き鳴らすような抑揚と声音。かつて古今東西の船乗りたちを惑わせた人魚たち。その血脈の為せる美声だ。そして。
 見開かれていた店員の目がふわんと靄がかったように半分閉じた。そして次の瞬間には微笑みさえ浮かべ、
「ありがとうございます。ではご注文を確認させて頂きます」
 何事もなかったように店の中に戻っていった。
 驚きの声が上がった。
「あれはその…あたしの特技なんですけど、今日はみなさんにも少しお分けしたくてこれを作ってきました」
 そう言って取り出したのは人魚のマスコット人形だ。みなもは椅子から立つと、人形たちの間に入った。彼女たちの唇に人魚のマスコットと人差し指とを交互に触れさせてゆく。
 そうしてめぐり終えると、おしまい、と笑った。
「これで、この人魚さんを身に着けていれば、さっきあたしがやったことがみなさんにもできるようになりました。明日から『私は人よ』と思いながら人を見つめたり話しかけたりしてみてください。きっと誰も何も言いませんから」
「いったい何をしたの?」
「ううん…。説明は難しいんですけど。元々のあたしの特技のひとつに、人に美しい幻を見せること、というのがありまして。それを今おすそ分けしたんです。あたしたちは今みんな人形という容れ物ですから。だから受け入れることができる力…って言ったらいいのかなぁ? なので何かの幸運で人間に戻れた時には自然に解けます」
「もう家の中に隠れていなくてもいいって…こと?」
「はい!」
「ほんとに、外に出られるのね!」
「学校にも行けるんだー!」
 両手を夕空に伸ばし、被造の乙女たちが蝶のように茜さす庭を舞う。
「ねえ、わたし、またこのお茶会したいなぁ」
「私も!」
「じゃあ次のお茶会はみんなの報告会ってことにします?」
「さんせーい!」
「何だか…人形姿も悪くないかも…」
「もうっ、貴女ったら現金ねぇ」
 人形たちの庭に明るい笑い声が響く。
 新しく運ばれてきたワゴンから甘く芳しい香りが漂いだした。



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【1252@TK01/海原・みなも/女/13/女学生】
東京怪談ノベル(シングル) -
工藤彼方 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年05月07日

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