▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『拳切 』
リィェン・ユーaa0208)&イン・シェンaa0208hero001

 アイルランドの“地獄”のただ中、彼らは対峙し、言葉を交わす。
「縁ってのは互いの意志で結ばれるものだ。君は切ったつもりでも、こっちに切ったつもりがないんだから、拳の縁の結び目は健在さ」
 リィェン・ユー(aa0208)は口の端を吊り上げ、投げかけた。
 対して長い戦いの歌(az0140)――ソングはリィェンの相棒たるエージェント、そして後方にて二丁拳銃を抜き出したテレサ・バートレット(az0030)へ肩をすくめてみせる。
『女海賊といい、彼奴らは彼奴らの仁義があるわけじゃ。悪のひと文字を背負うておきながら、潔さの欠片もありはせぬがの』
 リィェンと共鳴したイン・シェン(aa0208hero001)、その言葉に含められたものはむしろ好感である。
「潔くないのはお互いさまだろ」
 応えておいて、リィェンは“極”の銘を与えた屠剣「神斬」を肩から下ろし、脇に構えた。
 一度負けた相手に追いすがるなど最悪だろうが、しかし。
 テレサは言った。ソングに貶められた自分の価値を見せるのだと。
 思い知らせるでも教え込むでもなく、見せる。それはテレサがソング相手に自らの存在意義を証明したいのではなく、自らがここに在る意義を、自らに知らせたいからこそであろう。
 だったら俺がやるべきはふたつ。ためらわずに恥を晒して、迷わずに武を尽くす。君の価値を知らしめるのは俺の役目なんだからな。


 ソングの高くかざされた左拳が稲妻さながらに打ち下ろされ、それを相棒が弾いた瞬間、リィェンは極を突き込んだが。
 ソングは肘を返して左拳を下から突き上げ、切っ先を打ち上げた。
 しかし、それは予測済みだ。そう簡単に直撃させてくれる相手なら、こちらがなにを賭ける必要もないのだから。
 リィェンは浮いた刃を引き戻しつつ、その広い剣身でソングの視界を遮った。そして。
 テレサの二丁拳銃から吐き出された弾が横殴りにソングを襲う。
「つまらないね」
 フェイント、先読み、追撃、さまざまな戦術を盛り込んだテレサの銃撃。その澄まされた技と数のすべてを悠々と置き去り、ソングは彼女の前まで滑り込んだ。
「ひとつだけ忠告だ。ガンナーが僕の間合で渡り合いたがるのは悪手だよ」
 魔法とすら呼びたくなるようなカウンターの右ストレートが振り込まれ、テレサの顎先を目ざす。
「レディーファーストはマナー違反だぞ」
 右拳を割り込ませた肩でブロックしたことをリィェンが確かめたと同時、その肝臓にソングの左フックがめり込んでいた。
 視界が黒く歪む中、リィェンは悟る。肩を弾いた反動に乗せて左フック……最初からそのつもりだったか。
 連打とは先の攻撃を当てた反動を使うものだ。空振りを途中で止めることは難しいし、無理に実行すれば体力を損なうだけでなく、体勢を崩す原因にもなる。さらになにより、回転速度が大きく落ちてしまう。
 だからこそ、防御されようと相手に当てることが必須となるわけだが……ソングというボクサーは、本命の一打を放つ準備であるはずのリードパンチにすら必殺の威力が握り込まれている。
 かわすのも相当難しいってのに、なんとか受け止めたところで本命を喰らうだけってことだ。
 リィェンは引き攣れた横隔膜を内功で無理矢理に動かし空気を吸い込んで、歯を食いしばった。
 練り上げた内功で気の巡りを整えながら、インはうそぶく。
『あれはもう術などというものではないのう。魂に備わった武が、我らを置き去っていきよる』
 武道家である相棒とリィェンが挟撃、その隙間を縫うテレサの銃撃。ここに在る三組はただのエージェントならず、各人がエース級であり、リィェンを軸として太い縁を繋いだ関係にある。その連動と連携が確かに機能していながら、なお届かない。
『ああも間合を変えられてはリィェンの気が散ってならぬ』
 これは焦りに突き上げられるままソングへ迫り、自らの間合を見失っているテレサへの苦言だが、彼女へ聞こえぬよう収めたのはリィェンへの気づかいだろう。
 言われてもしかたないのは承知してるがな。しかし、テレサも俺もわかっちまってるのさ。このときを逃がしたら、あの男とやり合う機会は二度とないんだって。それだけじゃない。“このとき”がもうすぐ終わっちまうことも感じてるんだよ。
 この場に開くという別世界への門。ソングはそこをくぐって旅立つ。
 リィェンはソングに不思議な共感を感じていた。俺はテレサっていうヒロインを見いだしたからこそ、今の俺になれた。そうでなければきっと君みたいになってたんだろう。だから祈らずにいられないんだよ。どこの世界でもいい。君も自分を全部捧げるに足る誰かと出逢えることを。
 だからこそ――きっちり終わらせて、見送りたいんだ。最高の敵方(あいかた)の、新たなる門出ってやつをな。
 その裏で、インもまた己が思いに沈んでいた。
 ソング。できうることならば守るものもしがらみもなく向き合いたい敵であったものじゃが。互いに背負うたものは捨てられぬ。なればその重さを測り合うよりあるまいよ。

 そしてリィェンはテレサたちと共にソングを探り続けた。
 回避されれば魔法が来る。しかし固さはともあれ、回避ならぬブロッキングをさせられれば、そのカウンターは鋭さを大きく減じる。
 ここまで結論づけられたのは、連携の取りやすい少人数で集中攻撃ができたからこそ。ただし支払わされた代償もまた安いものではなく、持ち込んだ回復手段はあらかた使い尽くすこととなっていた。
『手数の不足は元より承知じゃが。そも、手数をそろえたところであれを崩すはなかなかに骨じゃぞ』
 インのセリフはもっともなものだ。
 もうひと組のヴィランへ向かったエージェントがこちらへ回ってくれたとしても、ソングの守りの構えを突き崩すことは難しいだろう。できることが増えるとしても、カウンターの魔法を喰らう機会もそれだけ増える。
 実際、リィェンたちはすでにフェイントのしかけをほぼ捨てていた。ソングに回避されれば結局はカウンターの餌食にならざるをえないからだ。
「引き寄せる」
 二丁拳銃の弾倉をものの一秒足らずで交換し終えたテレサが駆け出した。
 引きつけるのではなく引き寄せる……カウンターをもらうことはすでに覚悟の上か。
 止めるべきだとリィェンの理性は熱っぽく告げていたが、武心が冷めた計算をそこへ重ね、塗り潰す。スキルの残数が心許ない以上、打撃力に長けたドレッドノートふた組が本命を担うべきだと。
 相棒にソングの右を任せ、リィェンは左へ踏み出した。
 テレサにだけ傷を負わせるつもりはない。元より自分の傷を最少に留める気もない。
 ここからが俺の意地を見せるときだ。そうだろう、テレサ、相棒。それから、敵方。

 極を振り込みながら、半ばを膝でかち上げる。唐突に軌道を変えた重刃が、ソングの首筋へと飛んだ。
 それをソングはパリングで叩き、反動を利して体を右に流す。流しながら左ストレートを突き込んできたのが計算ならぬ反射であることを、リィェンは誰より理解していた。
 まったく。これは魔法なんかじゃないのに、右へも左へもかわせない。俺の軸の芯に合わせられてるからな。教えてくれよ。どうしたら当てられる?
 と。
 テレサの銃弾が極を叩き、刃の腹がソングの拳の前へかざされた。
『これはよい支援じゃ!』
 ソングの拳に押し込まれるまま、リィェンは体を後方へ転がし、間合を取る。
 なるほど。そういうのはアリか。
 カウンターパンチャーであるソングの基本戦術は、小さく攻めながら相手の反撃を引き出し、それに合わせてカウンターを打ち込むというものだ。
『ソングに回避させぬことは難しいがの。逆ならばどうじゃ?』
 インの言葉に含められた意味はすぐに知れた。
 ソングがよけるなら、こちらがよけなければどうなる?
「……テレサ、相棒、もう少しだけ無茶させてもらうぜ」
「これ以上の無茶? ちょっと思いつかないけど」
 テレサは目尻に流れ落ちた血を手の甲でぬぐい、息を絞る。赤黒く汚れた金髪の下には、爆ぜた瘤がいくつも隠れているはずだ。もっともリィェンにせよ相棒にせよ同じような有様ではあったが。
「君が見せてくれた光明を、あいつにもおがませてやりたくてな」
 インは口の端を吊り上げてうなずく。
『もらえる機会は一度きり。それまで持ちこたえねば水の泡じゃぞ』

 相棒が作ってくれた機を逃さず、リィェンはテレサの狙い撃ちを受けた極の腹をソングへ振り落とす。とはいえ三者で示し合わせたわけではない。流れの中で作り上げたアドリブだ。
 線ならぬ面での奇襲。が、それすらもソングはパリングで払い、ショートアッパーを返してきた。
 さすがに魔法じゃないよな!
 首を倒して固定した肩でアッパーを受けたリィェンの内より、インが相棒を呼ばわる。果たして相棒が強引にソングを投げ落とし――結果、中空で体を返したソングに相棒共々打ち据えられることとなった。
「まだ、終わってないぜ?」
 リィェンは右胸に食い込むソングの拳を見下ろす。打たれたのではない。打たせたのだ。すでに幾条もの罅が入れられた肋は、少しばかりの衝撃で砕ける。その“やわらかさ”でもって拳を包み込めば、ソングを縫い止めながらリーチ差を埋めることもできる。
 君には言ってなかったがな、これが俺の、もう少しだけの無茶さ。
 皮越しに心臓の脇にまで潜り込んでくる拳の圧力を感じながら、リィェンは貫手をソングの人中へはしらせた。
「久しぶりだ。血を流すのは」
 危うく手のひらを差し込んで貫手をカットし、大きく跳びすさったソングが笑む。
 ここまでしても届かないのかと思う。
 これしきで届いてもらっては困るとも思う。
 おかしなもんだな。勝たなきゃいけない勝負なのに、俺はそんな気持ちを捨てられないんだ。
 賢者の欠片を噛み、絶招神拳に鎧われた両手をゆるく開いたリィェンが、腰を据えずにリズムを取る。守りよりも最速を意識したジークンドースタイルは、攻め切ることを敵味方へ示すがため。
 そうじゃ。ここで決着をつけるぞ。休むも死すも、その後でよい。
『リィェンが試されるは闘志と愛じゃな。では、行くぞ』
 ゆえにこそ、今は踏み出すときじゃ。なに、道半ばに斃れるも武人の常よ。妾の肚は据わっておるゆえ、存分に生と死とを愉しむがよい。

 飾りようもないほどの死闘だった。
 打たれながら前へ出て、打たれながら打ち返し、また打たれた。
 兵法などというものはすでに頭から追い出され、体に刻みつけた技だけがリィェンを、そして相棒を支えていた。
『顎打ちは当然じゃが、腹打ちももらうな。気功を消されるぞ』
 考えるまでもなく練り上げられる気。しかし、たった一発のレバーブロウで丹田という炉で煮詰めたそれはかき消され、おそらくは立つ力すらも失うこととなる。構造こそちがえど、気力だけで戦い続けていることには変わりがない。
 その中で、ついに機は訪れた。
 先に出た相棒の三連打がソングの右肘を打ち、ついにその動きを止めたのだ。
 すまない相棒、行かせてもらうぜ!
 霞む目をこらし、リィェンは右足を地へ叩きつけた。
「おおっ!!」
 その反動に螺旋を描かせ、右の掌打まで導いていく。
 ソングの拳がリィェンの眉間へ突き立つ。頭蓋が割れ、なにかがどろりとこぼれ出す。が、リィェンはかまわず掌打を突き上げた。
 こうなるのはわかってたさ。だから!
「テレサ!!」
 言葉尻に、一発の発射音が重なった。
 呼ぶまでもなく通じていた。そのことがリィェンを笑ませる。
 果たして地に転がった残骸を足がかりにしたダンシングバレットがリィェンの肘を下から突き上げ。
 奇蹟のメダルを贄に命を保たれたリィェンは、ソングの顎を打ち抜いた。
『見せたのう、闘志と愛を』
 インの揶揄に、彼は内で力強く応える。
『わざわざ見せるほどのものじゃない。どちらも俺には当然のものだからな』


「じゃあ」
 しごくあっさりとソングは旅立つ。
 それを見送るテレサは、終始無言だった。
『せめてなにか代弁してやるべきではないのか?』
 インに内でかぶりを振ってみせ、リィェンはぽつりと返した。
『代わりに言えることなんてないさ。なにを言ったって、テレサの思いには追いつかない。それに俺も……なにを言ったところで野暮になるだけだ』
 難しく考えすぎじゃ。インはきっとそう思っているだろうが、それでも。
 あれだけ拳で語り合った。だからこれでいい。
 敵方の背から目線を外し、リィェンはテレサの肩へ手を置いた。
 あいつと戦った今日は終わった。次は、俺たちの明日へ進もう。
 
おまかせノベル -
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年05月07日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.