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『不思議のショートケーキ』
ローゼリア・イリスla2944

 銀交じりの美しい金髪を風になびかせて、ローゼリア・イリス(la2944)は石畳を早足で歩いていた。
 ゴールデンウィーク初日、この日が来るのをローゼリアは待ちわびていた。それは、連休を待っていたというわけではなく、連休に行われるイベントの開催を待っていたのだ。
 高級ホテルのレストランに来たローゼリアはイベントの看板を確認した。『人気パティシエ達のショートケーキ食べ比べバイキング』と題されたそのイベントに自分以上にふさわしい客などいないと思うほどにローゼリアはショートケーキを愛していた。
 ローゼリアは周囲を見渡し、知り合いがいないことを確かめ、レストラン内へ一歩踏み出した。
「いらっしゃいませ」とウェイトレスが出迎える。
「ケーキバイキングのご利用でよろしかったでしょうか?」
 ローゼリアは背筋をすっと立たせ、優雅に頷いた。
「では、こちらのお席へどうぞ」
 レストランの奥へと進むと、銀のトレーの上に沢山のショートケーキが並んでいた。その光景にローゼリアは高揚感さえ覚える。
 ウェイトレスに案内された席でバイキングの説明を聞き、アールグレイのホットを注文すると、ローゼリアは早速ケーキを取りに行く。
 王道の白いクリームに赤いいちごが映えるショートケーキから、クリームにもいちごが使われているピンクのクリームで包まれた可愛らしい見た目のものや、スポンジにいちごのスライスではなくいちごのジャムが挟まったものなど、様々なタイプのショートケーキがあり、見ているだけで楽しい。
 まず手始めに、ローゼリアは王道の白いクリームが使われたショートケーキを三つ選んだ。欲張り過ぎず、見た目も尊重してこそのショートケーキ愛である。
 席に戻り、ローゼリアは改めてショートケーキを見つめる。三角形、正方形、長方形のショートケーキが長方形の白いお皿に並んでいる。この長方形のお皿は、どんな形のケーキを並べてもオシャレに見えるようにという、レストラン側の配慮だろう。
 スマートフォンで一枚写真を撮ってから、ローゼリアは銀のフォークを手に取った。
「いただきます」
 礼儀正しくそう言ってフォークを三角形のショートケーキに刺そうとしたが、フォークが純白のクリームに触れる前に、ショートケーキの一番上に乗っていたいちごがコロリと転がった。
「え!? 待って!」
 普段なら決してそんなことはしないが、ローゼリアは思わず転がったいちごに手を伸ばした。しかし、いちごはローゼリアの手から逃れるようにテーブルの上を転がり、さらには床に落ち、それでも止まることなく、コロコロと転がる。
 そして、ローゼリアも、いつもなら床に落ちたものなど追わずにウェイトレスやウェイターに任せるところだったが、我を忘れていちごを追った。
 2、3分も追いかけると、すぐに壁に突き当たることにローゼリアは気づいた。そこまで行けばさすがにいちごも転がるのが止まるはずだと速度を緩めたが、驚くことに壁には小さな、いちご一粒が通れるほどの扉があり、まるでいちごを匿うかのようにその扉が開いた。
「ちょっと、そんなのって卑怯よ!」
 ローゼリアが頬を膨らませて怒ると、どこからともなくウェイターが現れた。
「お客様、こちら、本日のために特別にご用意いたしましたショートケーキでございます。おひとついかがですか?」
 見ると、ウェイターが持つトレイの上には随分と小さなショートケーキがあった。
「随分と小さいのね」
 ローゼリアはショートケーキを指でつまんで、一口で食べた。すると、ローゼリアの体が見る見るうちに縮んだ。
 そして、目の前にはいちごが通り抜けた扉があった。扉のなかは真っ暗で、なかの様子は全くわからない。
 ローゼリアが扉に飛び込むと、足元に床はなく、ローゼリアの体は落下する。真っ暗闇のなかで落下する恐怖に最初は悲鳴をあげたものの、ローゼリアの体はなかなか地面に到達しない。
「いつまで落ちるのよ!?」
 数分とも十数分とも思える時間のなかでローゼリアが叫ぶと、どこからともなく十二人のいちごの妖精が現れた。まるでいちごから顔と手足が飛び出したような服装の妖精達はきらめく羽をパタパタと動かしてローゼリアの周りを飛んだ。
「なんとかしてちょうだい! 妖精達!」
 ローゼリアの願いを聞くことなく、妖精達は呑気な様子で喋りだした。
「ローゼリア様、お久しぶりです」
「お元気そうで何よりですわ」
「相変わらずショートケーキがお好きなのですね」
「毎月22日はショートケーキの日だってご存知ですか?」
「そんなことよりそろそろよ」
「そうね、そろそろだわ」
 妖精達が一斉に杖を振るうとローゼリアは強い光に包まれた。ローゼリアは思わずぎゅっと目を強くつむった。
「……もう、なんなのよ……」
 落ちる感覚がなくなり、足元にはしっかりと床の感覚があることを確認して、ローゼリアはそっと目を開いた。そして、目の前の光景に驚く。
 目の前にはひとりの少女がいた。少女はこちらに背中を向けているから顔はわからない。そこはどうやら屋根裏部屋のようだった。そして、少女は糸車の針にその白い指を伸ばしていた。
「待って!」
 ローゼリアは訳も分からぬまま、少女に手を伸ばす。しかし、ローゼリアが少女の肩に触れる前に、少女は糸車の針に指を触れ、その指からは赤い血が溢れた。
「……」
 まるでいちごのような赤い血にローゼリアは言葉を失い、そして、めまいを覚えた。ローゼリアの目前、少女はぐるぐると回り、その形を止めず、ローゼリアの視界は色を失っていく。
 真っ白な世界、それがまぶたの裏側だと気づいたのはどれくらい経ってからだろう?
 ローゼリアは朝日の差し込む部屋で目を覚ました。
「……」
 いつもの自分のベッド、自分の部屋、昨日と代わり映えのない朝のはずなのに、違和感だけが残っている。
「……変な夢でも見たのかしら?」
 ローゼリアは時計を見て慌てる。
「やだ、もうこんな時間!? 今日の日を楽しみにしていたのに!」
 急いで準備をして、ローゼリアは家を出た。
 銀交じりの美しい金髪を風になびかせて、ローゼリアは石畳を走る。
 高級ホテルのレストランに来たローゼリアはイベントの看板を探す。けれど、そこにはそれらしき看板はない。
「お客様、本日もお越しいただいたんですね」
 ウェイトレスが微笑む。
「え? 本日も?」
「ゴールデンウィーク中、毎日、ショートケーキのイベントにお越しいただきまして、ありがとうございました。本日はお食事ですか?」
「ゴールデンウィーク中、毎日……? うそ……」
 ローゼリアはスマートフォンで日付を確認する。画面に5月7日と表示され、ローゼリアは愕然とした。
 日数が経っている証拠が他にもないかと、写真のアプリを開き、また驚く。そこにはちょうど10枚のショートケーキの写真があった。
「どうして……」
 こんなことが? ローゼリアは驚きに呼吸をするのも忘れる。
 しかし、それはほんの数秒のことで、次には怒りに肩を震わせた。
「どうしてこんなことが起こったのかは、分からないけれど……」
 ローゼリアは目一杯息を吸い……そして、叫んだ。
「私のショートケーキ、返してよ〜〜〜!」

*** fin ***



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度はご依頼いただきまして、ありがとうございます。
この後、きっと、ローゼリアはお気に入りのケーキ屋さんのショートケーキをやけ食いしたことと思います。
メルヘン要素を多めにするつもりが、途中から違う方向に向かってしまった気がしますが、、、
ご期待に添えていましたら幸いです☆
おまかせノベル -
gene クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2019年05月08日

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