▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『白銀の中心にあるもの 』
銀 真白ka4128)&黒戌ka4131

 銀 真白(ka4128)は背筋を伸ばし真っ直ぐ前を見据えていた。正座の体勢に入ってから既に幾らかの時間が経過しており、足先に痺れる感覚があったが、それでも微動だにせず唇を引き結んで流れる声に聞き入る。この場には慣れない人間も多くいることから事前に楽な格好でと告げられていて、実際にも少し横に崩したり胡座を掻いている者の方が多数を占めている。真白はその事実に感慨の念を抱く。何故ならそれは、東方に縁故のない者が先の二度の戦いに身を投じ、再びここに会しているということ。無論いない人間も彼らの為すべき事へと動き出しているのだろうが。真白は少しだけ心の整理をつける時間が欲しかった。あの現実を突き付けられた時のような狼狽も、彼が守りたかったものを守り抜いたという達成感もなく、静かに己の内側へと溶かしていく。いつまでも続くかのような読経を頭の中で重ねて真白は目を閉じる。擦り合わせた手のひらは硬く、乾いた感触をしていた。あちこちから聞こえる啜り泣きに改めて命の重みを思い知る。死んだ人間は足を止めてそこから動くことは二度とないが、生き残った者はこれからも歩き続ける。万人の未来を勝ち取る為の戦いはまだ終わっていやしない。

 ◆◇◆

 緩く首を振って、長く伸びた黒髪を結う組紐を解く。黒戌(ka4131)は何の気なしにそれを矯めつ眇めつ眺める振りをしながら、ふと視線を横へと向けた。庭先の木の直ぐ側には佇む真白の背が見える。
 朝一の日課である素振りを済ませ身綺麗にしたのち、久方ぶりに二人で差し向かいに朝食を摂った。依頼の際に不手際があったり、戦いの最中に己の未熟さを痛感するなどして落ち込んでいるのであれば、黒戌は己の心情が如何なものであったとしても敢えて明るく振る舞って、彼女の気が紛れるよう努める。しかし今ばかりは手を伸ばす必要はないように思えた。先の一件にしろ、身内同然の存在を喪うという彼女の認識としては初めて味わった絶望、そこから救い上げたのは黒戌ではなくハンターとなって真白自身が得たかけがえのない仲間たちの手だ。想いを共有し合える間柄だから、出来たこと。その事実を改めて認識すれば胸中に幾らかの黒々とした感情と、それ以上の寂寥感が溢れ出てくる。兄が妹を心配する気持ちや従者が主の心中を慮る気持ちより親が子の独り立ちを素直に喜べない心情に近い。何を馬鹿なと自分でも思うが実際に今、黒戌が抱いているのは親心と呼べるもののようだった。
 手のひらの上にあるこの組紐は黒戌の主である真白の父に賜ったものだ。どれだけ大事に手入れを施そうが、あの惨劇の記憶を持たないほど小さかった真白がハンターとして数々の功績を残すに至るだけの年月が流れた為、色褪せや繊維の磨耗といった劣化が所々見られる。しかしながら戦い一辺倒の黒戌には詳細は判らないものの上等な品らしく、芯はしっかりその形を保ち、欠かさずに髪を束ねる役目をこなし続けていた。忍びとは主に仇なす敵を排除する者。時にそれは内に深く分け入った者かもしれない。なれば己の感情すら廃し、御家の為にはただ道具として在ればいい。そんな価値観を壊したのは他ならぬ主その人だ。黒戌自身も一度は死んだも同然だから物のように扱われても構わなかったというのに。子供たちが健やかで己の立場に驕らず他者を想える人間になれるよう見守るだけでなく笑っていてほしいと、そう言っていた。感情を押し殺した時期があったせいか今は良くも悪くも情動に富んだ忍びらしからぬ忍びと評されるが、その意味でも真白の手本になれているだろうかと、ふと考えつつ端の方に組み込まれた紅玉と緑柱石を親指の腹で撫でた。と。
「兄上」
 感慨に耽っている間に近付いてきていた真白に呼ばれ、黒戌は肩を跳ねさせるのと同時に素っ頓狂な声を零した。“は”と“へ”の中間の発音で声自体も裏返っている。以前と比べれば明らかに感情表現が豊かになってきたとはいえど、真面目を絵に描いたような顔つきが標準装備なのは相変わらず。平時のそれに眉根を寄せて訝しげにしつつも彼女は縁側の前で履物を脱いで室内へ上がる。普段は大きく見下ろす顔を今は座っているので見上げる形になるのが未だに慣れない。――歳の割にやや小柄な体躯が以前より大きく見えるのは気のせいか?
(うむ。真白はまだ成長期でござるしな)
 と一人で納得していると真白は机を挟んだ対面に腰を下ろした。心なしか真剣な面持ちに、黒戌の背筋も伸びる。手元に視線を感じて軽く握るようにして組紐を隠した。主から拝領した品としか言っていないので嘘ではないがやはり、若干後ろめたく感じる。真白の耳元では彼女が身動ぐ度に赤の組紐についた鈴が揺れた。
「私と、手合わせをしてはいただけぬでしょうか」
「……今からでござるか?」
 聞き返した黒戌に真白は「はい」とこくり頷く。外の様子を窺えば、数週間前より確実に日は長くなってきたものの空全体が橙に染まりつつあって、一度きりならばともかく何戦もすると考えると半端な時間帯だ。夜更けなら夜戦を想定した訓練も可能だが。意図を読み取ろうと銀色の瞳を見返しても腹の内までは理解が及ばない。今や己が一番関わりが深い人間というのに。当然のように思ってから自嘲混じりにその考えを打ち消す。今日は特別な日。真白にも色々と思うところがあるだろう。
「可愛い妹の頼みとあれば断れぬでござるよ。では参るとするでござる!」
 いつも通りに快活に笑ってみせたとき真白は薄く口を開きかけたが、立ち上がって髪を括り直していた黒戌は気付かなかった。

「――まだ。まだ私は、折れてはおりませぬ」
 細切れに吐き出される息を無理矢理に抑え込み、片膝をついた真白が真っ直ぐに黒戌を見返す。片手に刀身が剥き出しのままの刀を携えて、訓練場の床にもう片方の手をつき震えながらも自身の体重を支えきって立ち上がった。柔い頬についた複数の傷から一筋の血液が伝い落ちる。見てくれを気に掛ける素振りもなく真白は無造作に拭い取り、得物を構え直した。向けられる眼差しは自分が望めば兄は必ず応えてくれるだろうという甘えに程遠く、一角の剣士が真剣勝負を乞うものに相違なかった。その始終を黒戌は沈黙を貫き素の表情を消し去って、ただ見返している。手癖のように蝙蝠を模した投擲武器を弄ぶ仕草だけが生来の黒戌らしさを残し、後は闇に潜む立場そのままに音も気配も感情さえ取り払う。籠手にも目立つ傷が刻まれた真白とは違い、精々かすり傷程度で呼吸も遥かに落ち着いている。
 忍びらしく邪道だろうが何だろうが勝率の高い選択肢を躊躇せずに選び抜く。訓練であろうと例外は有り得ない。覚醒者は頑丈に出来ているとはいえ当たりどころが悪ければ死ぬが、覚醒禁止なだけ温情というもので、歪虚と対峙する際は覚醒に頼らざるを得ないからこそ己の身体能力と判断力、経験の程度がもろに出る。
「掛かってくるでござるよ」
「言われずとも……!」
 ぎりっと奥歯を噛み締め、気合いを咆哮に変えて真白が踏み込んでくる。二戦前は疲労から浅くなって一戦前は逆に意識した結果深くなり過ぎた。今回は普段通り黒戌が引こうが常に間合いを維持し、追い縋ってくる。平時なら純粋な光を湛えた眼は鋭さを帯びて、しかし決して自棄にならず静かに事の成り行きを見極める冴えが見受けられた。覚醒者のマテリアルを行使する手段――所謂クラスと呼ばれるものに絶対的な壁は存在せず、ある程度の経験を重ねた者なら他の系統の術技を身につけることも可能だ。ただし時間は有限で誰しもに等しく流れゆくものでもある。刻一刻と様変わりする戦況に対応する為の手札を多く用意するのか、一芸に特化し不利な状況の打開を試みるかは人それぞれ。真白は前者、黒戌は後者に近い考え方だ。黒戌には前者の判断に迷いが生じるという欠点が致命的に思えてならなかった。そしてハンターとして戦えば戦うほど、クラス特有の癖が戦闘中の動きに混じる。
 真白が繰り出した攻撃はスキルの使用を前提としたもので、競り合うには心許ない刃でも易々と受け止めることが出来た。黒戌と真白とでは顕著だが、やはり相手よりも背が低い場合が殆どの真白は下段から相手の防御を躱す形で斬り込むのが基本となる。しかし受けられれば上へ押し上げる力より下へ押し込む力の方が強く働く。ぎりぎりと刃が擦れ合う音を耳にし真白が歯噛みした。――しかし。
「真白よ、おぬしの力はその程度でござるか……!」
 言葉も戦況も優勢だ。それでも黒戌の内には潮が満ちるように、ゆっくりとだが明確な焦りが、その存在を主張し始めていた。他の事柄は別としても、手合わせという行為を最も多く長きに渡って繰り返してきたのは己だ。彼女が成長する過程を目の当たりにしてきた。だから、この短期間――憤怒王の分体を巡って起きた戦の前後で、真白の動きが様変わりしているのが手に取るように分かる。立て続けに勝負を挑まれ早何時間の間にも変わっていく。鍛治師の手腕がよぎる。
 時には人を殺めるのが忍びの仕事。その重みを知る為にとかつて武器を新調する際に鍛治の現場へと赴いたことがあった。爆ぜる火種を諸共せずに巧みな相槌を打って、只の鉄の塊が美術品のような美しさを伴い磨かれていく。人を殺すのは人であり、道具にはあらず。ならば見たままに賞賛していいのだろうとそんな風に思った。
(――真白も同じこと)
 真に美しき、白銀の刀身。
 理由が理由だけに不謹慎だが、自由に世界を見て回れる状況になったからには東方以外の地や異種族の者への理解も深めてほしいと願ったのは紛れもない己自身だ。しかしいざ自らの手を離れて、独りでに――彼女の意思で築いた仲間たちとの絆を胸に抱き成長していく姿を目の当たりにした途端、喜び以外の感情も沸き立った。ずっと手を引き、先を歩いていたのがいつの間にか取り残されたような、みっともない心細さ。身命を賭しても姫君を護ると、組紐への誓いを違えるつもりはない。だがその根幹が、足元が揺らぐ感覚がある。
「ちっ……!」
 舌打ちが漏れる。辛うじて斬撃を受け止めた。重い衝撃に短刀がみしりと嫌な音を立てる。手に馴染んだ感覚に違和感が生じたのと同時、反射的に目を閉じた。その直前には真白が血の気が引いた顔をしているのが見えて――。

「……兄として面目無いのは重々承知しているでござる。気味が悪ければ思う存分罵ってくれて構わぬ!」
 事情を知らない人間が聞いたら渋面を浮かべるかもしれない、そんな発言を黒戌は敷き布団の上に正座して妹を前に放った。脇で同じく正座し、水差しを膝の上に置いたままの真白は如何ともし難い表情を浮かべる。視線は普段より少し上にあった。黒戌の額にはたんこぶが出来ていて若干ではあるが赤みがかっている。
 ここ最近のごたごたにかまけ確認を怠っていた己が偏に悪い。だが真白は短刀が折れたのは咄嗟に覚醒してしまったからだと気に病み、刃先ではなく側面が当たったので出血はなかったものの少し目眩がした為に医者を呼ぶ事態にまで陥り、珍しく気が動転していて。今にも責任云々と言いかねない彼女を制止しようとした末に、うっかり本音が零れた。誓いのみ伏せて、自分の与り知らぬところで成長していく真白の姿に寂しさを感じたことも包み隠さず。気を逸らす目的を達成したのはいいが、居た堪れない気持ちで一杯だ。ふぅと真白が溜め息をつく。黒戌は捨てられた仔犬のような目を向けた。
「兄上はいつまでも私の兄上です。私が私であるから居続けられると言ったのは他ならぬ兄上でしょう」
 むっつりした唇と声とが呆れの感情を雄弁に物語る。それから真白は罵倒を一切浴びせなかった代わりに、休日の極端な無精振りを皮切りに日頃の不満を並べ立てた。手合わせを頼んだのもハンターの為に行なわれた幕府軍の葬儀の影響ではない――少なくともその時は自覚がなかったらしい。
「心配せずとも私はここに居ます。案ずることなくしっかり療養して下さい」
 伸ばされた手が瘤をさすり、昔己がしたように痛いの痛いの、と続く。柔らかい声音に黒戌は目を細めた。瞼を下ろす前に視界の隅に映ったのは折れた刀身。断面から見える白銀の中心には黒い地金があり刃を支えている。こんな風に共倒れにならないよう、只それだけを願った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
二回目に書かせていただいた話と諸々被るなあ、とも思いつつ、
前回黒戌さんが居なかったところからこういうのもアリかなと。
どうしてもわたしの中では過去の出来事を全部知っていて
真白ちゃんに対する想いも強い黒戌さんの方が危うげというか……
真白ちゃん=少年漫画の主人公、黒戌さん=少年漫画のライバル
的なイメージがあります(スペックとメンタルの対比的な意味で)。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年05月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.